糸織り世界百景 遺跡と魔術師

暫く出てこないとばっちり担当者その他の普段のお仕事、番外編。

(第253話前後の出来事)


 ◆  ◆  ◆


 耳鳴りがするような静謐。

 その光景を端的に表すなら大理石に似た素材で出来た大石窟、と言う事はできるだろうか。

 白の濃淡で形作られた大空間を数人の人影が進んでいく。


 彼らは一様に白と青を基調にした衣服を身に着け、程度は様々ながら揺らめく遊色の混ざる白みがかった髪をしている。容姿特徴には幅があるものの、体躯は均整が取れ、みなどこか浮世離れした整い方をしているようだった。

 静かに背筋を伸ばし歩くもの。金属でできた獣に騎乗するもの。馬車ほどあるつや消しの灰色の直方体を僅かに浮かばせ、その端に腰掛けるもの。


 彼らは巨大な石筍に挟まれた大回廊を思わせる通路を進み、渦巻く水で削られたかのような壁面を持つ円形の空間を過ぎる。

 大渓谷に渡した薄板のような石橋状の構造。薄く燐光を放つ青い水をたたえた湖。花のように結晶が広がる晶洞。

 いつしか彼らのゆく道は気の遠くなるほどに広い洞窟というべきものから、人の手が入ったと思わせる直線的なものへと変わっていた。


 大気の層を示してうす青く霞む遠景にいくつもの立方体が重なっている。

 不規則に開く、神殿を思わせるアーチ状の開口部。かどのないデザインの柱。壁面に刻まれた通路と階段。どこにも繋がっていないバルコニー。

 壁と壁、としか表現できない、全容を把握することすら困難な巨大構造体の隙間を繋ぐ優美な形をした空中回廊。

 まるで積み木のように、美しい建築構造を備えた立方体を積み重ね、緩やかなシルエットを持った張り出しや曲線を多用した開口部を何らかの規則性を持って連ねたような


 その多くが白く、ツノか石膏、ある種の樹脂を思わせる素材で構成されている。そうでないものもいくらかはあり、それらは水晶か固体の水に似た、向こうを透かす物質で出来ているように見えた。


 彼らは屋上庭園めいた構造の一つで足を止める。


「第五根拠地に到達、十秒後に第二塁規格維持使「エーディタ」接続……」


 先頭に立っていた魔術師、紗幕ヴェールを付けた一人が跪き、床面に浮かんだ模様に触れながら、指先で何かを描いていく。白い光の軌跡が指の後を追う。同時に宝玉で出来たと思しき円盤を模様の上に滑らせ、中空に浮かべた表示板タブレットに向けて声を上げた。

 円盤が瞬くように淡く光り、周りに微細な光の文字を浮かばせる。


「接続確立。魔力卵繋ぐ。拒絶なし、動力確保まであと5、4」


 丸い卵めいた魔力具が花開く。柔らかな光が波のように模様を走っていくのを暫く見つめ、跪いた魔術師が立ち上がる。


『限定状態で休眠を解除꓋ꓞす:歓喜꓋共꓋꒢ꓪꓞ꒹ꓨ꒦』


 男とも女ともつかぬ声が響き、日暮れの手前めいて薄暗かった周囲が柔らかな白光に満たされた。


「掌握度合いは?」


 側に立つ大柄な魔術師が問いかける。紗幕を付けた魔術師が手を揺らめかせ、呼応するようにちらちらと光の粒子が模様の上をまたたく。


「六割五分……程度だ。前回と変わらぬ。既知領域は表示板ガイドに出す」


 問いかけたほうの魔術師が頷き、背後に浮かべたの表面を撫でた。


「っし、そんじゃやるとするかよ」

「ザーアレズィ、ユウィンロネ、交代で結界の維持と下空への警戒を。私は掌握と領域術式の解析を続ける」


 下級らしい二人の魔術師が頷き、それぞれ虚空に光の文字を描き出す。

 そしてしばしの後、淡い光の膜が彼らの下方に張り巡らされる。


 紗幕の魔術師が「下空」と呼んだそこは、構造物から下を覗き込めば見える場所だ。地中に位置しているはずの場所であるものの、下方は果てがないような空間が確認でき、淡い桃色と藤色の混ざりあったを見せている。


 そして遺跡の広がりを示すように絶えず続く構造物の間を、群れをなす砂粒のように――とはいえ、粒めいたと見えても遥か彼方に位置するがゆえの遠近感の為せるわざであるのだが――甲冑魚めいたが横切っていくのが確認できた。

 それらは今はちっぽけな「ヒト」に興味を示す様子はなかったが、ある種の魔獣である以上魔力に誘引される。安全がある程度確保されたこの場所でも警戒は怠らないに越したことはなかった。


 膜が下方を覆ったのを目視で確認した大柄な魔術師は、つや消しの灰色をした直方体の表面に指を滑らせる。

 白い光の軌跡がそこに生まれてしばし。まるで巨大な棺であったかのように直方体の上部が跳ね上がる。

 そこに並んでいたのは死体だ。年齢も人種も様々であるようだったが、皆生命活動の気配なく、死肉であることは確からしい。

 つと大柄な魔術師が指揮者めいて指を振る。その指に絡んだ光の軌跡が輝いて消え、首を垂れていた死骸達が一斉に何かに引かれるような動きで首を上げた。


「今回は三体一単位の記憶領域同調の運用で行く。前回の損耗率はちと不味かったからな」


 魔術師の言葉に応えるように、屍人形たちはいくぶんか距離を取りながらの三体ずつ纏まって、意志の感じられない動きで周囲に散らばっていくようだった。


 屍人形は大柄な魔術師……第八塔の得意とする技術で、『自然に構造が構築済み』であるところの生物の死体を掌握し、自在に動かす技術だ。肉人形と近いが、「生きて」いる肉人形とは違い、生体部分が無いため使用する魔力は格段に少なく、この手の場所の探索に向いている。


 彼らはこの遺跡の調査のために派遣された調査隊だ。

 古代、長命である彼らですら記録に残らぬほどの古い神々の技術をもって作られたこの「砦」。それを構成する魔術と構造に使われた技術を持ち帰るため選定された者たちだった。


 この場所は地上とは隔絶されているが、星々の並びに対応して年に一度道が開く。その度ごとに大規模な調査隊が派遣されるが、彼らの母集団、諸島の塔の魔術師達はそれを待たずに少人数での調査を行うことを決定した。天球に呼応して変化する「外壁」には、月に二度、高度な術式で「広げる」ことでなんとか数人入り込めるだけの僅かな隙間を作る余地が生まれるのだ。


「散開完了。これより未知ルート探査に入る。第三塔、行動補助どんだけ行ける?」


 まぶたを軽く伏せた第八塔が宣言し、都市中枢知能に同調した第三塔が目を細めた。


「都市籍偽造は数体のみ可能だろう。あって意味があるものかは不明だが……。」

「ま、無いよかマシだろうよ」



 ◆  ◆  ◆



 しばし後。探査が安定し、気をそらす余裕ができたらしい第八塔が口を開いた。


「第三塔、そちらはどうだ」

「掌握した領域は安定している。術式は複合した構築を分解して検討をする必要があるが、既知分は前回の延長の範疇だ」

「んじゃ、しばらくはちっとは気が抜けるか」


 第八塔が座り込んであぐらをかき、そのまま後ろに倒れ込んでふひ、と息を吐く。

 立ったまま輝く結節点に手をかざし続ける第三塔がその足元を狙って蹴った。


「なんだ、お前も体力の温存すればよかろうによ。まあ固くて寝心地は悪いが」

「あいにくだが、お前ほど神経が太くない」


 ええー、と不服そうな声を上げた第八塔はそのままぐいと背筋を伸ばし、うあー、と呻く。


「ああくそ、しかし何時もの事ながらなんと面倒なことよな。帰ったら飲むぞー、数人声を掛けて行くからしてなんぞ用意しといてくれ」

「私を巻き込むな」

「なんだよう。お前の快気祝いをしてやろうと言うに。しかし、全快まで随分早かったな。後遺症が残るだとか残らんだとか言っていたではないか。杞憂もいいところだったようだが。」

「ん――」


 すいと首を伏せた第三塔が言葉を濁した。大してそれを気にした様子もない第八塔はごろごろ転がりながら言葉を続ける。


「もっと早くに祝ってくれようかと思っていたが、お前は最近付き合いが悪すぎる」

「体表の三割以上が爛れた人間に酒精を摂取させようとするな。快癒したようでも途上だと思え。休ませろ。」


半眼で一刀両断した第三塔に第八塔は不平気な声を上げた。まあ酒席は多少遅らせても酒を集める楽しみがあるがな、と言って続ける。


「流石に影響が残っていたか。仕方ない次の楽しみにするかよ……しかし、癒えきっておらんならその割にお前、師匠殿の雑用を随分と請け負っておるだろう。休ませろと言うならそちらも減らせよ。いくら師というても塔を離れた方だろうに。この遺跡の探査もそうだし、使者メッセンジャーまで近頃は引き受けたと聞いたぞ。なんというか行動パターンがお前らしくない。」

「……別に負担ではないからやっているだけだ。」

「お前の「負担ではない」の基準がわからん。お前これほど面倒な雑事なかなか無いぞお前。これは決まったことで仕方ないと言えばそうだが、王宮なぞ行って楽しいことなどなにもあるまいに。常民の礼儀作法とやらに合わせんといかんし、良い酒が飲めるわけでもなし……。誰が行っても変わらぬのだ。それは内弟子の立場もあるだろうがまだ酒も飲めんほど体が辛いというなら使者程度なら干渉に入らぬのだし、適当な下級の奴に頼んだらよかろうがよ」

「お前と一緒にするな。別に――」


 じゃあなんだというんだ、とぶうたれた第八塔に、紗幕に遮られた下でわずかに目をさまよわせた第三塔がなにか歯切れ悪く言い掛けた所で、第八塔が跳ね上がるように飛び起きた。


「っ、いかん! 第1群から5群まで順次爆ぜてやがる!」

「記録は」

「ノイズがきつくて遠隔で追えん。一体でも戻ればいいが」

「走査はしてみよう」


 弛緩していた雰囲気はぴんと張り、その話はそれまでになった。

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