第21話 中近東某国、大手建設会社の工事事務所
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こんなビルでも建てた会社があるはずです。
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「あーあっ。今日も暑かったなぁ。ふーっ、生き返る! 工事事務所の中はエアコンが効いてて天国の様ですね――」
工事現場で頭を守るヘルメットを勢いよく脱ぎ捨てながら、作業服の胸元を大きく開けて涼しい風を入れようとする――現場指揮官を示す腕章を腕に付けているまだ年若い工事主任。
「お疲れ様! 工事主任。はい、冷たいコーラ。あ! カロリーゼロのタイプにしてあるからね」
冷蔵庫から取り出した冷たい飲み物を工事主任に手渡す、少し恰幅の良い髪の毛が少し寂しい事務所長。
「ありがとうございます。事務所長」
プシュ!
ゴク、ゴク、ゴク!
プッハーーー、生き返るぅー。
工事主任はプルトップを上げて飲み物を一気に飲む。
「しかし三か月前までは日本の中枢のオオテマチでビルを建ててたとは思えない境遇ですねぇ。ところで事務所長、俺らあのビルの建築工事で何か悪い事でもしたんですかねえ? 一応、あの訳の分からない設計図面に忠実にビルを建てたつもりなんですけどね」
ゲップ!
グフ、
炭酸飲料の一気飲みは、喉越し良いがゲップが止まらない。
ゲップ!
「特に、あの地下28階から30階の大フロアなんか苦労の連続でしたし――あんな地下深くに巨大な演劇場なんか造って、何を上演するんですか? 誰も来ないんじゃないですかね」
流れ出る汗を事務所備え付けの大きなタオルで拭くと、事務所の椅子にドカリと腰かける。
「それに、エレベーター貫通穴に用意した赤外線センサーとそれに連動する対人レーザーなんか一体どうするんでしょうかね? わざわざイスラエルのメーカーから特注で取り寄せて設置させたんですよ。そうそう、レーザーと言えば地下28階のフロア前の入り口にも仕掛けてましたしね。たしか、フロア前が二重扉になっていて第一扉を閉めないと第二扉の認証システムが動作を始めないんです。第二扉が閉まって認証システムに認識してもらえないとレーザーの餌食らしいですよ」
主任は、棚からお菓子箱を取り出し甘い菓子を何個か取り出し口に運ぶ。
「あの設計をしたヤツは本当にヤバイ雰囲気でしたもの。でも、頭は良いんだろうなあー。なんせ、例の研究所の人間なんですものね」
さらに冷蔵庫から冷たい麦茶のペットボトルを取り出して、使い捨てカップになみなみと付いてから半分程飲む。
ふー、
やっと落ち着いた――
「――後は、メンテナンス用エリアの貫通穴にも赤外線センサーに連動してボウガンで矢を発射する装置とか。わざわざ大手スポーツメーカーに問い合わせたんですよ、ボウガンを大量に発注してもいいか? と――向こうは大きな弓道場でも作るのですか? って聞いて来たから適当にはぐらかしましたけどね。そのあと本当にボウガンと矢のセットを物凄い数発注しましたから、あの担当者絶対に怪しんでるんじゃ無いかな? だって僕だって意味わからないですもん――」
工事主任は、事務所長に向かって両手を大きく広げて肩をすくませる。
「まぁ、僕たちは本体工事がメインでその後の細かい設備は下請けの設備会社に入ってもらったから、細かいところまでは把握して無いですけどね。僕達は僕達なりに精一杯やったと思っているんです。でも、ヤッパリ何処か気に入らないところでもあったんですかねえ?」
「工事主任、そうじゃないよ。設計通りに建てたのさ。それは俺が太鼓判を押してやる。最終確認に来てた変な兄ちゃんもすごく満足そうにチョコクリーム飲んでたじゃないか。俺たちは悪い事をしたんじゃなくて、これから悪い事に巻き来れないように中近東に飛ばされたのさ――」
