魔術師達狩りに行く

8月が終わるので、水遊び?する魔術師の話など。

大体283話前あたりの出来事。


 ◆  ◆  ◆


 ある日のこと。第八塔が面倒な議会仕事の気晴らしに友人の塔に押しかけたところ、相手は珍しいことになにやら狩りの支度らしいことを整えているようだった。


「珍しい。どういう風の吹き回しだ」


 いつものことながら勝手に室内に入ってきた第八塔の声に第三塔は面倒臭げに振り向く。


「またお前は、訪問の知らせもなく……」

「近くまで来たものでな。それで何を狩るんだ? 」


 苦情の声を聞き流してソファにどかっと座った第八塔に彼は諦めたような溜息を吐き、楽しげに検分を始めた第八塔の手から肉厚の大鉈を奪い取った。


「拘束式に閃光珠、それに設置タイプの術式具……大掛かりだな。……ん?「強い」耐毒護符も? しかもまあ随分と特化した……んん? ってことはこれヒスイワニガメ狩りの装備だな? おい、まさかお前、錬術杯ぶっ壊したのか!?」


 ひとしきり用意された狩りの支度を眺め回しひっくり返した第八塔が驚きと呆れの混ざった声音で叫ぶ。耳元で大声を上げられた第三塔はうるさげに耳を抑えた。


「耳元で叫ぶようなことか……?」

「いや、すまん。だがよ、お前にしては珍しい。何したんだ。」


 師匠殿ならなにしてもおかしかないが、とうそぶく第八塔のいぶかしげな声に耳の違和感から脱したらしい第三塔は何か言いかけ、淡く肩をすくめる。


「見境なく魔術具を壊すのはお前の専売特許だろうに。お前と一緒にされては我が師もさぞ不本意なことだろう。勿論私もな。」


 うえー、と不服な声を上げた第八塔がそうは言うが市販の魔術具はやわに過ぎるし自作の物を壊すのは緊急時が主だぞと言い訳するのに半眼になってみせ、第三塔は言葉を探した様子でわずかに目をそらした。


「別に壊したわけではない。……そろそろ更新時だと思っただけだ。」

「そりゃまあ、更新して損があるものじゃないがよ、よくやるなあお前……。んじゃ、元の杯はどうした。なんだったら下取りするが――」

「勢いで――いや。人に渡した。どうでもいいだろう」

「ちっ。お前のやつは材質がいいからな、俺のやつと替えようかと思うたに。下賜品にでもしたのか? 話を持ちかけて買い取ってくれようかな、そこらのやつらじゃ宝の持ち腐れだろう」

「…… 目星をつけたあたり、狩りが無事済めば素材は二人分は確保できるはずだが、来るか。」

「お、行く。」


 彼らが錬術杯と呼ぶのは水を呼び出す術具の一種だ。

 簡単な術式で水を錬成する魔術具とさほどの差はないが、多少の違いとしては「浄化」「純化」したものが創造される。

 多少の違いではあるが、その多少を維持するためにそれなりの努力がなされるのが常。水と親しい彼らではあるが、彼らが呼吸をするように生み出せる水は彼ら個人の要素を帯びすぎるために支障が出ることもあり、簡単な術式で生み出す水は「ただの水」に過ぎ、世界に近しすぎる。世界に干渉されず、場の生命体も霊脈の影響も受けていない清水を彼らは種々の材料や溶媒として使うのだ。

 故に魔術師は大抵常に自作の錬術杯を持ち歩き、日常の用を果たすことから霊薬フームを作成することにまで役立てる。とはいえ大抵は若子時代に手に入るもので自作するため、材質や精度はある程度妥協するものも多い。技量の上達や、より精度の高い材料を得る度に作り変える者もいるが、一般的にはそうするのは凝り性の部類だと言われている、という代物だ。


 まあ、塔を任される魔術師という身分からしてみれば、より精度の高いものが作れるのなら更新することは珍しくはない。大雑把な術式で絶大な威力を叩き出せるのも上位の魔術師たちの特権なら、僅かな品質差すら排除し、鋭く研ぎ上げた素材を使った繊細な構築物もまた彼らの成すところなのだ。


 第八塔もより上質な素材が手に入るなら替えたいとは思っていたものだ。


 それが何故変えなかったのか、といえば。


 それはもう、ひたすらに面倒くさいからに他ならなかった。



 南の大陸。

 南部のやや東に位置する巨大湖の一角、せまい湾が複雑に入り込んだ地帯。

 二人の魔術師は湖上をそれぞれの騎像を駆り、全速力で疾走していた。


 彼らの影が落ちる湖の水面、その奥がわずかに翳る。

 合図しあった魔術師達が左右に散開した一瞬後、影は大きく開いた口の形を明らかにし、水面から躍り上がった。

 勢いよく噛み合った口には狙った獲物は入らず、盛大な音だけを立てる。一瞬後にそれは盛大な水しぶきを立て、泡とともに水底へ戻っていった。


 ヒスイワニガメ。そう呼ばれるそれは古い時代にやってきたと言われる「安定な」魔獣だ。見た目は名の通りそう呼ばれる爬虫類に多少近く、上下に開く前に突き出した巨大な口にずらりと並んだ牙。硬い外皮、それに鉱石状の外骨格を背に備える。

