リクエスト/フェーヴ祭のあとで、または余ったブランデーケーキの行き先
◆第三塔さんにはチョコケーキはないのかという質問を受けましたので。時系列的に違和感はないのでまあこのぐらいはあったかもしれない。素敵さは本当に皆無です。いわゆる何でも許せる方向け。
◆ ◆ ◆
二の寒さの月の後半に入った日のこと。
港の市場に出かけていたスサーナは、同い年かすこし年嵩ぐらいの男の子たちが興奮気味に会話しあっているのにふと耳をそばだてた。
「おい、見た?」
「おう! ホントに魔術師ってあんな色してるんだな」
「な! 何食ったらあんなんなるんだろ。」
「なあなあ、度胸試ししようぜ、横通れた奴に全員で1アサス、触れたら2アサスでどうだ!」
「やべえよ、目をつけられたらどうすんだよ」
「なんだよー、怖いのかよー」
ああ、市場に魔術師さんたちがいるのか、とスサーナは思う。魔術師は珍しくはあるものの、大人にとっては騒ぎ立てるほどには珍しいものではない。
魔術師達の品物を売る店が市場の中にあるので、時折市場に現れて何かを納品したり連絡をしたりしていくのを見かけることもある。
時には市場の常民の店で何かを見ていったり、ごくたまには何か買うことだってあるらしい。
はしゃいで度胸試しのタネにしようとしている男の子たちを、スサーナは内心そっと、転んで泥だらけになってしまうがいい、と呪っておく。
――あんなに凄いのに、なんて失礼なんでしょう。
スサーナはぷしぷしとしながら、ああそういえば魔術師さん達のお店に行っておかないとな、と思い立った。
本土に持っていくためによく磨いた白砂糖と、精緻に製粉をかけた精製小麦粉をいくらか買っておきたい、と思っていたのだ。
お菓子を焼くのは気晴らしにいいし、何なら非常食にだってなるはずだ。新生活に食べ物を持っていくのは基本だろう。島でしか買えないものならなおのこと。
それからそういえば衛生用品も買い足しておきたいのだった。どれだけまとめて手に入るものかはわからないが、どう考えても島以外で買うことが出来るとは思えないのだから、必須オブザ必須だ。
まだ本土に向かうまでは半月ぐらいはあるものの、注文して纏まった数を買うとなると、今のうちに行っておいたほうがいいだろう。
そんなわけで、スサーナは港にある嘱託商人がやっているお店と、商業地域の商人向きの店をはしごして帰ることにする。
一人でのお出かけの機会はあまり多くない。今日も比較的こっそりのお出かけなのだ。
他の皆はあまり「必要もないのに付与品の店に行く」なんてことにはいい顔をせず、付いてきてと頼むと逆に諌められてしまったりするので、今のうちに纏めて行っておく必要があるのだった。
港の魔術師の嘱託商人の店には二人ほど魔術師の姿が見えた。
胡粉色にうっすらと光沢を載せたような淡い輝きの髪の男性の魔術師さんと、それより輝きの強い、真珠貝みたいな髪の女性の魔術師さん。
それぞれ焦げ茶と金緑に近い深い黄緑のローブを身に着けている。
――今日は魔術師さんたちが沢山来る日なのかな。
時折そういうことはある。移動してくるところは見えないものの、だいたい同じぐらいの時間帯にふっと市場周りに――実際市場周りだけなのかどうかはわからないが――、といっても比較的バラバラに数人現れて、いつの間にかまたふっといなくなっているのだ。
第三塔さんを見るに、どうも魔術師さん達のお仕事とかに関係があることなのだろう。
店の周りには居るものの、その時間も嘱託商人さんは普通に商いをしているし、買いに来た人間に何か魔術師さんたちが興味を示すわけでもないので、買い物に来たお客たちはそっと魔術師さん達と目を合わせないように小さくなりつつも普通に買い物をして帰っていっている。
スサーナも、目を合わせないようにというのはなんだか気に入らないけれど注視するのもおかしいし、特にこっちには意識すら向けていない様子なので、そうっとそっちの方角に向けて会釈だけして砂糖と小麦粉を注文して店を出る。
その後、辻馬車に乗って商人向けの術式付与品の店の方に向かうことにした。
貴族のお使いの顔をしてカウンターに向かい、少なくとも半年ぐらいなんとかなりそうな量のブツを注文する。
料金計算に店員さんが奥に下がっていったのを見送って、スサーナは出されたハーブティーを一口啜り――口の中のお茶を吹き出すのをなんとかこらえた。
今まで全く気づいていなかったが、店内には一人魔術師さんが居る。
スサーナからすれば店の奥側、結構な死角になるあたりで作業していたか、商談を終わらせたか、どちらからしい様子のその魔術師さんはスサーナの視線を感じ取ったかお茶が気管に入ってむせた咳を聞きつけたらしい。わずかに首を傾げるようにしてこちらに視線を向けてくる。
暗い赤のローブ。今はフードを被っておらず、
多分、いや、ほぼ確実に知り合いだ。
――き、気まずい!