「え? 事務所長。それって、どういうことですか?」
事務所長は、事務所の窓から日差しでギラついている工事現場を見ながら語りだす。
「大昔――城を建て終わった時に、その城の図面を描いた奴と建てた大工の棟梁は行方不明になるというのが常識だった。だって、そいつらは城の全ての抜け道を知っているんだぜ。そんな奴を世間に野放しにして、城の情報が敵方に筒抜けになったら城の意味が無いだろう? だから、城の秘密を知ってる人間は闇の中に消えてたのさ」
事務所長は、そう言いながら自分の首を手で切る真似をする。
「しかし、それを毎回やってると流石に噂になるよなぁー。それでは優秀な職人が当然集まらなくなる。そりゃそうだろう――良いもの沢山食わせてもらって給料も沢山もらっても、最後にこの世とオサラバ! じゃあな――」
事務所長は口の渇きを防ぐために、工事主任が机の上に出しっぱなしにしてた麦茶のペットボトルから使い捨てカップに注いで一口だけ飲む。
「だから――その後に城を建てる時には、城の図面をいくつかに分けて大工の棟梁もそのいくつかの図面のそのまた一部しか建築に携わらないようにしたのさ。そうする事で職人達は自分達の命を守ってきた――」
同じく出しっぱなしの菓子箱から、おせんべいを取り出して一口かじる。
「さてと――時は流れて現代だ。流石に秘密を知ってる人間を闇の中に葬ってたら社会問題になっちまう。かと言って、昔のようにバラバラの図面を渡しても工期が伸びるし良いことが無い。そもそも今の建築会社は、子請け、孫請け、ひ孫請けが当たり前だから、現場の人間は自分が何を造っているかなんて分からない。昔の様に、職人がバラバラに造っているのと同じなんだ。だから、孫請け会社の作業員はオオテマチのビルを建てた後も、多分普通に次の建設現場で働いているはずだよ――」
「――但し、唯一の例外が俺たち! ビルの建築を請け負った親会社の社員さ。俺達は現場で孫請け会社の作業員に的確な作業を行ってもらうために、ビルの内容を正しく理解している必要があるんだよな。もう、正に城の全ての秘密を知っている職人だよな。昔なら、今頃 は大川にうつ伏せに浮かんでいるか江戸前の魚のエサになっているだろうなぁ。それとも、世田谷村の人気の無い沼地に重しの石を抱かされて沈んでいるかな――」
工事主任は、自分が川に浮いているポーズや、大きな石を抱えるポーズを取りながら話を続ける。
「最後には――俺達が住んでた長屋に投げ文で『探さないでください、仕事で疲れました』みたいな遺言状が届いているって言う寸法さ――」
「事務所長、それ時代劇見過ぎですよー。勝手に、僕達を時代劇の導入部分の最初に殺されるチョイ役の大工の職人にしないで下さいよ!」
「おお、ごめんな! 日本のテレビが恋しくて、最近はネットで時代劇ばかり見ているもんでなぁ。久し振りに見ると良いぞ時代劇! 工事主任もネットゲームやアニメチャンネルばかりじゃなくて時代劇を見ようよー。俺の時代劇チャンネルのアカウント貸してやるからさあっ」
「ご配慮ありがとうございます。今度日本が恋しくなった時に借りますよ。でも、事務所長。言い訳する訳じゃ無いですけど、ネットゲームやアニメも悪い事ばかりじゃ無いんですよ。今じゃネットゲームは世界中にユーザーがいるので、意外なところにパーティメンバーの繋がりが生まれたりするんです」
工事主任も、飲みかけの麦茶をゴクリと飲みながら話を続ける。
「今の現場に、ヨーロッパから出稼ぎで来ていると言っていた若いニイちゃんが、PRGゲームで前回の遠征パーティのメンバーだったと知った時には、世界は狭いなぁ――と思いましたもん」
工事主任の両手の親指と人差し指が、ゲームコントローラを操作するかのように滑らかに動いている。
