第12話 歩き出す理由
気まずいまま明けた翌朝。
良く晴れた空の下、宿屋兼食堂の前には大荷物を背負ったガルザードと、昨日のうちに買っておいた服に着替えたイオナと、
「……で、結局ついてくるのね」
笑顔で伸びをするメディナの姿があった。
三人は、ウィルの跡を追うことになった。
「あったり前じゃない。ギアの調整とテストはまだ必要なのよ? ついていかなくてどうするのよ」
「まだ、必要なんですか?」
「あともう少しよ。そうしたら開放してあげる」
それは、メディナとの別れを意味する。
メディナに抱いている思いが、果たして恋と呼べるものなのか、経験の浅いガルザードには判別が付かない。
ちらりと見たメディナは、どこか影のある微笑みを返すばかり。
「むしろ疑問なのは妹ちゃんの方よ。付いてくる理由なんてもう無いはずでしょ?」
メディナが他人に興味を持つなんて珍しい、とガルザードは思う。それを口に出すような無礼はさすがにやらないが。
「メディナさんに関係あるの? それ」
「だってさ、人格弄られたことの怒りとかはあのときぶん殴って解消したんじゃないのかなって」
苛立ちを隠すこともせず、メディナの真っ正面に歩み出て少し高い位置にあるメディナの顔を睨み付けるようにして言う。
「あいつがあたしにしたことの怒りは、あのときぶん殴って晴れたわ。でも、あいつがドラガヌア壊したことに変わりは無いんだから、今度はそのあたりの理由でぶん殴る、っていうか食いちぎってやりたい」
へぇ、と挑発しきった流し目で返してメディナは続ける。
「ん? 国壊されたことは怒ってないんじゃなかったの?」
「よく覚えてるわね、そんなこと」
「妹ちゃん、かわいいからね」
「ぶっとばすわよ。そんなこと言うなら」
「あんただってちっちゃい子見たらかわいいって思うでしょ? それと同じよ」
その説明には納得がいったのか、そっか、と呟いて。だがすぐに睨み付けて返す。
「あたしはドラガヌアがああなったことには怒ってない、って言ったの。あいつが師匠言いくるめて悪さしたことの落とし前は付けてないの。だからお兄ちゃんと行くの。それだけよ」
妹が付いてくることには何の不安も無いガルザードだったが、理由までは聞いていなかった。妹が口にした答えに、同じく納得のいったメディナもふぅん、と微笑んで視線を外した。
納得がいかないのはイオナだ。
「ちょっと待ってよ。なんでそんなこと訊いたのか、答えて」
「なんで?」
「痛くもない腹を探られるのはとっても不愉快だってことぐらい、メディナさんになら分かるでしょ?」
軽くなじられたような気がするが、割って入るほどの怒りも湧かなかったのでガルザードは静観する。
イオナの苛立ちは怒気に変わり始めているが、メディナはやはり涼やかに受け流す。
「だって妹ちゃん王女サマで、次の王様なんでしょ? せっかく竜人たち居なくなったんだから、国に残って復興とかしなくていいのかなってさ」
答えた。珍しい。というかずるい。自分の時は絶対に答えないくせに。内心ふてくされる兄を横目にイオナは言う。
「お父様が言ってらしたの。国が一五〇〇年続いて、開祖の理念も龍族に浸透した。ならばたとえ国が滅んでも再興にこだわる必要は無い、って。
もし敗色が濃厚になれば、お前は龍族人族問わず女を連れて逃げろ、って一緒に言われてたからあたしそれやってたらあいつが来て、ティアラのギア起動させてあたしをあんな風にするしさ。
だから取りあえずあいつの腕の一本でも食いちぎってやらないと、それも決められないからよ」
イオナはウソがつけない。
隠し事をするのもされるのも大嫌いなので、テーブルゲームを一緒にやるといつも力任せのゴリ押ししかやらなかった。一緒に遊ばなくなってずいぶん経つが、その辺りはいまも変わっていないのだろうと少し安堵した。
