第22話 後10秒
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停止ボタンは目の前だが、油断は禁物!
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―― カバーを開ける鍵はどれだ? ――
係長がアイディアを考えている間に、右チーム、左チーム、どちらのチームも停止ボタンが設置されているコンソール前まで到着した。
もう停止ボタンが目の前にあるのに、カバーを開ける鍵がどれだか分からない!
鍵は見るからに頑丈そうだが、ハンドガンを二、三発打ち込めば壊せそうだ。しかしそうなると停止ボタンそのものも無傷では済まない。右と左のボタンを同時に押さないと停止しないのだから、どちらのボタンも傷つける訳にはいかない――
「取り敢えず、鍵穴の側にキーのシリアル番号が刻んであるか確認してくれ!」
鍵が複数ある場合、鍵とキーの組み合わせを間違わないように、鍵とキーの両方に同じシリアル番号が刻んである場合が多いのだ――
「ダメです! 鍵にはシリアル番号が刻まれてません」
右チームが確認結果を連絡して来た。
当然、係長が被っているバイザーにも何も刻まれていない鍵がリアルに見えている。
「こちら、左チーム。こちらも、鍵にはシリアル番号どころか何も刻んでありません」
係長も、左チームの人間が見ている状況を共有していた。たしかに、シリアル番号どころか鍵の作製メーカーの印も入っていなかった。
電気工事の作業員の所へ、直接宅急便で鍵とキーを届けさせるぐらい細かい設計者なのだ。当然、鍵自体に鍵を開けるヒントになりそうな情報を一切残さないようメーカーに刻印を付けさせなかったのだろう。どこまでもセキュリティに厳しい設計思想なのだろう。
「うーむ、困った――」
係長は取り敢えずダメ元で片っ端からキーを差し込んで軽く回して動くかどうか? 右チームと左チームに指示した。
キーが鍵穴に入らなければ、その時点でパスだ。鍵穴に入れる時に引っかかるのもパスだ。正しいキーなら加工精度も考慮してあるので鍵穴に入れる時点での引っかかりはない。まず、その時点でかなりのキーは候補から外れる。
―――次が大事なポイントだ―――
キーが鍵穴に刺さっても無理に回すのは絶対にダメなのだ――最悪はキーが折れてしまって鍵穴を塞いでしまうからだ。
そもそも、鍵とキーが一致していれば回す時に力は要らない。回す時に少しでも引っかかりを感じたら、それは正しいキーでは無い。その感覚を無視して力任せに回すとキーが折れてしまい鍵穴を駄目にしてしまうのだ。
ピ、ピ、ピ。
「最終破壊兵器の起動時間まで9秒です。只今より、ファイナルステージに入ります。各フロアのトビラはロックされます。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」
ピ、ピ、ピ。
係長が思案にくれていると――
「うわぁー!」
右チームから、悲鳴が聞こえた。
ワンテンポ置いて今度は左チームからも悲鳴が上がった。
「うぉー!」
鍵が開いた感じでは無いな――係長の背筋に悪寒が走った。
「なんだ? どうした?」
係長は両チームに聞いた。
「申し訳ありません! キーを折ってしまいました。折れたキーの一部が鍵穴を半分以上塞いでいます。少し強引に入れたらキーが奥まで入ったので、力任せにキーをひねってみたらポキンと折れてしまったのです」
右チームからは、悲しそうな声でリーダーが報告して来た。
(うーむ、恐れていた事が現実になったか――もう少し丁寧に説明すれば良かったかな――私のミスだ。どうやって正しいキーを探せば良いか? の事ばかり考えていたからな。イヤ、でも多分ダメだろう。キーを無理して回すなと伝えても、その力加減は難しい。キーなんて簡単には折れないと思っているとしっぺ返しを食らう、という経験を通して学んでいくんだものな――)
緊迫した状況なのに、係長は妙に冷静になっていた。
「ところで左チームはどうした? そちらもキーを折ったのか?」
係長は左チームに聞く。
「イエ、こちらは一番最初のキーを入れたら鍵穴にはスーッと入ったんです。なので、折れないようにそっと回したら三分の一ほど動いたのです。ただし、それ以上は回らなかったので次のキーを試そうとして、キーを元の鍵穴の位置に戻そうとしたのです。しかし、引っかかりがあって元の位置に戻せないのです。このまま、無理に回すと最悪折れてしまいそうで、これ以上は力を加えられないんです」
主任からの報告を聞いて、係長は思った――
◇ ◇ ◇
おお! 左チームはキーを折った経験がある奴がいたんだ。力かげんが分かってる。だが――結局鍵穴がふさがった状態か――
これは、鍵メーカーの勝利だな――どうやら鍵を作成したメーカーが用意したトラップにハマったのだな。
本物のキーを知ら無い人間は、取り敢えず同じようなキーを鍵穴に入れて回そうとするだろう。普通はキーが合わなければ絶対に回らない。だから、無理してキーを回してキーが折れて鍵穴を塞いでしまう。
しかし、注意深い人間はキーが折れるまで回さない。そうなると、鍵穴を塞ぐチャンスが無くなる。そこで、メーカーの開発者は考えた。あえて、少しだけキーを回させてから鍵穴をロックする機構を付けたらどうだろう――と。
キーを回しているので、キーは鍵穴から抜ける位置に無い。そこで鍵自体にロックを施せば、鍵は間違ったキーを飲み込む形になる。こうする事で、キーを折らなくても鍵穴を潰した事になる。敵ながらあっぱれと言うしかない。
◇ ◇ ◇
結果的に本物のキーを探す必要が無くなった――これで悩みは一つ解決したがもっと大きな問題が生まれた。――どうやってカバーを開けるか? ――
ピ、ピ、ピ。
「最終破壊兵器の起動時間まで8秒です。只今より、ファイナルステージに入ります。各フロアのトビラはロックされます。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」
ピ、ピ、ピ。
だめだ! 一人で悩むよりプロに聞けばいいんだ。
「電気工事の兄ちゃん、おじちゃん。聞こえるなら返事をしてくれ! こちら係長です」
「はい! 聞こえます――」
兄ちゃんが言った。
「はい、聞こえます――」
おじちゃんが言った。
「御手数ですが、どうやってボタンを付けてボタンカバーを付けたのか、詳しく説明していただけますか?」
係長は、工事の兄ちゃんとおじちゃんにプレッシャーを与えないように優しくお願いをする。
「私にはその手の経験が無いので、イメージ出来ないんです。なるべく詳しく、子供に語り掛けるつもりで教えてください」
「承知しました、係長。それでは説明します」
工事のおじちゃんは係長に説明を始めた。
――
最初は、ボタンとそのカバー一式を宅配で受け取りました。それから、この地下ホールに案内されました。先ずは、操作卓のパネルを外して他の配線を傷つけないように保護処理を行いました。それから、ボタンと配線をつないでからボタン本体をパネルに取り付けました。その後で、ボタンカバーをパネルに取り付けて、パネルを操作卓に戻したんです。
――
「あれ? 工事のおじちゃん。おじちゃん達が、ボタンだけでなくカバーも取り付けたんですか?」
「は、はい。係長さんのおっしゃる通りです。今回の工事は全て私達だけで行いました」
(そうか、そうだよな――私はカバーを開ける事ばかり考えていたけど――本来の目的は停止ボタンを押す事なのだから、ボタンをむき出しに出来れば良いんだ。別に鍵を壊さなくても、カバー自体をパネルから外してしまえばボタンをむき出しに出来るじゃないか!)
――と言うことで――
「おじちゃん達カバー外せますよね? てっきり、おじちゃん達の作業は電気工事のボタン設置だけかと思っていたのです。カバーは誰か別の人が特別な工具で取り付けたと思ってました――取り付けたのがおじちゃん達なら、外すことも出来ますよね?」
ピ、ピ、ピ。
「最終破壊兵器の起動時間まで7秒です。只今より、ファイナルステージに入ります。各フロアのトビラはロックされます。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」
ピ、ピ、ピ。
「係長さん、でも取り外すためには普通のネジまわしでは駄目です。ネジの頭の切り欠き部の形状が違うのです」
「はい、それは理解しているつもりです。確かに、開けて欲しくない部分には切り欠き部分の形状が異なるネジを見かける事があります。何でも、トルクスとか言われるネジですよね。ああ、トルクスはメーカーの登録商標らしいから、ヘックスローブとか言うんですかね――」
そこまで言ってから――当然でしょう? 見たいな言い方で工事の兄ちゃんとおじちゃんに指示を出す。
「でも、おじさんたちが取り付けたんですから、その形状に対応したネジ回しは持っているんですよね?」
「イヤ、係長さん。普通のトルクスならば、市販されているので私達も持っています。しかし、ここで使われているネジは、厳密にはトルクスネジの改良版で、更に特殊な形状なのです。多分、勝手にいじられないためなのでしょう。私たちは、現場でその専用のネジ回しを一時的に貸してもらったのです――」
工事のお兄ちゃんは言う。
「だから、改めてその特殊ネジ専用の工具が必要です。それに、カバーを取り付けた直後から警報装置を作動させているはずなので、専用工具でカバーを留めているネジを緩めたら、警報装置が作動してしまいます」
おじちゃんは付け加える様に言う。
「電気工事のおじちゃん、兄ちゃん。警報装置に関しては一切無視してください。私達は警備センター黙認の特殊部隊みたいなものですから。まあ、カバーを外したらレーザーや矢が飛んでくるかもしれませんけどね――。でも流石に、このフロア内でそこまでムチャなことはしないでしょうし――あ、工具の件は了解です。兎に角、その特別な工具を探しましょう」
係長は、右チームと左チームの責任者を呼び出す。
「右チーム、リーダー」
「左チーム、主任」
一呼吸してから、具体的指示を出す。
「今の話を聞いていたと思うけど、工具入れを探してくれ。メンテナンスで絶対に必要だから、必ず直ぐそばにあるはずだ。探すべき工具の形状は、電気工事の人に直接聞いてくれ。私が説明すると伝言ゲームになる可能性が高いからな――」
「それから、君!」係長は横にいるオタクメンバーに言った。
「君も聞いてたと思うけど、工具入れをが何処にあるかこの部屋の検索端末で調べてくれ! 分かったら直ぐにフロアにいる右チームと左チームに展開してくれ!」
係長はソファーに横たわっている課長をちらりと見ながらオタクメンバーに声をかける。
「多分この部屋は高級幹部の部屋だから、ここにある端末なら探せない物は無いだろう。もしもログイン認証が必要なら、そこに倒れている課長のカードを使えば良い――」
「係長! 了解しました。課長のカードでログインしちゃいますね!」
カチャカチャ
カチャカチャ
ピポ!
「あ! ありました。壁に沿ってそこから10メートル後ろに下がった所に、メンテナンスツール収容盤と書かれた箱が壁にあるはずです」
「右チーム、左チーム! 聞こえたか? 後ろ10メートルの壁際の箱だ!」
さらに声が大きくなる。ほとんど叫んでいる状態だ。
「そこにメンテナンスツール収容箱があるから、そこの扉を開けて電気工事の人に必要な工具を選んでもらえ! もしも鍵がかかっているならハンドガンで箱の鍵だけ破壊しろ! 俺が許可する」
「係長ー。了解でーす!」
(なんか、ハンドガンの使用許可を出す度に、各チームとも嬉しそうに返事をするのはやめて欲しいなあ。ここぞとばかりに、ハンドガン使いまくってる様に聞こえるが――本当は使わなくて済ませたいんだ――でも、世界を救うためにはハンドガンを100発撃つ方が全然オッケーだ)
ファイヤー
ボム
ファイヤー
ボム
超空間通信機のイヤフォンからは、右チームも左チームも、なんの
「あった! コレです、これです」
電気工事のおじちゃんと兄ちゃんが嬉しそうに叫んでいる声が、イヤフォン越しに聞こえてくる。
どちらのチームも喜んでみんなで抱き合っているのが、超空間通信機のバイザーを通して係長の目に飛び込んで来る。
「おーい! 右チーム、左チーム! まだ、仕事は終わってないぞ!」
バイザーの音声マイク経由なので大きな声を出す必要はないのに――つい、大声で叫んでしまう。
「早く電気工事の人に、その工具でカバーを外してもらうんだ!」
「了解でーす!」
バタバタ
バタバタ
みんなが一斉に停止ボタンのある操作卓に向かって走り出した。あと少しでこの任務も終わるかと思うと皆の足取りも軽い。
「じゃあ、今からカバーの四隅のネジを外しますんでお待ちください!」
ギュー、
ギュー、
ギュー、
ギュー。
「ネジを外しました。カバーを取りました」
ブーブーブー!
ブーブーブー!
また、何処からか警報音が鳴り出した。本来であれば、最終破壊兵器の起動ボタンに当たるボタンカバーを外した訳だから――大問題で警報も鳴るよなぁ。まあ、勝手に鳴らしておけ――
「一応、レーザーや矢が飛んで来ない事だけは確認しろ!」
右チームと左チームには大きな声で伝えるが、誰も聞いてないようだ。
ピ、ピ、ピ。
「最終破壊兵器の起動時間まで6秒です。只今より、ファイナルステージに入ります。各フロアのトビラはロックされます。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」
ピ、ピ、ピ。
「ウォー! カバー外せましたー!」
右チームと左チームから、ほぼ同時に、歓声と嬉しそうな報告が聞こえて来た。
「よーし。良くやったぞ、みんな!」
係長の声も心なしか、軽やかだ。
「それでは、こちらからカウントダウンするから、それに合わせて、右チームと左チームは同時に停止ボタンを押してくれ!」
「はい! 係長了解です!」
「よーし! カウントダウンするから、0と同時に押すんだぞ! 右チームと左チーム同時に押さないとダメだからな!」
「3!」
「2!」
「1!」
「ゼロー!」
「右チーム、オッケー押しました!」
「左チーム、オッケー押しました!」
―――
ピ、ピ、ピ。
「最終破壊兵器の起動時間まで5秒です。只今より、ファイナルステージに入ります。各フロアのトビラはロックされます。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」
ピ、ピ、ピ。
―――
え? 止まらない。
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