最終話 窓から見えた未来へ
「これより、新生ドラガヌア王国建国式典を執り行います」
ぴんと空気の張り詰めた謁見の間に、初老の人族の男声が響き渡る。
質素に、だが上品さははっきりと感じられるよう装飾され、中央には緻密な装飾が施された赤絨毯。その脇に並べられた木製長椅子には、種族や国の区別無く各地の代表者や民間人がそれぞれに着飾って座っている。
赤絨毯の行き止まりには修復された玉座。
そこに緊張を隠しきれていないイオナが、どう見てもお仕着せな豪奢なドレスをまとって座っている。
『せっかくだから、あんたがおばあちゃんになっても似合うように仕立てたから』
とはしつらえたメディナの言。
言いながら笑いをかみ殺していたのは明白で、全部お任せで、と言った手前イオナは怒るに怒れなかった。
それでも時間があればそのドレスを着て少しでも身体と周囲の目を慣れさせようと努力し、その甲斐あって、少なくとも王室関係者にイオナを笑う者はいない。
「まずはじめに、新王イオナ陛下よりお言葉を賜ります」
司会の男性が静かに告げるとイオナは玉座から立ち上がり、三歩前へ。
「本日はご多忙の中、ご来臨を賜り、誠にありがとうございます」
深く深くお辞儀をし、顔を上げて参列者を見渡す。
イオナが見知った顔は少ない。
元々、彼女の知り合いは数えるほどしかいない上、その知り合いもこの式の裏方などに走り回っている。
ならば多少の恥はかきすてだと割り切って、イオナは言葉を続ける。
「紅鋼玉帝が崩御されて三年が過ぎ、義兄によって破壊されたこの城を、わたくしは義理兄の遺志によって復興しました。
義兄はその純粋さから、わたくしは愚直さから悪心を注がれて破壊を行いました。
それは、どれだけ悔いても覆せるものではありません。
破壊の闇から救い出してくれた兄も、人族であった義兄を止めるために殺害。さらには悪心を注いだ組織の長である人族の男性を殺害しました。
ご存知の通り、龍族による人族の殺害は重罪です。
ですが、わたくしたち兄妹は、ドラガヌアを再興、いいえ、歴代の王でさえ羨むような国とすることを贖罪とすることを誓い、この三年をその足固めとして過ごして参りました」
一度切って参列者をぐるりと見回す。
非難を受けるだろうと覚悟していたが、少なくとも表情からは負の感情は感じない。
内心安堵しつつ、イオナは続ける。
「ご存知の通り、龍族は奪われたもの、失ったものへの執着はありません。ですが、義兄は人族でありました。かつてこの国にも大勢の人族の方々が暮らしていました。
この三年、家を焼け出された方はもちろん、そうでない方々にも住まいを提供し、可能ならば働いていただいて国の復興に尽力していただきました。
いまならば、人族の方々が失ったものへ郷愁を抱いたりする感情が少しは分かります。
私たちよりも寿命が短く、からだも脆い人族の方々にとって過去は生きた証であり、未来への足がかりなのだと」
* * *
イオナが演説を続ける最中、ガルザードは城から少し離れた小高い丘にいた。
目の前にはこぢんまりとした石造りの墓。
碑銘には、ただ「ウィル」とだけ刻まれている。
その前にはフードを被った人族の女性が跪き、祈りを捧げていた。
ふいに立ち上がり、女性はフードを外してガルザードに微笑みかける。
「あなたは、参列しないのですか?」
あの日、アブリエータと名乗った女性だ。
「ええ、まあ。いまはイオナに敵対する存在はいませんし、多分ダンゲルグも控えているはずですから」
多分ですか、とアブリエータは微笑む。
「ひょっとしたら今頃は『オレの役目ももう終わりだろ』とか書き置きを残して……」
背後に気配を感じとり、振り返る。閃。抜かず潜り込んで柄頭で上に打つ。手応え。だが固い。鞘で受けられた。まだ抜かず、踏み込んだ勢いを使ってショルダーチャージを打つ。
「おっ」
軽い。自分から跳んで逃げた。
ふう、と息を吐いて跳んだ相手を睨む。
「墓前だし、アブリエータさんもいるんだぞ」
「お前もいるじゃねぇか」
悪びれもせずにダンゲルグは言い、べぇ、と舌を出す。
その瞳にある決意を感じ取ったガルザードは、一度深く息を吐いて、
「……行くのか」
「お前、オレに宮仕えができると思ってるのか? 昔お前たちに稽古付けてたのだってオレからすりゃ奇跡みたいなものなんだぞ」
威張って言うな、と嘆息して、
「あんたが教えてたのは基礎の基礎だろうが」
「オレのは我流だからな」
「やっぱりか」
苦笑しあうふたりに、アブリエータが一歩前に出て、
「ダンゲルグ、いままでほんとうにありがとう。そしてどうか、ご無事で」