スサーナは複数の意味で内心呻いた。
まず、専属で商売をしてくれる魔術師さんが居るのに付与品を売る店に来ているのを当人に知られる、というのが少し気まずい。更に言えばこの間お世話になった際にだいぶ取り乱していたのを見られたな、と冷静になってからじわじわと実感が湧いてきていたので結構気まずいし、さらに買い物の内容を知られるのもとても気まずい。
自分に気づかなければいいな、と亀の子のように首を縮めて願ったのも虚しく、スサーナの上で視線が止まり、それから第三塔さんは一つ瞬きをするとさり気なく店内を見回して立ち上がり、すっと近づいてくる。
「ええと……こんにちは……先日はどうも……」
「ああ。君はこちらにも来るのか。」
観念して挨拶したスサーナに小さく首を揺らす会釈をした第三塔さんは、少し怪訝そうな目をしたようだった。
「ええ、まあ、ええとですね。なんと申しますか……。」
もにょもにょと弁解しかけたところに折悪しく店員さんが戻ってくる。
「お客様、見積もり終わりました。」
言いかけた店員さんは顧客の座った席の側に立った魔術師に驚いたような顔をすると、言葉を切ってまずそちらを優先した様子だった。スサーナのものらしい用紙を別の店員さんにすっと渡し、体をそちらに向けて腕を体の前で曲げた深い礼をする。
第三塔さんはそちらに歩み寄り、ちょっと手を上げてそれに応えると、いっそ冷たい感じがする事務的な口調でなにかさっきまで行っていたのだろう事について触れたようだった。
「確認作業と処理はすべて完了した。理解に感謝を。」
「微力ながらもお力添えができれば幸いで御座います」
流石に魔術師さんたちと緊密な関係を築いている嘱託商人さんたちは違うなあ、と思いながらスサーナは聞こえてくる内容を聞き流す。耳に入れていいものなのかわからないからだ。
とはいえ、後はほとんど終わりぐらいのものだったらしい。それ以上突っ込んで会話することもなく、数言挨拶らしい言葉を交わしているようだった。
その間にもスサーナのほうにすうっとやって来た店員さんが、そちらの邪魔にならない程度の声量で見積り金額を示して確認を促してくる。
スサーナはそっと羽ペンを取ると支払いに同意のサインを書き込み――
「そちらの客は何を?」
聞こえてきた声にわーーーっとなる。
――
などと思いはしたものの、よく考えれば商人的な方面の行為としては特におかしな事はなにもない。専属契約をしているうちの人間が目の前で別のところから買い物をするのを目の当たりにした商人としてみれば、ちょっとお行儀がいいとは言いかねるが多分だいたいやるやつだ。
ついでに言えば、もっと最適化した商品のご案内なんかも出来たりもするので、「特に相手を絞って買い物をしたわけではない」「仲介業者は同一」という条件なら目の前で聞くのがアリな業種はいくらでもあったりする。
なにも問題はない。なにも。内容が絶対に聞かれたくない案件でなければだが。
「そちらのお客様は――」
手元の用紙に視線を落とされかけたスサーナは全力で自分の側の羊皮紙を引っ掴み、第三塔さんの足元まで駆け寄るととりあえず全力で声を上げた。
「恐れ入ります、魔術師様! ええと! ここでお目にかかる機会を得ましたこと、得難く思っております! この後お時間頂けますでしょうか!ぜひお話したいことがありまして……!」
「お客様ー!?」
勢いに飲まれたらしい第三塔さんが聞こう、と頷いたものだから、その場はなんとか有耶無耶になった。支払いは次回だし、手続きは終わったので特に問題はない。ちょっと紙がぐしゃぐしゃになっているのは申し訳ないが、大した問題ではないはずだ。多分。願わくば。
店を出た所で第三塔さんが騎獣像を出し、後ろからひょいと持ち上げられる。浮き上がった乗り物の上で、
「それで、話したい事とは?」
真面目な表情で聞かれてスサーナはええと! と全力で言葉に詰まった。
