恋人ごっこ~彼女と彼の一ヶ月間の勝負~

天音 花香

告白後の不本意な出会い 1

 ーー優しくて、誠実でいい人。でも意志の強い人。

 笑顔が多くて、眼鏡がよく似合い、目がとても綺麗な人。柔らかそうな髪は透けると綺麗で、細くて長い指をしていて、背が高い人。

「先輩!」

 って呼べば、ふわりと微笑んで振り返ってくれる人だった。

 書道部の部長だった樋口焔ひぐちほむら先輩。私の理想そのもの。

 初めて恋をして、勇気を出して告白した。

「ありがとう。高城さんの気持ちはとても嬉しいよ。でも僕には好きな人がいるんだ。本当にごめんね」

 すまなそうに言った樋口先輩。

「想いが通じるといいですね」

 そう言うしかなかったーー

                  

                   ★

               



「あーあ。振られちゃった」

 不覚にも涙がこぼれそうになって、高城亜貴たかじょうあきは空を仰いだ。小春日和の冬にしては温かい日だった。太陽が西の空にもうすぐ沈もうとしている。夕暮れはただでさえ心がきゅうっと寂しくなる。今日の空はなんだかひと際美しく切ない。

「綺麗だな」

 涙が目尻から耳の方に伝うのがわかった。

(あっけなかったなあ)

 焔を好きになったのは高校一年生の三学期頃だった。一年間の想い。長いようで短かった。でも、その間にたくさんの焔の姿を目に焼き付けてきた。あと一ヶ月で焔は卒業だ。

(後悔はない。先輩を好きになってよかったし、告白もちゃんとしてよかった。

……先輩の好きな人って誰かな)

 思い当たる人がいないわけではない。同じ書道部三年生の円上さゆり。穏やかで優しくて控えめなのに、どこか芯の強さを感じる女性だ。

(どうだろう。お似合いの二人だけど)

 ただ、焔が「好きな人」という表現をしたのが気になった。

(両想いでは、ない、のかな……)

 複雑な思いで、教室に鞄をとりに戻っているときだった。


「好きなんです」


(!)

 聞こえてきた女子の言葉に亜貴の心臓は飛び出そうになった。自分が告白したばかりのときに、人の告白に出くわすとは、なんて日なんだろう。垣根を挟んで向こう側にどうやら女子とその意中の男子はいるようだ。

 邪魔しちゃいけないとそうっと通り過ぎようとする。

 ところが。

「あー、悪いけど、今、女に興味ねぇんだわ。付き合うとかってよくわからないし。ほんと、わりぃな」

 聞こえてきた男子の言葉に、亜貴の足は止まってしまった。

(なにそれ!)

 無性に腹が立っている自分がいた。

(女に興味ない?)

「じゃあ、そういうことだから」

 素っ気なく言う声が聞こえたそのとき。亜貴は垣根の向こう側に飛び出していた。

「ちょっと、あなた」

 亜貴は腰に手をあて仁王立ちして声をかけた。その場にいた女子と男子が驚いたように亜貴を見た。

「あなたよ? 男子の方」

「なっ、なんだ、お前」

 女子も男子も状況がわからず狼狽しながら亜貴を見ている。

「偶然通りかかった者よ。それより、あなたのその態度なんなの?」

「はあ?」

「はあ? じゃないわよ。告白されたのに、その態度は何? って言ってるの」

「……おたくこそ立ち聞きとはずいぶんじゃねぇか」

 告白した女子はおろおろと亜貴と男子を見る。

「聞いてしまったのは悪かったと思っているわよ。でも黙っていられない!

『女』でひとくくりにされるこの子の気持ちを考えなさいよ! この子は『男』じゃなくて、あなたが好きなのよ! そんな答えで気持ちを昇華できると思ってんの? 好きな人がいるとか、タイプが違うとかならわかるよ? でも、何? 興味ない? 付き合うことがわからない? だったら付き合ってみればいいでしょ! この子のこと、知ってみればいいでしょ? 付き合ってもいないのに、最初からそんな断り方ないんじゃない!?」

 言ってて自分でもどうしてこんなに腹が立つのか亜貴はわからなかった。もしかして、振られてすぐだから、感情が高ぶっているのかもしれない。

 言われた男子は明らかにむっとしていた。

「てめぇに言われる筋合いはねぇんだよ! 俺がどう振ろうが勝手だろ!!」

(どう振ろうが勝手……。そうかもしれない。でも、告白したほうの気持ちはどうなるの!!)

 悲しいやら悔しいやら。なんだか気持ちが抑えられずに、亜貴は告白した女子の方を向いた。

「こんな態度の男子、やめた方がいいわ。 付き合わなくて正解よ。あなた可愛いんだから、もっと自信を持って! こんな奴より数倍いい男を探せばいいわ!」

「は、はあ……」

 自分の言葉が矛盾しているのはわかっていた。この女子はこの男子が好きなのだ。

(だけど、こんな振り方……! やっぱり悔しい!  納得できない!)

「……なんだと? 俺のこと知りもしねぇのによく言えたもんだな!」

「だから、それは彼女の台詞よ?!」

「うるせぇ! 

ああ、わかった! そんなに言うんだったらな、てめぇ、俺と付き合え! 付き合うってのがどんなのか分かればいいんだろ?」

 男子の無責任な言葉に亜貴のこめかみがひきつった。

「はあ? なーんで私があんたなんかと付き合わなきゃいけないのよ?! この子はどうなるよ!!」

 ビシッと女子の方を指差して言うと、

「いえ、私は振られましたし、もういいですから……」

 と彼女は涙を浮かべて、困ったように言った。

「私はよくないわ! なんでこんな、全く好みと正反対のタイプと付き合わなきゃいけないわけ?! それでなくとも、さっき失恋したばかりなのに!」

 言ってから、しまったと亜貴は自分の口を押える。

「ほう、やっぱり失恋か。そうだろうな。てめぇみたいな奴と付き合う奴なんかいるもんか。俺が試してやるって言ってんだ。ありがたく思えよ」

 嘲るような笑みを浮かべて男子は言った。悔しい。

「だーかーらー! いやだって言ってるでしょ!」

「ふん、俺に惚れるのが怖いんだろ?」

 そのとき、亜貴の中で何かが切れる音がした。

「……いーわ。勝負しましょう。一ヶ月。惚れたほうが負けね。思いっきり振ってやるわ!!」

 売り言葉に買い言葉。叩きつけるように言って、言った直後に後悔する言葉なんてあるんだと亜貴はこの瞬間思った。

(ああ、しまった……!)

「へぇ、面白そうじゃんよ。受けて立ってやるぜ。覚悟するんだな!」

 男子はニヤリと笑った。

 なんでこんなことになってしまったのか。亜貴は自分の言動に内心泣きたい気分だった。でも、もっと泣きたいのは告白した女子だろう。泣き笑いを浮かべながら、

「頑張ってください」

 と健気にもその女子は亜貴に言ったのだった。

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