★(移動済み)古風ゆかしい行為3/新春スペシャル・ヴァリウサ家族に万歳

 ◆200話コールアンドレスポンス行為の際に頂いたリクエストを元にしております。ありがとうございます!





 ◆  ◆  ◆



 初夏のきらきらしい日が白い道を照らし、まだ熱を持ちきらない風がパティオに広がる木々の葉を揺らす、そんな季節。

 その日も、ヴァリウサ東部にある塔の諸島、「本島」と呼ばれる一番大きな島で五本の指に入る大店の洋服屋、オンラードはよく賑わっていた。


 盛夏を控えて、サラッと風の通る夏のドレスを仕立てよう、という女性たちで賑わう店内に浮かれた足取りで女の子が一人、扉を開けて飛び込んでくる。


「御機嫌よう! 郵便馬車が来たわ! エンマおばあさまはこちらにいらっしゃる!? スサーナちゃんから手紙が来てたわ!!」


 駆け込んできたのは鞄を一つしっかりと抱えたフローリカだ。

 しっかり磨かれて黒光りする立派な床板の上できっとブレーキを掛け、ばさばさに乱していたスカートの端を払って整え、こほんと咳払いを一つ。何があったのかと注目するお客のご婦人たちに済ました淑女の顔でごめんあそばせと一礼してささっと勘定台の裏に滑り込んだ。


 奥で仕事をしていた数人の店員達が微笑ましげに顔を見交わし、店長業務にせいを出していたフリオが楽しげに声をかける。


「やあフローリカちゃん、手紙を持ってきてくれたのかい。母さんは裏にいるよ! これからすぐお昼の休憩だから皆で見せてもらおう」


 フローリカはにんまり笑うとぱたぱたと作業室の方に駆け込んでいった。

 それからしばし。採寸が終わった女性の最後の一人を丁重に送り出し、扉の前に休憩中の札を出す。


 そして胸を張ったフローリカが鞄から手紙を出し、作業台の上に置いた。

 裏で細かい作業をしていたブリダとエンマお祖母さんもエプロンで手を拭きながら急いでやって来る。


「うふふ、パパのお店に先に郵便が来て、私宛てのがあるって言われたから。スサーナちゃんのおうち宛のも私に渡してもらって先にこっちに持ってこられるようにしたの」

「まあフローリカ、伝書使さんも困ったでしょうに!」


 くすくす笑いながらも諌めたブリダにフローリカはわざとらしくぷうっと頬を膨らめてみせた。


「でもブリダ! ブリダだってできるだけ早くスサーナちゃんのお手紙を見たくないの?」

「そりゃあ見たいですけども!」


 じゃれる叔母と姪にフリオがはいはいと声をかける。


「二人共喧嘩してないで。封を外すよ」


 シーリングワックスを割り剥がし、折られた紙を広げる。

 中にはスサーナの几帳面な筆跡でびっしりと文章が書かれていた。


 頭を寄せ合うようにして皆が注目する中、フローリカがぱっと取り上げて読み上げだす。


「おばあちゃん、叔父さん、ブリダ、他のみんなも、お元気ですか。私は元気です。夏の盛りも近づいてきましたね。おうちではそろそろ薄織りのドレスを作り出す頃でしょうか……」



 手紙には、春の終わりの試験は無事に通った、ということ。偉い貴族のお嬢さんのところには変わらずお勤めしているけれど、貴族のメイド稼業にも慣れて、勉強だけをしに行くつもりだったけど手に職も付きそうで面白く感じている、ということ。学院でインクの作り方を習ったこと。学院の行事でバザーをして縫った小物を売ったことなどが細々と書かれている。


「夏のお休みですが、王都であるという祝賀の演奏会があり、成績の良い生徒が各クラスで二人ずつ呼んでいただけるということで、なんと私もそれを聞きに行けることになりました。ですので、少し遅くなりますが、王都のお土産を持って帰ります。 ……まあ、スサーナちゃんったら、ずるいわ!」


 フローリカが手紙の途中で口を尖らせる。


「休みが来たらすぐ帰ってくると思ってたのに、もう! ……おほん、ええと、『王都の最新の流行りの服のデザインなんか、お祖母ちゃんも気になるかもしれませんね。それから……』」


