第13話 1階、コンビニのあるフロアー

 ***

 何が起こっても、コンビニが有れば大丈夫!?

 ***


「今日は新人さん来るから配送品は早めに裏の倉庫に片付けちゃいましょ!」

 コンビニ店長のおばちゃんはバイトの女子大生に声をかける。


「はーい! 店長さん了解でーす」

 店内の棚を整理していたバイトの女子大生は元気に答える。


「もうー! 返事だけは元気なんだからぁ。これでアンタも先輩になるんだからね。もう少しシッカリしてちょうだいね。ちゃんと新人さんには手取り足取りで仕事を教えてあげてね」

「うーん、手は取れるけど足は取れないかなぁ?――」


 バイトの女子大生はこのコンビニでバイトを始めてから早半年。いよいよ後輩が入って来るらしい。


「っまったく! そこはボケるところじゃ無いわよ。本当に『足』は取らなくて良いからね」

 レジカウンターの向こう側で忙しそうにしている店長のおばちゃんはアルバイトの子に向かって叫んだ。


「ここのコンビニって周りのビルにコンビニがないおかげで、朝の出勤時間とかお昼休みとかもうムチャクチャ混むのよね。大手のコンビニさんにはどんどん進出してきて欲しいわよ、もー!」

「えー? 店長さんそんな事言って良いんですか? ライバルのコンビニを誘致するみたいな事言ったら会社に怒られるんじゃないですか?」

「いいのよ! あたしは雇われ店長だから。どんなに働いてももらえるお金なんて大して変わらないんだもの。それよりライバル店が出来て忙しさが減ってくれた方が助かるものね」


 店長のおばちゃんは朝と昼の忙しさに愚痴をこぼす。


「別に閑古鳥が鳴くほど暇になって欲しいと言っているわけではないのよ。朝と昼の、殺人的な忙しさが減ってくれればいいのっ! だって、朝と昼と後は残業している人たちが夕飯を買いに来る夜かな? その3つのピーク以外は結構余裕があるでしょう?」


 そして、さっきからまだ棚の整理をしている女子大生のバイトに厳しい事を口走る。


「あんただって余裕のある時は時々サボってるの知ってるわよ? トイレタイムが異常に長いわよね。まあ会社には黙っててあげるけど」


「店長! それプライバシーの侵害ですよ、パワハラだって訴えちゃいますよ。私のトイレタイムが長いのまで知ってるなんてー?」


 やっと棚の整理を終えてから店長のおばちゃんに反論するバイトの女子大生。


「だってー、ここのトイレのパウダールームすごく素敵なんですもの! それに個室のウオシュレットもメーカ最新のモデル使ってるんですよー。ほら今テレビCMで放送している『おしりに優しい霧状ウオシュレット』のアレですよ」


 そう言って店長に向かって女子大生は自分のお尻を突き出す。


「あんなのがあったらもうトイレから出たくなくなっちゃいますよ! トイレメーカの罠にハマっただけだから、それはサボりではないんですぅー」


「まったく! あー言えばこー言うなんだから最近の女子大生は――ほら、口やお尻を動かす前に手を動かしてね」

「でも店長さん、私思うんですけど。どうしてコンビニにはパンツとパンティの他にコンドームまで置いてあるんですかー? 花も恥じらう女子大生にコンドームの在庫を裏の倉庫から取って来させちゃダメですよねー?」

「何言ってんの。あなたも女子大生ならわかるでしょう? 汚れたパンツと汚れたパンティを二日続けて履きたく無いでしょう? だから夜の会社員にはパンツとパンティとコンドームとお手拭きはそれで一セットなんだから!」

「はーい。へんな質問してごめんなさい。なんかよくわからないけど(大人の事情って奴ね――)分かった事にしますー。配送品を裏の倉庫に片付けてきますねー」


 そう言って、バイトの女子大生は店舗の外に出て行った。


 ぴんぽーん。


 お客さんが来店した事を示す、チャイムが鳴った。


「あー、いらっしゃいませー!」


 ぴんぽーん。

 ぴんぽーん。

 ぴんぽーん。

 ぴんぽーん。

 ぴんぽーん。

 ぴんぽーん。


「え? どうしたの。突然沢山の人が来店して来たわ」


 ぴんぽーん。

 ぴんぽーん。

 ぴんぽーん。

 ぴんぽーん。

 ぴんぽーん。

 ぴんぽーん。


「いったい何があったのかしら? 朝と昼のラッシュは終わったはずだし夜の残業する人達にしては早すぎるし?」


 店長のおばちゃんはコンビニ店内になだれ込んで来るお客様に、軽いパニックになった。


「店長ー、大変ですー!!!」

 裏の倉庫に行っていた女子大生が店内に戻ってきて騒いでいる。


「どうしたのアンタ?」

「店長さん、それが何か変なんです?」


 バイトの女子大生は店の外に付いている館内放送用のスピーカを指しながら続ける。


「ビルの館内放送なんですけど放送している内容が意味不明なんです。なんか最終破壊兵器がなんたらかんたらって。良く分からない事を言っているんです」


 バイトの女子大生は、さらにコンビニの外のエレベータフロアを指しながら叫んだ。


「それと同時に各フロアから一斉に社員さんが下りて来るんですー!」


 バイトの女子大生も軽いパニックになっているようだ。


「エレベータからも階段からもどんどん人が下りて来るんですー!」


「え? なんか避難訓練でもあるのかしら? 避難訓練ならあらかじめコンビニ店舗にも連絡が来るはずなのに――」

(それとも、訓練じゃなくて本当の非常事態なのかしら?)


 女子大生と店長が会話している間も、コンビニには人が入ってきてパンと飲み物をどんどん買っていく。最初に棚から無くなったのは、スマホの充電用バッテリーだった。その次に充電キットと電池一式だ。

 その後は、パンやおにぎりと飲み物が飛ぶように売れていく。夜の残業のための需要を見越して先ほど棚に目いっぱい揃えた食料品は既にガラガラの状態になってしまった。


 なぜか残業する社員が買っていく、一日だけ使用するための一日パンツが今も飛ぶように売れている。当然普通のパンツやシャツも売れている。棚に売れ残っっているのはコンドームぐらいだった。


 女子大生は裏の倉庫からありったけの在庫を持って来て棚に並べているのだが焼け石に水状態だった。棚に商品を置く傍からお客さんが競うように標品を奪い取っていく。


 そのうち、倉庫から持ってきたトレーの中に手を突っ込んで持ち出そうとする奴も出て来た。女子大生は半ばパニックになりながらも、頑張って商品を並べつつトレーに手を出している客に注意していた。


「お客様さまー! トレイの物は持ち出さないでくださいー!!」

 トレイに乗っている商品を押さえながらお客さんに叫ぶバイトの女子大生。


「在庫管理が出来なくなるんですー!」


 ――


「一体このビルで何があったんですか?」

 店長がパンツと菓子と雑誌をレジに持ってきた男性社員に聞いた。


「良く分からないけど『何とか兵器が起動するからボタンを押して止めろ』って管内放送が突然流れ始めたんだ。回りの人たちは『意味は分からないがビルの緊急避難の放送なんだろう』って言っているみたいだし――」


 男性社員はコンビニの外の様子をちらりと見ながら説明してくれる。


「とりあえずビルの外に出て様子をうかがうために、みんな一斉に1階に降りてビルの外に逃げ出しているんだよ」


 そしてうんざりした顔をしつつ話を続ける。


「俺はビルから出るついでに必要な物をコンビニで調達しようと思っただけさ。このビルの回りにはコンビニが全然ないんだものなー。そうそうおばちゃん、コンビニの管理会社にもっとコンビニ増やすようにいってくれよ。おばちゃんだって、この店だけだと朝と昼と夜むちゃくちゃ忙しいだろう?」


 男性社員が話している間に店長のおばちゃんは手際よく商品のバーコードを読み取っていく。


 ピ!、ピ!、ピ!


「俺もこのコンビニが朝混んでいるの知ってるから、会社に来る前に乗換駅のコンビニで事前に必要な朝ご飯を仕入れてるもんな――」


「お客様全部で1,100円です。そうですよね今度会社の営業が回ってきたら、お客様の声として伝えておきますわ」


「あ! おれ『ナナオ』で払うから!」

「承知しました。それではこの部分にタッチをお願いします」


 ピヨーン!


 ――


 一通りの波が去った後にはコンビニには在庫も含めてほとんど何も残っていなかった。どさくさに紛れて緊急避難にはどう考えても必要ないコンドームまで買っていった奴がいたらしい。


「まったく何て一日かしら! アンタももう避難していいわよ。なんか訓練ではなくて本当に緊急事態が起こってるみたいよ――でも煙臭くないし火も見えないから火事じゃないのかしらね――」


 店長のおばちゃんは頬に手をあてながらチョットだけ考えこむ。


「あたしはここの店長だから、最後まで粘って本当にヤバそうになったら店に鍵をかけて出ていくけど。アンタは一介のバイトなんだからさっさと逃げちゃいなさい。こんな良く分からない騒動なんかに巻き込まれちゃあ駄目よ!」


 そしてバイトの女子大生に声をかける。


「まだ女子大生として、あんな事やこんな事とか女子大生らしいウフフな事するんでしょ?」

「えー、店長。それ、偏見ー! アタシそんなに腰軽くないもんー。今風の女子大生と違ってチャンと将来を考えているのよー。だからこのビルのコンビニでバイト募集しているという求人広告を見て募集してきたのよー」


「どうせ、オオテマチという名前に引かれたんでしょう? オオテマチの会社員とイチャイチャ出来るとか、最後は大手の商事会社の社員とくっついて玉の輿に乗ろうとか考えてない? そんな事考えてたら、あたしみたいにあっという間におばちゃんになっちゃうわよ!」

「エヘヘヘ! 流石ぁー、店長。私の心を読めるんですかー? でも、そのくらいの夢は見たいじゃないですか。それに店長は『おばちゃん』かもしれないけど、私から見たらスーパーマンですもん。あ、スーパーウーマンか――」


 そう言って、バイトの女子大生は真面目顔で自分の経験を語りだした。


「大体どこの店でも有名店を切り盛りしているのは『おばちゃん』じゃないですかー! 私色々なバイトしてきたから色々なお店を観てきましたけど――」


 一瞬だけ躊躇して話は続く。


「あ、実は夜のお店もバイトしてました。テヘペロ」


 舌をチョロリと出してロングヘアーの髪の毛を両手で触りながら少し照れる女子大生。


「でも本番はなしのお触りまでですよー。ブラの上からなら1杯おごりで、パンティの上からなら2杯おごり。それでオッパイ直接は3杯おごり。パンティの中に手を入れるのはNGでしたよ! ちゃんと自分の商品価値は分かってますから安売りしなかったですよー!」


 それからまた真面目な顔にもどって――


「『夜のお店』でも大体繁盛している店は『おばちゃん』がしっかりしているお店なんです。オジチャンなんて銀行の順番カードを取ってくれるか道路の交通整理くらいしか思い浮かばないですもんねー。女の子の憧れの大先輩はやっぱり『おばちゃん』ですよー!」


「はいはい――ごますりはそれくらいにして。その程度の持ち上げ方ではバイト代はアップ出来ないからね。夜のお仕事もして来たなら、もっと相手の喜ぶことをしなきゃ駄目よ!」


 店長のおばちゃんはバイトの女子大生に向かって『ハイハイわかったわー』という感じで片手をプラプラさせる。


「その代わり今日は最後までいたことにしてタイムカードを切っておいてあげるから、さっさとビルの外に避難しなさいな――」

「はーい。了解しましたー。それではお言葉に甘えて先に上がらせてもらいます店長! でも、ゴマをするつもりはないですけど店長も早く逃げてくださいね!」


 女子大生を先に逃がすと、店長のおばちゃんは店内の(ほとんど残っていない)在庫を確認しレジを閉めた。それからおもむろにコンビニのシャッターを下ろした。シャッターに『本日休業』の紙を貼ってから、店長のおばちゃんはゆっくりとビルの外に出て行った――

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