第4話 後45秒

 ***

 業務用エレベーターで降下中 ―― 降下スピードが遅すぎる!

 ***


 バイトのおばちゃんの機転で課長たちは業務用のエレベーターに乗る事が出来た。業務用エレベーターは課長たちとバイトのおばちゃんを乗せてひたすら地上に向かって『ユックリ』と下がり始めた。


 グイイーーーーンッ。


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで45秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


「しっかぁし遅いなー、このエレベーター!」

 課長のイライラした声がエレベーター内部に響き渡った。


「仕方ないですよ業務用のエレベーターなんてみんなそんな感じですよ」

 前職は設備工事をやっていた主任が諦めたように呟いた。


「これだって普通エレベーターの各階停車に比べたら多少は速いはずですよ。幸いこのエレベーターを使っているのは私達だけのようですし、エレベーターの階数表示のカウンターはユックリですが確実に数字が減ってますよ」

 主任はエレベータの階数表示を指しながら説明する。


「このまま誰も載ってこないで地上までノンストップで行ければ、課長がさっき口走っていたようにホールにいるエレベータ待ちの人間全員をハンドガンで排除して乗り込むよりも早いと思います。それに、あのフロアの人間をハンドガンで排除しても、エレベータが来ないのは一緒ですしね。結局別のフロアの人間が乗ろうとしてるからエレベータが来ないわけで……なんか単純に八つ当たりのような気もしますし」

 説明のどさくさに紛れて、課長がハンドガンで14階のフロア全員を排除しようとした事にちょっと意見をしてしまう主任。


 グイーン、グイーン、

 グイーン、グイーン。


 エレベーターはユックリと降下している。

 階数表示は確実に、だけど非常にゆっくりと減っている。

 階数表示が一つ一つ減るのがわかるという事は、エレベータの降下スピードがどれだけ遅いかを物語っていた。


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで44秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


「まぁね。主任の言うことには一理あるが、それでもやはり何も出来ないでただノロノロと降りるだけなのは落ち着かない。ところで、役員室に鍵を取りに行った起動ボタンの工事をした電気屋の兄ちゃんから連絡は来たのか?」

 腕を組んでエレベータの壁にもたれながらイライラしている課長は、近くの担当者に質問する。


「それが、役員室に行ったら既に役員全員もぬけの空だったそうで、セキュリティ担当役員室には多量の鍵束がポツンと置いてあったそうです。取り敢えずその鍵束を持って役員用エレベーターを使って地上で待っているとの事でした」

 電気工事をしたお兄ちゃん達と連絡を取っていた社員が課長の質問に答えた。


「なんて薄情なんだ我が社の役員たちは! 兼任役員なんか金の事しか考えていないんだ。会社というか世界の命運がかかっている今こそ命をかけて欲しいのに……このビルの屋上にはヘリポートがあって役員の移動用にヘリコプターとパイロットが常駐しているらしいからな。まったく我々の会社はどんだけ金を持っているんだ? 役員にそれだけ金をかけるんなら、もっと俺たちの待遇を良くしてほしいもんだよな」

 だんだん課長の話が会社における待遇の方に逸れていく。


「しかし役員用エレベーターはそんなに早いのか。もう地上で待ってるって? それなら全員で役員室に乗り込んで、役員を片っ端からハンドガンでポイしちゃってから地上に降りれば良かった――」


 課長がひとしきり吠えた後で、連絡担当者がボソリと呟いた。


「会長だけは役員室のラウンジで酒浸りになってソファに倒れていたそうですが――」


 課長がその話を聞いてまた吠えた。


「違ぁーう! 会長は強度の高所恐怖症で脱出用ヘリコプターに乗れなかっただけなんだ。散々俺たちを顎でこき使って来たくせに一番大事なこの時に酒浸りなんて断じて許せん。もしも、このトラブルが解決出来たら(解決出来なければ全てが終わりだが)会長室に乗り込んでいって辞表片手に一発殴ってやるぞー!」


「うおー!!!」

「課長かっこいい!」

「頼みましたよ、俺たちの代表!」

 エレベータの中は一種異様な雰囲気に包まれる。


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで43秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


