第3話 後50秒

 ***

 まだ15階?

 ***


「とりあえず14階に降りるぞ!」


 課長は、(飯をおごってもらえると思って社員番号ジャンケンに参加した)可哀そうな社員を大量に引き連れ、15階にたまたま居合わせた主任や係長も巻き込み彼ら全員を14階に降りる階段に向かわせた。


「課長ー、さっきから鳴ってるあの警報って何すかー?」

「ウチの会社ってそんなヤバイもん取り扱ってたんすかー?」

「まだエイプリルフールでもないのに、あんな冗談放送はやめて下さいよー」


 社員達は口々に質問や文句を課長に投げかける。


「馬鹿もん! こんなの冗談で出来るわけないだろう? 詳細は言えないが事故が起きて我々が密かに設置した最終破壊兵器の起動カウントダウンが始まってしまったんだ!」


 課長は引き連れて来た社員達に向かって少し怒る。


「はっきり言ってこれはヤバイ!」


 課長は、のほほんとしている社員達に向かってやや大げさに説明を始めた。


「『それ』は、俺も詳細は聞かされてはいないのだけどウチの秘密研究所が『ある遺跡』から見つけて来た超古代文明の遺品らしい。現代の科学文明を遥かに超えたオーバーテクノロジーとかいう代物だそうだ。もしもこの遺品が兵器として起動したら世界が終わるぐらいの破壊力だと聞いている――」


 そこで一息ついてから愚痴も入れる。


「だいたい、そんな自分達でも原理が分からないような兵器を使おうとする考え方が理解出来ない。どうして科学者はそういうモノを作りたがるんだ? そして権力者は権力者で使えもしない兵器を持ちたがるんだろうなぁ? 喧嘩なんて、二、三発殴って殴られてそれで終わりでいいじゃ無いか。なぁ、皆もそう思うだろう?」


 社員達が自分の言葉の意味を理解出来たころ合いを見計らって、課長は改めて命令を伝える。


「話は逸れたが……まぁ、そういう訳で後1分で世界は終わるんだ。もしもそれが嫌なら君達の全力を持って対処して欲しい――」


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで50秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


「地下28階の管制センター内部に、鍵のかかったカバーに守られた起動停止のボタンがある。あと50秒以内にそこまで行ってそのボタンを押すのが俺も含めたお前らの使命だ」


 課長は少し青い顔をしながら社員全員に『げき』を飛ばす。


「いいか? このミッションは絶対に失敗は許されない。死に物狂いで階段を駆け下りて欲しい。失敗したら俺達に明日は……ない」


「課長ー! 確か管制センターは俺たちペーペーは入れないんじゃぁないっすか? 主任以上だけで頑張って下さいよー」

 後ろの方でぼーっとしている社員が手を上げて課長に意見する。


「馬鹿野郎! 俺たちロートルよりもお前たち若いヤツの方が速いだろう? とにかく早く行って待ってろ。最悪俺たちの誰かが非常階段の真ん中の吹き抜けから飛び降りれば済むだろう――」

 課長も少しやけっぱちになりながら反論する。


「足の二、三本折れても生体認証の掌さえ怪我しなければ良いんだからな。例え重傷を負っても、お前達に抱きかかえられて本当の意味の生体認証キーとして使われれば本望だよ。お前達どこへ逃げてもダメなんだぞ……この世界そのものが消えて無くなるんだ。それだったら最後の人生に花を咲かせようじゃないか――」

 口から唾を飛ばしながら拳を振り上げて社員達に力説する課長。


「いいか? 俺たちはそこまで追い詰められている事を忘れるなよ。今から14階に行くぞ!」

「課長ぅー、何でわざわざ俺たちは14階に降りるんですか? このフロアには、15階から1階まで降りられる直通エレベーターがあるじゃないっすか」

 別の社員が課長にドヤ顔でアドバイスをする。


「おお! 冴えてるじゃないかそこの君。その粋だ! だんだんとやる気になってくれたかな?」

 課長はアドバイスした社員を誉めつつ一番大事な事を社員達に告げる。


「実は、あの警報が鳴り出したら直通エレベーターは緊急モードになって動かなくなるように設計されているんだとさ。地震や火事になったらエレベーターが最寄りのフロアに緊急停止して安全が確認されるまで動かなくなるだろう? アレと同じ思想らしい」


