第16話 テストの終わり(前編)
「……おつかれさま」
二日を過ごした里に戻った三人は重苦しい空気の中、メディナが淹れた茶を飲んでいた。
簡単ではあるが龍族式の葬儀を終え、家に入った時はもう夕暮れを迎えていた。
この家はメディナの親戚筋のもので、ギアの研究のためにあちこち旅をするメディナがよく寝泊まりするために借りることもある。
この家の主であるメディナの叔母はいま留守にしていて、家には三人だけしかいない状況だ。
木製のテーブルに座るのはガルザードとイオナ。メディナは植木鉢が置かれた出窓にもたれかかり、視線を下に向けて茶を飲んでいた。
「メディナさんは、知ってたの? ウィルのからだが長く保たないって」
「これでもギアの技師よ。あの竜人みたいな子のギアを循環する力の流れがおかしいことぐらい、すぐに分かるわ。
……で、実際いじってみたらもう、いつ終わってもおかしくない状態だった。
だからギアの調整は肉体の維持を最優先にした。それでも稼働して五分も保てば奇跡ってぐらいにね。
最後によくあれだけ動けたと感心するぐらいよ」
「あいつは、笑っていました。子供みたいに。メディナさんにも感謝してたと思います」
そう、とあしらうようにつぶやいて、視線を外に。
ず、とひと口飲んで、イオナは言う。
「……あいつ、なにか言ってた?」
「なにかってなにを?」
「あ、あたしの、こととか」
ふぅん、と意味深に口角を上げて、
「別になにも言ってなかったわよ。始終楽しそうにはしてたけど」
カップに視線を落とし、イオナは黙ってしまう。
てっきりなにか反論してくるのかと思っていたメディナは、小さく鼻をならして言う。
「オトコノコってそんなものよ」
「え」
「女の子を巡って決闘になっても、結局相手を倒すことしか考えられなくなるの。あんただってそうでしょ? お兄ちゃん」
変な抑揚を付けられて少々眉が動いたが、努めて冷静にガルザードは返す。
「強さを求めるのはオスの本性だとダンゲルグも言っていました。それはオレも同意します。女性を巡っての決闘はしたことが無いので分からないですけど」
ね? とイオナに微笑みかけ、メディナは口調を改めて言う。
「テストは、これで終わりよ」
今度はガルザードが驚く番だった。
「やっぱり人族からの方がちゃんとしたデータが採れたからね。もういいわよ」
「だからそういう言い方」
噛みつこうとするイオナに、メディナは出窓から離れてずんずん歩き、ずい、と前に出て鼻先が触れるほどに顔を寄せて言う。
「あたしは、仕事でやってるの。今回のテストはあたしとその子の契約。部外者の妹ちゃんは絡まないでちょうだい」
怒りよりも苛立ちの方が強いメディナの迫力に、イオナは言葉を失った。
「メディナさん、自分はテストのことはもういいですけど、あなたはこれからどうするんですか? このまま帰るんですか?」
助け船、というよりも単純な疑問をガルザードはぶつける。
イオナから顔を離し、お腹のあたりでゆったりと腕を組んで、メディナは観念したように返す。
「テストは終わり。だけどここまで首突っ込んでおいて帰ったら、おばーちゃんにどやされるわ。だから、あいつらのねぐらぐらいまでは道案内してあげる。でもそこでお別れ。いいわね? もちろん、あんたが行きたいって場合だけど」
視線だけをガルザードに向けて、念を押すように言う。
「お、オレは……」
正直、ウィルを切ったショックが大きすぎて、今後のことなどまるで考えられないガルザードは言葉を濁した。
ふん、と小さく鼻息をイオナに吹きかけてメディナは顔を離す。
顔を離されてやっと呼吸ができたのか、深呼吸しながらイオナは反撃する。
「前も訊いたけどさ。なんでメディナさんがアジトまで知ってるのよ。まさか本当に連中の仲間なんじゃないでしょうね」
鬱陶しそうにイオナに視線を送り、苛立ち気味にメディナは返した。
「そうよ。って言ったらどうする?」
