第6話 後35秒
***
やっと地上階に着いたけど、これからさらに地下28階まで行く必要がある。どうしよう? 本当に間に合うのか?
***
「そうかメンテナンス用通路を使うという手もあるなぁ……」
係長はみんなに聞こえる大きさで独り言を呟いた。
まるでこの方法で地下へ行った場合のみんなの意見を聴きたいような感じだった。
「係長、メンテナンス用通路は真っ暗だそうじゃないですか。真っ暗闇の中その中をロープかなんかで降りるなんて無茶ですよ。色々な配管設備が所狭しとトラップ状に存在しているのに、その中にロープ一本で飛び込むのは自殺と同じです」
主任が少しビビりながら反論した。
確かに、地下28階ともなると半端ない長さだから主任の考えには一理ある。しかし、目的の場所まで一気に移動するためには、地下28階まで階段を駆け下りるという馬鹿げた作戦よりは現実味がありそうだ。
この作戦を実行する為に必要なのは、地下28階まで降りるために使用するロープと、懸垂降下の道具と、降下先を照らす方法だった。
「たしかロープと懸垂降下の道具はこのビルの屋上に非常用設備として設置されているはずだ」
係長は顎に手をあてながら呟いた。
「係長、屋上にある物をどうやって地上から地下に降りるために使うんですか? 今から屋上に取りに行くのですか?」
主任は不安そうな顔をしながら引き続き反論する。
ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。
「最終破壊兵器の起動時間まで35秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」
ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。
「いやぁーっ! 主任良いところを突いてきたね!」
係長はにやりと笑いながら主任の方を向く。
「大丈夫だよ。屋上にある設備をメンテナンスするために予備の資材が地下3階に保管されてるはずだよ。これは主任以上の会議で聞かされた話じゃなかったかな?」
「あ! そうでした。確かに地下3階には、必要な設備が保管されているんでした。気が動転して忘れてました。だめだなー、私も」
係長に指摘されて、主任は少し恥ずかしそうにうなずく。
「でも一番大事な暗闇を照らす方法が無いです。それが解決されなければ、暗闇の中を無謀にダイブする事になりますよ」
主任はまだ自信なさそうに答える。
「主任『ダイブ』じゃなくてロープ降下の事は『リペリング』って言うんだよ」
係長は余裕ありそうに主任の言葉尻の細かい部分を突っ込んだ。
確かに今回の作戦で一番大事なポイントは『あかり』だった――。
エレベータに乗っている全員に渡せるほど暗闇でも見える暗視スコープは地下倉庫の備品には無い。そもそも暗視スコープはわずかな光を数万倍に増幅するための機械なので、本当の暗闇では役に立たない。この建物の地下は構造上非常灯が一切無い漆黒の闇らしく、暗視スコープは多分使い物にならない。
ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。
「最終破壊兵器の起動時間まで34秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」
ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。
「お! やっと地上階に着きそうだ。でも、あと30秒ちょいで地下28階に行って、生体認証システムで守られた管制センターに入って、更に停止ボタンのカバーを開けてボタンを押せるのだろうか? 正直もうどうでも良くなってきたな。このまま地上に着いたら、全員解散して、あと30秒の人生を楽しむか?」
係長はすこし笑いながらエレベータに乗っている社員達に半分本気な冗談を言う。
「またぁー、係長はそう思ってないでしょう? 目が真面目ですよ」
係長の横にいる社員が、係長の目を見ながら突っ込んだ。
「係長は『もう俺たちは一蓮托生だ』って言ってたじゃないですか。もうこうなったら行くとこまで行くしかないんでしょう? 結局のところ俺たち以外にこの警報を止められる奴らはいないでしょう? なぁ、みんな!」
最初に社員達を集めていた先輩社員は、開き直るようにエレベータの中にいる社員達に声をかける。
エレベーターに乗ってる人間達は掃除のおばちゃんを除いてみんな静かに頷いていた。
「すみません。なんか私が押したボタンのために皆様に迷惑をかけているみたいで」
掃除のおばちゃんは身を縮こまらせて小さな声で謝る。
「まぁ良いってことよ! おばちゃん。だってもしかしたらここに居る誰かがボタンを押してたかもしれない訳だしな」
おばちゃんの横にいる社員が小さくなっているおばちゃんを慰める。
「たまたまおばちゃんが押しちゃっただけだと思うよ!」
さらにその横の社員も声をかける。
エレベーターの全員が、この時はさらに大きく頷いた。
こく、こく。
――
チーーーン!
