刻のおかげでかなりの高得点が取れました
試験後。すぐに亜貴は刻のクラスへ足を運んだ。
「刻!」
亜貴の声に刻が振り返る。その刻に亜貴は無意識に抱きついた。
「刻!! 凄いわ! 多分、今までで一番数学出来たと思う!! 刻のおかげよ!」
「ばっ! こ、こら、ちょっと離せよ!」
刻はかあっと顔を赤らめて亜貴を自分の身体から引きはがした。
「ひゅー! いちゃつくのは外でやってくださーい」
「熱い熱い」
男子が刻と亜貴に声をかけて教室を出ていく。それを聞いて、亜貴は自分の行動を振り返り、今更ながら真っ赤になった。
「わ、私ってば、つい嬉しくて……。ご、ごめん」
「あー、うん。まあ、数学できてよかったな」
刻は亜貴を見ずにそう言った。先ほどの亜貴の感触が残っていて、刻はなんとなく後ろめたく感じていた。刻が抱き着いたわけではないのだが。
こほんと刻は咳ばらいをした。
「で、生物はどうだったんだ?」
「生物、ね。いつもと同じぐらいの出来じゃないかしら?」
亜貴は曖昧な笑顔を浮かべてそう答えた。
「どうする? 今日も図書館行くか?」
「明日はほとんど暗記のばかりね。あ、でも、そうだ、刻は社会は何とってるの?」
「地理」
「あ、同じ。私、地理苦手で……」
「ほいほい、じゃあ図書館行こう。って、亜貴、なんで手ぶらなんだ?」
刻が不思議そうに亜貴を見る。亜貴は赤面した。
「……思わず嬉しくて、刻のところに報告に来ちゃったの。鞄とってくる」
亜貴は慌てて駆け出した。そんな亜貴に刻は笑いを止められなかった。
三日間ブルームーンに通っている亜貴たちに、店長が、
「おや、いらっしゃい」
と声をかけた。常連になった気がして亜貴は少し嬉しい。
「ブルームーンのメニュー制覇できちゃうかも」
「ここはメニュー多いからまだまだだな」
「そしたら、制覇するまできてくださいな。お兄ちゃん、お嬢ちゃん」
白いひげを蓄えた優しそうな店長は、ニコニコしながらそう言って、水と手拭きを持ってきた。
「はーい」
お嬢ちゃんと呼ばれて機嫌を良くした亜貴が返事をした。
「俺もう決まったけど、亜貴は?」
「え? まだ」
「それじゃ、決まったらベルで知らせてくださいな」
「はい」
亜貴は真剣にメニューを見る。
「確かに、メニュー多いよね。刻は何食べるの?」
「カツカレー」
「がっつり行くのね。私はどうしようかな。ナポリタンにしようかな」
「はい、決まりな」
刻がテーブルの上にあったベルをちりんちりんと鳴らす。今度は店長じゃなくて店員が来た。
「はい。注文お伺いします」
「俺はカツカレー。こいつはナポリタン」
「食後の飲み物は何にされますか?」
「俺はアールグレイ」
刻の言葉に、亜貴の心がちくんと痛む。アールグレイ。飲みたいけれど、まだ飲めない。どうしてもあの日を思い出してしまう。
「えっと、私はコーヒーで」
「かしこまりました」
亜貴はナポリタンをたのんで失敗したかなと思った。フォークで上手くパスタが巻けない。
「何してんだ? 亜貴」
お腹がすいていたのか、刻はもう半分食べている。
「うん、私パスタを上手に食べられないの忘れてたなと思って」
「? 別に好きなように食えばいいじゃん。フォークで巻きたきゃ巻いて、食べにくいなら箸でもいいんじゃね?」
刻は何も気にしていないようだが、亜貴は刻の前でみっともない食べ方はしたくないと思っていた。
「うん。そうなんだけど」
答えて、亜貴は刻を少し意識している自分に気が付いた。そして、それが馬鹿馬鹿しくなって、フォークを置いて箸をとった。
