第20話 後15秒

 ***

 目の前に広がっている地下フロア、でもたどり着けない!

 ***


 ピー、ピー、ピー。

「最終破壊兵器の起動時間まで15秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピー、ピー、ピー。


 急げ! 急げ!


 右ボタン組と左ボタン組は、28階の司令官室(?)の両側に設置されている豪華そうなエレベーターに大急ぎで乗った。そしてそれぞれ『B30』のボタンを押して『閉まる』ボタンを押した――


 シーン……


 しかし、エレベーターの扉は一向に閉まる気配が無い。


「え? どうしたんだ?」


 エレベーターに乗り込んだメンバーも、エレベーターの外から次のエレベーターに乗ろうとして待っているメンバーも不思議がっている。しかし早く閉めないと下に降りられない。エレベーターの中のメンバーは『閉まる』ボタンを連打しているが、それでもエレベーターの扉は閉まらない。


「どーしたんだ? 主任!」

「扉が閉まらないんです! 係長!」

「こっちもだ! 主任!」


 係長と主任が反対側のエレベーターの中から叫んでいる。


「もしかしたらこのフロアは上級管理者が使う場所なので、エレベーターを動かす場合には認証用のカードキーみたいな物が必要だったりしませんかね?」

 オタクメンバーが、不安そうな顔をして横にいる主任に問いかける。


「閉めるボタンの下にカードをかざすための場所が有るのですが、気のせいですかね?」オタクメンバーがエレベータの一点を指して言った。


「なんだとー! 良し、俺が持っているこの社員証を当ててみるか!」

 主任が社員証をカードタッチ部分に触れた途端に、


 ピッ!……


「警告します! このカードの認証レベルではエレベーターの操作は出来ません。上位管理者のカードで再度認証してください」

 無機質な女性の声がエレベーターに取り付けられているスピーカーから流れて来た。


「お! オタク君の読み通りだな。しかし俺の権限では駄目なようだ。係長ーーー! そちらでも試して下さい!」主任が係長に向かって叫ぶ。


「良し!」そう言いながら、係長も社員証をタッチ部分にかざすと


 ピッ!……


「警告します。このカードの認証レベルではエレベーターの操作は出来ません。上位管理者のカードで再度認証してください」

 同じように無機質な男性の声が聞こえる。


「駄目だ! 認証レベルが低すぎるんだ。誰か課長の社員証を持って来てくれ!」係長が周りの人間に命令した。


「了解でーーーす」


 ソファーに横たわっている係長のポケットをゴソゴソと探して、メンバーが課長の社員証を大急ぎで持って来た。


「よーし! これで駄目だったら諦めて全員階段で地下30階を目指すぞ!」

 係長がそういうと他のメンバーは皆んな一斉にイヤーな顔をした。


「目の前に美味しいエサがあるのに手に取れないんですかー。やはりあの時役員室に乗り込んで、泥酔している会長を無理矢理引っ張ってくれば良かったですかねえ――」


 回りのメンバーはぶつぶつ文句を言う。ここにいるメンバー達は役員なんかどうでも良い感じになっている。


「良し、触るぞ!」


 ピッ!……


「確認しました。エレベーターの操作を行うために認証コードを入れてください」


「お! 承認されたぞ。さすが課長のカード! でも課長は意識不明の重体だから、認証コードなんて聞き出せない」

 係長は喜びと悲しみを合わせた表情をした。


 ピー、ピー、ピー。

「最終破壊兵器の起動時間まで14秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピー、ピー、ピー。


「課長のポケットとかに、認証コードらしきメモ書きは無いか調べろ!」

「駄目ですー! 係長。それらしき物はありませーん!」

 重体の課長の服をまさぐっていたメンバーが叫んだ。


「シャツのポケットとか、パンツの中とか、靴下の裏とか、兎に角探せー!」


 可哀想な課長は意識不明の重体にも関わらず、メンバー達にもみくちゃにされていった――


「ダメだ! 時間が勿体無い。外に居る掃除のおばちゃんを呼んできてくれ! おばちゃんの方がここは詳しいはずだ。それから地下フロアを見渡せるそこの窓を破壊して地下フロアに降りる準備をしてくれ!」


「係長! 了解でーーーす! ハンドガンで窓を吹き飛ばしまーす!」


 ファイア〜

 ボム

 ボム


 ガシャーン!