「それに、今はもうアニメは日本を代表する文化ですからね。どんな現場に行っても、カラオケマシンでアニメソングを歌えば、現場の人間は大盛り上がりですよ。彼らが子供の時から、アニメは世界中を席巻してましたからね。言葉は違ってもアニメは一つですよ」
「まぁな。工事主任の言う通り、今やアニメは日本を代表する文化だもんな。俺が日本人だと分かると、向こうの人達はいきなり『アニメ』の話してくるものな。日本人はみんなアニメオタクだと思われているのか、話が深すぎて俺には付いていけないものな。そうすると、向こうの人は不思議がるんだよ。日本人なのに日本文化を知らない? とか思われちまうからな。だから、俺も時々アニメ情報を仕入れておかないと現場の仕事に支障が出ちまう」
なぜか事務所に置いてある、某有名アニメ雑誌を手に取ってパラパラとめくる。
「そういえば――この間、京都のアニメ制作会社で悲惨な事件があった時、この事件の最新情報を日本から得るために社内ネットワークが一時的にパンクしたんだと――世界中の工事現場で、現地作業員を納得させるために俺達社員が一斉にアクセスしたのが原因だとさ。あの事件は痛ましい話だったから、世界中の建築現場で黙祷が捧げられて作業が1日から2日完全に止まったそうだしな」
「そういえばそうですね。あの時は、宗教や宗派を超えて現場の従業員全員が黙祷をしているところを見て、ボクも一アニメファンとして目頭が熱くなっちゃいましたから。なんだー! 人間やれば出来るじゃん! 宗教や宗派を超えて一つになれるじゃん! アニメの力恐るべし! ですよね――事務所長」
「確かに、あれ以来工事の流れがスムーズになった気がするな。俺としては、早くこのプラント工事をやっつけて、もう少し涼しい現場に行ければ良いからな――」
「えー、まだ当分日本には帰れないんですか? 僕たち」
工事主任は驚く。
「多分、3年は無理だな――工事主任。ほとぼりが冷めるまでは3年はかかると思うよ。まぁ、どうせこの会社で働き続けたいなら――いつか海外工事をやらされるので若い内に経験しておいた方が楽だぞ。それに、出張代がバンバン出るから給料が倍ぐらいになってるだろう? ここでは、遊びに行けないからお金も溜まるし――」
「イヤー事務所長。ネットゲームの課金代をバカにしちゃあいけませんよ。自慢じゃ無いですが、出張代が丸々課金代に消えますからね」
「なんだとー? まぁ、お前の人生だから――あまりトヤカク言うつもりは無いけどさ。結婚する気があるならもう少し課金代セーブした方が良いぞ」
「了解です! でも大丈夫ですよ僕には二次元の彼女が五人いますから」
「あ、そう! 好きにしてくれ!」
「ところで――事務所長、話を戻しますけど。現場で作業した人間は海外に飛ばされてますけど、あのビル工事を受注した営業マンはどうなったんですか? 営業だって見積りする時にビルの内部仕様を理解しないと、入札で勝てないでしょう?」
「その心配は無用だ――だってあのビル建築は入札案件じゃ無いんだよ――」
「えー! だって、建築費1,000億越えの案件ですよ。地上20階建で屋上にヘリポートまであるんだし。まぁ、地下の部分はヤバすぎて入札には入れられないでしょうけど――」
「最初に、富士山の麓に研究所を建てたろ――あれは、標準的な建物で入札案件だった――実はオオテマチのビルは、その富士の研究所の付属品という位置付けなんだ。だから入札の無い随意契約なのさ――」
「それ、会計検査院の検査が入ったら一発でアウトですよ!」
「大丈夫だよ。研究所もオオテマチのビルも、国土防衛上の機密予算から出てるらしいから。会計検査院も軍事機密の壁を超えられないと思うよ。もしも知ってしまったら――その担当者も普通の世界に戻れないだろうしね」
「事務所長こそ――そこまで知っているなら、もう日本の土を踏めないでしょ?」
「工事主任――君も今知ってしまったんだよ! これで俺たちは一蓮托生かな?」