イオナの目つきが変わった。
「大体、不思議に思ってたの。ウィルにギアを新調するって言って先に行った時、メディナさんはどこでギアを作ってたの? この里のひとはここに工房なんか無いって言ってたし、連中のアジトを知ってるなら、ってずっと思ってた」
「工房はこの里から少し離れたところにあるわ。むしろ、ギアの素材の魔素を集めるためには人里離れてたほうが効率がいいの。知らないの?」
「だとしても! あんなに早く作れるなんておかしい! 最初っから用意してたとしか思えない!」
「あの子に作ってあげたギアは、あんたのお兄ちゃんにテストさせてたギアと一緒に作ったのが元になってるの。それをテストで採れたデータを使いながらあの子用に調整したの。ヒトの方がギアとの相性はいいから早く済んだだけ。残念でした」
ゆっくりと、子供をあやすように言われて、却ってイオナの怒りは増すばかりだった。
「じゃあなんで龍族のメディナさんがギアの技師になったのよ!」
「なんでそこまで言わなきゃいけないのよ。大人の過去を知りたいなら、あんたも早く大人になりなさい。オヒメサマ」
もう限界だった。
明確な殺意をまき散らしながら、イオナがゆっくりと立ち上がる。
いけない、と妹に手を伸ばすのと、メディナが吹き出すのは同時だった。
「あたしを殺したぐらいでその怒りが収まるならそうしなさい。でもその代わり、あんたも腕か足の一、二本は覚悟しておくことね」
あからさまな、しかしどこか自責の念も感じる殺意だった。
「あの。メディナさんが連中の仲間でもオレは構いません」
「お兄ちゃん!」
「メディナさんはオレの命を救ってくれて、ウィルの願いを手助けしてくれた恩人です」
「だけど!」
「妹が、無礼をしてしまい、申し訳ありませんでした」
立ち上がって深く頭を下げる。
「いいわよ別に。あんたに謝られても嬉しくもなんともないから」
じゃあね、と手を振ってメディナは二階の寝室へ向かった。
「ちょっとまだ話は!」
こいつのこういうところは凄い、と兄ながら思いつつ、ガルザードはイオナの後頭部を掴んでテーブルに押しつける。
「なにするのよお兄ちゃん!」
「お前はもう黙ってろ」
何か言いたげなメディナの視線にガルザードは頭を下げ、もがくイオナを小さく笑って彼女は階段を登っていった。
「また笑った! 許さないんだから!」
鼻が潰れるほどにテーブルに顔を押しつけられても、イオナは口を閉じなかった。
「もう! なんでお兄ちゃんがあのひとに謝るのよ!」
「いい加減にしろ」
頭を押さえ付けたままガルザードは階段側に体を移し、いつでもイオナを止められるようにしてからやっと手を放した。
顔を上げて進路がふさがれていることを確認すると、むぅぅと唸ってどすんと座り、ひとまずの追撃を諦めた。
落ち着いたことに小さく胸をなで下ろして、ガルザードは話し始める。
「そうやって根掘り葉掘り聞くのは無礼なことだ」
「だって聞かなきゃ分からないじゃない」
そこからか、と嘆息してガルザードは言う。
「聞けば教えてくれたのは、お前が王女だったからだ」
だからなに、と不満そうに唇を尖らせるイオナ。
「そういう立場の者から聞かれれば、よっぽどのことが無い限りは教えてくれる。けど、メディナさんはドラガヌアの民じゃない。分かるか?」
「分かるよ。けど」
なら聞け、と続ける。
「お前とメディナさんが知り合ってまだ十日も経っていないんだぞ。話したいなら向こうから話してくれる。それまでは我慢しろ。いいな」
「だって」
「じゃあオレはお前が八歳のときにした、おね」
「分かったわよ!」
立ち上がりながら顔を真っ赤にしながら怒鳴り、頷く兄を見てゆっくりと座り、しかしまだ残っている疑問はぶつけた。
「だって、あのひとがあいつらの仲間かも知れないんだよ?」
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