 まだ業務用エレベーターは降下を続けている。

 時間は刻一刻と最終破壊兵器の起動時間に向かって進んでいる。


 と――


 ガクン。


 突然エレベーターが止まった。しかしまだ地上には付いてない――。


 グオーーーーーン。キュル、キュル。


 突然エレベーターの扉が開いて現れたのは掃除のおじちゃん。


「あれ? 皆さんどうしたんですか?」

 課長たちを見て一瞬驚く。


「うーん、いけないなー。このエレベータは業務用だから一般人は乗ってはいけないんですよ」

 掃除のおじちゃんが課長達を指さしながら、やんわりと、でもキッパリと注意した。


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで42秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


 ――そこで課長がまた切れた。

「お前はあの警報音が聞こえないのかー!? 俺たちは命がけであの警報を止めに行くんだ。そんな俺たちに対して『一般人は乗っちゃダメ』とか言ってる場合では無いだろう!」


 そう言ったと同時に、課長はエレベーターの『閉じる』ボタンを素早く連打した。

 掃除のおじちゃんが課長の剣幕にタジタジしている間に、エレベーターの扉は無情にもおじちゃんが乗り込む前に閉まった。


「でも、おじちゃんエレベーターに乗らなくて良かったよな。あのままだと絶対課長のハンドガンの餌食だもんな」

 エレベータの奥でじっとしていた社員の一人がボソリと言った。周りのメンバー達も黙って頷いていた。


 グイイーーーーン。


 またエレベーターはユックリと降下を始めた。


「ちなみに、私はこのビルが地下28階まである事なんて今まで知らなかったんですけど、課長は地下28階の管制センターとかに行った事はあるのですか?」

 横で係長が聞いた。


「イヤ、係長。実は俺も一回も地下に行った事が無いんだ」

 係長の質問に課長は恥ずかしそうに頭を掻きながら答える。


「一応このビルが竣工した時の上級職位者向け説明会で説明だけはあったのだがな……内覧会の様なイベントは一切無かったはずだ。多分君達係長以下には説明も無かったんじゃないか?」

 課長は係長に問い返す。


「そうですねえ、何も聞いてないです。ただ、いきなり呼び出されて1階の警備室の中で手のひらを出せと言われてスキャンされましたよ。アレが、今回行く地下28階の管制センターの認証キーになるんですかねー? 事前に何の説明も聞いてないのにイキナリ行って認証されるんですかねえ? 課長」

 係長は自分の手のひらをじっと見ながら課長に答える。


「ぶっつけ本番か――しかし、そうなると地下の様子を誰も知らないまま進むことになりますよね」

 係長は不安そうな顔をして課長の顔を覗き込む。


「うーむ? 何か事前に地下の情報を手に入れる方法は無いものか?」

 課長も係長の顔を見返す。


「そうだ! 掃除のおばちゃん達って地下室も掃除するんですよね。誰か地下の内容を知ってる人いませんか?」

 係長が一緒にエレベーターに乗ってるおばちゃんに聞いた。


「例えば、何処かで地下フロアの地図が手に入るとか――」


 おばちゃんは頭をかしげながら返事をする。

「そうですねえ――私は入ったばかりなので良く分からないですけど――1階の警備室の横に掃除の作業員が集まる場所があるので、そこに行けば誰か詳しい人がいるかもしれませんね。1階に着いたら聞いてみます」


「ありがとうございます! そうして頂けるとすごい助かります。多分、我々は地下フロアの地図も手に入れられないまま地下の暗闇をはいつくばる事になると思うんですよね」

 係長はおばちゃんに軽く会釈しながら言う。


「えー? 普通は各フロアにフロア内の見取り図とかありますよねー。トイレにも行けないっすよ、地図が無ければー」

 エレベーターの中で社員が愚痴をこぼしたが課長が遮った。


「大丈夫だ! トイレなんか行ってる時間は無いからな!」


「えー!」

「そんなー」

「もれちゃったら課長が責任取ってくれるんすか?」

 課長の言葉にみんながブーイングで返した。


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで41秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る