断章 なんらかの答え合わせのこと(魔術師が日常する)

 本編では説明すると冗長になりそうな話も小話でなら出来ると気づいたので

 素晴らしいね、小話。

 282話後の挿話で出てきた弟弟子とはどういう関わりだったか、とかそういう話。

 あまりまとまっておらずぐだぐだしています。面白みはない。



 ◆  ◆  ◆



「師兄、師兄! そこにいらしたのですね」


 書庫の内部、そこでのみ呼び出しを許される文献を読んでいた長身の魔術師は出入り口の扉がすっとスライドし、朗らかな声が耳を打ったのに僅かに眉をしかめた。


「あまり照度を落としすぎると目に良くないですよ」


 声に続いて入ってきたのはこれもまた魔術師だ。室内に居た魔術師が揺らめく燐光に似た、動きにつれて色彩を変える遊色をもつ長い髪をしているのに対し、こちらは単純ながら強い虹めいた輝きが乗った、まとまりの悪い柔らかそうな髪を馬の尾のように縛っていた。


 入ってきた魔術師が指を動かすと、その動きに連れて天井の輝きがぐっと増した。得意げにこれで良しと言った魔術師に、元々部屋の中に居た魔術師は眩し気に目を細め、白い光輝に満ちた室内に諦めたように嘆息する。


「毛様体に負担をかけないよう調整してある。元のままの方が落ち着いたのだが」


 彼は表示板タブレットの表示を指を振って消し、やって来た相手に向き直った。


「それで、七番弟子イェディンジ、なにか?」

「ええ六番弟子アルトゥンジ師兄様、師匠のいいつけでヴァリウサ王都に行くんです。付いてきてください。」


 快活に胸を張った七番弟子イェディンジ六番弟子アルトゥンジはもう一つ完全にうんざりしたと言わんばかりのため息を吐く。


か。大した用件ではないのだろう? 君一人でこなせないのか。」

「いえ、ぜひ師兄に付き添っていただきたく……あっ、アルトゥ師兄、もしかしてこのあと外せない用事が? アーフィ先輩がいらっしゃるとか……」

「いや。……仕方ない、しばらく待ちなさい。」

「やった!」



 彼らは、塔の諸島と俗に呼ばれる島々に立つ塔のうち、筆頭12のうちの3。第三の塔の魔術師の内弟子だった。

 六番目、七番目とはいうが、それは人の呼び名などを大して気にしない彼らの師がこれまで取った弟子の通し番号であるらしく、塔の中には師事する弟子は今は彼ら二人しか居ない。

 六番弟子アルトゥは第三の塔に入ってから2蝕周36年ほど。魔術師としては「ごくごく年若い」と呼ばれる年回りで、七番弟子イェディ成人1蝕周を済ませたばかり、尻に殻のついたひよっこと扱われる年頃だった。



 出立の支度をして共有部分で合流する。留め場に用意された箱馬車型の飛空具を見ながらわくわくとした顔をした弟弟子を眺め、六番弟子アルトゥはそっと額を抑えた。


「なるほど。自動操縦の制御を外せと。」

「師兄にご一緒してもらう理由はそれだけではないんですけど……お師匠戻り時間とかは気にされませんし、師兄がやってくれれば色々寄り道ができるなあ、と」


 悪びれず言った七番弟子イェディに彼は物言いたげな半眼になったが、結局何か諫言することも制止することもなく、飛空馬車に乗り込むようだった。


 六番弟子アルトゥは態度こそ冷淡だが、それなりに七番弟子イェディを可愛がっている。


 それはたった一人の後輩であるという理由もあるし、この弟弟子が魔術師たちの基準で言えば――一蝕周成年を超えたものは皆「大人」として区別なく扱われるのが本来ではあるが――ごく稚い、と見做される年齢であるのも理由だったが、それだけというわけでもない。


