第3話 アクセル・ギア
翌日。ガルザードは起き上がれるまでに回復し、女の差し出した薬湯を無理矢理飲まされていた。
「良薬口に苦し。そんな不味そうな顔するんじゃないわよ」
「……なんだか母上を思い出すな、あなたを見ていると」
なぜ初対面の相手にこんなことを言ったのか。後年何度か振り返ってみても、一向に答えは出なかった。そしてこんな妙なことを口走ったことで、ガルザードの顔はどんどん赤くなっていく。
赤くなったのは女も同じだった。
ばしん、と強くガルザードの背中を叩いて怒鳴る。
「ば! ばか言わないでよ! あたしまだ二百才よ!」
龍族の平均寿命はおよそ五百年。人族で言えば彼女はまだ二十代前半にあたる年頃だ。
あまりに年の差があったのでガルザードは口調を改めることにした。
「まだ、と言われても、自分は十七なのですが」
ふん、と鼻息ひとつ吐いてじろりと睨み付ける。
「ほんとにオコサマなのね。そんなのにここまで戦わせるなんて、あの国どうかしてるわ」
「この傷は自分が命令を無視した結果です。悪く仰らないで下さい」
ふぅん、と興味なさそうに呟いて、手を差し出す。
「ほら、コップ返して。洗うから」
「……はい。ありがとうございます」
言葉とは裏腹に、ガルザードの瞳には敵意が灯されていた。
「なによその目」
「なんでもありません」
敵意の火種が何であるか、女はすぐに察し、しかしこう返す。
「謝らないからね」
「はい。あなたならそう言うと思っていました」
その答えは予想外だったのか、女はふふ、と笑う。
「なにそれ。生意気よ」
ぺし、とガルザードの額を指で弾き、乱暴に彼の赤髪をかき回す。
「あなたから見れば、自分はまだ幼子です。生意気で当然です」
こいつめ、とさらに髪をかき回す。
これが彼女なりの謝罪と受け取ったガルザードの瞳に、もう敵意の炎は見えない。
「あ、あの、そろそろあなたの名前を教えてもらいたいのです。自分は、」
「言わなくていいわ。これ以上情を移したくないから」
名乗ろうとした瞬間に冷たく割って入られて、ガルザードは戸惑うばかり。
「ま、あんたは不便だろうから……、メディナ、とでも呼んで」
そういう約束だった、と思い出し、ガルザードはうなだれる。
「そうやってしょんぼりしてると、龍っていうより犬みたいね」
ただの冗談のつもりだったのに、ガルザードはひどく顔を曇らせてしまう。
「……自分なんて、犬以下です」
「ああもう、泣くんじゃないわよ、うっとうしい」
本当に遠慮の無いひとだと思う。
「……はい」
きっと景気づけのつもりなのだろう。背中をばしんと叩いてメディナは話題を変えた。
「それよりもあんたのギアなんだけどさ」
どうにか顔を上げて、はいと返事をする。
「あれダメだわ。完全に壊れてる」
「え」
「あたしもはじめて見るんだけどさ、ああいう壊れ方するの」
「そんな、だって」
「うん。アクセル・ギアは基本的に壊れない。でもあんたのギアは壊れた。過負荷でね。あの王家、こんながきんちょをこき使って、さらにギアも安物、」
「あれは、自分の使い方が間違っただけです。王家を悪く言わないでください」
言葉を遮られて、メディナはふぅん、と呟いて、しかし叱責への謝罪はしなかった。
「龍の力は心の力。アクセル・ギアは心の力を動力に変えて動く機械だけど、元々はあんたたち王家の強い龍の力を制御するために造られたの。だからそこらのギアじゃすぐに壊れちゃうの」
ガルザードに限らず、ドラガヌア王家の龍の力は強大だ。だからこそ彼の父は城全てに張り巡らせた転移のアクセル・ギアを使い、城に残っていた百名近い兵士たち全てを逃がすことに成功したのだ。
ドラガヌアの周囲には、王家とは無関係な集落がいくつも点在している。この里以外にも生き残っていた兵士たちは飛ばされ、治療を受けている。
そんなことよりも、名乗ってすらいないのになんで自分が王家の生まれだと分かったのだろう。身分を証明できるものなんて何一つ、と湧いた疑問は、ずい、と詰め寄られたことで霧散してしまった。
「どっちにしても、あんたにはギアが必要。そうよね」
たぶん、ここからが本題なのだろうとガルザードは表情を引き締める。
「もう気付いてるだろうけどあたし、ギアの技師やってるの。で、いま新型のギアを作ってて、ちょうどその試作型ができたところなの」
まさか、と思う。
「あんた、ギアのテストやってくれない?」
それは、とても魅力的な誘いだった。
全てを失った自分に新しい居場所が、少なくともメディナが満足するまでの間だけは自分が依って立つ場所があるのだ。
いいのだろうか。
こんな負け犬が生き恥をさらしても。
視線を外し、自分の拳をじっと見つめる。
迷うガルザードにひとつの疑問が生まれる。
「でもなんで。敗残兵に長居されると面倒、って昨日」
言い終えるよりも早くメディナはガルザードの頭を掴み、強引に自分に向けさせる。
「あたしはギアの技師よ。どんな理由があっても、目の前にギアが壊れた龍族が居るならギアを治す義務があるの。それだけよ」
その真摯な瞳は、どこかウィルに似ていた。
だからガル、お願いがあるんだ─ウィルの声が過ぎる。
何があっても必ず、と自分がした約束はまだ果たせていない。
けれど自分は、王を守れず、惨めに生き残った。
そんな犬以下の自分は、野良犬よりも惨めな形で野垂れ死ぬ必要がある。
「でも、オレは……」
約束と近衛としての生き方の間で逡巡するガルザードに、メディナは彼の鼻を思いっきり抓る。
「あんたみたいなオコサマが、自分の死に様をどうこう言っていいと思ってるの?」
そのまま、ずい、ともう一度顔を寄せ、呆れと苛立ちの混じった声音でメディナは言う。
「あんたは、あたしに命を拾われた。だからあたしがいいって言うまであんたの命はあたしのものよ。身も、心もね」
言い終えて、ほんの少し生まれた間(ま)でなにを口走ったのかを自覚したメディナは、抓ったままのガルザードを投げ捨てるようにベッドに寝かせ、慌てて立ち上がり、ダッシュで部屋を出て轟音と共にドアを閉めた。
「いいわね! テストは強制参加だからね!」
「は、はい」
肯定する以外、彼にできることは無かった。
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