ある日のフローリカ、決意する。

(232話~241話の間程度の出来事)


「信じられないっ!!」


 フローリカは全力で叫んだ。


「貴族になるって……だからもう関係ない人だって……そんな、そんなのないでしょ!? スサーナちゃんのバカバカバカバカぁっ!!」

「フローリカ」


 夏の終りが近い日。午後遅くになってもまだまだ白い輝かしい陽光が差し込む中庭沿いの一室。

 どこかから中庭までやってきた蝶がゆったりと飛んでいる。

 長閑な午後の空気をぶち壊しにして、フローリカはばたばたと地団駄を踏んだ。


「本当のことなの。お嬢さんも……きっと辛いわ。」


 テーブルの対面に座った叔母のブリダが小さく首を振る。

 その椅子の一歩後ろに立った叔母の恋人、フリオが沈痛な顔で頷いた。


 大事な話がある、とブリダに呼び出されて出掛けてきたところ、彼らの家族であり、フローリカの大事な親友であるスサーナが、フローリカには全く納得の行かない事情で「家とは関係ない人間になる」なんてことを聞かされたのだ。


「フローリカちゃんも辛いだろうけど……どうか聞き分けてほしい。スサーナは命を狙われるかもしれないと聞いてる。守るにはそれが一番いいのは解るだろう?」

「ううううううっ……でもフリオさん、変よ。そんな、わざわざ養女にするだなんて……。お家で閉じこもっていたら警吏がなんとかしてくれないの?」


 フローリカはまったく納得がいかない。それはスサーナちゃんはとても可愛いし、優しいし、フローリカの親友としては胸を張って世界一と言えるのだけれど、貴族なんて奴らが欲しがるとは思えないのだ。何か騙されているんじゃないか、などと思ってしまう。


「王族のお命をお救いしたんだそう。……こちらに流れてくる噂はよくわからないものばっかりですけど、本当に、そういう恐ろしい事があったんだそうです。……強盗に目をつけられた、なんて簡単なことじゃないそうなの。」

「……フローリカちゃん。君や……僕ら皆を守るためでもあるんだそうだ。……あの子の家族だと解ってしまうと、僕らがあの子に対して人質として使われるかもしれないから。スサーナの迷惑になったらいけないだろう。」

「ううううううう~~~っ!!」


 寄り添って目を伏せ合う二人にフローリカは唸った。


 王族の命を救った。悪いやつにもそれで狙われる事になってしまったけれど、それに感じ入った貴族がスサーナちゃんを殊の外気に入って是非とスサーナちゃんを養女に願った。もちろんそう言う身分だからちゃんと守ってもらえる。……ただ、本当の娘だという扱いにするから、元の家族は名乗り出てはいけない。うちの子だというのはもってのほかだ。


 そう言われてしまうと、今からでもなんとか反対できないか、なんてことは言えそうにない。……本当の娘だということにする、というのは本当に破格の、良い扱いだということは言い含められなくても解る。

 王都のことはよくわからない。王族、なんて言われても島から出たこともないフローリカにはあいまいにぼやんとしたイメージでしか想像できない。王様が国土を平安に保ってくれているのは知っているけど、他の人達は王様の家族だという理解しかしていないし、だからその人達が命を狙われたなんて言われてもそうですかとしか思えない。

 スサーナちゃんがそれを庇ったと聞いたって名誉なことだとは思えないし、それで命を狙われるようになった、なんて言われたら冗談じゃない。しかもそれでスサーナちゃんの良さに貴族が目をつけた、なんて。なんと迷惑な事態を引き起こしてくれたんだろう、と王族の人とやらについて恨むばかりだ。


「……わかったわ、フリオさん、ブリダ。誰にも言わない。」


 ホッとした顔の二人にこのあとどうなるかを説明されてフローリカは帰途につく。



「見てらっしゃい、貴族なんかが私からスサーナちゃんをとれるだなんてことあるはずがないんだから!」


 馬車の中。フローリカは決意を込めて呟いた。

 まずは学院入学。これは予定通りやる。貴族のご令嬢というやつは大体学院に通うものだとスサーナちゃんからの手紙に書いてあった。

 それから、そう。


「パパ、ママ、突然だけど、本土との貿易量って増やせる? わたし、本土と商売したらいいと思うの」


 家に帰ったフローリカは両親が会話をしていた居間に入って言う。


「まあ、フローリカ」

「どうしたんだい、藪から棒に」

「来年わたし、学院に入るでしょう? ねぇパパ、どうせ頻繁に連絡するんだから本土に支店があるといいと思わない? 今は慎む雰囲気だけど、来年に入ったらお祝いムードが戻ってくるでしょうから、コラッリアの珊瑚を高く売るチャンスだわ! 島にも貴族がしばらく居たんだから、評判は伝わっているはずでしょ?」


 元々貿易が本業のアサス商会は本土との交易だって行う予定があった。島々での交易の金額を安定させるほうが先だという手はずだっただけだ。今は本当にほそぼそと、間に人を挟んでの取引だが、直接の支店を作る予定はあるはずなのだ。

 両親が先々の計画を話すのを聞いていたフローリカはその事を知っている。


 珊瑚に真珠。島の特産で貴族が欲しがりそうなものは沢山ある。なんなら来年じかに売り込んでやれば良い。きっとフローリカでもつながりを持てるぐらいの階級の貴族のご令嬢でそう言う物を欲しがる相手はいる。だんだん有名になればいい。


 ――つまり、偉い貴族とも取引できるようになればいいんだわ!

 アサス商会を貴族の間で有名にして、お偉い貴族のところにも出入りできるようになれば良い。羽振りのいい商家の娘が社交界とやらに出入りするような噂なら、ヴァリウサという国のいいところとしていろんな貿易商とかの間で語られているのだから。

 そしたら、顔を合わせる機会なんてきっといくらでもある。


 ――待ってて頂戴、スサーナちゃん。


 わたし、公のご令嬢とやらの大親友になってみせるんだから!

 フローリカは内心天に指を突き上げ、全力で宣言した。

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