 七番弟子イェディはヴァリウサの王宮に彼の師、アイヌーラが関わるようになって「」個体だ。


 貴族の当主が昔関係を持った相手の死を期に子を引き取ろうとした所、それが魔術師たちの探索の網を漏れた魔術師月の民だった、という騒ぎがあり、その貴族に当時王宮に顔を出し始めた魔術師に助けを求めようと言う機転が存在したという経緯で七番弟子イェディは彼の師の直弟子となった。

 本来なら基礎教育をされていない子供を得た際には教育の出来る塔に預けるものなのだが、彼の師がその時他の人間魔術師と会うことを好まない気難しい時期に入っていたのと、見るからに潜在魔力の多そうな色彩、それと子供が探索の網を抜けていたこと、つまり、隠蔽か欺瞞の術を使用していた――無意識に行われるものならば本当は権能と呼ぶべきだが――卓越した能力をもつ可能性がある個体だ、ということで、師の預かりになったのだ。多少は彼女がその前に手掛けた六番弟子アルトゥが同じく常民生まれで、彼女のもとで強く才を発揮していたことと無関係ではなかったかもしれない。


 常民の間に生まれた魔術師は魔術師全体を見ても総数は多くなく、珍しい。それが極めて魔力に恵まれた、世にいう「父祖神の申し子」ならなおのことだ。六番弟子アルトゥ七番弟子イェディに対し、ある種の同族意識に近い感覚を持っている。



 七番弟子イェディが命じられた雑用をこなした後。当然のごとく彼は六番弟子アルトゥを街に誘った。


「アルトゥ師兄、闘技場を見て参りませんか。」

「闘技場?」

「ええ、熊と犬を噛み合わせるんです。王宮前にも立て札が出てましたね。見ると今は獅子もいるみたいでしたよ。」

「それは……娯楽なのか?」

「ええ! 俺も兄に連れてきてもらったもんです。どっちが勝つか賭けるんですよ。すごく盛り上がるものなんです。」


 七番弟子イェディは常に家族のことを楽しげに語る。


 常民の間に生まれた魔術師が彼らに受け入れられるなどとはどうしても信じられなかった六番弟子アルトゥはかつて七番弟子イェディに問うてみたことがある。彼は笑い、こう答えた。


「といっても、母のところは遊牧民だったんで、ヤギを追えればあとはどうでもいい、って人たちばっかでした。俺、ヤギがはぐれてもどこに居るか分かったし、雨が来る方向も分かったから重宝されてたんです。父の所に行ってからも……日常では顔を合わせるのは父と使用人が一人二人、あと兄ぐらいなものだったし、牧畜領地でだだっぴろくて領民なんか全然いませんから。普段は兄とつるんで羊とばっかり遊んでましたね。知ってます? ヤギと羊、黒目が横長の長四角なんですよ」


 熱弁された有蹄類の瞳孔の話は六番弟子アルトゥには心底どうでも良かったが、弟弟子が楽しげに話す「羊の背を兄と飛び越えて遊んだ話」やら、「二人で抜け出してウサギを捕まえた話」などは単純に好ましかった。七番弟子イェディが貴族の子として過ごした時間は8つから10の二年。魔術師の感覚だと泡沫のような短い時だが、それでも彼は輝かしい時間としてそれを語り、よく懐いていたという兄を懐かしむようだった。

 それは六番弟子アルトゥにとっては想像もすこし難しい事柄であったが、己が何であるかを問題にされぬ家族がいるということは温かいお伽噺のように肌触り良く感じられたものだ。



「そうか」


 六番弟子アルトゥ七番弟子イェディの言葉にこれみよがしにやれやれと首を振ってみせる。


七番弟子イェディ、君の目当てはこれか。……私は賭けには興味がなくてね。」

「ええ……」


 しょぼくれた顔をした弟弟子に呆れた息をもう一つ。


「街中を見て回っているから一人で見てくるといい。髪と目には欺瞞を掛けていこう。」

「やった! ありがとうございます師兄!」


 七番弟子イェディは躍り上がって喜んだ。


 彼は物事を楽しむことに長けている、と六番弟子アルトゥは思う。常民たちの娯楽には興味を示すし、他の魔術師たちが通り一遍で済ませる海賊市の巡視の当番も、禁制品の気配を探るだけではなくいちいち中を見回って面白がってみせる。

