魔術師の気苦労/ケース:厄介で気鬱な任務を終わらせる大詰めだというのになんだかすごく不穏な予感がする
一話にするほどでもないシーンの欠片。
時系列は380話前後頃。
◆ ◆ ◆ ◆
制圧は迅速で、いかなる予想外も問題も生じず終わる。
衛士人形たちが冷たく硬い殻の身躯を震わせ、常民の妃たちを刺激せぬよう注意を払って設定された形態……人を模した姿に外形を変えて、理想の淑女然として虚ろな微笑みを浮かべる。
魔術師は状況を確認し、立ち尽くした人形達を振り返り、ある者は本来の役割に戻るように、ある者はリソースの形に変換できるように統率体を介して指令を書き込んでいった。
勿論、すべてを正常化するわけではない。拘束した荒野派の魔術師達を「外」まで安全に運搬する必要がある。
厄介な跳ね回り方をしてくれたものだが、ここで処理するというわけにはいかぬ。
いや、そうしてしまうことも可能ではあるのだが、軽い気持ちで議会の管理域に手を出すとどうなるのかを彼らに実感させる例には丁度良かったし、荒野派となにか交渉する際の交換条件として、恩を売る材料として、――勿論、荒野派に対してのカードなど大した重要性はないのだが――抱えておいて損はないものではあるのだ。
魔術師は次の指令を与える為にまた一体の統率体の額に触れた。
その腕で鎖がじゃらりと音を立てる。
彼自身の魔力と術式を使い基盤に干渉できればもっと早く作業は済むのだが、そうする事は現状許されてはいない。梏鎖と呼ばれる魔力の制御装置は縛られた者の魔力を強制的にその内側に流し、外界への干渉を阻む鎖だ。
議会の決定で、一定の範囲に王宮魔術師以外が過度な干渉を行う際にはそれを刻むことが求められるようになっている。
彼の兄弟弟子がこの奥で死んだ時に大典に書き足された、最も新しい法の一つ。
彼が今こうしている理由の一端は議会の求め故でもあるのだが、残念ながら例外はなく、使用できる魔力は一定量以下に限定されている。――勿論、やろうと思えば抜け道はいくらでもあるのだが、議会からの叱責をいたずらに増やしても良いことは無い。
――しかし、手間が掛かる……
まだ、これからやらなければならないことがあるというのに。
それは、本当に些細な、余禄程度の自己満足に過ぎないものではあるけれど。
一つ、浅く溜息を吐くと、魔術師は統率体の一体を経由して
規格維持使を擁する古遺跡であればもっと臨機応変に掌握できただろうが、常民の王城に内包されるこの手の施設――荒野派の魔術師たちは遺跡と拘らず呼んでいたが、定義としては遺跡とは言い難い――は、単純で強固な分、融通が効きづらい。
各階層の管理はほぼ独立しており、地上から登録者が一括で操作する以外の方法で触れるのには難易度が高い。深い階層には重要な施設も置かれている為、意図した設計ではあるのだろう。
それでも、ここに来るまでに彼が仕込んだいくらかの曲芸の結果、わずかに俯瞰すること程度は可能になっていた。
――呼び出せるのは常時観測の環境数値とアラート程度だが、あの者たちの現在位置を類推する助け程度には――
魔術師がふ、と眉をひそめる。
僅かな異常の気配。
――「庭師」が炎症応答している……
「庭師」は非
警戒状態は他階までやすやすとは波及しない、というのは、この手の施設の構造的な問題でもあり、求められた構成でもある。つまり、外周で警戒レベルが最大に上げられていても内部では異常が観測されるまでは通常通りに運用されるはずなのだ。衛士が警備中枢に特別アラートを送っていれば警戒状態は隣接区域に波及するが、外周の管理機構は掌握しているので、それが起こり得るはずはない。
これを作った者たちも、やはり視点は〝こちら側〟であったようで、常民には対処し難いと思われるモノであっても、入っただけで問題視されるというようなものは多くない。
魔獣や悪霊などであっても「使う」想定があったのだろう。居住区域でなければいくらか警戒段階が上昇する程度。区域内の全てのユニットが哨戒機動に入るというのはあまり想定しがたい事態だ。
――考えられるのは……深部重要施設への侵入感知? いや……直通可能な場からの入場者は識別がなされるように計らってあるはずだ……
深部で負傷者の発生、施設環境の大規模異常などがあれば別だが、逆に言えばその事態が起こっていればこの程度のアラートでは済まない。
想定できるこうなる条件設定はいくつか。
異界との接続レベルの大きな時空の揺れ。脅威度の高い魔獣の発生。既登録因子所持者の重大なバイタルサインの異常……ならばもっと別の反応も出るはずだ。
魔術師らしいものとしては、登録外の大規模魔術の行使、漂泊民の侵入。
――……漂泊民の侵入?
直通門からの直接入場であれば現登録者の権限が最も強く、また”護符”を汎用簡易な識別マーカーとして扱う以上反応が出るはずがない。
――とすると、それ以外の場所に反応がある?
魔術師ははたと目を上げる。
何故なのだろう。常識的に考えれば起こりうるはずのない事象が、何故か、起こっているような気がする。
論理的に考えればあるはずがないと結論付けられるはずであるのに、何故だろう、何故か。
魔術師は一瞬キュウリとともに宇宙空間に高速射出された猫のような表情をすると、非論理的かつ衝動的な行動だと省察し―― 省察して―― 省察したものの―― ……作業を切り上げて早めに下階に向かうことにした。
糸織り乙女/小話 渡来みずね @nezumi
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