 窓ガラスが飛び散る音がした。


 しかし割れたガラスの向こうは、不思議な事に『壁』だった。


「えー?!」


 みんなが一斉に叫んだ。しかし一人だけ冷静なヤツがいた。先程のオタクメンバーだった。


「まぁ、冷静に考えれば分かりますよ。だってこの部屋は総理大臣クラスの重要人物がいる部屋なんですよ? 地下のフロアと窓ガラスたった1枚で隔てたぐらいでは、セキュリティが甘々ですよ。多分さっきのガラス窓に映った風景は、地下フロアをカメラで写して、それをさっきのガラス窓に投影しただけだと思いますよ。この部屋の壁の厚さは地下フロアで一番厚い堅固な作りになっているはずですからね――」


「係長ー! おばちゃんを連れてきました!」


「すみません。また教えてください――お願いします!」

 係長は、メンバーが連れて来た掃除のおばちゃんに心底困っている顔をする。


「出た! 係長の『おばちゃんゴロシ』」

 また、主任がなにやら合いの手を入れ始める。


「地下フロアの一番下に行きたいんですけど、どうすればいいんでしょうか? おばちゃんしか、もう我々頼れる人がいないんです。美魔女のお姉さま――是非私達を最下層のフロアに導いてください!」


「まぁ、やだわぁ係長さんたらー! 本当はお教え出来ないのですけど。でも困った時はお互いさまよね。しかたない、今度デートしてくださるならお教えしますわ」


「はい、お姉さま。喜んで!」

 係長はおばちゃんのお誘いに直ぐに返事をする。


「係長ー! よ! おば様ゴロシ!」

 主任が小声でツッコム。


 掃除のおばちゃんは、頬に手を当てニコニコしながら係長に説明を始めた。


「一番下の階の掃除は地下30階まで階段かエレベーターで降りるのが普通なの――だけど私達が使う裏技があるの。実は地下27階の食堂からなら職員さん専用エレベーターで地下30階に直通で行けるの。だから私達はいつも食堂の掃除をしたら地下30階も一緒にお掃除してるのよ――」


「おお! ありがとうございます、おば……お姉さま。そこでもう一つ質問いいですか? 階段で地下30階からホールに行く扉は鍵がかかってますか? また27階の食堂から職員専用エレベーターまでには鍵とか必要ありますか?」

 係長は確認のために鍵が必要かをおばちゃんに尋ねる。


「あらやだ係長さん、赤くなってるわよ。ウブねえ! こんな年寄りを捕まえて鍵の話なんて一体何をするおつもり? 大丈夫どちらも鍵なんてないわよ。普通の職員さんが普通に入れる場所だから私達も普通に入って掃除してるわよ」

 おばちゃんは、なぜが顔を赤らめて係長に向かって目をシパシパさせながら答える。


「係長さん残念でしたわね。鍵のある個室はここ28階の大臣室だけですよ。今度二人だけで個室のお掃除でもします?」

 そして、そわそわしながら係長にコッソリと耳打ちする。


「いえ! おば……お姉さま。ありがとうございましたぁー!」

 係長はおばちゃんに向かって深々と頭を下げて、おばちゃんの一番最後の言葉は聞かないふりをした。


 ピー、ピー、ピー。

「最終破壊兵器の起動時間まで13秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピー、ピー、ピー。


「よーし! さっき半分に別れた右チームは一旦上の階に上がるんだ。上の階に上がれば地下30階まで一直線らしいぞ。左チームは申し訳ないが、一気に地下30階まで降下してくれ! 地下30階なら明かりも漏れてるから大丈夫だろう。しかし、赤外線ゴーグルを持って行って必ず事前にトラップのチェックをしろよ!」


