スサーナと屋根裏部屋。
◆冬の初め、前小話直後のこと◆
屋根裏部屋。それは日本で物語を読んで過ごした少女たちには憧れの存在である。
多分天井が低く、せまく、暑さ寒さは辛く、結露はひどく、カビたり空気が悪かったりもするのだろう、とスサーナはこちらに来てからずっと憧れの心をなだめてきたものだ。
特に屋根裏に暮らすチャンスなどもなかったことであるし、これまで屋根裏を見る機会など存在していなかったのだが、降って湧いたように屋根裏部屋を見る機会が発生し、食い気味に飛びついたのが先程のこと。
先日ひょんなことから屋根裏に部屋を持つ女召使いたちの寝室にロコを探しに行ったことから、まあいいかと考えたらしい一人の召使い――侍女ではなく、もっと下級の台所担当のメイドであるので本当は交流するものでもないらしいのだが、いろいろな事情からそこは多少ふんわりしている――が、空き部屋で昼寝をしているロコを見せてくれようとした、というのが今回の屋根裏部屋訪問の理由である。
冬の初めのやわらかな日が斜めの角度に設置された窓からさんさんと差し込み、そのひだまりの中で白い猫がぐいんぐいんに伸びて転がっているのは実に眼福なものであった。
しかし、スサーナを驚かせたのは冬の日をたっぷり蓄えた猫毛がほかほかで今からとても抱いて寝たい、というようなことではなく、屋根裏部屋の構造、それそのものである。
通された部屋は空き部屋で、大きな家具などはほとんどない。どうもちょっとした私室外で一休みする場所的な感じで使われてはいるらしく、クッションと小さめの絨毯、低いソファが置いてはあるが、屋根裏部屋の全貌がいい感じに見渡せた。ちょっと秘密基地的な感じで、それもまたぐっとくる。
まず壁面が斜めなところが一箇所あり、そこに窓がある。
それはスサーナのイメージ通りなのだが、これがどうも、大きいのだ。
こちらならガラスなしの木戸であろうか、と思っていたものの、厚みのあるロンデル窓でいまいち光線の通り抜けは良くないが、代わりにしっかり大きく、少し出窓のように突き出したやつが二枚もある。
そして、天井も高い。屋根裏部屋というのなら天井は低くて、と夢想していたのに、これはどうも2,5mは確保されているぞ、とスサーナは思う。梁むき出しということもなく、いい感じの天井があり、更にそこから視線をずらすと、ミニ吹き抜けと呼ぶべきへこみが天井にあり、そこには天窓がある。
つまり、天井裏と言いつつもさらなる天井裏がちゃんとあるのだ。
壁は漆喰で、下の階のように優雅で繊細な細工に満ちているというようなことはないものの、ドア枠なんかには可愛らしい彫刻がしっかりと入っている。
――窓は南向きではありませんけど、夏はすごく暑くなるはずだから、風が抜ける側への窓はむしろアド……!
しかも広さは斜めの部分を除いて八畳間ぐらいあり、つまりスサーナの妄想する、こちらの文化でならの屋根裏少女の清貧な風情よりもとても普通で、おしゃれ屋根裏なのだった。
「皆さん、こういうところで寝ているんですね……」
「ええ。狭くて驚かれたでしょう」
「いえあの。ええと……ああ! 二人とか、三人とかで一部屋……」
「いえ、一人部屋なんですよ。狭くてもやはり気詰まりがなくて、旦那様には感謝するばかりです」
スサーナが聞き出してみたところ、たしかに暑さ寒さはあるようだが、からっと暑い本土であれば日陰はそれなりに過ごせるし、冬の寒さは寒くて仕方ないほどではない――とても寒い日は辛いが、厚着や火鉢でなんとでもなる範囲――。水回りがなく、トイレなんかは下の階となるのが少し面倒、ぐらいのものであるようだ。
――これは――これは、暮らせるな?
スサーナはそっとごくりとつばを飲んだ。こんな感じの屋根裏部屋が業界スタンダードなのかはわからないが、もし文化的にそうであるとすれば――こんな感じの屋根裏部屋になら暮らしてしまえる気がする。
もちろん、公の娘がそんなところに住む許可など出るはずもなく、見事な別棟ひとつを手にしているわけだし、学院に戻っても貴族寮である。
第一、商家の娘であった頃からして、そんな場所に住める選択肢などどこにも見つからなかったものであるが、屋根裏部屋というやつが想像よりずっと暮らしやすそうだったことでスサーナは一時空想を楽しんだ。
こう、三階とか四階の見晴らしの良い最上階の天井が斜めの部屋に猫と住むのはどれほど楽しかろう。
……勿論、水回りはあり、雨漏りもせず、トイレはあるが漏出する臭いなどもない理想状態でだ。コンロがあればさらにいいのだが、ガスコンロは存在しないのでちょっと置いておく。島でなら謎の加熱装置を魔術師から買えるかもしれないが、島の街場で屋根裏部屋一人暮らしはまずおうちに帰るところからの空想になってしまうので今はやめておいた。
――事態が解決しても公の娘は継続していただけてしまうとお父様が確約していましたし……、平民としてそう言う生活、というのは多分無いやつ……なんですけどねえ。
とりあえず、実現可能性が楽そうなところを思うなら来年の夏。なんとか、こう、ことが全部うまく行った将来。いい感じに夏休みに一週間バカンスとかそういうことは可能になりはしないだろうか。
パリの屋根裏的な場所で一週間。なんだか素敵なコンドミニアム的な感じのやつだ。
お父様はどうやら比較的破天荒なタイプの大人なので、社会勉強として、それから危機が去ったという心の緩まりなどもあるだろうし、お忍びの許可をしてもらえたりすることもあるかもしれぬ。
――その頃には、ミランド公当主の跡継ぎはレオくんの方だよと布告できているでしょうし……私の立場は用済みになっていると見て良い以上、あまり非公的な場所で身を慎まないで良い可能性は、ある!
しばらくほこほこしたあとでロコを抱えて下に戻ったスサーナは、その夜やってきたレミヒオくんにその計画を話し、そういう素敵な屋根裏は明らかに雇った領民をとても大切にするという特色があるミランド公のお宅のみのものだと断言されてしまったのでちょっと遠い目になった。
素敵な湖畔のリゾート地など、わざわざ屋根裏に手をかける土地もあるかもしれないので、夢は捨てないようにしていこうと思う。
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