スサーナと猫探し。
◆冬の初めの出来事◆
冬とは猫が恋しくなる季節である。
スサーナにしてみると、冬どころか春だろうと夏だろうと猫を抱えて寝られるのなら大歓迎であるのだが、そうでない者たちも冬には猫を寝台に入れがちになるのがこの世界だ。
もちろん、それは電気アンカや温熱毛布がないからこその実利ではあるのだが、飼い主を自負するところのスサーナとしては、理由が何であれ一番抱えて寝る権利があるのは自分であると主張したい。それこそ素晴らしい飼い主の権利というもののひとつであるといえよう。
ちなみに他の権利はと言えば、進行方向にしゃがんでおくと鼻先で挨拶をしてもらえるとか、なにかしている際に目の前を塞いで邪魔していただけるだとか、足がしびれるまで膝の上をベッドにしてもらえるだとか、とりあえず100ぐらいあると思うスサーナである。
ともあれ、猫と寝る特権は飼い主のもの、そのはずなのだ。
スサーナがそんなことを考えているのは、ここのところ台所のオーブン裏を巣にしていたロコが寝場所を他に変えた気配がするのが理由だ。
一晩中暖かい場所というのは多くはなく、各部屋の暖炉付近、暖炉から通じる煙突に接する壁、そして台所のオーブン周辺というのがこの屋敷ではそれに当たる。
さすがに各部屋へは猫は自由に出入りできず、というわけでロコがごろごろしているのは主にオーブン裏あたりになるはずなのだが、ここ数日どうも見かけない。
つまりそれは誰かが真夜中の猫にベッド(もしくは暖炉)を開放しているということである。
どうしても本気の深夜まで部屋に外部の誰かが入るスサーナの私室にはロコをずっとおいておくわけにはいかず、眠る時に余裕があるならさっと攫っていけば朝までは腹の上や足の間に付き合ってくれる、というような、通いの恋人めいたねこげぼくをしていたスサーナとしてはあまり強いことは言えないものの、それでも猫という生き物は効率的なストレス解消に必要なのは間違いない。疲労回復には役立たないのだが、まあそれはそれ。
というわけで、本日はカリカ先生がこないとわかり、ロコを抱えて寝る気まんまんだったスサーナは空っぽのりんご箱(藁と毛布入り)の姿に行動を開始した。
「怪しいのは……料理人さん……それから本館の侍女の中だと三人ぐらい……? 使用人さん達の中だと抱えて寝たいぐらい猫が好きなのは……五人ぐらいでしょうか……?」
結構多い。
この屋敷では使用人たちは屋根裏や半地下に部屋を持つものと、専用の棟に寝室がある者たちがいる。台所から連れていったというならロコを抱えていきそうなのは屋根裏組であるが、流石に公の令嬢であり、お屋敷のお嬢様であるスサーナがむいむいと入り込んでいく訳にはいかない。子供のうちは使用人区画に入り込むものと断言していたお父様はその手の無作法は網羅していたようなのだが――おかげでキッチンへの侵入自体はバレた時にお父様直々に認められてしまい、誰にも叱れないことになってしまっている――、流石に私室部分はちょっと冒険がすぎる。
というわけで、スサーナはまず夜の支度などをする者たちがいる大階段裏の使用人部屋に接近することにした。
中まで入り込むととても慌てられてしまうかもしれないので、出入りするものを捕まえてにっこりと微笑む。
「ご苦労さま。ロコは来ていませんか?」
「こちらの部屋にですか? いえ、私は見かけておりませんが」
――むう。ついでにあわよくば作業部屋のほうにも侵食できるかと思いましたけど、なかなかそうはいかない。
自由な存在である猫たるところのロコに暗黙な使用人マナーを守らせられるものはおらず、その結果猫を追いかけたお嬢様がなぜか調理室に入り込むことは使用人たちになんとなく受け入れられたという経緯があり、うまくすると作業部屋の方にお嬢様がいることを使用人たちにスルーされるきっかけが出来るかと思ったのだが、流石にそう都合良くはいかないようだ。
スサーナは数度そんなことを繰り返し、普段から猫好きと見込んでいる一人の使用人をあわよく捕まえることに成功した。
「ロコを見ませんでした?」
「まあ。お嬢様。……いえ、見ておりませんけど、台所にはいませんでしたか?」
「いいえ。……あの、ロコを探したいのですが、付き合って貰っても?」
新しいキャットニップ入りの布玉を作ったのですけれど、としょんぼりしてみせたところ、ねこげぼくとしての共感を買えたらしい。本当は良くないのですけれど、と言いながら、スサーナは普段侵入できないあたりに入り込むお供を手に入れた。
そうして各暖炉の点いている部屋や、リネン室などを一通り巡り、女性使用人たちの一部が住まう屋根裏の通路部分にまで侵入を果たし、スサーナは普段入り込めないところに侵入する実績を得たよろこびも脇においてすっかり首を傾げている。
「どこにもいない……?」
「お嬢様、もう一度暖炉の点いている部屋を見てみましょうか」
「ええ。昼間は見かけますから、屋敷の中にいるのは間違いないのですけれど……?」
二人して首を傾げた召使いとスサーナは、今度は食料庫や乾物庫なども取り混ぜつつもうひとしきりロコを探し、それから念のためにもう一度調理室のオーブン裏を覗き込み、どこにもロコがいないことを確認して顔を見合わせた。
「男性たちの部屋のほうかもしれませんわね。さすがに私はそちらには……。それに、それこそそんなところにお嬢様をお入れするわけにはいきませんわ」
さあ、寝る準備をなさってください、と生活部分に追いやられたスサーナは、ネルさんさえいればそちらのチェックも出来たのに、と未練がましく思いつつ廊下に出る。
「むう、どこに行っちゃったんでしょう……」
つぶやいたスサーナに、後ろから予想外の声が掛かった。
「おや、スサナ、どうかしたのかね」
「お父様」
夜遅くはなるものの、ここ何日かは屋敷に戻ってきて眠っているお父様に向き直り、スサーナは感じの良い微笑みを浮かべようとして、果たせずあーっと声を上げる。
「あーーーっ、ロコ!」
くつろいだ室内着のお父様の腕にむふんとひげを上げて収まっているのは、探し回っていたとうのロコ当猫であった。
「おお。この猫はなかなか人懐こいものだね。部屋の虫除けにキャットニップを入れたせいか、部屋の前に来てな。ウロウロしているのも哀れなので部屋に入れてやったのだが、寝る時には温かいし悪くないのだよ。昔遠征のときになど馬小屋で寝た時には猫を抱えて寝たものだが、思い出したな」
どうやらこの数日寝る時間にロコを見かけなかったのは、屋敷で一番豪華なベッドでのびのびと寝ていたからであったらしい。
流石にこれから抱えて寝る予定らしい屋敷の主人の腕から猫を奪い取ることは出来ない。わなわなするスサーナをよそに、ミランド公はごろごろいうロコを腕に、ベッドの下に網をした火鉢を入れるように使用人に言いつけて楽しげに部屋に向かうようだった。
「ね、猫はお家の主人を見分けるといいますけど……!!!! 侮れない……!!」
スサーナは、明日にでも自分のベッドのクッションにもキャットニップを入れるように頼もうと心に決めたのだった。
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