 係長は、先ほどまで使ってた装備品を他のメンバーに渡しながら大声で叫ぶ。


「それと、各チームは超空間通信機で絶えずお互いに連絡するんだぞ! 俺は、おば……お姉さまとここに残って最新情報を集めるからな。右チームは主任、左チームはリーダーが責任者だ」


 後ろで係長の叫び声を聞きながら、掃除のおばちゃんがホホを赤くして何やらモジモジしている。

「嫌だわ係長さんたら。そんなに私と二人きりになりたいのかしら?」


「お! オタクメンバーもココに残って別のモニターを使って右チームと左チームの動向を追い掛けられるようにしてくれ!」


「恥ずかしがっちゃて係長さんたら。あの男の子も外に追い出せばいいのに!」

 おばちゃんが、コッソリと本音を言った。そして密かにポケットから取り出した口紅を使って自分の唇を塗り直し始めた――


「係長ー! モニター出ました。そこの二番と三番モニターです」


 片方のモニターは全力で階段を駆け上がっている右チームの姿。もう片方のモニターは階段の吹き抜けから降下を開始する左チームの姿。


「おば……お姉さま! 地下27階食堂から最下層に行くエレベーターは何処にあるのですか?」


「係長さん。階段を上がったら右手に一般食堂の看板があるから、そこを通り抜けて進んだら大きな食堂があるわ。その食堂の左奥にエレベーターがあるはずよ――」

 心なしかおばちゃんの声が艶っぽくなっている。


「右チーム聞こえたか? 階段を登ったら右の一般食堂に入って左奥だ。そこにエレベーターがあるぞ」

「了解です! 係長。全力で向かいます!」


「さすが超空間通信機とやらは、感度が良いなあ。コレ、ウチの部隊にも欲しいなあ」

 係長は超空間通信機のヘッドセットをしげしげと眺めながら呟く。


「係長ぅー、何言ってんすか? コレ自体が『超』の付く機密製品ですよ。一個作るのに都心のマンション買えますよ。この部屋にあるものみんなオーバーテクノロジー製品だらけですもの。オレ達からしたら夢のような場所です。俺もここで働きたいですヨ! 本当に――」

 モニター画面を調整しながら、オタクメンバーは係長に愚痴を言う。


「ところで、このヘッドセットって、単純な通信機だけじゃ無いカモです。チョット被ってみるか――うわぁー! スゲー。理想のヴァーチャル空間だ。係長もそこのヘッドセット付けてバイザーを下ろして見てください。凄いですよ! まるで俺たちもそこにいるような臨場感が味わえますから」


 オタクメンバーがそう言ったので、係長もヘッドセットを被って付属しているバイザーを下ろすと――


 地下27階で食堂の中を全力で走っているメンバーが見ている視界が、目の前に突然現れた。


「うわぁー! なんじゃぃ、これ? 昔の3Dゲーム以上の出来じゃないか! 今はこんなに仮想ゲーム機の出来は良いのかい?」


「違いますよ、係長。今だってこんな技術有りません。このヘッドセット自体がオーバーテクノロジーの産物なんですよきっと。確かに、これさえあればこの指揮官室から一歩も出なくても、堅固な建物の中にいても、まるで現場で指揮している気分になれますよ」


 ピー、ピー、ピー。

「最終破壊兵器の起動時間まで12秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピー、ピー、ピー。


「こちら、27階に展開中の右チーム。エレベーター前に到着しました! エレベーターの扉はスンナリと開いて、今から地下30階のフロアに向かいます」

 主任の明るい声が明瞭に聞こえる。


「こちら28階の階段吹き抜けに展開中の左チームです。只今から順次降下を開始します。地下30階はここから薄っすらと見えますのでこのまま降下します。地下30階に着いたら赤外線ゴーグルで周りも確認します」

 リーダーが報告している後ろでは、メンバー達の降下する掛け声が聞こえて来る。


 ゴーゴー!