図書館に向かった亜貴と刻だったが、自習室に入って席を探すと空いていなかった。
「ブルームーンでも勉強できたかな」
「いや、あそこの照明はちょっと暗めだから勉強には向かない。天気もいいし、外でするか?」
「勉強を外で?」
図書館の前は芝生が植えてあって、ところどころに石でできたベンチがあった。
「おう、あのベンチでしようぜ」
歩き出した刻に亜貴もついていく。
「外で勉強するなら、図書館まで来なくても学校でもよかったんじゃない? 教室でもいいし。ほら、いつも食べてるベンチでも」
「まあ、確かにそうだけど、学校じゃデートっぽくないじゃん」
にかっと笑って答えた刻に亜貴は驚く。
「は? デート? 一緒に勉強するのが?」
「ああ。これもデートだろ? 昨日の数学で俺の株が結構上がったみたいだから、このまま攻めなきゃな。もう残すところ十日ぐらいだからな、一ヶ月まで」
口に出さなければいいのに出してしまうところが刻らしいと亜貴は苦笑した。
「刻って子供なんだか大人なんだかわからないところあるわよね」
「俺は大人に決まってるじゃん」
「そういうところは子供じゃない」
「それ言うなら亜貴もだろ? いや、亜貴は大人な部分ないかも」
「それどいう言う意味よ?」
なんだかんだ言い合いながらも楽しいと思っている自分に二人とも気が付いていた。後十日でそれもなくなるのかと思うと少し寂しい気もする。
「あのさ」
「あのね」
言葉が重なり、二人は顔を見合わせる。
「亜貴から言えよ」
「刻からどうぞ?」
「じゃ、俺から言うわ。
勝負がついても友達として勉強とか見てやるから安心しろよな」
「あ、ありがとう」
亜貴は心からお礼を言った。
「で、そっちは?」
「一人でブルームーン、行けそうにないから、友達として一緒に行ってくれる?」
亜貴が珍しくおずおずと言ったので、刻は変な顔をした。
「ブルームーン一人で行けねーの?」
「だって、なんか大人な感じで、気後れしちゃうのよね」
「変な奴。別に誘われればついてってやるよ、バーカ」
「なんで馬鹿なのよ?」
「赤点とる奴は馬鹿だよ」
「やっぱり刻、むかつくわ」
悔しくて亜貴は刻の背中をポカポカ叩いた。
「馬鹿! 叩くな! ほら、勉強!」
「このくらい暖かくなれば、外もいいわね」
「まあ、まだ三寒四温で、明日は寒いかもしれないけどな。今日は天気もいいし、ちょうど良かったな」
春の風は花の少し甘い香りがする。別れと出会いを運んでくる風だ。出会いはともかく、別れの印象が強くて、亜貴はこの風がちょっぴり切ない。焔のことを考えると、毎年胸がちくんと痛む時期になるかもしれない。
「どうした?」
刻に聞かれて、そうか、と亜貴は思う。別れはくるけど、不思議な出会いもあった。
「なんでもない」
「まあ、こんな日に勉強する気になれないかもしれないけど、試験があるからな」
「うん。仕方ないね」
「よし! 地理やるぞ」
二人は勉強できる明るさの間試験勉強をした。ほとんどが亜貴の分からないところを刻がみるというものだったが。
「明日で試験も終わり。頑張ろうな」
「うん! 今回は刻のおかげでいつもよりいい気がする!」
亜貴は腰の高さで両拳を握って気合の入ったポーズをした。刻はそれを可笑しそうに見て目を細めた。
「なら今日も早く寝ろよ?」
「わかった」
***
「亜貴!」
「刻」
亜貴の教室に現れた刻に亜貴は小さく手を上げた。
「試験はどうだった?」
「うん。まあまあ、かな」
「そりゃ良かった」
それだけ言って去ろうとする刻を亜貴は呼び止めた。
「刻は今日はどうするの?」
「ああ、部活する」
「そう」
刻が振り返り、ニヤリと笑う。
「なんだ、寂しいのか?」
「そんなんじゃありませーん! どうぞ行ってらっしゃい!」
「あ、そういえば、飯持ってきてねーや。亜貴、この後予定あるのか? 近くのコンビニに買いに行くの、亜貴もついてこねえ?」
「別にいいけど……。コンビニでいいの?」
「ああ。今日は時間がないから」
亜貴は刻についてコンビニに入った。
刻は焼肉弁当とシャケのおにぎりを購入しようとしていた。
「刻は野菜ジュースとか飲まないの? なんかコンビニ弁当って野菜が少ない気がして。サラダをつけるか野菜ジュースつけるかしたほうがいいわよ?」
真顔で言った亜貴に、刻は笑う。
「なんだか、母さんみたいなこと言うんだな」
「べ、別に。一応刻の身体を心配してるだけよ」
「素直なんだかないんだか」
刻は笑っていたが、ふと亜貴が購入しようとしているものを見て、
「亜貴も昼食べるのか?」
と言った。
「どうせなら刻と一緒に食べようかなと思って」
「ふーん。それにしても少なくねぇか? おかかのおにぎりに野菜ジュース。それだけ?」
刻は俺なら足りない、と驚く。
「うん。少ない? あ、タンパク質が足りないかな。サラダチキン買ったら刻半分食べてくれる?」
「おう、食っていいならもらうぜ?」
「じゃあ買おう」
二人は並んで高校へと戻った。いつも昼食を食べるベンチに腰掛け、それぞれ購入したものを出す。
「桜がもう少しで咲きそうね。蕾が少しずつ膨らんできてる気がする」
「ああ。時が経つのは早いな。今週の土曜日は卒業式だな」
「あと三日ね」
亜貴は感慨深く頷いた。
「兄貴が卒業するの、やっぱ寂しいよ、な?」
刻が亜貴に複雑な顔で尋ねた。
「うーん、そうね。寂しくなるんだろうけど、樋口先輩に会えなくなるってことがまだ実感できてなくて。部室に行けば会えるような気がして。でも、そうよね。樋口先輩が卒業されたら会うことはなくなるわよね。大学も県外だしね」
どんな表情をしていいか分からないような、淡い微笑みを浮かべた亜貴。そんな亜貴に、刻は切なげな顔をした。
「……まあ、受かってればだけどな」
「なあに、その言い方。私、寂しいからって樋口先輩に落ちて欲しいとか思わないわよ?」
「バーカ! そんなの分かってるよ。
ほら、メシ食えよ? 」
「刻が聞いてきたから答えたんじゃない!」
怒って返しながら、亜貴はおにぎりの包みをとる。刻は焼肉弁当を食べながら、亜貴に言われて買った野菜ジュースを飲んだ。
「コンビニも久しぶりだとうまく感じるな」
見てて爽快な食べ方をする刻に、亜貴は笑った。
「そうそう、亜貴は美人じゃねーんだから、そうやって笑っとけ」
「失礼な奴!」
「……どうしても兄貴に会いたいなら、兄貴が実家に帰ってきてる時に教えてやるよ」
そう言った刻の顔を見て亜貴は胸が痛んだ。
「……なんて顔してんの? もう、別にそんなに刻が気を使わなくていいわよ。バカね。本当に会いたいなら、私から会いにいくもの!」
亜貴は言ってパクリとおにぎりにかぶりついた。
「バカで悪かったな」
刻も負けじとおにぎりを口に入れた。
「ほんとバカよ。まあ、刻らしいけど」
「ふん」
亜貴の言葉はどこか優しげで、刻は少し機嫌をよくしたが、そのことを悟られないようそっぽを向いた。
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