糸織り乙女/小話

渡来みずね

古風ゆかしい行為1/新春スペシャル・異世界の僻地に魔術師の生態を見た!

 ◆200話コールアンドレスポンス行為の際に頂いたリクエストを元にしております。ありがとうございます!



 ◆  ◆  ◆


 12になったばかりのアーフィディカは先日塔に来たばかりの相手のことが気になってたまらなかった。


 つまり、今彼が預けられている魔術師の新しい弟子である。


 魔術師は弟子を取るものだ。……そう言い切ってしまうと正確には違うのだが、後進を育てることに意義を見出しているものや、単純に持っている研究に人手が要る者、人格が他者と暮らすのに向いているということで特に見込まれたものなどは多く弟子を取る。

 だから、彼が普段過ごしている塔には他にもわさわさと弟子はいるのだが、成長段階が彼と一致している者は運悪くこれまでいなかったのだ。


 魔術師にとって肉体が目まぐるしく変異する成長期はごく短く、大抵は蝕周期ひとつ大体18年前後で終わってしまうもので、なかなか他者とその時期が一致するものではない。

 もちろん、発達段階のごく近い個体が側にいると情緒的に好ましい、ということで、発達段階の近い個体を同じ場所に集めて過ごさせる方針の者たちもいるし、発生タイミングを調整するものもいるのだが、彼の形質元はそのあたり頓着がないタイプだった。


 というわけで、彼は目の前に現れた、目線がだいたい一致する背丈の相手に興味津々であった。

 であるのに、どうもあまり社交性というものがないらしいその相手はアーフィディカに目を向けようともしない。

 というか、身の回りの世話をさせるための魔術人形オートマタと、塔内の案内と認知補助の為の表示板ガイドを伴うばかりで、他の人間を寄せ付けずに塔の中を見回っているようだった。


「なあお前、名はなんという」


 アーフィディカが我慢できなくなったのはおよそ暦日にして30日後、常民と関わることが多い塔の諸島の魔術師達が採用している共通暦でほぼ一月のちのことだ。


「……」


 資料室に通じる廊下で相手を見つけ、特に急ぎの用事では無さそうだ、と判断して呼び止めた。

 冷たい目で見返され、少しその口が動くのを待ったアーフィディカだったが、特に口が開くこともなくふいと目がそらされる。

 そのまま相手が歩き出そうとしたのに気づき、彼は急いでその前に回り込んだ。


「ん、もしやお前、聴覚に支障があるのか? 困ったな。俺、表示板ガイドを持ってない」

「……115シエントキンセ。」

「なんだ、聞こえていたのか! ……ん?それは識別番号だろう。それなら俺は109シエントヌエベだぞ」

「そうか」

「ああ待て、行くな。お前常民生まれだと聞いたぞ。常民も呼称名よびなはあるのだろう?」


 横をすり抜けていこうとするのに追いすがり、ローブの背をぎゅいっと握ったアーフィディカに少年はわずかに半眼になった。


 あまり好意的ではない感情の発露であるような気もしたが、正直良くわからなかったのでアーフィディカは考えないことにした。

 この一月観察して理解したことだが、この相手はどうやら表情筋を使う非言語的コミュニケーションに重きをおいていないようだった。

 他の弟子たちに対応する様子を見れば、感情を理解されるかどうかに頓着ない様子であったので別にいいのだと思う。許容範囲を超えたならばそのように明示してくるだろう。


「……必要を感じない。識別が出来れば十分だろう。」


 つっけんどんな返答に首を傾げたアーフィディカであったが、返答があるというのはやりとりをする気があるということだ。にいっと笑ってまた少年の前に回る。どうやら諦めたようで、また横をすり抜けられるというようなことはない。


「師が識別番号で呼ぶとはいえ、呼称名で呼びあってはいけないというわけではあるまい!俺はアーフィディカだ。リルズの形質子、アーフネウスの15期の四人目の育て児。俺はお前の呼称名が知りたい!」


 前を動かないアーフィディカに少年は今度は明確に忌々しげな目をしたようだったが、吐き捨てるように呟いた。


「知らぬ」


 アーフィディカは再度首を傾げた。確か常民というやつも生まれてすぐに子に名をつけるものではなかっただろうか。


 アーフィディカは生粋の魔術師生まれの子供だ。形質親は彼の生育に胎を使うことを選択しなかったため、人工母胎で育てられ、保育停止出生してそう経たぬうちに一人目の師育て親に渡された。

