第15話 ぼくの大切な
メディナが示した里でふたりは快く迎えられた。
里には龍族しか暮らしていないがみな親切で、メディナの里とは違う、だが穏やかな空気に包まれていた。
甘えてばかりいるのも恐縮なので、とふたりは積極的に薪割りや家事などを手伝いながら過ごした。
しかし。
五日待って欲しいと言って二日後の昼過ぎに来るのは少々卑怯だとガルザードは思う。
「お待たせ。出来たわよ」
目の周りには隈が、髪も少々乱れており、ろくに休んでもいないのは誰の目にも明らかなメディナは、自信たっぷりに昼食中の兄妹に言い放ち、特にイオナからのひんしゅくを買った。
口元を拭いながらガルザードは不満をぶつける。
「急すぎます」
「仕方ないわよ。あたしも久々に燃え上がっちゃったんだから」
意味深に微笑まれてもどう対処すればいいのか分からない。
隣のイオナはあからさまなため息を吐いて見せ、メディナの隣に佇むウィルを睨む。
「約束、覚えてるわよね」
「うん。大丈夫。覚えてる」
「なんで嬉しそうなのよ」
気味悪がられてもウィルは穏やかに微笑むだけ。
「もう、お兄ちゃん、さっさととっちめてやって」
苦笑しながら一歩前へ。
それに応じてウィルもメディナの前へ出る。同時にギアを取り出し、同時に叫ぶ。
「アクセル・スロットル!」
「オーバー・スロットル!」
二人同時にギアからの光がからだを包み、弾けたそこには、純白と漆黒、ふたつの鎧姿の龍があった。
「ん。じゃああたしは少し寝るから、あとは外でやってね」
え、と驚いたのはイオナだけだった。
「大丈夫よ。起きたらちゃんと行くから。それまでは保たせるのよ」
はい、とふたりは答え、もうふたりだけの世界に入っている兄たちに、イオナは少しばかり嫉妬した。
時に力任せに、時に流麗に。
ふたりは己が生を確かめるように刀を振るい、森林を疾走し、大空を駆け巡る。
圧されていた、と感じたのはほんの序盤だった。
血に宿る龍の力と、アクセル・ギアの力。ふたつを同時に扱えるようになったガルザードには、いくらギアを改良したウィルでも到底歯が立つものではなかった。
いや、原因はそれだけではない。
ウィルの琥珀色の鱗に、亀裂が入り始めている。
龍族であれ竜人であれ、どれだけ年齢を重ねても色がくすむ程度で、死が訪れても鱗に亀裂が入ることなどあり得ない。
ウィルの肉体がこうなることを、ガルザードは以前父から聞かされ、メディナは彼が最初にギアの鎧を着てガルザードと戦っている時に気付いた。
ウィルは人族だ。
「ねえガル。ぼくは嬉しいんだ」
かつて王家で暮らしていた頃、ウィルはガルザードをそう呼んでいた。
「こんなにも思いっきりからだを動かすことができて、とても」
ウィルは赤ん坊の頃ドラガヌア王城の門前に捨てられていた。
元来、龍の力はある程度成長した後、親類の助けによって完全に開放される。
哀れに思った王妃は養子として迎え入れ、おむつ等と一緒に入れられていたメモに記されていた「龍の力を授けていません」の文言を信じ─実際、生まれたばかりの龍族と人族は見分けが付かないのだ─自らの龍の力を授けた。
それが、ウィルがベッドで暮らす原因になった。
「ぼくはずっと、ガルやイオナたちが楽しそうに走り回ってるのを窓から見ていた」
儀式の途中で彼が人族であることが発覚した。
中断することはたとえ龍族であっても死を意味するため、誰もが祈りながら儀式は続行され、緊張の中儀式が終了した後には、よく死ななかったものだと立ち会った者たちは口を揃えて言った。
「ガルたちと暮らした日々は苦しかったけど、みんなの笑顔で生きてこれた。
だって、あの日々が無かったら、いまこうして全力でガルと刀を交えることなんて出来なかったんだから」
儀式は当然失敗に終わったが、僅かとは言え人族の脆弱な肉体に龍族の強大な力を授けられた結果、ウィルのからだはボロボロになってしまった。