 得難い才ではある、と思う。付き合わされる側としては色々と面倒も多いのだが。最近は腐れ縁の知人まで面白がって付いてくることもあり、気苦労はおおよそ自乗で増加する。ともあれ。


 髪と目に欺瞞の術を掛けてやる。南岸の民と西岸の民の特徴を併せ持った浅黒い彼の肌に合わせるなら赤銅色か褐色なのだろうが、七番弟子イェディは常に金の髪と琥珀の目を求める。それが彼の父と兄の色なのだろうということを六番弟子アルトゥは知っている。

 七番弟子イェディはいつものことながら、と自らの髪を引っ張りながら疑問気な表情をした。


「不思議な術式ですね。便利なのにアルトゥ師兄以外使ったのを見たことがない。」

「普通魔術師は常民を装おうなどと思わないだろう。必要ない。」


 六番弟子アルトゥはすげなく言い切った。普通の魔術師には用のない術式だ。そして七番弟子イェディにも、辿、ということは本質的に必要とするものではなかったはずの魔術。


「でも便利なのになぁ。やり方を今度教えて頂けませんか。」

「もうしばらくしたら君も模倣だけではなく、世の中の有り様から術式を自作する方法論を学ぶだろう。そうしたら自作すればいい。」

「そんなあ。ほら、よくお師匠も言っているじゃないですか。「自尊心ばかり高く、他者の術式構築から学べぬ者が一番愚かです」とか……。俺は無から試行錯誤するより先人に学びたいです!」


 そう言った弟弟子に六番弟子アルトゥは微笑う。


「だが、これは期待に添えるような代物ではない。基礎だけ学んだ初学者でももう少しマシな構築をするだろうな。魔力の消費ばかり多く、冗長で不格好で……幼稚極まりない術式だ。」

「……? それじゃ、師兄は何故そんな術式を使い続けて? 洗練は得意でらっしゃるはずなのに。」


 七番弟子イェディは疑問の色を深めた様子でその返事に首を傾げ、良いことを思いついた、という顔でいっそぜひ洗練させて確立させてくださいませんか、と重ねて提案した。六番弟子アルトゥは最初何故か気乗りしない様子だったが、是非にと強く求める七番弟子イェディに押し切られ、結局首を縦に振る。


「そうだな。……この形で慣れ親しんでしまったものだが、洗練改良をして悪いことはないか。」

「じゃあ完成したら真っ先に俺に教えて下さい! 絶対に活用しますから!」

「それで君の怠業の頻度が上がると私が師匠に叱られそうで参るが……」


 彼は図星を指された様子の弟弟子に閉口した、という顔をしてみせた。



 じゃあいってきます、と快活に声を上げた七番弟子イェディ六番弟子アルトゥは見送る。彼は待つ間に街中を見回り、流行の移り変わり、スタンダードの変化について把握しておこう、と考えていた。七番弟子イェディもこの後長く常民の社会に関わるつもりなら覚えておいて損はない心得だろうはずだった。


 この時、もっと別の行動をとっていたら、と彼は長く悔やむことになる。

 夕刻、そろそろだろう、と見込んで迎えに行った六番弟子アルトゥに興奮に頬を染めた弟弟子はこう言ったのだ。


「アルトゥ師兄! 聞いてください、兄と会ったんです。兄は……俺のことを見ただけで分かりました! 気づいたんです! ああ、こんなことあるのか。」



 彼の兄はお忍びらしい貴族達と一緒におり、面影にもしやと近づいた七番弟子イェディの顔を見て何者かに気づいたのだという。


『ネーファド? まさかお前か?』

『やっぱり……兄さん。俺が分かるの?』


 10で実家いえを離れた七番弟子イェディだが、加齢が止まったのはごく最近のことで、常民達が想像できる今の姿と一致していたのが幸いしたのだろう、と六番弟子アルトゥは思う。


