第17話 テストの終わり(後編)
「だって、あのひとがあいつらの仲間かも知れないんだよ?」
ここでやっと、イオナが何に怒っているのかが分かった。
だからきっちりと否定しておこうと思い、強く言う。
「それは無い。過去になにかあったかも知れないけど、いまは違う」
「なんでそんなにはっきり言い切れるのよ」
「見れば分かる。お前もドラガヌアの当主なんだから表情や仕草から察しろ。いいな」
ドラガヌア王家は末子が継ぐ。それは当主が死亡あるいは隠居した瞬間に効力を持つので当代のドラガヌア王はイオナだ。
「い、いま家のことは関係ないでしょ」
「仮に、オレが死んでお前が天涯孤独になったとしてもだ。お前が生きてる限り、イオナ・プリンセッサ・ドラグーニャはドラガヌア家の当主だ。それだけは、忘れるな」
話題をすり替えられたような気がして、イオナの口はへの字に曲がる。けど兄の言葉も間違ってはいない気もして。
ぐちゃぐちゃになる頭をまとめられるだけの冷静さを、憤りに満ちたいまのイオナが持ち得るはずもなく。
くたりとテーブルに突っ伏してうめいた。
「もういい。いいもん。お兄ちゃんのケチ」
「ケチでもなんでもいい。オレももう寝るから、お前もはやく寝ろ。いいな」
「……うん」
ろくに顔も見ないまま、兄妹は別れた。
すっかり日の暮れた外は、冷たい風が吹き始めていた。
はぁ、とため息をひとつ。
死の悼み方はそれぞれだと思う。
イオナがああいう風に怒鳴り散らしてくれなければ、自分はウィルを切った罪悪感で圧し潰されてしまっていただろう。
妹の実直さをうらやましく、ありがたく思う。
イオナ自身も、ウィルがああなった原因を追及することで心の痛みを和らげようとしていたように見えた。
その矛先は、決して向けてはいけない相手だったが。
ベッドの前でシャツと下着姿になったその手に持つのは、ウィルの遺した漆黒のアクセル・ギアだ。
ひとまずの目的は達した。
それはつまり、
友を切った。
家族を切った。
ということ。
どんな理由があれ、その事実は曲がらない。
メディナからの依頼も果たした。
メディナは道案内をしてくれると言う。
イオナは勇んで行くと言うだろう。
けれど、自分にその資格があるだろうか。
自分が切った者の仇を討ちに行くなんて、笑い話にもならない。
ウィルは、満足して逝った。
自分も、ああするしかウィルの願いを叶えてやれないと、そう信じて彼に刀を振るった。
なのに、この胸を支配する思いはなんだ。
「ウィル、オレはどうすればいい……?」
ギアも、まばゆいほどの満月も、自らを覆う赤さび色の鱗たちも。
なにも答えてはくれなかった。
* * *
「で? あたしは道案内するの?」
翌朝、メディナの叔母が用意した朝食を食べながら、メディナは遠慮無く訊いてきた。
「あたしは行くよ。ウィルとの約束果たしたいから」
いまにも飛び出して行きそうなイオナは、言葉にも瞳にも迷いは無かった。
で? とふたりの視線がガルザードに集まる。
昨夜はずっと考えていてあまり眠れなかった彼の目は、うっすらと隈ができている。
それに気付いたイオナは心配そうに眉を垂れさせ、メディナは小さく笑った。
ガルザードは口の中のものを呑み込んで口元を拭って、どうにか纏まった自分の考えをゆっくりと語った。
「昨日、ウィルと戦っていたときに、ギアを通じてあいつの記憶や感情が流れ込んできました。あいつはヒトとして生まれて、龍の力を植え付けられて、医者みたいな連中にいいように弄ばれて、オレに殺されました」
うん、と頷くメディナ。
悔しそうに口をへの字に曲げるイオナ。
「あいつは、あいつらの目的は人族や龍族の数を減らして、世界を神々にかえすために動いています。何世代も何千年もかけて。
だからきっと、ウィルみたいな人族が生まれると思います」
一度言葉を切って、深く息を吸い込んで。
「オレは、それを止めたいと思います」
「ん。分かった。じゃあ朝ご飯食べ終わったら出発ね」
ぺし、と膝を叩いて頷き、メディナは食事を再開した。
その隣でもう食べ終えたイオナは、メディナの顔をじっと見つめる。しばらくは無視していたメディナだが、やがて耐えられなくなってイオナと視線を合わせる。
「なに。見られてたら食べづらいんだけど」
「だ、だって、お兄ちゃんが根掘り葉掘り訊くなって言うから」
「あのね。視線にだって圧力はあるの。……答えたく無いことは答えないから、取りあえず言ってみなさい」
ちら、と兄を見やるイオナ。いいから早くしろ、と渋面で促されてイオナは疑問をぶつける。
「メディナさんも、ウィルの記憶とか見たの?」
「見たわよ」
「じゃあ、ウィルのために案内してくれるの?」
「違うわ」
「だったらなんで」
ふぅ、とひと息ついて、メディナは面倒くさそうに言った。
「仕事だからよ。あんたのお兄ちゃんはギアのテストをやってくれた。お兄ちゃんが出したデータは普通だったけど、あの子が出したデータは満足いくものだった。だからこれはサービス兼アフターケアみたいなもの。……それだけよ」
そんな言い方をしたら、とガルザードは内心焦るが、当のイオナは何故か目を輝かせていた。
「な、何よその目」
「え、あ、なんか、かっこいいなって思って」
「ばか。食べ終わったのならさっさと荷仕度しなさい。あんたたちの家の問題なんかさっさと終わらせて、依頼のギア完成させたいんだから」
はぁい、と返事をしてイオナは自分の使った食器を持って台所へかけていった。
どちらからともなく視線を合わせたふたりは、苦笑しつつ肩をすくめるばかりだった。
三人が出発したのは、それから間もなくのことだった。
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