 それはどうやら噂に聞く常民たちとは違うシステムに基づいている、というのはなんとなく聞き知っている。

 とはいえ、仕組みが違う社会だとか言っても呼称名というのは無いと不便なものなのだと思うし、常民だろうと変わらぬものだと思うのだが。


「何故そんなものを知りたがる?」


 なんとなく不機嫌そうな雰囲気で言った少年にアーフィディカは胸を張る。


「だってお前、俺と同じ年だろう? 同じ年のこどもはともだちになれるのだと聞いた! 呼称名を呼ぶとともだちになるんだ、どうだ詳しいだろう!」

「ともだち……」

「ああ、俺は同じ年のやつを見たのははじめてだ!」


 満面の笑顔で言ったアーフィディカに彼は少したじろいだ様子で、ややあってから小さく頷いた。


「それは、此……私、も、そうだ。」

「そうか!」

「だが、別にともだちが欲しいとは思っていない」

「そんな!!!!!!」



 ◆  ◆  ◆



 次にアーフィディカが彼に出会ったのは、食堂でだった。


 人のいない長机の片隅に座り、大ぶりのカップの中を何が気に入らないのか渋面で覗き込んでいる。どうやら規定量の食餌を食べ終わるのに時間がかかっているようだった。


「騙したな!」

「……何がだ。」

「兄弟子に聞いたぞ。呼称名を知らずともともだちにはなれるそうだ」

「…… 別に私は騙していない。全部お前が言い出した話だろう。」

「そうだったか! じゃあよろしく頼むぞ、これでともだちだな!」

「だから私は別にともだちが欲しいとは思っていない」


 そう言うな!と渋面の相手を押し切ったアーフィディカはカップの中を覗き込む。

 それは魔術師の塔で一般的に栄養補給と魔力の補充を兼ねて供される人工乳のようだった。


ラクじゃないか。嫌いなのか? 成長期間は短いのだから、摂取しないのは良くないぞ。大きくならないって兄弟子が言ってた」

「別にそういうわけじゃない。……ただ、何の乳だろうと思っただけだ。」

「うん?」

「……ここは獣を飼っている様子がないだろう。味は毛長牛とそう変わらないし、癖もないけど……例えば、人のものだったりするのかと……」


 言いにくそうにそう言った相手にアーフィディカは思わずくすくすと笑う。


「笑うな。……外でそう言う話を聞いたんだ。噂の全てが真実だとは思わないが……」

「ここの塔で出るのは人工乳だ。人で賄うには大変だろ。人数も多いからな。微生物を使って生産して……豆とかも使うらしいけどな、味は牛に近いって。俺の師父のとこだと山羊に合わせてたけど。あ、獣の改良をやってるとこだと純粋な獣の乳だったりするそうだ。島ではほとんどないんじゃないかな。」

「……人工……」


 それは乳なのか、と何やら悩みだしたらしい相手に彼は味が同じだし魔力も補充できるし同じものだろ、と雑に結論づけた。

 一つ息を吐いた相手はカップを小さく傾け、ほんの少し口に含んだ乳を何か吟味する、という風に舌先で回し、それから飲み込んで、何か納得したように頷いた。


「お前、何も知らないんだな」


 その言葉を耳にしてなにやらすごく不本意そうな顔をした少年にアーフィディカは胸を張る。


「特別に俺が色々教えてやろう! ともだちだからな!」

「いや、だから別に」


 最後まで聞かずにアーフィディカは冷えたカップを取り上げて一気に飲み干した。……キライな食べ物を代わりに食べるというのも友情行為だと兄弟子が言っていたのだ。


 あー!となにやらとても不本意そうな声が相手の喉から漏れたのは多分照れ隠しだと思うことにした。



 ◆  ◆  ◆




 115シエントキンセは魔術師として非常に優秀な個体だった。

 基礎理論の理解は早く、向学心も高い。

 元来の魔力量も多く、成長に応じて飛躍的に上昇してもいる。


 研鑽を積み、このままなら成人する前にいずれか、それなりに若い番号の塔の直弟子となるだろう、と弟子たちの間でも評価されていた。


 とはいうものの、常民から掬い上げられたのが遅かったという出自の所為か、時折常識的な部分がふっと抜けていたりしてアーフィディカを面白がらせたものだ。



「まさかお前がそんな事を知らぬとはな!」

「仕方ないだろう。あまりに当然過ぎると見えて誰も教えてはくれなかった」

「まあ、頑是ない子供でもなければ「我々魔術師の存在意義」なんて言う話なぞするはずもないか。じゃあ俺が解説してやろう。友人の義務というやつよな。」


 塔の外周。地上の緑を足元に見る窓の構造に二人して座っての休憩中。

 前の時間に115シエントキンセが振られた話題に珍しくしどろもどろになっていたのをアーフィディカは蒸し返していた。


 庭園から調達して盗んできたプラムを一齧り。わずかに眉を顰めた――どうやらこれがこいつの「憮然とした」というやつだ――友人を前に彼は勿体ぶって指を一本立てて見せる。


「と言っても、単純な話だぞ。我々は皆、その末に父祖神の元にかえるために魂を磨いているのだ」


 輪廻を繰り返し、魔力を高め、そしてその魂の階梯を高める。そしてその果てに十分に魂が熟した生で神々の座す場所に自らの力で。それがすべての魔術師の目指す――一応、そう言う事になっている――到達点だ。


 十分に階梯を上げた魔術師は命の限りが無くなり、生きたままで魂を磨くようになる。

 そして、時が来れば自らが籠もる卵を作り出す。


「……卵?」

「おう。卵だとか、繭というやつもいるがよ。詳細が気になるなら五代前の第一塔が昇天した記録、確かあったぞ。後で場所を教えるが。」

「ああ。……とりあえず今は続けてくれ。お前が説明すると言ったんだろう。」

「おう。光で出来た卵……だそうだ。それでな、中で眠るうちに形を変える。術式なしに天に到達するための形になるのだな。」


 卵がとそのものはこれまでと全く違う姿をしているという。

 それは巨大で優美な体躯を持ち、輝かしい偏光を備えた真珠色の鱗を得る。美しい角が大気を裂き、魔力炉は無限の魔力を紡ぐ。

 父祖神サーインの象徴たる水蛇に似たに、司る木々に似た枝分かれする器官を備えたそれは自らの力だけで飛翔し、月を目指すのだ。

 そして父祖神サーインの元に至った暁には、神々の座にあってまどろみ、真理と叡智を視るものとなる、と言い伝えられている。


「龍……? じゃあ、地の底にあるという……」

それとは別だな。人に聞くなよ。一緒にしたら死ぬほど怒られるぞ。形はちょっと似てるけどもな、それは彼方よりの異形だと言うぞ。」

「……この手に鱗が生えるのか。」

「いつか、だからなー。俺らのようなひよっ子じゃ小蛇にもなれん。どれだけ輪廻を超えればそこに到れるのか……。前の昇天記録だって御年5000は超えていたと言うし。俺らの14年齢なぞ端数だろうよ。」

「随分と気の長い話だ。」

「存在意義なんて大仰なもん、そんなもんだろうがよ。今日明日にできたらつまらんぞ。」


 手を空にかざした115シエントキンセにアーフィディカは笑う。もともとなんとなく蛇が似合うような印象のデザインをしているので、お前には鱗も似合うかも知れぬ、と言ってやったらわかりやすく嫌そうな顔をされた。


「ま、そういう種の目的とかそんなんは俺らみたいな者には関わりない事よな。まずはー、あと一、二蝕ほど研鑽を積んで……それっから独り立ちして、10蝕周180年もすれば弟子を取るのかね。」


 それもちょっとまだ想像できないよな、まあお前が居るから俺は楽できるだろうけどな、と言った彼に115シエントキンセがふと押し黙り、それからわずかに目を伏せた。


「そのこと……だが。塔を変わることになった。」

「えっ、お前、どこだ? そんな申し出があったなんて聞いておらんぞ俺は」

「第三。……最初からそう言う約束だった。私を見つけたのは第三塔なんだ。設備が整ったらと。だから……」


 十二の塔の内弟子になる、ということは次の塔の守り人になるのと同義だ。

 最高の教育と、権利、そして義務。一緒くたに纏めて育てられたこれまでとは違う。

 100を超える番号の今の塔の出の魔術師では簡単に面会することすら出来はしないだろう。


「そうか……」


 立ち上がったアーフィディカに115シエントキンセは小さく目線を揺らす。

 期待を裏切る事になったことを詫びればいいのか、それともこれまで黙っていたことを? そう考えるが、どう切り出していいものかよく解らなかった。空を見たアーフィディカの表情は午後の日差しに遮られている。


「凄いじゃないかよ、おい、三ってことは生命機構について最高の施設使い放題! やったぜ、神経反応追えるやつ使いたかったんだよな!」


 そして彼はあまりに予想外の反応によろめいた。


「お前……使わせてもらえるとでも思っているんじゃないだろうな?」

「おう。貸せ。」


 反射的なツッコミに躊躇なく頷かれ、115シエントキンセは半眼になる。


「馬鹿なことを言うんじゃない。……いくら弟子の知人しりあいだからと言ってそうそう特例は発生しないからな。」

「はっはっは、上位塔からの申し出があったのがお前だけだと思ったらうぬぼれというものだぞ我が友よ! まあ俺は適性試験と試問は超えないといかんがよ!」


 上位塔同士で弟子を行き来させるのは一般的な事象だ。共同の研究、そして設備の融通や研究成果の共有は柔軟に行われている。


「面倒くさいしうまく失敗しようかとも悩んでたんだけどもな、どうしてもと言われたらどさくさ紛れにお前も推薦してやろうかと思っていたが、その必要が無さそうで何よりだ! いや、これぞ父祖神の采配って奴だな! 末永くよろしく頼めそうで僥倖だとも、頼むぞ親友!」

「誰が友だ……。お前など知人で十分だ。知人!」


 叫んだアーフィディカに115シエントキンセはぽかんとして、それからそうなってみるとこの腐れ縁がちょっとやそっとでは途切れそうにないことに思い当たり、全力でうんざりした表情を作って額を抑えてみせた。

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