多分前回のことで心配してこういう対応をしてくれたのだとは容易く想像がつく。しかしながら、話すべきシリアスな話題、というのは現時点で思いつかない。なにしろデリケートな話を聞かれないというのが目的の、話を有耶無耶にするための全力の口から出任せだからである。
本土の学院に行く、というのを話すというのも少し思いついたものの、なんとなくまだ全然自分でも噛み砕けていない話題だし、妙に湿っぽくなりそうだしで避けておきたい気がした。そんな馬鹿馬鹿しい理由で湿っぽくなるのはどうかと思うのだ。
「ええと、その、あのですね。」
スサーナはカラカラと脳を空回りさせ、話題を探した後に苦し紛れにこう呻く。
「……ええと……。甘いものとか、お好きですか。」
「何?」
第三塔さんが心底何が何だか分からない、という顔をしたのが見えた気がした。
出す話題としては心底どうかと思う。しかし焦っていたせいか、他に適切な沈黙程度で話し出せる話題が思いつかなかったのだ。これはきっと数日前、「お世話になったと言ったらあの人だけど、届けに行くわけにも行かないし、取りに来てくれ、と言うのもありえなく厚かましい、第一連絡はつくんだろうけどそんな理由で」などと馬鹿なことを考えていたために脳内に概念が引っかかっていたのだろう。
スサーナはもにょもにょと言葉を続ける。こうなったら破れかぶれだ。
「ええと、特に酒を塗ったケーキとか……。あの、大量に余っておりましてですね? もしよろしかったら召し上がられませんか、とか……」
「君は」
後ろから気が抜けたような深々としたため息が聞こえてくる。
「君の魔術師をお茶に招くことへの情熱は一体何処から来ているんだ。」
情熱とまで言われることはないのではないか。スサーナは思う。なにせ今でっち上げた理由なのであるからして。
とはいえ、その話題で話し出してしまった以上、押し切るしか無い。
「いえ、あの、持っていっていただければいいんですけど。ええとそのう、本当に、本当にたくさん余っていまして……あっええと、あの、フェーヴ祭なので……とか……」
ん、と後ろから少し怪訝そうな声が漏れた。ややあって、何か納得したらしく後ろの魔術師が頷く気配がする。
「……祭儀の類か。そういうものならまあ……仕方はないのか。従うべき祭礼規定があるのだね。済まないが、常民の祭礼儀式にはあまり詳しくないんだ。」
スサーナは少し後ろめたく虚空に目を逸らす。そんな大層なものではない。いや、信仰者には大事な問題かもしれないが、別に戒律があるというわけでなし、この場での言い逃れだ。しかし、この勘違いはありがたい。スサーナは何事もなかったかのように続けて説明を入れた。
「ええと……お世話になった方に食べ物をお渡しする、というような行事だと思っていただければ……あのええと、この間のお礼も申し上げられてはおりませんでしたから? その……お礼をしなくてはなあ、とも思っていましたもので、ちょっと先走ったと言いますか……。それからええとあの、お祭りのためにものすごく沢山ケーキを焼いたので、消費できる方を探していたというのも……」
なんとかお礼をしなければな、と思っていたのは嘘ではない。こういうタイミングでこういう強引さでという予定は一切なかったわけだが。
ブランデーケーキが史上最高にたくさんあるのも嘘ではない。分銅豆入りが駄目だった場合に備えて同量焼いたので。ただしアレは寒い時期には10日20日余裕で保つものだし、順調にはけているのでそこまで急いで人に押し付けなければいけない、ということもないものなのだが。
「礼をしてもらうような大したことは何もしていない。あれはこちらの都合でのことだからね。君が気にすることはなにもないが……」
フェーヴと言うなら供犠を伴う祭礼か。接待を行う人数か、振る舞う饗しものの量の誓願でもしたわけだね、と後ろで頷く気配がもう一つ。
そういうことなら受けよう、と続いた言葉にありがとうございます、と頭を下げつつ、まともな宗教儀礼だと思われているな、とスサーナは更にちょっといたたまれなくなった。本当にフェーヴ祭の内容が理由だとしても、街のそれは極めてぼんくらだというのに。
