デートってこんなんでしたか? 1
「学校行ってきます。昼は食べてくる。ちょっと遅くなるけど夕飯は食べるから」
亜貴は母親の奈津にそう言うと家を出た。デートと言っても学校に行くのでいつもの制服姿だ。刻とデートなのに亜貴の心はどちらかというと焔の方に向いていた。焔が本当にさゆりが好きなのか、見て確かめてから行動を起こしたい。そう思っていた。
電車に揺られている間、亜貴はぼんやりと考える。もし本当に焔がさゆりを好きなようだったらどうしようかと。二人きりで会わせたら、焔は告白するだろうか。
(今まで二人になる時間はいくらでもあったはずよね。でも告白しなかった。二人にするだけじゃダメなのかな。何かきっかけがあればいいのかもしれないけど……)
気が付いたら校門の前だった。刻はまだ来ていないようだ。亜貴は弓道場の方に行こうか迷ったが、行き違いになってもいけないので待つことにした。弓道場の方を向いて待っていると、部活を終えた部員が出てきた。刻はすぐに見つかった。男子部員の中で背が高いということもある。
(それだけじゃないかもね。光ってるってこういうことを言うのかな)
刻は明らかに目立っていた。一人の男子部員に向かって軽口を叩き、やんちゃな笑顔を見せる刻に亜貴の目は自然と惹きつけられた。焔に似た端整な顔が笑うと急に幼くなる。
(樋口先輩の笑顔は逆だったな。大人っぽい、微笑むって感じだった)
でも刻の笑顔は笑顔で悪くない。ふとこちらを向いた刻と目が合った。その瞬間、刻はなんだか気まずそうに目をそらした。
(何よ、そんな露骨に嫌な顔しなくてもいいじゃない)
亜貴はそう思いながらも刻を観察する。つるんでいた男子が刻に何かを言った。刻はその男子を小突くと、軽く走って亜貴に向かってきた。その一つ一つの動作がなんだか様になっていて、亜貴はちょっと憎らしく思った。亜貴が刻に向かって手を上げようとすると、刻はその腕を掴んで、亜貴を校門の外に連れだした。
「お前っ、そんなことするからまた冷やかされただろ?!」
ちょっと怒ったように刻は言ってずんずんと亜貴をひっぱる。その力の強さに、亜貴は引きずられる形になって、
「ちょ、ちょっと! 痛い!」
と悲鳴に近い声を上げた。
「!」
刻は初めて気づいたように亜貴から手を放した。
「わ、わりぃ」
困ったように言って、心配そうに亜貴を見る。
「ほんと、乱暴!」
亜貴は掴まれたところをさすりながら、歩く。それに合わせて刻も歩き出す。
「い、痛い、か?」
先程怒っていた顔が嘘のように、しょげた顔で刻が聞いてくる。
「痛かったわよ」
ちょっと怒った風に亜貴が言うと、
「わりぃ。ごめん……」
神妙な顔で謝ってくる。なんだか可哀想になって、亜貴はふうと息を吐いた。まだ掴まれた腕が熱を持ったように痛むが、刻に悪気はなかったのだろう。
「もう、いいわよ。……あんた、恥ずかしかったんでしょ?」
亜貴の言葉に、
「ま、まあな」
と刻は頷く。
「でも亜貴の腕がこんなに細いとは思わなくて……」
刻は歩きながら鞄を手にしていない方の手を握ったり開いたりを繰り返した。
「ちょ、や、やめてよ、その手!」
言われて気づいたのか、刻は慌てて手を動かすのをやめた。だが、亜貴の腕を掴んだ感触が残っていて、なんとなく罪悪感を刻は覚えた。
「……」
気まずい空気が流れる。無言で二人で歩いていると駅が見えてきた。
「……それ、で。どこ向かってるんだ?」
言いにくそうに刻が聞いてくる。
「そうね、どこというわけではないのよね。とりあえず、刻の反応から学校は離れた方がいいかなと思っただけで」
「なんだ、それ」
「うーん、まずはご飯、よね。どこで食べようか」
「亜貴は何が食べたいんだよ?」
(何が食べたい、というよりは)
亜貴は悪戯を思いついたような笑顔になった。
「ねえ、樋口先輩と円上先輩、それとまあ、尾崎先輩、だっけ? 三人がよく利用する喫茶店とかファミレスとかないの?」
「あるにはあるけど」
「じゃあ。そこに行ってみたい!」
亜貴ににっこり言われて刻は仕方なさげに歩き出した。焔たちと刻もよく利用している喫茶店へ。
