第8話 帰郷

 またも助けられたこと、無様に負けたこと、意地を張ったのにあっさりねじ伏せられたこと。

 他にも多様な要因が重なった、恥ずかしいやら悔しいやらで数日の間、メディナとまともに会話すら出来なかった。


    *     *     *


 里が近いことも幸運のひとつだった。


「ほら、いつまでも恥ずかしがってないで、さっさとドラガヌアに行くわよ」


 メディナは自分以外にも治癒の息が得意な龍族たちを里から呼び寄せ、代わる代わるガルザードの治療を手伝ってもらっていた。

 手伝った皆は口々に慰めの言葉や、健闘を称える言葉を置いていったが、当のガルザードからすれば辱めに等しく、時折メディナが頭を小突いてやらなければ、礼も言わないまま貝のように心を閉ざしていただろう。


「ほら、お礼ぐらい言う」

「は、はい」


 治療を受けている間、考えることはイオナのことと、竜人が使った剣術のこと。

 イオナが連れ去られた方向の先にはドラガヌアがある。ダンゲルグが言ったように、妹は生きていたし、元気だった。ひとまずはそれを喜ぼう。

 メディナは人格を操るギアを付けている、と言った。

 なぜそんなものがあるのか、どうしてメディナはそんなものを看破できたのか。

 色々疑問はあったし、実際訊ねてもみたが、「二百年も生きてればそれなりに知ってることも多いわよ」とはぐらかすばかりでまともに答えてはくれなかった。

 アクセル・ギアに関しては素人であるガルザードにすれば、イオナが付けているギアを壊せば開放される、という一点さえ分かれば、仮に詳細を教えてもらってもきっと理解はできないだろうからとそれ以上の追求は止めた。


「でもさ、あんたもオトコノコだったのね」

「どういう、意味ですか」

「ボロ負けしてあんな風に恥ずかしがるなんて、思っても見なかったってこと」

「なんですかそれ。負けて悔しいのは誰だって」


 ぺし、とガルザードのおでこを指で弾いて、


「あんたって感情表に出すことあんまりしなかったから、ね」


 ふふ、と微笑んでメディナはするりと距離を取って街道を歩き始める。

 ずるい。

 あんな笑顔を向けられたら。

 ぶるぶると頭を振って、大荷物を背負い直して歩き出す。

 これ以上メディナがからかってくる様子は無さそうだったので、ガルザードは思索に戻る。

 竜人が最後に使ったあの技。

 あれは師匠ダンゲルグの技だ。

 どれだけ鎧を着込んでいようと、どんな堅牢な建物の中にいようと、相手の肉体のみを切り刻む技、「妖狼斬」。

 自分がこうやって生きているのは、相手の技量が足りていないからであり、ダンゲルグが放ったならば、ギアだけを残してただの肉片と成り果てていただろう。


「でもなんで竜人が」


 使えるのだろう。

 ドラガヌアに竜人は多かったが、ダンゲルグから剣術を学んでいる者は居なかった。

 ならドラガヌアに来る前に取った弟子なのだろうか。

 こちらも考えて出る結論では無かったことに若干の後悔をしつつ、ガルザードは歩を進める。

 ドラガヌアまではまだまだある。

 それまでに、少しでも強くなるんだ。

 妹を、苦しめないために。

 妹は強い。剣も、心も。

 こちらからの呼びかけに反応もした。きっと戦っているのだと信じる。


「ほら何やってるの。さっさと歩く!」


 呆れた様子でメディナが横に回り、


「ほら、しゃんとしなさい、よ!」


 ばしん、と肩を叩いてきた。

 いつの間にか足を止めていたらしい。

 けれど、励ましているつもりなのだろうが、今度のは正直痛いし、びっくりする。やめて欲しい。


「なによその顔。ほんっと生意気ね」

「だって」

「ああもうそういう、叱られた犬みたいな顔するんじゃないの。情が移るでしょうが」


 ずるい。

 そういうことを言わないで欲しい。

 こちらだってそういう気持ちを懸命に抑えているのに。

 ガルザードの視線の意味を感じ取ったのか、メディナは躍るようにガルザードの前に出て左手を彼の前に突き出す。


「ほら、この先に小さい宿屋があるから、日が暮れる前に急ぐわよ。野宿なんてしたくないんだから」


 野宿、と聞いて、思い出されたのは今朝まで世話になった里のことだ。


「あ、里は大丈夫でしたか?」


 治癒の息をかけてくれた龍族たちに聞けば良かったのだろうが、とてもそんな精神状態では無かった。


「大丈夫よ。妹ちゃんが氷の息を多く使ってくれたから延焼も無かったし」

「……そうですか。良かった」


 ほっとひと息吐いた顔の前、鼻先に触れるぐらいにメディナは手を突き出し、


「分かったら急ぐわよ!」


 苦笑しつつ、はい、と頷いて手を取り、歩き出す。

 握った手は、温かかった。


    *     *     *


 ドラガヌア王国。

 一五〇〇年余りの間、人族と龍族が共に暮らした風光明媚な国だ。

 人口は三万程度。少なく感じるかもしれないが、訪れてみるとかなりの大都市だと分かる。人口の分布は人族が六割強を、残りを龍族が占め、竜人たちはほんの僅かしか暮らしていなかった。