 手紙は王都に旅行に行くと述べ、夏休みの後半には帰ると書き、皆へどんなお土産を買って帰るつもりかを書いて、最後にこれから暑くなるから皆体に気をつけて、と締められている。


「へえ、王都かあ」


 フリオが興味深げな顔をした。


「そんなにぎやかな所に行ってあの子、大丈夫かねえ。人混みに酔いやしないかしら」


 お祖母ちゃんが心配そうに言いながらも、お祖父さんは王都のデザインで大流行したんだよ、と懐かしそうな顔をする。


「しかし優秀に試験を通って王都に招かれるなんて。やっぱりあの子には学問の才能があったんだね。目端の効く子だと思っていたけど!」

「スサーナは優秀なんだよ。昔から分かっていたじゃないか! でも感慨深いな、あの子が他所でちゃんとやってるなんて。いつまでも小さな子供だと思ってたけど、しっかり大人になってるんだなあ……」

「ええ奥様。お嬢さんが試験を通ったお祝いをお送りしなきゃいけませんねえ!」


 わっと湧く一同に、ぷすーっと膨れたフローリカが文句を言う。


「それはとってもいいことだけど、スサーナちゃん、つまり二の日差しの月にならないと帰ってこないってことね? ブリダもフリオさんもいいの? スサーナちゃんが帰省してきたら結婚式にするんじゃあないの?」

「まあ!」


 あんたたち、そんな予定だったのかい!と声を上げたお祖母ちゃんに真っ赤になって咳き込みながらブリダが慌てた。


「ちょっとフローリカ! そんな、いえそんな、予定なんかまだ全然決まってないんですよ! そんな急に式をあげるはずないじゃないですか! 全然先の話ですよ!」

「そうだねえー。できたらスサーナが帰っているときがいい、ってブリダも言ってたけど。僕としては今年中に上げたいけども、そこは皆招いてのお祝いと、身内のお祝いと、何回かやってもいいし。」


 のんびりと声を上げたフリオの背をんもおーフリオさん!と叫んだブリダが布ばたきでばしばしと叩いた。従業員たちが微笑ましげな目線で彼らを見る。


 フローリカは再度手紙を見直し、何度見ても帰るのは二の日差しの月の半ばぐらいになると思う、という文面があるのを確認してぷすーっとなる。


「んもー、スサーナちゃんったら、早く帰ってこないと贈り物の相談も余興の相談も出来ないのよ、それに帰ってきたら一緒にお出かけするはずだし、遊びに行く約束もしなきゃいけないし……一緒に別の島にお泊りにだっていくはずなのに!」


 予定は沢山沢山あるのに、夏休みって全然短いんだから!と憤懣やり方無くフローリカは叫び、途中から自分のことばっかりじゃないですか、とブリダの突っ込みを受けた。


「当然だわ、スサーナちゃんは! 私の! 親友なんですからね!!」


 フローリカは 私の! スサーナちゃん! と力いっぱい強調した。ブリダが別にお嬢さんはフローリカのものじゃないでしょうに、と笑い含みで言うのにいいえだって親友なのはわたしだけだわ! そりゃ皆家族かも知れませんけど、親友だってとても大事なものなんですから、ねーっ! と主張する。


 できるだけ早く帰省の日が来るといい。

 フローリカは自分の方の手紙に時折書かれた「学院で出来たお友達」の話を思い出す。きっとまだ大事に開いていない自分の方の手紙にはそっちの話が書いてあるに違いない。

 まあ、スサーナに別のお友達が出来たっていいし、知らない土地でお友達がいないよりずっと安心だ。紹介されたら自分もきっと仲良く出来ることだろう。スサーナの講での友達達とは今でもそれなりに仲良くやっているのだし。しかし、それはそれとして、だ。

 スサーナに、自分こそが一番の大親友だとしっかり思い出させてやらねばいけないのだ。

 夏休み一杯、遊んで遊んで、次の休みまで十分スサーナちゃん分を補充できるぐらいまで遊んでおかなくてはならない。フローリカはそう全力で意気込んでいるのである。

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