スサーナの日常 オバケの話と夜祭り 4

 大人たちの方に耳を澄ませれば、どうやらここはいわゆるテントサイトの一つであるらしい。本来常民の行商や旅人も使う場所であるようなのだが、この数日は抜け目なく氏族の商隊が集まり、地主にそこそこの金額を渡すことでだいたい貸し切りめいた状態にするのだとか。


 どうやら、この場所はその集まった鳥の民たちのこの場でのまとめ役の天幕であるらしい。カリカ先生は、出かける際に言っていたようにこの場所でなにやら色々な旅隊の鳥の民の大人たちと話すことがあるようだった。

 ――ええと、カリカ先生が用を済ませている間は自由行動だ、とは言われていたけど。

 スサーナは少し考えて、それからそっとレミヒオの袖を引き、出掛けに決めていた偽名を呼ぶ。


「ええと、ジャック。」

「ええ、ジル。……かあさんが仕事をしている間に遊びに行こうと言ってましたね。じゃあ、行きましょうか。」


 どうにもジャックという雰囲気ではない、いっそ年齢に似合わぬ怪しい淫靡さまで漂わせる仮装の少年は微笑み、快活な少女風の見た目になっている――こっちはジル!という感じかもしれぬ――スサーナの手を取った。


 ちなみに、この偽名を決めたのはスサーナで、ハロウィンからの連想でジャック、ジャックと言ったらジル、という、マザーグースに頼り切ったこちらの世界の誰にも伝わらない理由の命名だ。最初ヒーとホーとか提案してそれは人名なのかと問われたのは乙女の黒歴史として胸に秘めておきたい。ジャックといえばヒーホーでもある。


「あれ、アンタ達今から遊びに行くの? よかったら案内しようか? アタシ達、もう5日ここにいるから、この周りのテントならもう顔なじみだし、便宜図ったげる」

「お客さんの案内なら小遣い稼ぎしたって叱られないしねー?」

「む、ええと、有料ガイドをしてくださる……ということ、でしょうか?」

「やだ、そんなんじゃないって。常民カエルどもに今日ばっかりは雑貨がよっく売れるでしょ、でも勝手に売りに出るとばばさまに叱られるんだ。客人と出るなら文句言われないから」


 入口の方を見たスサーナたちにおっとという表情をした少女の一人がそう言いだし、もうひとりが楽しげに頷くのにスサーナはむっと思案した。

 異文化との接近遭遇には気後れするし、できたら予習はしておきたかったと思いはするが、カリカ先生が変装させた状態でここにつれてきてくれた意味を考えると、本人と紐つかない状態ならいくらでもトチっていいということではなかろうか、とも思うのだ。

 カリカ先生は間違いなく実地演習主義と経験に重きを置くタイプだし、わざわざ変装をさせて偽名まで決めさせた、というのには「鳥の民の変装技術を見せる」以上の意味がある気がする。

 ――私としても……鳥の民の人たちが普段どうしているのか、見たい気もするんですよね……

 それに、だいたい同年代らしい鳥の民と出会う機会は、今の生活だと稀有なのではないだろうか。

 どうしようか、という気持ちでレミヒオくんを見上げると、スサーナのその迷いを察したのか仮面の向こうでわずかに眉をひそめる気配がある。


「ジル、彼らと一緒がいいですか?」

「ええ、ジャック、ええと、他の……旅隊の方に馴染みがないでしょう? ジャックさえよかったら折角ですからお近づきになってみたいなと」


 まだらのある子鹿皮で作った手袋の指が顎に当てられ、数瞬指導者めいた目になったレミヒオは何か思案したようだった。


「……そうですね。ただ息抜きをするのはじゃあ、別の機会に。」


 ふっと髪を揺らして仮面の向こうの目が先達の色を宿して微笑み、スサーナに頷きかける。それじゃあと視線を女の子たちに戻したところでムクドリの氏族だという少年が少し慌てたように声を掛けてきた。