 十日に一度盛大な市が立ち、各地の名産品や職人による工芸品、さらに最近はアクセル・ギアの技師が新製品を並べて威勢良く声を張り上げていた。

 四季の節句には祭りが催され、種族も年齢もなく熱狂と興奮に包まれていた。

 そしてなにより、あと十年もすればイオナが王位を継ぎ、国はさらに発展しただろう。

 だがいまはその面影も兆候もない。

 多少の破損はあるものの、景観自体は以前と変わりないように見える。

 ただ、闊歩するのが竜人だけなのだ。

 竜人とは龍族と人族の混血種だ。

 龍の姿に変化(へんげ)することや龍の息を使うことはできないが、単純な身体能力なら竜人の方が上だと語る者も多い。


 人の姿した龍族と、竜人の見た目の区別は少しコツが要る。

 まずはにおい。これは人族には感知できないレベルなので割愛する。

 目立つところで言えば、頭部。

 龍族は頬に鱗があるが、竜人はさらに額にも鱗がある。

 龍族ならば額からは一本角が生えているのだが、角を持つ竜人はほとんど確認されていない。そのためシルエットや後ろ姿だけだと人族との見分けも難しい。

 それを卑屈に思い、人前ではフードを被る者も少なく無い竜人たちが、いまのドラガヌアでは誰もやっていない。

 それはガルザードの目には実にみっともない行為に映り、


「そう? かわいいじゃない。いまぐらい好きにさせてあげたらいいのよ」


 メディナはふふん、と挑発的に笑った。


「……まあ、思ったより荒らされてなくて良かった、とは思いますけど」


 ガルザードは変わり果てた故郷に小さくため息を吐いてこの話題を終わらせた。


「ねぇおねーさん、ヒマならオレたちと一杯飲まない?」


 街ゆく竜人たちがメディナに視線を奪われ、囃し立てるように口笛を吹いたり冷やかしたりしてくる。見るからに若く、今回の戦争を聞いて集まってきただけの、チンピラと呼んでも差し支えないような連中だ。

 ガルザードが鋭く睨み、左腰に手をやる。その気配を感じ取ったメディナが肩を抱き寄せ、ひらひらと手を振ってみせる。それだけで竜人たちは舌打ちや落胆の声を漏らしながら去って行った。


「このばか。あれぐらいでキレてるんじゃないわよ」

「でも、メディナさんが」

「さっき言ったこと、もう忘れたの?」


 ワントーン低く言ったことでガルザードも渋々納得し、束から手を離した。


「よろしい。でも、怒った理由があたしなのは、ちょびっとだけ嬉しいかな」


 また無防備にそういうことを言う。

 やっぱり大人はずるい。

 照れ隠しも兼ねて視線を王城に向ける。メディナもそれにつられて視線を向ける。


「あーあ。派手に壊したわね。結構好きだったんだけどな、あのお城」


 人族が設計し、龍族が百年かけて完成させた王城。

 龍族の強大な力と、人族の溢れる勇気が合わさった、ドラガヌアの国是そのものとも言える外観を国の内外に誇っていたが、いまは見る影もなく破壊され、かろうじてその外観を保っている状態だ。

 く、と小さく漏らしてガルザードは言う。


「とにかく妹の情報を集めましょう」


 そうね、と返してメディナは周囲を見回す。


「ねえ、この近所に居酒屋とかって無い?」


 いきなりなんてことを言い出すんだ、と隠しきれない思いが顔に出ていた。ぺしん、とおでこを叩かれ、ガルザードはそれでも怪訝そうに言う。


「こんな朝から開いてる居酒屋なんて無いですよ」

「ばかね。情報集めるって言ったら酒場か市場、って決まってるの。あんただって先輩に無理矢理連れてこられたことぐらいあるんでしょ?」

「あ、ありますけど、緊張してて場所とかよく覚えてないです」


 ぺしん、ともう一度叩くメディナ。さすがに唇をへの字に曲げるガルザードを意に介さず彼の額に指を突き当てる。


「あんた一応この国の生まれでしょうが。歓楽街の場所ぐらい知ってるでしょ?」


 それなら、とガルザードは王城に向かって左側を指さした。


「確か、向こうの、町外れに」

「ん。じゃあ行くわよ」

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