第11話 味気ない食事

「ダンゲルグ!」

「師匠……」


 気配すら感じなかった。

 ウィルが飛び込んできた窓枠に片膝を立てて座り、いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべながらガルザードたちを見ていた。


「ほぉ。少しはマシになったみたいだな。莫迦弟子」


 褒められた。

 彼の言うように自分は弟子としては出来が良くなかった。稽古中呆れられることも何度もあった。そんな師匠から褒められて嬉しくないはずがない。

 にやけそうになる気持ちをぐっと堪えて、ガルザードは問いかける。


「何の、用です」


 殺気こそ放っていないが、いまのダンゲルグは敵だ。次の瞬間になにをしていても不思議ではない。それに加え、こちらは手負いと素人を抱えている。イオナが目的ならば、メディナに預けて自分が盾になれば、と思いつく。手傷は負っているがイオナとのケンカの中で会得した力を使って防戦に徹すれば、ふたりが逃げる時間は十分に稼げる。

 なにより、試したい。

 はっきりと自覚できるほど自分は強くなれた。

 師匠に褒められた力を存分に使って、師匠と戦いたい。

 背後にいるはずのメディナの気配を探る。よし、まだ部屋に居る。ならばどうにか隙を見つけてイオナを預けて─

 しかしその思いも、あっさり否定されてしまう。


「ああ、心配すんな。お嬢をどうこうしようって来たんじゃねぇよ」


 え、と思わず落胆してしまうガルザード。


「なんだそのあからさまな顔。敵を前に油断していいって誰が教えた?」

「は、す、すいません」

「まあいい。それよか、またで悪いけどな。ウィル坊はもらっていくからな」


 なんで、と問わせる隙をダンゲルグは与えない。凄まじい殺気を放ち、ガルザードの口を噤ませる。

 同時に、どこからともなく白衣を着た人族の大人たち数名が部屋に入り、ウィルへと群がった。

 白衣にはフードが付いていて、人族たち全員がそれを深く被っているので顔立ちも性別すらもよく分からない。

 一団の身なりや手つき、漏れ聞こえてくる単語から医者だと分かるが、こんな連中はかつてのドラガヌアにはひとりも居なかった。

 訊かなければいけない。


「なんなんですか、この人族たちは」

「ウィル坊の専属医だよ」

「ダンゲルグは、知っているんですか。ウィルが生きている理由を」

「さぁな。俺は雇われだ。ウィル坊を守ってくれって頼まれたのさ。そこの医者連中からな」

「疑問には、思わなかったんですか」

「訊いてどうする。どの道俺は裏切り者だ。何か言ったとして、信用できるのか?」


 信じたい。けれど、ドラガヌアを壊滅に追い込む手引きをしたのも、確かにこの男なのだ。

 でなければ、ドラガヌアが竜人に陥落させられるなど、あるはずがない。

 逡巡からくる静寂を打ち破ったのはイオナだった。


「しんじるよ、あたし。師匠の言うことだもん」

「あほ。お前にゃ訊いてねえよ」

「あほでいいもん。あたし、師匠がお金で動くひとじゃないって知ってるし、あたしはドラガヌアがこうなったことには怒ってないから」


 きっぱりと言い切ったイオナに、どあほ、と嘆息してダンゲルグはガルザードに言う。


「で、お前はどうなんだ」

「……オレは……」


    *     *     *


「あの医者みたいな格好してた連中はね、龍族に怨みを持ってる人族よ」


 え、とガルザードが目を見開き、イオナは不服そうに視線を逸らした。

 人族とは龍の力を持たない種族。

 力は弱く、からだは脆い。寿命も六十年生きれば長命の種族。

 千五百年以上前、つまりドラガヌアが建国される以前は、観賞用や愛玩用、あるいは単純な労働力として龍族に飼育されていた種族。

 ドラガヌアでは龍族と人族は対等とされていたが、実際には庇護の対象であり、互いの関係はさほど変わらなかった種族。


「……だからなに? 人族にだって悪いことするひとだっているし、ご先祖がやってきたこと考えたらそれぐらい普通でしょ?」


 メディナの治癒の息で動けるまでに回復したイオナは、取りあえずお腹いっぱいになりたい、と兄にねだり、苦笑しつつ城下の宿屋兼食堂に入り、テーブルを囲むことになった。

 最初はイオナのことが話題の中心だったが、いつの間にかあの医師団にシフトしいていた。


「そうなんだけど、あんたのお兄さんが知りたそうにしてたからね」


 話を振られ、困惑するガルザードだったが、その根源は少し違う。


「ダンゲルグは、流しの武人です。『良き武は高き賢と共に』の格言を体現する本当に強い男です。なのに人族の手下になってウィルやイオナを……」


 迷う兄に妹は実に軽く言う。


「なんで師匠のこと疑うかなぁ。お兄ちゃんさっきは信じる、って言ったじゃない」

「だけどな、イオナ。国が滅ぼされたんだぞ。それに、他の里や集落だって襲われている。ダンゲルグが何もしなければきっと……」

「それは違うわ」


 メディナの言葉に、イオナも頷いている。


「一部の人族がもってる龍族への恨みって結構根深くてね。あの医者みたいな連中はその代表格。たまたまあの日ドラガヌアが滅ぼされたってだけで、あと百年以内にはきっとどこかの国が滅ぼされて、今回以上の悲劇が起こってたかもしれない」


 頷いていたイオナが別の角度から切り出す。


「そうよ。お兄ちゃんは引きこもって剣術ばっかりだったから知らないだろうけどさ、ちょっと街に出て耳を澄ませてたらそういう危なっかしい話、珍しく無かったけど?」

「そ、そうなのか……? 人族とは親密なものだとばかり……」


 少なからずショックを受けるガルザードに、メディナは追い打ちをかける。


「あいつらって結局だれも信用してないのよ」


 先ほどまでメディナの言葉に頷いていたイオナの眉が、一気に怪訝な角度へ変化する。


「だから平気で他人の命をもてあそぶの。うちのひいじーちゃんもなんであんな奴らを友人とか言ってたのか、さっぱりよ」

「ちょっとメディナさん、何言ってるの?」


 イオナの問いかけにメディナは動じず続ける。


「最初から最後まで家畜として扱えば良かったのよ。莫迦に力を与えると余計なことしかしないのに」


 かぁん! と乾いた音が客の居ない食堂に響き渡る。


「最低よ。そういう言い方」


 右の甲を押さえながら、イオナは涙目で言う。

 座っていた位置の関係で手の甲で叩いたように見えるが、鱗で守られた頬を叩くにはこれしかないのだ。


「メディナさん、あなたが作って生計を立てているアクセル・ギアだって、元々は人族が作ったものでしょうが」

「人族は純粋なだけよ。簡単に善にも悪にも染まる、脆くて弱い種族だってことぐらい、あたしより年上なら知ってるでしょ!」


 年端もいかない子供たちに諭され、それでもメディナは謝ろうとはしなかった。

 静かに立ち上がり、ふたりを見ようともせず、


「眠いから寝るわ。ご飯はふたりで食べて」

「あ、こら逃げるな!」


 しかし、イオナもガルザードもそれ以上の追求はしなかった。

 気まずいまま食事が運ばれてきたが、まるで味のしない食事となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る