騎獣像はふわりふわりと飛び、すぐにおうちのあるあたりの上空に到達する。家に降ろせば?と問われて頷くと、他人の目には触れない術式が掛かっているらしく、裏口の真ん前に下ろされた。
スサーナはぴゃーっと中に駆け込み、台所に飛び込むと、調理台の端を占拠して置いてあるブランデーケーキ、
「すみません、お待たせいたしました、どうぞ!」
第三塔さんは籠から突き出した特大サイズの包みに少したじろいだようだったが、なるほど早い消費になりふり構わなくなる量かと逆に納得が深まったらしい。
大体現代日本で言えばご進物用の特大のカステラの箱ほどの包みを渡され、サイズ感を実感したタイミングにはさすがに野菜が取れすぎた農家さんを見るような目をしていた気がする。
「……ありがたく頂こう」
籠を小脇に抱えた彼が指を小さく揺らすと、きちんと座る形で後ろに控えていた騎獣像がすっと進み出てくる。
騎獣像の首に手を掛け、第三塔さんはふと思い出した、という口調でそういえば、と言った。
「あれから体調などに異常は? ……護符の働きに何か気に掛かることはあったりしたろうか。」
スサーナは一瞬きょとんと首を傾げる。
「あ、はい。いえ、風邪も引いたりはしませんでしたし、体調を崩すようなこともなかったです。護符は……勿体無くて、まだそこまで付けていませんので、まだ、良くは。」
これまで装飾品を身につける習慣がなかったスサーナなので、一見非常に手の込んだ宝飾品に見えるあのお守りが手首に付いているとお針子たちやフローリカちゃんなんかの反応がちょっとどうかと言うぐらい激烈で、誰に貰ったのだと聞き出そうとする行為で非常に多大な時間を取られたため――なぜか叔父さんも途中から参加して粘るので本当に辛かった――皆に見える場所ではまだほとんど身につけていない。
「そうか。身につけておきなさい。出来れば常に。あれはそのためのものだから」
言われてみれば身を守るようなものなのだから、それは持っていなければ効果は無いだろう。流石にそうそう護符が働くようなことにはもう巻き込まれやしないとは思うものの、確かにせっかく頂いたものをむざむざ持ち腐れにするのは申し訳ない。スサーナは今後は袖の中に隠せるように、もしくは肘のあたりか、でなかったら二の腕につけようかと考えて頷いた。
騎獣の像がふわりと空の高みに浮き上がる。
スサーナは、優雅に、しかしどんどんと遠ざかっていくそれをしばらく見送り、それからだっと地に膝をついて呻いた。
「ご……誤魔化せた……! ぐだぐだでしたけど! ぐだ ぐだ でした けど!!!!」
まさかこんなことになるだなんて思わなかった。しかし、乙女の尊厳は万難を排しても守られて然るべきものなのである。
◆ ◆ ◆
「あれ、スサーナ、あの一番大きなケーキは?」
「人に差し上げました」
「……あんな大きいのを? 一本?」
「人に差し上げました」
「……ねえスサーナ、何処の誰かな? あのドン君って子かい? それともリュー君って子?」
「人に……ええと、講の子たちじゃなくてお世話になった方ですけど……?」
「そうかー。うん、それならいいんだ。うん。いや、大きなケーキだったからね……」
「???」
「フリオさん、そんなことばかり言っているとお嬢さんに嫌われますよ?」
◆ ◆ ◆
「さっきから気になってるんだが、あのテーブルの上の場違いに存在感が凄いあれはなんだ」
「……フェーヴの供物らしい。」
「……バラ肉?」
「ケーキだそうだ」
「…………ケーキ? フェーヴの供物だろ? 何故にだ?」
「さあ…………」
「常民の慣習の移り変わり、わからんな……。どこの村に顔を出したんだお前。」
「街だが……」
「街で、何故?」
「さあ…………」
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