「それなら俺も行く。……詫びになればいいんだけど。」


 スサーナにそのあたりの否やは特にない。このテントに関係する子どもたちらしい彼らには彼らなりの動き方もあるだろうし、と頷くと、横でちっと舌打ちめいた音がした気がしたが、横を仰ぎ見たところレミヒオくんはすました顔をしていたようなので空耳だったのかもしれない。




 一応カリカ先生にひと声かけてから子どもたちと外に出る。カリカ先生はなにやら満足気に頷いていたようなので多分この判断は正しいものだったのだろう。

 すました顔で案内がてら一緒に遊んでくるよ、と炉の前に居た老婆に声を掛けた少女たちはスサーナの付けたものと似た羊毛束の鬘を頭に載せ、すそにたっぷり房のあるマントをそれぞれ羽織るその下にさりげなく部屋の隅にあった布籠を入れ、スサーナとレミヒオに目配せしてにんまりと笑い、さあ行こう、と快活に声を上げた。


「ヴァル、あんたも来るの?」

「ん。さっき怖がらせた詫びに。お前らも女ばかりじゃ不用心だ。常民だからってあんまり舐めると怖い目に遭うぞ」

「クソ真面目ヴァレリー!」

「ヴァルが来なくてもあたし達だけで大体素敵な所案内できると思うんだけど、なにがお詫びだって?」

「……お客人より体格は俺のほうがいいから、居たほうがいい。お前らも一応女だし、用心棒が不要ってことはない。」


 たしかにどうも生真面目な様子で女の子たちの後に続いた少年がちらりとレミヒオくんの方を見て言った言葉に、なんだか横に立つレミヒオくんが静かな怒気をまとったような気がしてならなかったが、あまりそのあたりを突き詰めるとなにかややこしいことになりそうな気がしたので――なにせ変装をしているのだし、レミヒオくんもそのあたり実力を隠す的に理解はしてくれているだろうし――スサーナは賢くそのあたりのフォローをするということなどせず、静かに気づかないふりをすることにした。



 女の子たちはジェイリーンとアーリィと名乗り、少年はヴァレリーと名乗った。

 スサーナとレミヒオも何食わぬ顔で偽名を名乗る。


 テントの外に出たところでスサーナははたと、遊ぶと言ってもまたあの裏路地を通るのならずっとあそこに居たほうが良かったのではないかと気づいてしまったものだが、どうやら宿営地の中でも色々催しは主に常民の訪れを見込んでやっており、その上あの裏路地通行は近道的なものであり、スサーナが先にたどり着いた通りからは離れているものの別の賑やかな通りに近接していて、もとの通りからでもぐるっと大回りをすればいけたのだ、と知ってそっと曰く言い難い理不尽感に震えることとなった。



「ジル、そう怒らないでください。……あっちの通りはよくないので。かあさんに頼んでせめてそっちは通らないようにしてもらったんですよ」

「つまり、あの裏路地を通ったのはジャックのせいだったんですね? 怒ってはいませんよ、怒っては……でもジャックは私がオバケが怖いって知っていたんじゃありませんでしたっけ?」

「いえ、その……すみません。でも、あちらの通りは花街ですしね。ジルが嫌でも、流石に」


 スサーナはしばし不毛に唸ったが、この年の氏族の子で花街を避けることなんてある?とジェイリーンが言ったのがきっかけでヴァレリーが出来るだけ避けるべきだと思うと主張しだし、女の子たちにこてんぱんに言い負かされたのを目の前で目視するはめになり、思わずレミヒオくんと手と手を取り合って静かに怯えた結果、無言のまま和解することになった。

 その時までヴァレリー氏に非常にトゲトゲしかったレミヒオくんだが、主張に同意してもらったのが良かったのか、それともあんまりこてんぱんにされたのが可哀想だったのか、その後はむしろ優しくなっていたので結果的には良かったのかもしれない。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る