キュル、キュル、キュル。
さわやかな音と共にエレベーターが地上階に到着して扉が開いた。
「やっと地上に着いたな。みんな取り敢えず降りるぞ!」
ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。
「最終破壊兵器の起動時間まで33秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」
ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。
「先ずはさっき電話したおばちゃん達から、もう少し詳しい情報を手に入れよう。何か他に明かりを照らす方法はないかとか? 毎日地下を掃除しているおばちゃん達が一番情報を持っているはずだからな。世の中はおばちゃんが回している(?)という格言もある事だし!」
係長は、業務用エレベータから降りながら次の手を考える。
「そこの君達は地下3階の倉庫からリペリング器材一式を用意してくれたまえ。我々も情報を集めたら直ぐに地下3階に向かうから」
そう言って、メンバーのうち数人を先行して地下3階の倉庫に向かわせる。
「お、忘れてた。解除ボタンのカバーの鍵を取りに行った工事の兄ちゃんと合流して鍵束をもらってこないとな。まぁ、鍵束のうちどの鍵がカバーの鍵か分からない時点で既にアウトのような気もするが……まだそこまで考えている余裕はないな。先ずは直前の問題を解決しないと」
何人かのメンバーは、役員用エレベータの出口で待っている工事の兄ちゃんを捕獲(?)するために向かう。
「良し行くぞ! 課長もそこでボーッとしてないで我々と一緒に来てください。実質使える時間はもう数十秒も無いんですから、ここで無駄なことしてる場合ではありませんよ!」
羽交い絞めされて少し青い顔をしている課長をむりやり連れながら、係長一行は掃除のおばちゃん達が集まっているクリーンセンターに向かう。
ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。
「最終破壊兵器の起動時間まで32秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」
ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。
バタン!
「こんにちわー!」
クリーンセンターの扉を勢いよく開けた係長達は、さっき電話したおばちゃんに話を聞こうとした。
「まぁまぁ、あなた方。急いでも仕方ないから、お茶でも飲んで一服しなさいな。こんなむさ苦しいところでゴメンなさいね。あ、お茶菓子もあるからお食べなさいな――」
人懐っこそうな掃除のおばちゃん達は、走って息を切らせている係長達をねぎらおうとして気を遣う。
「イヤイヤお構い無く」
係長は、大きくかぶりを振る。
「おば様方の中で一番地下に詳しい方は何方ですか? 地下の明かりは何処かに大元のスイッチとかあるのですか? 地下に降りる階段のフロアー全体を明るくする方法とかないのでしょうか? とにかく、直ぐに教えて欲しいんです。お願いします!」
係長はすまなそうに、掃除のおばちゃん達に地下の情報を聞こうとする。
「そぅねぇー? 一番詳しいのは今日地下25階のトイレの掃除に行ってるトメさんじゃないかしら? そういえばまだ戻ってきてないわよね」
「そうね。トメさんたら地下25階の給湯室に自分のお気に入りのお茶セットを置いて、トイレの掃除が終わったら一休みするのが日課らしいわよ。今日も地下25階辺りにいるんじゃないかしらね――」
「それと明かりの話よね。確か大元のスイッチは無いはずよ。だって地下の明かりには全て人感センサーが付いてるから、人が通る時だけその場所の明かりがつく仕組みだって以前会社の誰かに聞いたもの」
「そうそう。だから、通ってしばらくするとフロアーの明かりが消えちゃうのよ。それに動かなくても消えちゃうのよ! だから時々手足をバタバタさせないと真っ暗になっちゃうんだから。あの仕組みはもう少し何とかならないのかしらねえ? どう思う係長さん?」
掃除のおばちゃん達はそれぞれ好き勝手に意見を言う。
ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。
「最終破壊兵器の起動時間まで31秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」
ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。
「もう! うるさいわよねえ? この意味のよくわからない警報。そんなに私達を脅かしてどんな意味があるのかしら。係長さんもそう思うでしょう?」
そう言っておばちゃん達はゆっくりと自分の湯呑でお茶を飲む。
クリーンセンターの中は警報とは無縁なゆっくりとした時間が流れている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます