第14話 やがてくる別れのために
ドラガヌアを出発してから、十日ほどが過ぎた。
三人はメディナの案内でドラガヌアからも、メディナの里からも遠く離れた山野を歩いていた。
「でもなんでメディナさんが道案内できるの?」
ダンゲルグたちが去った方角は分かるが、ドラガヌアから外の地理に不案内なふたりは、ガイドを確保する必要があったが、雇ったガイドが仮に龍族だったとしても余計な危険に巻き込みたくは無かった。
だからメディナが道案内を申し出てくれたことは正直助かったが、ガルザードも内心では彼女から感じる影の部分に触れたように思えて、もやもやしていた。
イオナからの反撃にもメディナは、ふふんと挑発的に笑って返す。
「これでも二〇〇歳よ? あの医師団のことは見聞きしてるし、ねぐらがどのあたりにあるのかとかも知ってるの。で、あんたたちはちびっ子でなにも情報をもってないから、迷子になる前におねーさんが導いてあげるのよ」
嘘とも本音とも付かない口ぶりだった。
どこかで彼女の心の逆鱗に触れている、という予感めいたものは感じるが、それを口に出せば本格的な怒りを呼びそうで結局踏み込めなかった。
それでも彼女は踏み込んで欲しそうに見える、と感じるのは、きっとこちらの妄想なのだろう。
結局どうすることも出来ずうじうじ悩んでいると、イオナがもう少し踏み込んだ問いをぶつけた。
「でもさメディナさん」
「なに?」
大荷物の中にあった鉈で足元の藪を苅っていたメディナは、振り返ることもなく返事だけをする。
「この道本当に合ってるの? 薮だらけでひとが使ってる形跡とか全然無いんだけど」
「大丈夫よ。おねーさんを信じなさい」
くる、と振り返ってイオナは怪訝な顔でじっとガルザードを見つめる。
「言うなよ」
「分かってるよ」
「なにか言った?」
「別になにも」
「ほんと兄妹そろって生意気ね」
言葉ほど気分を害していないことは口ぶりで分かる。
が、イオナには難しかったのか、ますますむくれている。
ぴたりと手を止め、肩越しに振り返ってメディナは言う。
「大人ってね。嘘をつく生き物よ」
それってどういう、と問い質そうとしたガルザードの左側に、琥珀色の雷が落ちた。
メディナも言いかけていた言葉を呑み込んでそちらへ視線をやる。
「ウィル!」
「勝負だ。ガルザード」
ウィルの様子は、いままでで一番落ち着いているように見えた。口調も、ガルザードが知る、かつて闘病していたころに近く感じる。
ただひとつ違うのは、ウィルもアクセル・ギアで作られた鎧を纏っていること。
色は彼の鱗と同じ琥珀色。
ならば、とガルザードも鎧をまとう。
きっとこれが最後だ。
誰に教えられるでもなく、そう思った。
膝まである薮に、小さく火花が落ちる。
藪に足を取られることを嫌ったふたりは空中で激しくぶつかり合い、互いの肌や鱗や鎧に無数の細かな傷を刻んでいく。
「はああああっ!」
ガルザードが切っ先を下に、ウィルの下方の死角から滑るように斬り掛かっていく。後方に数歩分下がって必殺の一刀を回避。それを読んでいたガルザードはウィルの正面に出るとぎゅるりと回転しながら首を狙う。
「くっ!」
咄嗟に力を抜き、落下することで回避。流れたガルザードのふくらはぎを逆さまになりながら蹴り上げる。その破壊力はガルザードの肉へ骨へ直接伝わり、数瞬動きを封じた。
「だあっ!」
ウィルは落下を止め、そのままかかとを揃えて急上昇。狙うはガルザードの顎。
「がふっ!」
よく舌を噛まなかったと思う。無様に蹴り上げられ、大きく上体が仰け反る。しかしこの一撃はガルザードの捻れた体勢を戻すには十分な力となり、彼は吹き飛ばされながらも器用にウィルの足と自分の足を絡ませ、回転を加えながらさらなる上空へと投げ飛ばした。
「あああっ!」
錐揉み状に回転しながら上昇するウィルへ、ガルザードはそれ以上の速度で追い、追い抜き、太陽を背にして今度は脳天へ真っ直ぐ刀を振り下ろす。
「させるか!」
錐揉み状に回転しながらも、ウィルが投げつけた脇差しはガルザードの胸部めがけて突き進んでいく。
構うものか。
「おおおおっ!」
アクセル・ギアは心の力で動く機械。思いの強さが直結する。やり方はたぶん、龍の力を引き出した時と同じ。内から涌き出る思いを外へ!
一直線に突き刺さった脇差しはしかし、切っ先が僅かに食い込んだだけで止まり、ガルザードの勢いを殺すことは叶わなかった。
「ふんっ!」
振り下ろされた一撃は、ウィルが咄嗟に展開した兜により防がれ、やはりこちらも浅く傷を付けただけに終わった。
「ちっ」
「せえっ!」
ガルザードの舌打ちをウィルは、鎧に刺さった脇差しを抜きながらの脇腹への蹴りで吹き飛ばし、またしても両者の間合いは完全に切れてしまった。
気持ちを落ち着かせるため、ガルザードは一度息を吐き、状況を整理する。
互角、ではない。
明らかにウィルの方が限界以上の力で戦っている。それは彼の表情などから感じ取れる。
それを支えているのが、アクセル・ギアの鎧だ。
望めば望むだけ力を与えてくれるアクセル・ギアだが、肉体への反動もそれだけ強くなる。龍族である自分はそれに耐えられる肉体があるが、ウィルは違う。
「お前は、どうなりたかったんだ?」
「なにを、急に」
呼吸は荒く、全身から汗が湯気となって立ち上っている。
自分も似たようなものだろうが、ウィルの方が表情も相まってより悲惨に見える。
「いまのお前がやっていることは、生き返ってまでやりたかったことなのか?」
一瞬たじろぎ、すぐにこう答えた。
「そうだ。全てを神の御前に。そのためにぼくはいまこうしてキミと戦ってるんだ!」
いけない。
「わあああああああああああっ!」
ウィルの雄叫びと共に、彼のギアの出力が増大していく。
あんな状態で出力を上げればどうなるかを、彼自身が想像できないはずがない。
「止めろウィル!」
「キミと、戦うんだ!」
消えた。
見えている。
正面、上!
「ぐうっ!」
重い。いままでの比では無いほどに重い斬撃が骨にまで響く。
だが、見えた。見てしまった。
ウィルが纏う琥珀色の鎧に、細かな亀裂がいくつも走っている。
そして亀裂は、鎧だけでは無かった。
ならば、急いだ方がいい。これで最後だと気付いた自分の感覚は間違っていなかったのだから。
『本人の出力に耐え切れてないのよ。中途半端な仕事ね』
唐突にガルザードの鎧がメディナの声を伝える。しかしそんな言葉はふたりの耳には入らない。
「おおおおっ!」
髪に触れる寸前まで押し込められていた刃を、ガルザードは渾身の力で押し戻す。空中にいるんだからさ、とメディナの呆れ声など届くはずもない。ガルザードの鎧が淡く輝き、彼の後押しをする。
「く……っ!」
ぴし、とウィルの鎧が音を立てて割れ始める。
「終わりだ!」
防御に使っていた刀を振り抜き、ウィルのからだを大きく仰け反らせ、さらに横腹への回し蹴りで地面へとたたき落とす。
「がああっ!」
落下と同時に鎧の崩壊が始まり、破片をまき散らしながら猛スピードで木々に飛び込み、密集する枝葉にもみくちゃにされながら、しかし一切の速度は落ちないままウィルは地面に激突し、何度かバウンドしてようやく止まった。
その頃にはもう鎧は僅かしか残っておらず、しかも限界を超える力を使った反動でウィル自身も立ち上がるだけの体力すら無かった。
「……っ!」
弱々しい呼吸で、転がるように仰向けになったウィルへ、ガルザードが急行する。
「メディナさん! ウィルから離れて!」
戦いに集中しすぎて一番大事なことを忘れていた。
メディナの居場所だ。
なにが起こるか分からないから、とイオナを護衛に付けてガルザードはウィルを迎え撃った。当初はイオナも戦いたがったが、兄の懇願に渋々折れてもらった。
そしていま、ウィルを蹴り飛ばした先にメディナが居た。
ばさばさと枝葉を突っ切って地面に降り立ったそこでは、ある種予想通りの光景が広がっていた。
「じゃ、あたしこの竜人みたいな子のアクセル・ギア作るからさ、五日ぐらい待っててくれるかな」
治癒の息を吹きかけながら、ウィルに肩を貸すメディナと、猛反発するイオナの姿がそこにあった。
「なんでそんなやつを助けるのよ!」
「どういうつもりです。まさかあいつらの、」
兄妹ふたりに責められて、メディナは面倒くさそうに答えた。
「違うわよ。ギアの技師として、中途半端な仕事に腹が立っただけ」
イオナがほっとしたのも束の間、メディナはこう続けた。
「だから五日ちょうだい。ここから西に少しいったところに龍族の里があるから、そこで待ってて。行く途中で連絡して泊まったりごはんもらえたりするようにしておくから」
突然の提案にイオナはさらに噛みつく。
「ちょっとなによそれ!」
「あたしはあたしが作ったギアのテストをするためにここまで来てるの。被験者は誰でもいいのよ」
「そいつは! あたしたちを裏切ってドラガヌアを滅ぼした大罪人よ! 助けてやる義理なんてどこにもない!」
「あたしはドラガヌアの関係者じゃない」
言い切られ、イオナは怯む。
「あんたたちのお父さんだって、いつ国が滅んでも構わないって言ってたんでしょ? 生き物は死ぬものだし、それがいまだったってだけなの。これ以上文句言うなら、あたしがあんたを食いちぎるからね」
淡々とした口ぶりが余計に恐ろしく感じる。
「で、でも」
す、とイオナの前に入ってガルザードが言う。
「お願いします。ウィルに後悔が無いようにしてやってください」
ふふん、と笑ってメディナはとん、と自分の胸を叩く。
「まっかせなさい。思いっきり強くしてやるんだから」
「お兄ちゃんまで……」
味方のいなくなったイオナがついにウィルを見る。
「……ぼくならだいじょうぶだよ、イオナ」
弱々しく微笑まれ、イオナは顔を赤く染める。
あの笑顔は、ドラガヌアで過ごした時に見せたものと同じだったから。
「だ、誰もあんたの心配なんかしてないわよ! あんたとお兄ちゃんの勝負が終わったら、あたしが腕の一本でも食いちぎってやるんだから、覚悟しておきなさい!」
「……うん。イオナには、それぐらいしてもらわないと、だめだから……」
そこまで言って、くたりと顔を全身をメディナに預けてしまう。
「じゃ、行ってくるから」
「はい。思いっきり強くして構いませんから」
「もう、お兄ちゃんの剣術莫迦!」
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