 帰りの飛空馬車の中でも興奮した様子の七番弟子イェディ六番弟子アルトゥは「魔術師は貴族につよく肩入れは出来ない」と、喜びに水を差すのを後ろめたく思いながらも忠告したが、彼は聞いていない様子だった。




 それからというもの、弟弟子の用事に彼が呼ばれることは減り、髪と目を欺瞞する術の成果を再度聞かれることもなかった。

 こっそりと家族と会っているのだろう、とただ口を噤むことにした六番弟子アルトゥ七番弟子イェディはある時はしゃいで告げる。


「貴族に肩入れしてはいけない決まりだと聞きましたが、王家と親しむのは禁じられてませんよね。兄が親しくしているのは第一王子なんです。議会としても親しんで損はない相手だと判断するでしょう。第一王子の母親はネーゲの出なんです。魔術師を疎んじて出入りを許さない……。同期の者たちに議会がネーゲのことを知りたがっていると聞きました。お師匠に話せば大手を振って兄に会える。」


 彼自身、師匠に随行した際に現王の二人の王子と会うことはあった。彼の師は冷淡なものだが、他国の「王の友人」となった魔術師のうちには王の血縁たちと親しく振る舞う者もいると聞いている。禁じられたことでは確かに無かった。

 次の王となることがほぼ決まっている、という第一王子の腹心の類にその兄がいるというなら側近く触れ合う大義名分はある。血縁と親しむことについては議会も伝統的に強く温情を示すというし、それなら彼にとって喜ばしいことだ、と六番弟子アルトゥはその時は肯定的に思ったものだ。

 それから七番弟子イェディは師の随行を願い出ることが増え、彼ら弟子に命ぜられる雑用のうち王都に関わるものを一手に担うようになった。


七番弟子イェディ。また無断で飛空馬車を使ったのか。……あれに込める魔力も少なくはない、騎像にまだ慣れぬとはいえ、あまり頻繁だと師匠もお怒りになる」

「すみません師兄。実は第一王子が興味を持って。上空から国を見てみたいと……」

「第一王子が?」

「はい。地図を作りたいんだそうです。国内の詳細な地図を作るのに俺たちに協力してもらえればと望んでくれて。アルトゥ師兄もお話してみませんか、俺、友達になったんです。俺のふたつ下で……」

七番弟子イェディ、王家の者とはいえ節度は保つべきだということは忘れるべきではない。常民の国家に関してはたとえヴァリウサであっても崩壊を防ぎ平穏を保つ以上の行為は我々はすべきではないと師も言っていただろう。」

「わかってます、師兄。」


 そんなことを数度繰り返す。


「師兄。一昨日師匠と王宮に来ていたそうですね。アルフォンソ殿下が興味を示していましたよ」


「ネーゲのものの考え方のことを色々アルフォンソに聞きました。面白い国ですね。ネーゲとは。常民の国家なのに随分と変わった考え方をする場所のようです。」


「師兄、師兄のことをフォンシエアルフォンソの愛称型にお話しました。一度胸襟を開いてお話してみませんか。きっと親しくなれると思うんです。」


 六番弟子アルトゥ自身は二人の王子のうちどちらにも肩入れなどしていなかったし、師匠もまたそうであったようだったが――第二王子に一方的に懐かれて辟易してすらいるようであり、それ故に弟子たちに王宮に関わる用件を投げていたようだった――七番弟子イェディは確かに、王権を継ぐ者というよりは第一王子個人に強く親しみをおぼえはじめていたようだった。




 王の承認を巡る対立と混乱のさなか、七番弟子イェディが大典の許す範疇を超えた行為を行い、謹慎に魔力を封じられたまま常民の戦場に立って命を落としたのは、またその数年後。闘技場での邂逅からおよそ10年のちのこと。


 時に王国歴1493年。後の史書には「曙光宮の乱」と記された小さな争いのさなかのことであった。

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