第5話 後40秒

 ***

 まだ地上に着きません - 目的地は地下28階なんだけど?

 ***


 グイーン、グイーン。


 業務用エレベーターは、マイペースでユックリと降り続けている。


 ――ガタガタ、ガタガタ、ガタガタ――


 降下を続けているエレベーターに不自然な振動が乗る――


「あれ? どうしたんだ。故障かな」

 エレベータの中で所在なさげにしていた社員の一人が、振動が気になりボソリと呟く。


 先ほど業務用エレベーターの事を説明していた主任は、突然不安そうに喋り出す。


「エレベーターというのはあまり振動が強いと、地震感知装置が作動して緊急停止してしまいます。そしたら、外部のエレベーター管理会社に来てもらわないとエレベーターの再起動ができない仕組みなんです――」


 聞き耳を立てている社員達をぐるりと見渡してから更に話しを続ける。


「エレベーターは安全第一なのでメンテナンス業者が安全を確認しないと再起動出来ない仕組みのはずです。もしもこのまま、振動が大きくなる様なら地上に着く前にエレベーターが止まってしまいますが――」


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで40秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


 ガタ、ガタガタ、ガタ、ガタガタガタ

 振動はさらに大きくなってきた!


 ――


「もう良い俺は降りる! こんな遅いエレベーターなんか初めて乗った。これなら階段を駆け下りた方が早いに決まってる。私はエレベーターを降りてここから階段で行く!!!」


 課長が突然大声で叫びながらエレベーターの停止ボタンを押そうとした。

 しかし、周りにいる社員達が気づいて課長を羽交い絞めしたので停止ボタンに指が届かなかった。


「危ない危ない。ここで停止ボタンなんか押されたら、間に合うものも間に合わなくなってしまう」

 係長がひや汗をかきながら課長に近づく。


「課長もそんなに熱くならないで下さい。こういう非常時にこそ我々管理者の出番じゃないですか。ここで吠えながら貧乏ゆすりでエレベーターの箱を揺さぶって止めようとしても駄目ですよ課長……もう私達は一蓮托生なんだから。何が何でも地下28階まで行って管制センターの扉を開けなきゃいけないんでしょ?」


 係長はメンバーに羽交い締めにされた課長を諭すように話し続ける。


「課長はさっき、役員達の不甲斐なさを責めたばかりじゃ無いですか。私達が同じような事をしてどうするんですか?」


 さらに観念した課長を勇気づけるために前向きな話も付け加える。


「エレベーターの降下スピードが遅くて地上に着くまで時間がかかるなら、地上に着いてから行う作業を予め依頼するなりしておけば良いでしょう? それに、これからどうやって対応するかの作戦も、出来るならこのエレベーターの中でやってしまえば良いじゃないですか」


 羽交い締めされている課長の目は焦点が定まっておらず、すでに放心状態になっているように見えた。係長は課長だけでなくエレベータの他の社員達にも話しかけるように話を続ける。


「会議なんて会議室の中でやらなくても良いでしょう? エレベーターの中だって必要な人間が揃っていれば会議は出来ますよ。会議している間に地上に到着出来るなんて、何て便利じゃありませんか――」


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで39秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


「えー! さっきのエレベーターの振動は課長の貧乏ゆすりぃー?!」

 メンバー達は驚きの声を上げる。


 確かに課長が複数の社員によってガッチリ羽交い締めにされてから、エレベーターの振動はピッタリと収まった。ただし、降りるスピードは相変わらず遅い。とにかく今は1階に着いてからどうやって最速で地下28階まで降りるかを考える事が一番大事な事なのだ。


「地下に行くのにコレと同じタイプの業務用エレベーターがあるとして。このペースで地下28階まで降下してたら、地下28階に到達する前に私達は消滅するんですよね、課長?」


「そうだ係長の言う通りだ! でもな、一瞬で終わりらしいから痛くも痒くも無くあっという間にあの世行きだぁ! 俺たちは裏の仕事のために散々と色々な悪行をやって来たから天国ではなくて地獄かもしれないがなっ! 地獄では俺たちが昔処分した悪い奴らが先輩ズラして待っているかもしれないな、ハハハハハ! 兎に角冗談でも言わないとやってられないぞ――」


 課長はメンバー達に羽交い締めされながら頭を振り回してヒステリックに叫んだ。


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで38秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


「うーん、先ずは情報収集からだなぁ」

 係長は腕を組んで考える。そしておばちゃんに尋ねる。


「ねえ、おばちゃん。おばちゃんは地下の掃除はまだ経験無いんだよね? さっきおばちゃんが言っていた守衛室の裏にあるクリーンセンター(掃除の人達が休んでる部屋)に、今からエレベーターに備え付けの館内電話で連絡してもらえますか? エレベーターが地上に到着する前に地下の掃除をした事がある人と会話をしたいのです」


 同じエレベーターで家に帰る予定だったバイトのおばちゃんは、係長にうながされてエレベータに設置されている館内電話でクリーンセンターのおばちゃん達と会話を始めた。


「――そうなんです。地下の掃除を経験していて地下のフロアの様子に詳しい人と会話をしたいらしいんです」


 バイトのおばちゃんは、先輩のおばちゃんに状況をかいつまんで説明する。


「ハイ、ハイ、ハイ。分かりました。今代わってもらいます。チョットお待ちください」


 バイトのおばちゃんはエレベーターに設置された館内電話の受話器を係長に渡す。


「係長さん、今電話口にいるハルさんは地下の掃除専門なので色々と教えてもらえるはずです。ハルさん、係長さんに変わるわね」


「こんにちはハルさん。詳しい事は言えないのですが地下でトラブルが発生していまして。実は地下28階まで一番早く行く方法を探しているんです。何でも良いから知ってる事を教えて下さい」


「そうねえ、地下の階段は普通のビルの地下室にある様な簡素な造りのものでは無いの。結構豪勢な階段だから走り下りると滑っちゃうかもねぇ。それより階段の手すりは滑りやすいプラスチック製だから手すりを伝って滑り降りたらどうかしら――」


「そうですねえ、うーん。それより階段の真ん中に空間はありますか? 具体的には吹き抜けになってて真下まで見通せる、みたいな」


「ああ、そうそう。私も手すりを拭いている時に雑巾落としちゃった事あって大変だったわ。そうねえ吹き抜けの横幅は両手を広げても余裕な感じだわね。あそこから下を見ると吸い込まれそうになるわよね」


 電話口の向こう側からは、おばちゃん達のケンケンガクガクが漏れ聞こえて来る。


「あ! それと私達には危険だからって掃除させてもらえないけど、確か階段から少し離れた場所にメンテナンス用通路とかいう小部屋があるの。その部屋は『通路』と言うくらいだから地下までつながっているかもしれないわ」


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで37秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


「ありがとう、掃除のおばちゃん達!」


 係長はおばちゃんにお礼を言ってから受話器を持ったまま、横にいる工事のおじちゃんに質問する。


「そこにいる君は、さっき鍵を取りに行って地上階で待っている電気工事の会社の同僚だろう? 一つ教えて欲しいけど、メンテナンス用通路は地下まで吹き抜けになってたりしないの?」


 電気工事のおじちゃんは、係長の無言の圧力に気圧される様に答えた。


「はぁ――確かに地上から地下最下層まで吹き抜けになっています。ただし各階毎に明かりのスイッチがあるので、地上から地下を見ると真っ黒な穴がポカリと開いている感じです。気を付けないと大怪我するか落下してしまいます。ただし穴自体は配電設備と上下水道設備、空調配管全部が通っているので広さは十分にあります――」


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで36秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

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