刻が分からないと思いました
亜貴は神社の拝殿まで早足で歩くと、賽銭箱に小銭を入れて、鈴を鳴らし、手を打った。手を合わせて、焔とさゆりの合格を祈る。少し遅れて刻もやってきて同じように小銭を投げ入れて鈴を鳴らした。
刻は焔とさゆりの受験の合格のことを祈ると、いつまでも祈ってる亜貴の顔を盗み見た。刻は不思議でならなかった。兄弟でも幼馴染でもない、焔とさゆりのことをこんなにも真剣に祈っている女子がいる。一心に祈るその姿は美しく見えた。きっと自分のためには亜貴はこんな
兄貴は出来が良かった。これまで色んなことで兄貴に負けてきた。俺は俺だ。そう思いながらもずっと悔しかった。でも、今回は、悔しいというより……。
刻の手が知らず知らずに動いた。
「……何なの、このひぇ(手)」
亜貴に静かに睨まれて、刻は慌てて亜貴の頬をつまんでいた手を引っ込めた。
「祈る時ぐらいちゃんとしなさいよ?」
亜貴の言葉にムッとして、刻はもう一度今度は亜貴の両頬をつまんだ。
「刻……」
怒りを孕んだ声で刻の手を払い、亜貴が振り返ると刻は泣きそうな顔していて、亜貴は戸惑った。
「何? どうしたの?」
「べーつに。暗くなってきたし、帰ろうぜ」
「う、うん」
亜貴は刻の一瞬見せた表情が気になって、刻の前髪を払うようにそっと手を伸ばした。その手を刻が掴んだ。
「何?」
刻の低い声にビクリとして、手を引っ込めようとする。その手を刻は離さなかった。自分の知らない刻がいた。暗い目が亜貴を捉える。
「刻?」
風が周りの木々を揺らして、バサバサとカラスが飛び立ち、鳴く声が響いた。人気のない境内は寂しく、そして薄暗くて、今更ながら怖いと思った。
「あんたさ、ここ、人いないし、危ないよ?」
亜貴は刻の言葉の意味が理解できなかった。
「こ、刻がいるじゃん」
ふっと刻が笑った。その笑顔にいつもの明るさはなくて、どこか自嘲気味なものだった。次の瞬間刻にぐいと掴まれた手を引かれて、亜貴は刻の胸に顔をうずめる形になる。
「な、何?!」
「亜貴、俺のこと本当に男って分かってる?」
揶揄する低い声に亜貴は恐怖を覚えて顔があげられない。言葉もでない。足が震えた。
「なーんてな。亜貴さ、男はスケベとか言いながら、警戒心なさすぎ? こんなとこ一人で来んなよ? あぶねぇから」
刻が手を離したので、亜貴は後ずさりながら、
「う、うん」
と返事をして、刻を見上げた。いつもの刻だった。
(な、何だったんだろう)
「早く帰ろうぜ。そういや、たい焼き屋があったよな。亜貴は何餡が好き?」
「え、えっと、普通の黒餡かな」
「気が合うな、俺も黒餡」
なんでもない話をしながら石の階段を降りた。
そして、刻が言っていたたい焼き屋で二人はたい焼きを買い、食べながら駅まで歩いた。いつもの刻に戻っている。
(さっきの刻はなんだったの?)
刻と過ごして十日ほど経つ。でも刻が分からない、と亜貴はこのとき初めて思った。
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