 ゴーゴー!


 どちらの状況も、係長には手に取るように見えて感じる事が出来た。


「うーん、やはりこれ欲しいなぁ。これさえあれば指揮車の中にいても、現場の雰囲気がそのまま伝わってくるしなぁ。早く実戦配備してもらえるように上申しよう――」


「係長、多分絶対に無理だと思いますよ――これやっぱり凄いなぁ。やはり管制センターに通じる道へのセキュリティーが狂っている程強力なのが、オレにも理解できましたよ。このテクノロジーは絶対に外部に漏らせないものなぁ。もしもオレに依頼されたら、オレもコレぐらい強力なトラップ仕掛けるだろうし――」

 オタクメンバーも感心して独り言をつぶやいた。


「こちら右チーム。ただ今地下30階の操作卓が並んだフロアに到着しました。赤外線ゴーグルで確認しましたが、特にトラップらしきものは見つかりません。エレベーターから降りてフロアに入ります」


「こちら左チーム。ただ今順次降下中。最初に降下したメンバーに赤外線ゴーグルを着けさせて、周辺を確認しましたが入り口付近にはトラップ発見出来ません。これよりフロア入り口トビラを開けて展開します」


 係長には、彼らの報告の内容がそれこそ手に取るように分かった。


「よーし、それでは右チームは当初の予定通り地下30階の操作員フロア右端に移動してくれ。工事の兄ちゃんは停止ボタンを設置した場所を覚えているだろうから、その場所に移動だ」

 係長は右チームの主任に命令する。


「左チームも、当初予定のとおりそのフロアの左端に移動して工事のおじちゃんから押しボタンの場所を聞いて、その場所に移動してくれ!」

 さらに、左チームのリーダーに同じ命令を出す。


 ――係長の後ろでは、かまってくれないのでおばちゃんが少しすねていた。


 ピー、ピー、ピー。

「最終破壊兵器の起動時間まで11秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピー、ピー、ピー。


「係長! こちらは右チーム。一番右端の操作卓を視認。これから全速力でそこに向かいます」


「係長! こちら、左チームも一番左端の操作卓に全速で向かっています」


 そして、間髪を入れずに、右チーム、左チーム、ほぼ同時に連絡が来た。


「右! 停止ボタン発見!」

「左! 停止ボタン発見!」


 遂に、停止ボタンが目の前に現れた。


 ボタンは見るからに頑丈そうで透明なカバーに覆われていた。そのカバーには、これまた頑丈そうな鍵が取り付けられていた。

 この鍵を開けるキーは、キー数十個がまとめられている鍵束の中のどれからしい。それぞれのキーにはラベルらしき物は一切付いていない。


 そうか、今更だけど、鍵束とは別にセキュリティ担当役員の机の引き出しの中に鍵番号とその内容を紐付けるリストなりメモがあったんだろうな。

 鍵束だけ持ってこい、では駄目だったのか――キーにラベルがあるかどうかを聞いて、付いてないと分かった時点で、役員室の引き出しを家探しする時間はあったよなー。


 役員室から地上までエレベーターが動いていて、俺たちが業務用エレベーターでユックリと地上に降りる前に到着してたんだものな。


 もしも、次回同じ事が起こったら(こんな事二度と起こって欲しくないが)次からはもう少し落ち着いて対処しよう。係長は、そう心に固く誓った。


 ピ、ピ、ピ。

「最終破壊兵器の起動時間まで10秒です。只今より、ファイナルステージに入ります。各フロアのトビラはロックされます。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピ、ピ、ピ。


 ヤバイ! 後10秒か。まだカバーを開けるアイディアが思い浮かばない!


 落ち着け!

 落ち着け!

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