 この魔獣の特徴は、まず「安定した」動物に近い魔獣のうちでは比較的大きい、15mほどある体躯と――


「おい、まだ麻痺術はきかんのか!!」

「黙って駆けろ! 運動不足のお前には丁度いいだろう!」

「運動するのは俺じゃなくて騎像だろうが、おっとお!!!」


 その背に備えた甲羅が魔力を絶縁するという特性故か、それともその生命力に由来するものか、肉体に影響するたぐいの魔術の効きが非常に悪い、というものであった。


 また、彼らの牙は鋭く、非常な硬度を誇り、咬合力は金属柱をも折り曲げるほど。


 さすがの魔術師といえど、噛みつかれればダメージは避けがたく、その上。


「おい、異常無いか!? さっきかすったろ!」

「問題ない! 障壁は働いている!」


 彼らの牙には一般的な生化学では分類し難い類の非常に強力な毒が分泌されている。



 魔術師達は旋回し、散開し、時に上空に駆け上がり、魔獣が興味を失わない程度に近さを保ちつつもその攻撃を避け続ける。


 しばらくその追いかけっこを続けた後。彼らは魔獣の鼻先を飛び、湾の一つに駆け込んだ。

 その後を魔獣が追いすがる。

 数度、その恐るべき顎からすんでのところで身を躱しながら岸めがけて騎獣像を駆けさせ、第八塔は腹に力を込めて叫んだ。


「三、二、一、今!!!!」


 その僅かに前、先に上空に上がっていた第三塔が中空に描いた術式を起動させる。それに呼応して第八塔は産毛がぱりぱりと逆立つのを感じ、次の瞬間。


 湾内に設置された術式具から光が生まれ、大気が瞬間的に膨張する爆発音とともに湾の中を幾筋もの紫光が横に走った。

 それは術式具に起こされた現象だったが、直接事象の過程を変換した結果ではなく、間にワンクッション挟まれている。急速に帯電した大気は現実、電位差によって絶縁破壊が生じ電子が放出されたのは自然法則に寄るものだ。


 彼を追ったまま、勢いよく浅瀬に入り込んだヒスイワニガメは感電し、硬直したまま岸辺に乗り上げる。


 そこに、外側から動きを戒める拘束式が発動し、魔獣の体を幾重にも縛り上げた。


「ふひゅう……」


 魔獣から少し離れた位置にゆっくりと騎獣像二体が舞い降りる。


「いやしかし、ヒヤヒヤしたが……これは質がいい材料が取れそうだな。」

「ああ。さて……」


 ヒスイワニガメの甲羅の最も高純度の部分が彼らの求めた素材だ。それ以外の甲羅の部分も多少雑味は入るものの勿論同じ用途に使えるため、他の魔術師に融通すればそこそこの臨時収入というものになったし、毒腺の毒と神経は第八塔の専門分野では活用のしがいのある部品である。

 硬度が高い牙と骨は欲しがるものの多い素材だし、極めて安定した魔獣であるヒスイワニガメであれば肉も普通の獣のように食うことが出来る。強靭な皮も素材としては面白い。二人で分けてもそれぞれ結構な量になるものだ。

 ホクホクした顔をした第八塔に第三塔は淡々と頷き、そしてその手にすっと一丁の大鉈を握らせた。


「後はとどめを刺して、解体だな。」

「……」

「手伝え」


 ヒスイワニガメという魔獣には非常に魔術が効きづらい。

 つまり、魔術師であっても仕留めるには非常に原始的な直接作業が必要とされるものだった。


「お前、こうなると分かって俺を連れてきたな!? 妙に物分りがいいと思ったわ!」

「なにを分かりきったことを。お前もヒスイワニガメの特性は知っていたろう。急がねば麻痺から覚醒して面倒なことになるぞ。」

「畜生!! だからか!! 妙にいつもと違う格好だな、と思ったんだよ!」


 半眼で第八塔を眺める第三塔は、いつものローブ……所持者自身が限界まで術式を書き込んだ防護具ではなく、袖の詰まった筒袖のシンプルな上着と厚手のボトムを身に着けている。なるほど、それは理解してみれば、原始的な解体作業で魔獣の血にまみれることを前提とした衣装に違いない。

 第八塔の魔術師は愕然としたというポーズを取って頭を抱え、はかない抵抗にいやいやと首をふるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る