「あのな、なにも今生の別れってことじゃない。何年かしたら戻ってくるつもりだ」
慌てて否定するダンゲルグに、アブリエータは微笑む。
「龍族と人族では時間の感覚が違います。それに私の役目はウィルの墓守だけ。いついなくなっても誰も、」
「それは違う。アブリエータさん」
割って入ったのはガルザード。
「確かにあなたの願いで、ウィルの墓とあなたの家をここに建てました。あなたが墓守をしてくれているから、イオナやオレは日々の仕事に専念できるんです」
アブリエータは曖昧に頷く。
「あなたがいなくなって一番悲しむのは、イオナです。あいつはまだまだ子供で、母親というものをよく知りません。こちらも、できる限りのことはします。ですから、」
なぜか必死なガルザードにアブリエータは破顔する。
「なにもいますぐ死にたい、なんて言ってないですよ。ただ、ダンゲルグの放浪癖にこれ以上付き合いたくないというだけです」
くすくすと笑うアブリエータに、急に恥ずかしさを感じ、ガルザードは言葉を失ってうつむいてしまう。
「す、すいません。つい」
「でも、日に一度ぐらいは誰かとお話したい、っていう気持ちはあります。ドラガヌアの城下町に本屋さんや芝居小屋が出来たら、お出かけしようとも。だって、ウィルに話すことが本当に無くなってしまったから」
ウィルの墓を見つめ、
「この子も毎日同じ話ばかりでは、飽きてしまうでしょうから」
その瞳に込められた感情は複雑で、まだまだ自分も子供なのだとガルザードは痛感した。
* * *
「人族の方々にとって、希望に満ちた未来があり続けるよう、そしてそれが龍族の繁栄にも繋がるよう、わたくしは尽力します。ですからどうか、お力添えをお願いします」
言い終え、もう一度深く深くお辞儀をする。
ゆっくりとあげた顔に、万雷の拍手が送られる。
「ならば、ここに宣言します。
新しいドラガヌア王国は、病弱だった義兄が窓から眺めて幸せだったって、世界は広くてきれいだって思ってたドラガヌアよりももっと、すごい国にしてみせます!」
参列者全員が立ち上がり、若き女王に惜しみない拍手を送る。
不安はもうない。
あとは、実行するだけだ。
「じゃあな。くそ莫迦弟子」
「弟子になった覚えはない」
ふん、と鼻息で返し、互いに同時に背を向ける。
「じゃあアブリエータさん。オレは戻ります。さっき言っていた件ですが、明日からでもひとをやりますから、安心してください」
「ええ。できれば女の人を。男性だとウィルが嫉妬しかねないので」
きっと冗談だ。そう片付けて城へと一歩踏み出す。
式典が始まる直前、ガルザードは近衞長に叙勲された。しばらくは騒乱は起きないだろうが、これもドラガヌア王家の家訓。彼は一所に留まることに不満はない。
妹にのしかかる重圧は想像するしかないが、それでも和らげてやることぐらいはできる。
それはウィルが望んだ世界を作る手助けをするということ。
剣術莫迦の自分ができる、唯一の手段だから。
「あーっ、師匠やっぱりここに居た! 式典が終わるまで待っててって言ったのに!」
墓前に響いたのはイオナの声。見れば龍の姿で、しかも猛スピードでこちらへ向かってきている。
ぐ、と呻いたダンゲルグはもうこの場から去ろうとしていた。
「残念だったな、放浪師匠」
「うるせぇ、お前が無駄話させるからだ」
歯ぎしりしながら睨み付けてくるものだから、思わず表情を改めて問う。
「そんなに、イオナがいやか?」
「いや、そういうんじゃねぇよ。ただ、あいつ見てると、あいつの母親思い出すからな。それがいやなんだ」
珍しい。素直に答えた。
「あんたまさか、母上に」
「違う違う。ちょっと恩がある程度だよ」
「ならいいが、……どっちにしてもイオナは母上のことをあまり知らない。あんたが知ってることでいいから、たまには話してやってくれ」
そうするよ、と自嘲気味な言葉はイオナによって遮られてしまう。
上空で人の姿に変化しながら軽やかに着地し、油断なく腕を絡め取る。衣装は式典で身につけていたドレスのまま。今頃侍女たちは大慌てだろう。
「ったく。油断も隙も無いんだから」
ガルザードが吹き出し、アブリエータもくすくすと笑い出す。
すぐにふたりとも顔を見合わせ、すぐに大笑いし始めた。
その懐中には、ふたつのアクセル・ギアが輝いていた。
──見えるか、ウィル。
オレとイオナでお前が教えてくれた以上の世界を造るからな。
ずっと、見守っててくれ。
龍宵願恋 ガルザード 月川 ふ黒ウ @kaerumk3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます