第23話 北海道の原野

 ***

 最終破壊兵器の設置場所はどこでしょうか?

 ***


 ――おばちゃんがボタンを押す数ヶ月前――


「全くウチの会社は何考えてるんだ? 一体どんな会社と契約したんだぁ? こんな場所にこんなガラクタなんか埋めてどうするつもりなんだ――」


 『ユンボ』と言われる一人乗りの小さなショベルカーを使って、器用に地面に穴を掘る作業をしている作業員がやる気なさそうに呟く。作業員はユンボの座席から体がはみ出るほどの巨体なのだが、体を丸めて何とか座席に収まっている。


「そうですよね兄貴、俺たち一体何してるんですかねぇ? こんなところで――」


 高精度GPS位置観測装置とレーザー測距儀を使って、穴を掘る位置に目印を付ける作業を続ける作業員も「まったくそのとおり」といった感じで同意する。彼はレーザー測距儀を置いている三脚が大きく見えるくらいの小柄な男だ。


「まあまあ、お二人とも――愚痴るのはそれぐらいにして、こんな仕事は早くやっつけてしまいましょう! 決められた場所に決められた深さで決められた方向に向けて、この訳の分からないガラクタを埋めれば良いのですから。そうすれば相場より格段に高い工賃を払って頂けるなんて、夢のような話じゃ有りませんか」


 会社の営業マンは、二人の作業員にハッパをかけるように言った。


「そりゃそうだけどさ――工賃が高いという事は、本当はヤバイ案件じゃないのか?」


 作業員がレバーを動かすと、ショベルカーのパケット(ショベルカーの腕の先端、土を掘削する部分)が指示された地面にドカっと食い込む。


「俺たちがこのブツを埋めて一週間ぐらいしたら、突然数十人もの警察官がやって来てイキナリ留置場にぶち込まれたりしないよな?」


 レバーを元に戻すと、パケットにたっぷりの土をすくったままショベルカーの腕が上がる。そのまま少し回転してパケットの土を穴の横に捨てる。


「来週俺の母ちゃんがガキを産む予定だけど、産まれた時に父ちゃんはブタ箱じゃお話にならないぜ!」


「お! 兄貴。来週産まれるんですか? そりゃあ目出度いですね! 姉さんには出産祝いは何が良いですか? 聞いといてくださいよ!」


 体の小さい彼は、レーザー測距儀の計器から目を離さずにユンボの作業員に返答する。


「おう、ありがとな! お前はいつも気がきくからなぁ。その気配りを沢山の女に向けすぎちまうから女が出来ないんだよ。今度俺の女房の友達でも紹介してやろうか?」


 ユンボの作業員はその作業音に掻き消されないように大声を出して答える。


「いやー、姉さんのお友達は皆さん強そうな女性ばかりなので――チョット遠慮しときます。俺の好みとしては、小柄で働き者で器量が良くてオッパイが大きくて、それから――」


「お前なぁ。そんなに希望が高かったらヤッパリ誰も来てくれないぞ! じゃあ俺の知り合いを紹介してやろうか?」


「いやあー。兄貴のお友達関係も後で何があるか分からないので遠慮しときます――俺は俺の方法で好き勝手に探させて下さいよー。お願いしますよ」


「そうかぁ? まぁお前の好きにしたけりゃそれは良いけどな。でも、お前ももう良い年歳だろう? 早く女を見つけてくっついちまいな。そうすりゃあ、毎晩好きなだけエッチ出来るんだぞ」


「そりゃあ、そうですけどね。俺は兄貴ほどイケイケじゃ無いので毎晩じゃ無くて、3日おきで良いですよ。毎晩エッチしたら身体が持たないです」


「え? そうなのか。じゃあ程々にエッチしてくれる女を探すんだな。そう言えば、毎週飲みに行く飲み屋のおばちゃんの所に最近手伝いで若い子が来てるそうだぞ? なんでもおばちゃんの姪っ子で冬休み中はバイトだそうだ。若い子が良いんなら飲み屋のおばちゃんに頼んでやろうか?」


「えー、冬休み中って事は学生さんでしょ? そんな事したら犯罪者じゃ無いですか」


「何言ってんだよ! いきなりエッチしろなんて言ってないぞ。いきなり襲ったら本当に犯罪者になっちまう。先ずは映画でも見て来いよって話だよ!」


「兄貴ー、俺だっていきなりエッチなんかしませんよ。俺は兄貴と違って淡白なんですから。そうじゃ無くて、あまり若すぎると映画を観に行くのも『パパ活』かしら? って周りから思われるんじゃないですかね」


「おお『パパ活か』! なんだっけか、一回デートするからお金ちょうだい! って言う奴だっけ。最近は色々な言葉でオブラートに包んでるけど、要はキャバクラの女子高生版だろ? 最近の若い奴らは、わかんねぇよな」


 穴を開けたらショベルカーを移動する。体の大きい作業員がアクセルを踏むとキャタピラーが音を立てながら移動を始める。相棒の体の小さい作業員は、レーザー測距儀の乗っている三脚を畳んで肩に担ぎながらその後を付いて行く。