 課長は、自分が伝えた事に対して社員達が反論する前に先回りして更に大事なことを言ってしまう。


「本来なら、起動ボタンは地下28階の管制センターの中に誤作動防止の保護カバーに覆われた場所に設置され、停止ボタンは各フロアのよく分かる場所に設置される予定だったんだ。だから、エレベーターが動こうが・止まろうが各フロアに設置された停止ボタンを押せば終わる予定だった。だから、直通エレベータの設計思想自体には問題ないんだ……」


 社員達が課長の言った言葉の意味を理解する前に、課長はとどめの言葉を静かに告げる。


「しかし、文字通りの『ボタンのかけ違い』が今こうして大変な事になってるわけだ――」


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで49秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


 ★ ★ ★


 14階は正にパニックそのものだった。


 エレベーターホールの前も、非常階段の前さえ、いっすいの余地も無いほど人で溢れていた。それはそうだろう。各フロアにイキナリ赤い回転灯が点いたと思ったらこの狂ったような館内放送が流れたのだ。


 14階のパニックを見て課長はあきらめたようにつぶやく。


「何故こんな文言を全館に流すんだ? 貸しビルのテナントとして入っている会社に勤めている一般の会社員には意味がないだろう。こんな事知らないで一瞬の痛みも感じないで世界と一緒に消滅した方が幸せじゃないのか?」


 それから課長は思い返したようにかぶりを振って対応を考える。


 こんな状況では何時間待っても14階までエレベーターは来ないし来ても乗れないだろう。いっそ俺の腰にあるハンドガンでエレベーターホールの全員を吹っ飛ばすか? いや、そもそもエレベーターが全然来る気配が無い。今10階辺りにランプが付いているが多分定員一杯のためそれ以上は上には来ないだろう。どうする? どうする! どうする――俺。


 ぶぉぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで48秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


 ――と、混乱した人々の向こうからこちらに向かって手を降っている人の姿が見えた。


 え? あれはさっきのバイトのおばちゃんだ。なぜ未だにここに居るんだ? あ、そうかおばちゃんもパニックに巻き込まれてニッチもサッチも行かなくなっているんだな。課長はバイトのおばちゃんに明日の話を伝えようと思った――「取り敢えず明日も来なくていい」と――多分皆んな消滅してるから明日の事は考えなくてもいいからな。

 課長がパニックになっている人をかき分けておばちゃんの所に行くと、逆におばちゃんが課長にヒソヒソ声で話しかけてきた。


「課長さんも下に降りたいのでございますか? それならコッチにいらっしゃいませんか。本当は内緒ですけどこの裏に業務用のエレベーターがあるのです。大型の備品や什器の出し入れをしたり私達のような掃除関係者しか使えませんけど。でも、これなら課長さん達と一緒に地上まで行けますわ。私はその場所に入れる鍵を持っていますから課長さん達も一緒に乗って行きませんか?」


 ぶぉ、ーぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで47秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


「やったー!」

 おばちゃんの提案を聞いて課長は小躍りして喜んだ。渡りに船とはこのことだ。課長にはバイトのおばちゃんの背後から後光が差しているように見えた。いや、おばちゃんの背中から白い天使の翼が生えていたように見えた。


 早速、課長達は混乱している人達に気付かれないように分散しながら裏の業務用エレベーター室に入り込んだ。


 ★ ★ ★


「ウイーン」

 業務用エレベーターは事務用品といった大型の什器を運ぶためにエレベータ内部はかなりの広さだった。そのおかげで課長や社員達数十人が全員乗る事が出来たのだ。これでパニックになった人達に邪魔されずに地上まで直通で降りられそうだった。しかし業務用エレベータはその大型サイズゆえに下降スピードは非常に遅かった――。


 課長は全員が乗ったのを確認して地上行きのボタンを押した。


「おばちゃん有り難う、本当に感謝しかない」

 課長はおばちゃんにお礼を言いながら考えた。


 流石、バイトとはいえ掃除のおばちゃんは建物内部の仕組みをよく知ってる。まぁでも……元々の元凶はおばちゃんが起動ボタンを押したからなんだけどな。

 さっきまで天使に見えたおばちゃんのにこやかな顔が、一瞬悪魔のニヤケ顔に見えたのは気のせいだろうか? しかしこれで地上までは何とかなりそうだ。これで役員室に鍵を取りに行った工事の兄ちゃんと地上で合流出来そうだな――。


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで46秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

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