「えー! 事務所長、僕は記憶力無いです。すぐ忘れます。あー、もう忘れた!」
「工事主任! 駄目だよ。そんな嘘を言っても」
「簡単な事だよ――誰にも喋らなければ良いんだ。もしも、君に三次元の彼女が出来て結婚しても、その彼女にも絶対に喋らない事さ。秘密を抱えたまま一生生きていけば良いんだよ」
事務所長は、周りを気にしながら工事主任に向かって小声で囁く。
「良いかい? このクラスの建築会社になると、政府からの依頼で公に出来ない建築物を数多く手がけるようになるんだ。君は優秀だから――これからもこの手の案件に手を染める事になるだろう。でもね、その時に知った事を絶対に口外しない事だ。君が知ってしまった事実は、世間に公表されたことと違うことも多いだろう――だけど、絶対に喋ってはいけないよ。そうすれば、君の未来は約束されたも当然だ。なにせ、政府の秘密を握っている訳だからね」
「事務所長ぅー! そんな怖い事言わないでくださいよ。僕、そんな秘密を抱えながら生きて行く自信無いですよぉー。三次元彼女が出来たら喋っちゃうかも知れないし。僕――黙ってるの苦手なんですぅー」
「工事主任――大丈夫、そんなに真面目に考えなくても良いさ。どうせ、人間なんて一つや二つ隠し事をして生きているんだから。三次元彼女が出来て――結婚して――どうしても我慢できなくなったら――今の俺みたいに喋ってしまえば良いんだよ。そしたら彼女も一蓮托生じゃ無いか! どうせ一生一緒に生きて行くんだろう? そのつもりで付き合って結婚したのなら、もう巻き込んでしまえよ。そう考えれば、少しはマシだろう?」
そこで、突然ふっと思い出したように話す。
「――だって竣工したあのビルの地下を毎日毎日掃除してくれるおばちゃんだっているんだぜ。君も知っているように、あのビルの地下は全て国家機密みたいなもんだ。あそこを毎日毎日掃除してるおばちゃんなんか、秘密のオンパレードだよ。そのおばちゃん達はノイローゼなんかにはならないよ。中身はよく分からないけど――秘密はヒミツだから、と――淡々と隠してくれるだろうと思う。まぁ――少しぐらい喋っても大した事ないさ――ぐらいの感覚だと思うけど。おばちゃん達が守れてるモノを、俺らが守れなくてどうするよ!」
事務所長はそう言いながら工事主任の肩をたたく。
「大丈夫! 君なら出来るよ。君は、優秀だから!」
「うーん、なんか事務所長に言いくるめられた気分なんですが――」
なんとなく腑に落ちない工事主任。
「事務所長、分かりました。もう、あんまり深く考えません。取り敢えず、今目の前の工事現場に専念しますね」
「そうそう、それが良いよ工事主任。それに――明日になったら、日本もオオテマチのあのビルも無くなっているかも知れないしね――」
「またー! それは1,000パーセント無いですよ、事務所長ー!」
「事務所長さーん、工事主任さーん、なにしてますん? もうお昼時間は終わってまんねん。午後の打ち合わせのために、みんな会議室で待ってるじゃけん。はよ、きんなされ」
現地作業員と連絡係をしてくれる、ここの現地社員さんが不思議な日本語を喋りながら事務所に入ってきた。
若い時に日本中を旅して覚えたという日本語を駆使してくれるので、色々な地方の言葉が混ざっているけど、それはご愛嬌だ。
彼はイスラムの人だけど、ユダヤの人やカトリックの人と一緒になって、例の京都の事件の時に、涙を流しながら黙祷してくれた一人だ。
日本から遠く離れた中東で、日本の事を思って涙を流してくれる人がいるかと思うと、こういう世界的な場所で仕事をするのも悪くは無いかなと、工事主任は思った――
だけど――「早く日本に帰って可愛い三次元彼女作るぞー!」と一声叫んで、事務所長と一緒に会議室に向かって行った――
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