「それか――もう少し年食ってんのが良いなら――ウチらの会社の事務のねぇちゃんなんかどうだい? あの子なんか働き者だろ? 結構良く気がつくしよ!」


 体の小さい作業員は、GPSとレーザー測距儀を使って穴掘り位置を決めると、地面に大きなマークを付ける。


「俺が寒さで身体をブルブルさせて外から帰ってくると、直ぐに暖かいお茶持って来てくれるもんな! 事務所の制服が渋いから年取ってるように見えるけど、まだそこまでおばちゃんという訳ではないだろ? あの黒縁メガネも年寄り風に見えるけどピンクか何かのメガネに変えれば、結構イケると踏んでるんだがな――」


 体の大きな作業員は、付けられたマークにパケットを向ける前に体の小さな作業員の異変に気付く。


「お! お前? 何、赤くなってんだ?」


 体の小さな作業員は慌てて顔を逸らす。


「あ! まさか、事務所のねぇちゃんに手ぇ出してないよな? まさか、もう一発しちまったとか――じゃねえよな」

「そ、そ、そ、そんなバカな事――ある訳ないじゃないですか。兄貴!」


「何、どもってんだよ。お! そう言えばこの間の会社の飲み会――お前彼女を介抱するとか言って俺たちと途中から別れたろ。まさか、あの晩『送り狼』になっちまったのか?」

「イヤ、最初は本当に送るだけのつもりだったんですよ。神様に誓って――下心とかは無かったんですよ。だから、彼女のアパートまで送って水を一杯もらって帰るつもりだったんですけど――」


「なんだい、なんだい。それで、どうしたんだい? ほら、続けて、続けて――」

「彼女がメガネを外して上目使いでコッチを見てくるんです。そしたら普段会社でも見たことないぐらい美人に見えてきて――」


「ふむふむ――続けて、続けて」


「彼女はコップに水を入れてくれて、俺にくれたんです。でも――俺緊張しちまって途中で水をこぼしちゃって。彼女の上着にかかっちまったんです」


「それから――どうしたんだ?」


「それで、俺も慌てて彼女が服を脱ぐのを手伝ったんです。そしたら、俺の手が彼女の大きなオッパイに触れたらしくて、すごくセクシーな声を上げちゃったんです」

「なんだ! それはヤバイじゃないか。それでどうしたんだ?」

「俺は、慌てて謝ったんですけど――なんかもう、彼女のスイッチが入っちゃったようで――」


「いいねえ、いいねえ――それから?」


「私、実はあなたの事が昔から好きでした! もう我慢出来ません。こんなエッチな私を嫌いにならないで下さい――とか言いながら、逆にドンドン着ている物を脱ぎ始めちゃって」


「おお――そんで、そんで?」


「まあ、俺もそんな事言われたら悪い気もしないし。酒も入っていたし――まあ色々あって、俺も一緒に服を脱いじゃったんです」


「なんてこった――」


「その後の事は――ご想像にお任せします」


「なんだ! お前も、やる時にはやるじゃねえか! 俺はまた、お前は女に興味無いんじゃないか、男に興味を持ってるのか? 俺のケツ狙われたらどうしようか? とか思ってたが――大丈夫! 全然オッケーだぜ」


 体の大きな作業員は、ショベルカーのレバーから手を放して完全に体の小さい作業員の聞き役に回っていた。


「今の話は黙っててやるから、早く事務のお姉ちゃんとくっついちまいな!」


 作業員二人の会話に研究者風の男がおずおずと割り込んできた。


「あのーすみません、お二方。今は、そういう話をする時ではないと思うんですけど――貴方方二人なら、普通の人が十人がかりで行う事がこなせると言うんで来てもらってるんですよね――」


 彼は営業マンをギロリと睨む。


「貴方方から見たらガラクタでしょうが、これを今日中に10個埋めなきゃいけないんですからね。口より手を動かして下さい!」


 彼は、営業マンに厳しい視線を向けた後で作業員二人に向き直ってからゆっくりと話をする。


「それに、一応言っておきますが――このガラクタは決して犯罪に関わるような物ではありません。どちらかというと政府側に関わる作業です。ですから、今回の作業は決して口外なさらないで下さい。口止め料も含めてこの金額になっている事、お忘れ無く――」


 そこまで言ってから、研究者風の男は営業マンにふたたび厳しい視線を向ける。


「もしも、今回の作業が漏れる様なことがあれば、漏らした罪で警察に厄介になる事になりますよ――」


 ――兄貴と呼ばれている男は、ガッチリした体格に似合わずユンボと呼ばれる小型の油圧ショベルカーを器用に使って、縦、横数メートル、深さ数メートルの穴を、高々10分で作る事が出来る。

 ――また、事務のお姉ちゃんといい仲になってしまった弟分の方は、レーザー測距儀やGPS計測器を器用に使って、必要な場所に、必要な穴の位置を、素早く正確に指定できる腕を持っている。


 研究者風の男はふと思う――


 ◇ ◇ ◇


 この二人がいれば、日本中どんな場所の地面でも必要なパーツを迅速に正確に埋められるという営業マンの営業トークを真に受けて、この会社に発注したのだが――本当に大丈夫か? こんな原野のど真ん中で野宿は勘弁してくれよ、オイオイ。


 日程が結構押してるから、出来たらこのポイントは今日中に終わりにしたいのに。


 だいたい、日本中にあんなガラクタにしか見えない御神体を埋めて、本当に最終破壊兵器として機能するのか? うちの主任研究員も焼きが回ったんじゃないか?


