第2話 後55秒
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起動ボタンが押されてから、既に5秒経過
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「地下28階の管制センターには、誰かいないんですか? そこにいる人に電話連絡して、停止ボタンを押してもらえば良いじゃないですか……」
電気工事の兄ちゃんは軽い感じで愚痴る。
「そんなの駄目に決まっているだろう。管制センターは一般人が入れないように生体認証キーで守られているんだ。本来は起動ボタンのような重要なものを置いておく場所だからな」
工事の兄ちゃんの愚痴を聞いて、課長は当惑した顔で即座に反論する。
「それが、なんでこんなありふれた誰でも押せる場所にあるんだ? しかも、ボタンには何の注意書きも付いてないし。こんな風にポツンと置いてあったら誰でもボタン押すだろう? 掃除のおばちゃんを責めるのは酷だよなぁ」
課長は、おばちゃんに同情するように独り言をいう。
「しかも『ボタンを各フロアに設置しろ』なんて。普通に考えたら『起動ボタン』か『停止ボタン』かどちらのボタンを付けるかわかるだろう? これは明らかに指示書のミスだぞ」
課長の顔は怒りで赤くなっていた。
「一体誰がこんなもの承認したんだ。さっきの指示書を見せてみろ!」
課長は工事の兄ちゃんから指示書を強引に取り上げて内容を確認する。
「ふむふみ、なんじゃこれは?」
内容を確認して驚く課長。
「みんな承認してるじゃないか! しかも上司欄に向かってハンコがお辞儀してる完璧な承認印だ。もしかして誰も中身をチェックしないでメクラ判を押したのか? 誰かが一人でもちゃんと中身を見ていればそこで指し戻せたのに……これでは全然チェックになってないじゃないか! 中身じゃなくて体裁さえ整っていれば何でも通る親方日の丸の悪い見本だよ。しかもオレの上司もハンコ押してるし――」
ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。
「最終破壊兵器の起動時間まで54秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」
ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。
「そうだこんな事で時間を潰しはいけない。とにかく地下に向かわなければ。後54秒で地上15階から地下28階まで駆け下りて認証キーで入室し鍵を開けて停止ボタンを押せるのか?」
認証キーは主任以上の社員の手のひらに浮き出る血流パターンが使われていた。よく銀行のATMに付いている装置と作りは同じである。
この装置の長所は、指紋と違って指先を怪我したりしても正確に認証出来る点だ。手のひら全体の血管のパターンを見るので多少手に傷があっても大丈夫なのだ。
それに血管のパターンを見るので、もしも悪意を持った人間に手首を切られて持っていかれても大丈夫だ。手首を切られたら、そもそも血管に血が流れないので血流パターンが現れない。そのためにその手首は認証キーとして機能しなくなるからだ。
昔、指紋認証全盛の時代に指を切られて盗まれる事が多発したために生み出された認証方法になる。そんな時代に生まれていたら課長の指も二、三本盗まれていただろう。
「よかったよ、俺はこの時代に生まれて……」
課長は自分の指を見つめながら安堵した。
ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。
「最終破壊兵器の起動時間まで53秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」
ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。
おっと行けない、認証キーの昔話に浸っている場合じゃない――。
「停止ボタンのカバーに付いている鍵を開けるキーは誰が持っているんだ?」
工事の兄ちゃんと、その相棒のおじちゃんが同時に答えた。
「あー、その鍵ならさっき最上階の役員室フロアに併設されたレストランにいた役員さんに渡して来ましたけど――」
「うわぁー、馬鹿野郎早くそれを言え!」
課長は回転灯が明滅している天井を悲しい気持ちで見上げた。
「役員フロアには俺たち一般社員は入れないんだぞ! こうなったら、役員にも地下までダッシュしてもらうか」
一瞬恐ろしい考えを浮かべる課長。
しかしブルブルっと頭を振ってその考えを否定しながら、工事の兄ちゃんとおじちゃんに向かって叫ぶ。
「君達は死んでもいいから、直ぐに役員フロアの秘書室に電話して役員から鍵を奪い返して来い! 役員フロアにもこの恐ろしいカウントダウンが聞こえている筈だから、イヤとは言わんだろう。オレはそこら辺にいる主任以上と社員を見繕って地下に向かって駆け下りさせるから」
ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。
「最終破壊兵器の起動時間まで52秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」
ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。
このビルは15階から20階はこのビルのオーナーである秘密組織が民間会社の仮面を被って使用している。そのため本来なら15階から地下1階まで直通のエレベーターが使えるのだ。しかし今回のような緊急事態になるとそのエレベータは使えなくなる。
だがしかし、このビルは14階から下は民間の会社に貸し出しており都心の超一等地の駅のそばにある関係から14階から下のフロアは人気があってほぼ全て埋まっている状態だ。そのため14階から地上まで各階に止まるエレベータは緊急事態とは関係無く使える構造となっているので、14階からエレベータに乗る事は出来るのだ。
実は裏技として20階の役員フロアから1階まで直通エレベーターもあるのだが、そもそも役員フロアに社員は入れない事になっている。そこで、『緊急事態は何でもありにして社員でも使えるようにしてくれ』と何回も上層部に掛け合ったが、ムリだと一蹴されていたのだ。
「やっぱりあの時担当者を何人か締め上げて稟議書を通しておけば良かったか――」
課長は、あそこでもう少し頑張っておけばよかったと少し後悔していた。
ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。
「最終破壊兵器の起動時間まで52秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」
ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。
「兎に角く地下を駆け下りる人間をかき集めて下に行くぞ」
気を取り直した課長は、直ぐに傍にいる社員を捕まえて命令する。
「君たちは、フロア中を走り回って『暇そうな』いや『暇でなくても』か、とにかく社員を引っ張ってこい。課長命令だと言っていい。それともあの不気味な警報を止めるためだと言ってもいい」
更に具体的な指示も与える。
「あの警報はなんだと聞かれたら、とにかくヤバイ警報だから一刻も早く止めたい、そのために力を貸してほしい、と最初は下手にでろ。もしも、ヤダと言ったら、課長命令に格上げしていいぞ」
さらに、脅す事もいとわない事を付け足す。
「逆らったら首になるらしいと脅しをかけてもいいからな。ここは普通の会社じゃないんだから労働基準法の適用外になるはずだ」
「はーい了解でーす。さぁてと人足集めをしてきますかぁ」
15階には、意外にも人が沢山いた。しかし、バイトの人間を危険な任務に巻き込む訳には行かないし、この建物の地下は組織の裏の部分に関わる場所でもあるため機密保守上バイトの人間を連れて行く事は出来ない。
そのために、社員らしい人間に順番に声をかけて社員である事を確認しながら集めるしか方法が無かった。
「先輩ー! なんか全然集まらないっすよ、どうします? 時間ないっし」
「オレに良い考えがある、お前の社員証を貸せ!」
そういって先輩社員は若い社員の社員証を半ば強引に取り上げる。
「おーい! みんなー。この社員証より社員番号が小さい奴には、今晩コイツが飯をおごってくれるってよー!」
と、たった今取り上げた社員証をかざして大声を上げた。
若い社員がびっくりして、先輩から社員証を返してもらおうともみ合いになるためますます目立ってしまい、周りにはあっと言う間に人だかりが出来た。
警報が鳴っているにも関わらず随分とノンビリしている雰囲気だ。警報の内容があまりにも常識はずれなので誰も信じていないからだ。
ここの社員番号は、社員の場合先頭が0で始まり、その次の桁が西暦四ケタの入社年度で、その後に社員名順に番号が割り当てられていく。だから、若い社員より番号が小さくなるためには、必ず社員であって、かつ、この若い社員よりも社員暦の長い人間が対象になるのだ。
若い社員は、涙目になりながらやって来る社員と番号を見せ合っている。若い社員より番号が小さい――すなわち経験豊富な社員が、どんどんと若い社員の後ろに並んでいく。
彼らはこれから、飯を奢ってもらうのではなく、課長命令で死地に赴くことになる事をまだ知らなかった――
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