バイトのおばちゃんが押したのは、最終破壊兵器の起動ボタン

ぬまちゃん

第1話 後60秒

 ***

 新しく掃除のバイトに採用されたおばちゃんが、間違ってボタンを押してしまいました。

 ***


「あーあー。やっと一週間経ったわね、採用されてから……」


 採用面接を受けたの一体何社目だったかしら? やはりおばちゃんは採用してくれないのね。もー、今まで落ちた会社全部パワハラですって訴えちゃおうかしら。私も若い頃は色々な仕事をやって来たけど、年を取って体にガタが来ると後は掃除のバイトくらいしか残ってないのよね、もーやんなっちゃう。


 子供達も大きくなったら私と遊んでくれないし、旦那は定年で家でゴロゴロしてるし。時間を有効に使おうと思って色々とお仕事探してたけど、このご時世大変だわよね。まぁ、建物のフロア掃除やトイレ掃除くらいならこの年齢でもなんとかイケるでしょ。


 私もバリバリのOLをやっていた時はフロアやトイレにいる掃除のおばちゃんが鬱陶しかったけど、今じゃそんな私が掃除のおばちゃんだものね、ハァー。


 今は入ったばかりだけど、そのうちこの会社の会長室や社長室の掃除も出来るようになれば、お偉いさんの日常も垣間見えちゃうし、もしかしたら道ならぬ恋や不倫もあったりして、キャ。そしたら、家でゴロゴロしている旦那なんかあっさり捨てちゃおうかしら。うふ! それを考えたらなんか楽しみね。お化粧バッチリして美魔女と呼ばれるようになろうっ……と。


 ――ところで、それは良いとして――


 ここって都心の駅近くで割と洒落たオフィスビルなのに、15階のこのフロアの雰囲気はちょっと暗い感じよね。14階までは貸しビルになってて色々な会社のネームプレートがこのビルのエントランスに貼ってあったけど、15階から最上階の20階までは日の丸不動産としか書いてないんだもの――


 気のせいかしら、このフロアの人たちって全員ガテン系の人の匂いがするのよね。一応オフィスで働いている人達は、みな流行りのカラーシャツとお洒落なジャケットで体を隠しているけど、隠している肉体が全て実践で鍛えた肉体っていう感じなの。だって、みんなジャケットがパンパンで筋肉の鎧がシャツからはみ出している感じなんですもの。マッスル系が好きな女子なら絶対この職場で働きたいと思うわよ、アタシが保証しちゃう。


  ◇ ◇ ◇


 バイトのおばちゃんは、色々と妄想しながら今日も張り切ってこのフロアのお掃除を始めていた。と――フロアの机にポツンと設置された見慣れないボタンが目に留まる――ボタンには何も書いてないなかった。バイトのおばちゃんは、そのボタンが誰かに連絡するための呼び出し鈴かと思い、ちょっとだけのつもりで押してみた――


 ポチ!


 クリック感のあるボタンの押しごたえと乾いたボタン自身のクリック音の後で――突然の警報音と張りのある声優のような声で恐ろしい音声が流れ始めた――


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで60秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


「どうしたんだー!」


 おばちゃんの採用面接の時に出席してた課長が、大声を上げながら部屋に飛び込んできた。天井の傍にある赤色灯が勢いよく回転し始める。部屋全体が赤い明滅でどうにかなりそうだ。


「ごめんなさい、課長さん。私、そこの机にポツンと置いてあるボタンに触れてしまったの……本当に申し訳ございません」

 掃除のおばちゃんは、本当にすまなそうに頭を深々とさげた。


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで59秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


「分かった、わかった」

 課長は慌てたように周りをきょろきょろしながら、おばちゃんに話続ける。


「また明日、同じ時間に来てちょうだい。私は今から忙しくなるから、もう帰っていいからね。それと今起こっている事は絶対秘密だよ。はい、また明日」


 なんかよくわからないまま、バイトのおばちゃんは1階に降りるためにエレベータホールに向かった。


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで58秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


「あれ? 課長さんエレベータが動かないんですけど」

「なんだって、そんな馬鹿な!」

 おばちゃんに言われて、課長もエレベータホールまで飛んできてエレベータの呼び出しボタンをカチャカチャと連打する。


 ――と、そこへいかにも電気工事のお兄ちゃんといった感じの人が飛び込んできた。


「課長! どうして最終破壊兵器のボタンなんか押しちゃったんですか? あれを押すと、このビルは緊急事態モードに切り替わるので直通エレベータは機能しなくなるんですよ! ご存じなかったんですか? あんなに口酸っぱく説明したじゃないですかぁー」


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで57秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


「ここは20階建てのビルの15階ですよねぇ課長さん。私も階段で降りるのかしら?」

「おばちゃん、ごめんね。階段で帰って頂戴ねっ、お願いだから」


 課長は、電気工事の兄ちゃんに怒ったように尋ねた。


「配線工事をしたのは君かい? なんでこんな所に最終破壊兵器の起動ボタンがポツンと置いてあるんだよ。これは普通のボタンじゃないんだ、最終破壊兵器の起動ボタンなんだぞ! もしもこの兵器が起動したら世界が終わるんだぞ! 分かってやったのか?」


「え? だって私の上司からは各フロアの直ぐに押せるところに設置してくれって、連絡を受けたんですけど。ほら、この指示書にはそう書いてあります。責任者全員の承認印も押してあるし……」

 電気工事の兄ちゃんは、課長の剣幕に少し気圧けおされながらも自分が悪くない事を証明するために躍起になった。


「おい! それは緊急停止ボタンのほうじゃないのか? 確か起動ボタンは地下28階の管制センターに鍵付きのフタでカバーした状態で付けてくれって伝えたはずなんだけど?」

 課長は電気工事の兄ちゃんの言葉が信じられないように改めて聞き返した。


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで56秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


「もしかして、緊急停止ボタンのほうを地下28階に付けたりしてないよな? 君」

「あははは。なんでわかっちゃったんですか? 課長さんも人が悪いなあー。私に聞かなくても分かってるじゃないですか」


 工事の兄ちゃんの言葉を聞いて課長は絶望のどん底に引きずり降ろされた。


「なんてこった! ここは地上15階で停止ボタンは地下28階だぞ。しかも1階への直通エレベータは動かないし――」


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで55秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

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