なぜか牧場に誘われました
土曜日。
亜貴は姿見の前に立って、前を向き横を向きをしていた。
スキニージーンズにケーブル編みの白いニット。これにパーカーでいいか、と呟く。
明日は焔の受験の日。今日新幹線に乗って行って、受験する大学の近くに泊まると刻から聞いている。
「どうせ家にいても気分が塞ぐだけだろ」
と、刻に半ば強引に牧場に行こうと誘われ、渋々承知した亜貴は支度をしていた。
その牧場は体験乗馬ができるらしい。
馬に乗ったことがないのでどんな格好をしていけばいいのか分からないが、とにかく動きやすい格好がいいに決まっている。
踝まであるボトムスと言われたのには当てはまってるし、後は軍手を持っていけばいいはず。
私服で刻に会うのは初めてだな、と思った。まあ、刻と会うからといってオシャレをする気分にはならないのだが、刻はどんな格好だろう。学校以外で待ち合わせるのも初めてだ。ちゃんとお互い気付くだろうか?
「まあ、分からなければ電話すればいいわよね」
亜貴は深く考えずに家を出た。
学校のある駅を乗り越して、六駅。ここまで乗ったことがなかった亜貴は、窓から見える景色に少し驚いていた。かなり田舎だ。山ばかり。なるほど、この山の一つの中に牧場があるのだろう。
電車を降りる。小さな駅だった。駅の大きさに比べて降りる人の数は意外と多い。土曜だからだろう。そのほとんどが牧場に行くように思われた。
駅から出てすぐの切符売り場の横に刻が立っていた。
「よお」
ワンウォッシュのデニムのパンツに白のニット。グレーのパーカー。
亜貴はなんだか恥ずかしくなった。これではまるでペアルックのようだ。
刻もそう感じたようだった。バツが悪そうに鼻の下をこすっている。
今日一日二人してこの格好で過ごすのかと思うと亜貴は恥ずかしくて仕方なかったが今更仕方ない。
「い、行きましょう!
ここからはバスなのよね?」
「ああ」
バス停はすぐに見つかった。先程電車を降りた家族連れの人たちが並んでいたからだ。
数分後にバスが来たので、亜貴と刻は後ろから二番目の席に並んで座った。隣同士で座る必要はなかったのかもしれないと後で思った。いつもより近い距離感がなんだか落ち着かない。
「牧場には馬に乗せてもらうためによく行くんだ」
刻は気にしている様子もなく話している。
「乳牛もいるから、濃厚なソフトクリームも有名。食べたことあるけどなかなか美味かったよ」
「ソフトクリームは時期的にはまだ寒いんじゃない?」
「そうだけど、食べる価値はあるぜ?」
バスがくねくねと山道を登って行く。その度に揺られて亜貴の腕と刻の腕があたった。亜貴はその度に腕を引っ込めた。刻はそれも気にしていないようだった。
「……なら食べてみようかな。
私、馬に乗るの初めて。怖くないかな?」
自分だけ気にしているのかと思うとなんだか馬鹿らしくなり、乗馬の話題を振ってみる。亜貴は初めての乗馬のことも気になっていた。
「大丈夫。馬は頭がいいし、乗馬用の馬はおとなしい馬だから」
刻の言葉に少し安堵する。馬に乗る。それだけのことだが、亜貴はちょっとした冒険前のように心臓が高鳴るのを感じた。
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