「イオナは表情も動きも元気いっぱいだったから、自然と好きになってた。お嫁さんにしたいってずっと思ってた。だからあんなことをしたんだ。ごめん」
十(とお)まで生きられれば奇跡です、と医者に言われ、ウィルは十二まで生きた。
それ以上の奇跡は起きず、命果て、養子でありながら国葬で送られた。
「あの日一度死んで、次に目が覚めた時、ぼくはぼくじゃなくなっていた。
ぼくの記憶は確かにあったけど、全然知らないヒトたちの記憶も無数にぼくの中にあったんだ」
そして、アブリエータと名乗る女性に、「あなたは、全てを神の御前に捧げるために選ばれたのです」と告げられ、アクセル・ギアで人格を上書きされ、拒否することも出来ずに医師団の手駒としてドラガヌアを滅ぼした。
「変な話だけどね、一度死んで、生き返って、訳の分からない記憶とどうにか折り合いを付けて、ドラガヌアを襲撃して、
ガルやほかの龍族たちと戦って、
イオナにぶん殴られて、
いまもこうしてガルと戦ってるいまの方が、
よっぽど生きてる実感があるんだ」
「オレも、そう感じるよ。ウィル」
ウィルのからだの亀裂はもう全身に及び、いまにも崩れ落ちそうだ。
しかし、ウィルは刀を収めない。
さらなる加速とさらなる破壊力をもってガルザードに襲いかかる。
「だから、嬉しい気持ちもあるんだ。
やっと、生きているって感じられるから。
それがたとえあと少しで終わるとしても、ね」
『やめて! あたしもう怒ってないから!』
ガルザードの鎧が、遠方で見つめるイオナの言葉を伝える。
「ありがとうイオナ。でも、止めたくないんだ」
『やだ! 止めてよ! 二回もウィルのお葬式なんかしたくないんだから!』
「ぼくも、イヤだ」
『だったら!』
「でもこれは、イオナには分からないことだよ。いまこの瞬間にしか、思いっきり動けないぼくの気持ちなんて、絶対に」
気がつけばウィルの体から鱗がぽろぽろと剥がれ落ち、風に乗って森林のあちこちへ飛散していった。
「満足してるんだ。念願だったんだ。
……うん。結局ぼくは、ベッドから降りてはしゃぎたかっただけなんだと思う。
イオナや、ほかのみんなと一緒に」
『なによそれ! 許さないから! 勝手に終わるとか言わないで!』
叫ぶイオナの手に、飛び散ったウィルの鱗が握られていることを、ウィルは知らない。
「ねえガル」
ガルザードは下から。
「莫迦は死ななきゃ治らないっていうけど、本当だね」
ウィルは上空から伸びる切っ先の軸線が交わる。
最後の交錯が始まる。
ウィルの鱗はもう全てが剥がれ落ち、砂人形のようにウィルの肉体は風化している。
急がなくては。
「おおおおおおっ!」
稲妻の速度と、噴火のエネルギーを併せ持つガルザードの加速は、アクセル・ギアの鎧ごと、ウィルの胸を貫いた。
「ガル。やっぱり世界は、とても広くて、美しいよ」
痛みは、感じなかったはずだ。
出血も、手応えも、当たり前にあるはずの反応が一切無かったのだから。
「ありがとう。
ガルザード・プリンシオル・ドラグネア。
イオナ・プリンセッサ・ドラグーニャ。
……きみたち兄妹は、ぼくの、大切な……」
最後に見たウィルの顔は、笑顔だった。
ふわ、と吹き抜けた風が残っていたウィルのからだ全てを粒子に変え、森林全体に連れ去っていった。
『ばか……っ、ばかぁ……っ!』
妹の慟哭に、胸が締め付けられるようだった。
誰がどんな風に死んだって、時間だけは流れていく。
そのことだけは、絶対に絶対に、変わることは無いんだ。
静かに涙を流しながら、主のいなくなったアクセル・ギアを刀から抜き取り、静かに懐にしまった。
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