「それに師匠にもなんであんな連中と一緒にいるのか、ちゃんと訊きたいし」
ダンゲルグの名を出されて、ガルザードは少し迷って会話に参加した。
「言いにくいんだがな、イオナ」
くるりと振り返ったイオナの顔には、僅かな寂しさを乗せた笑みがあった。
「師匠が手引きしたって言うんでしょ? 知ってる。あのティアラくれたの師匠だもん」
え、と驚いたのはメディナも同じだ。
「でも、師匠にそういうことをさせたのはやっぱりあいつなんだから、あいつを食いちぎらないと、気が済まないの」
そうか、と答え、ガルザードはまた黙ってしまう。
三人の目的は別々だが、重なる人物はいる。
ウィルだ。
ウィルは、人族の医師団により連れ去られた。
ダンゲルグを護衛として。
ダンゲルグが本気でドラガヌアを裏切ったとは思えないふたりは、その真意を確かめることも目的のひとつとしている。
「じゃあもう訊きたいことは無いわね?」
うん、と言いかけてイオナは兄に視線をやる。
「お兄ちゃんは、いいの? このひとが付いてくるの」
「そういう、約束だからな」
「なによその嬉しそうな顔。お兄ちゃんってほんと女の人の趣味悪いよね」
「ち、違う。オレは……」
「はいはい。いいわよべつに。お兄ちゃんもそのひとの味方するんだってのが分かったからそれで」
妹が拗ねる理由は分かる。昨日のメディナの言い方はあんまりだと思う。自分だって妹と同じ立場ならこんな風にぐずったかも知れない。
けどそれは、この状況でやっていいことじゃない。
「……イオナ」
一段低いトーンで言うと、明らかな動揺が返ってきた。
「べ、別にあたし悪くないもん。ケンカ売ってきたのは向こうなんだし、あたしはそれを買っただけだし」
「そういう風に、力こぶの大きさだけで物事を判断するな、って父上からもダンゲルグからも言われていただろう。まだ分からないのか」
「分かってるよ。ただ、物言いが気にくわないだけ」
ちら、とイオナがメディナに視線をやると、彼女はあっけらかんと言ってのける。
「あたしは別にいいわよ。そんなちびっ子にどう思われても考え方改めるつもりなんて無いから」
「だからそういう言い方!」
いまにも飛びかかりそうなイオナを懸命に押さえて、ガルザードは少し強く言う。
「オレはあなたに命を拾ってもらいました。けど、この旅でオレもあなたの命を守ってることは、忘れないでください」
ガルザードが何を言おうとしているのかを感じ取れるぐらいには、メディナの心は真っ直ぐだ。
「……わかったわよ。妹ちゃんの前じゃ人族のことは口にしない。これでいい?」
「はい。不満ならオレが聞きますから」
「ばか。そこまでしてもらうつもりなんか無いわよ」
そう言って浮かべる笑みの、複雑に混ぜられた色の深さにイオナは悔しいやらうらやましいやらで。
「じゃあ、いきましょう。ウィルを助けるために」
うん、と頷いて、兄が持つであろう大荷物に目を留めた。
「あのさ、歩きじゃなくってさ、龍の姿に変化(へんげ)してさ、ばーっと飛んで行こうよ」
「お前が龍の姿になるのは目立ちすぎるんだ」
「まだどれだけ敵がいるのか分からないのに、目立つのは危険よ。オヒメサマ」
子供扱いされてさらにむくれるイオナ。
「もう。いいもん。あたしはあいつぶん殴れればいいんだから」
むくれるイオナに苦笑しつつ、ふたりは歩き出す。
「ああもう、お兄ちゃんはすぐそういうことするんだから!」
追いかけてくる妹にガルザードは、昔の、平和だった頃のドラガヌアを思い出していた。
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