 それよりも信じられないのは、この計画に予算が付いてゴーサインが出た事だな。誰も見た事も無いような兵器に金を出す程、日本は金余っているのか?

 おかげで、年度内に予算を消化するために無謀な計画を立てて実行しなければならないし。

 せっかく立てた有給休暇の予定がこれで全部パーだよ。まあ、ホテルの予約キャンセルが有料になる前に決まったから良いようなものの、もしもキャンセルが有料だったら経費に上乗せしたくなるよな。


 主任研究員の研究レポートは、俺も読んだけど確かに納得させられる内容だった。でも、だからと言って検証もせずにイキナリ最終破壊兵器を設置するという神経が信じられない。ウチの研究所の責任者は何考えているんだろう――


 ◇ ◇ ◇


 研究者風の男のハッパが効いたのか、彼らの話がちょうど一段落したのか、彼らの穴掘りの進捗がイキナリ進み始めた。

 彼が考え事をしている間に、指定された場所に5個の穴が空いていた。更に6個目の穴も確実に仕上がりつつある。さすが噂に違わず凄い掘削能力だ。


 研究者風の男は、別の作業員に対して、今さっき出来たばかりの穴にガラクタにしか見えない不思議な石碑を指定した方向に向けて水平に置く様にテキパキと指示を出していった。


 その石碑の表面には、象形文字に似た不思議な絵柄が丁寧に刻まれていた。


「ちゃんと、水準器を使って水平に置いてくれよ! それから、方向も注意してな! 君達に渡した特殊な方位計に従って置いてくれ!」


 地球の磁極は正確に地球の中心を通っていない。だから通常の方位磁石だと正確な方位が出ないのだ。そのために、この作業用に作らせた特注品だ。


 6個目の穴が空いて、既に7個目もほぼ出来ている。凄いペースだ。


 石碑を置く作業の方が追いつかない。しかし、焦りは禁物だ。この石碑の位置が少しでも狂えば、能力が発揮されないどころか予想外の作用が働くらしい。


 研究者風の男は7個目の穴を見ながら思う――


 ◇ ◇ ◇


 こんな作業を北海道の北の果てから、九州の南の果てまでやらなきゃいけないなんて、ヤッパリ馬鹿げてるとしか思えない。でも、この石碑自体が超機密事項だし、設置場所も細心の注意が必要な事を考えると、研究所の人間が立ち会うしかないんだ――


 この石碑を発掘した時には俺も立ち会ったが、本当にビックリした。富士の樹海の中、ひっそりと眠る巨大な石棺の中に、この石碑達が整然と並んでいるのを見たら、誰だって背すじが震え上がるだろう。


 富士山は、活火山だから、数百年単位で噴火を繰り返している。しかし、この石碑を守っていた石棺にはヒビ一つ入っていなかった。それに石碑も置いてある場所から移動した様子が無かった。だからあの石棺は、耐震、耐衝撃、耐火山の対策が完璧なのだろう。まあ、それもあって研究所を石棺のそばに建てたんだけどな。


 しかし、あの石碑の年代測定をしたら、またビックリだ。推定で10万年から2万年の間だそうだからな。まだホモ・サピエンスがアフリカから移動中の時代。その頃に純度99コンマ9999%の炭素の共有結合体を合成出来る知的生命体なんて、地球上にはいなかったはずだ。


 その石碑の使い方の一つを、あの主任研究員が解いたんだよな。ヤッパリ、天才ってのはいるもんだな――


 ◇ ◇ ◇


「すみませーん、全部の設置が終わったんで確認お願いします!」


 営業マンが研究者風の男に大きな声で呼ぶ。


「お! もう終わったのか。さすがプロだな。ちょっと待ってくださーい、今行きます」


 研究者風の男は、設置資料を手に持って作業場所に向かって歩き始めながら思う――


 ◇ ◇ ◇


 餅は餅屋か――サッサと確認したら位置が変わらないように丁寧に埋めてもらう。これで今日の作業は終了だ。これは予定よりだいぶ早く移動出来そうだ。今日は早く宿に帰って、ゆっくり温泉に浸かって寝るかな。


 このペースで、今後は、南北海道、東北、関東、北陸、中部、関西、四国、中国、北九州、南九州、これだけを年度内に回るのか。考えただけで、ゾッとするな。今日ぐらいは、さっさと寝るか。


 でも、こんな馬鹿げた兵器を起動しないで平和に暮らせるのが一番なんだがな――


 ◇ ◇ ◇

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