その喫茶店はブルームーンといって、駅の裏にあった。木で出来た扉には茶色の丸いガラスがはめてある。二人が入ると、カランと音がした。中にはお洒落なテーブルセットが並んでいる。やや暗めの照明がいい雰囲気を醸し出していた。
「兄貴はここのアールグレイが好きみたいだ。ケーキもうまいぜ?」
亜貴は初めて入るブルームーンにやや気後れしていた。大人っぽい店だと思った。
「食事もできる?」
「ホットサンドとか美味しいと思うけど? 普通にカレーやハンバーグとかも食べれるよ」
「そう」
刻が近くの席に座ろうとすると、亜貴は、
「ちょっと待って!」
と制止した。
「な、なんだよ?」
亜貴は店の中を見渡して、こっち、と刻の手を引っ張る。
「な!」
手首を亜貴の冷たい手で掴まれて、刻は動揺した。が、亜貴はお構いなしに刻を連れて行く。観葉植物が隣との席を仕切っている一番奥の席だった。
「うん、ここなら入口から見えないわね」
「誰か会いたくない奴でもいるのか?」
刻が訝しげに亜貴を見る。
「いないわよ? でも、二人の先輩連れてくるなら、気付かれない所がいいかなと思って」
刻は呆けた顔をして、次の瞬間真顔になった。
「亜貴、それって、兄貴とさゆり姉を呼び出すつもりなのか?」
「うん」
当然とでもいうように亜貴は頷く。
「え? いつ?」
「いつがいいかな。受験もあるし、そこが難しいところよね」
「いや、その前に、そのとき俺らここで隠れて見るってことか? いや、まさかな」
「え、だめかな?」
「お前、相当性格悪いな。ま、まさか、俺の時も偶然じゃないとか?!」
かなり引いた顔で言った刻に、
「あれは偶然だってば!」
と亜貴は言い返して、ちょっと考え込む。
「やっぱり良くない、か」
「せめて外で見守ろうぜ? 馬に蹴られて死んじまう」
「そ、そうね。私、何様なの? って感じよね」
刻に指摘され、亜貴は自分を恥じた。しょげる亜貴に刻は、
「ま、とりあえず腹減ったから何か食おうぜ!」
と言ってメニューを手に取った。
刻はカレーライス、亜貴はホットサンドをそして食後にアールグレイを頼んだ。店員が去り、亜貴がふと視線をあげると刻の視線とぶつかった。学校のベンチでは隣に座っていたので、真向かいに座るとなんだか気恥ずかしい。お互い気まずそうに視線を逸らす。
改めて店内を見渡して、亜貴はこの店で紅茶を飲む焔の姿を想像した。小さくジャズが流れている。オレンジ色に灯る照明が柔らかく店内を照らしている。焔には似合う喫茶店だが、自分一人では入れなかっただろうなと思って刻を見ると、刻とまた目が合った。
「……私がしようとしてること、無謀だと思ってるんでしょ?」
「まあな。俺一人ならしねぇな」
バッサリ切られた。
「でも、まあ、いいんじゃねぇ? 亜貴は兄貴のために何かしたいと思ったんだろ? ただ、なんだっけ、ほら今流行りの。アドラーかなんかの心理学? 水を飲ませようとしても本人が飲もうとしなけりゃ飲ますことは無理。俺らに出来るのは限られてるってやつだな」
「……。案外大人なのね、刻」
亜貴が心から感心して言うと、刻は「案外は余計!」と言って、店員が持って来たカレーライスに視線を落とした。
「うまそ」
表情が一瞬で変化した刻を見て、亜貴はくすりと笑ってしまった。
「こっちも美味しそう」
「亜貴、それだけで足りんのか? ホットサンドは俺はおやつ感覚で食っちまうけど」
「十分よ」
「頂きます」
ホットサンドは外はサクッとして、中はチーズがとろりとして美味しかった。サラダが付いてくるのも学生にはありがたい。刻のカレーからもいい香りがしていた。きっと美味しいのだろう。食後に店員がアールグレイを運んでくるとふわりと甘酸っぱい香りが漂った。なんだかほっとする。焔もきっとこんな時間をここで過ごしていたんだろうな。
「そんな顔もできるんじゃねーか」
刻の声に顔を上げると、刻がニヤリと笑っていた。
「失礼ね。誰かさんが軽口を叩かなければ、普段は穏やかなの」
「穏やかなの、って、亜貴が? ふは!」
「……その口どうにかならないの? 」
雰囲気をぶち壊されて怒気を含んだ声で亜貴が言うと、さらに楽しげに刻は笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます