第14話 後23秒 (その2、エレベーターチーム編)

 ***

 エレベーターチームは大騒ぎ!

 ***


「みんな、準備はいいか? エレベーターの扉を開けるぞ!」

 主任はメンバー達に声をかける。


 ガキッ、

 ゴ、ゴ、ゴ、ゴーッ、ゴツン!


 不気味な音をたててエレベータの扉がひらいた。


「よーし、どうにか業務用エレベータの扉は開けたな。どうだ地下が見えるか?」

 エレベータチームを任された主任が下を覗き込んでいるメンバーに聞いた。


「だめですねー主任。全然下が見えません」

 下を覗き込んでいるメンバーは主任に向かって叫ぶ。


「まったくの闇ですね。普通は扉の隙間からフロア側の明かりが漏れてくるものなんですけどね――地下の各フロアの灯りは全て人感センサーで制御されていて通常は真っ暗なんですよね? だから本当に『闇』と言った感じです」

 メンバーは暗視ゴーグルを付けてからもう一度覗き込んで答える。


「暗視ゴーグルを付けてみてもエレベータの構造材に設置されている機械のランプがちょっと見えるかな? みたいな感じです。ダメもとでちょっと赤外線ゴーグルで見てみますね」

 そういって、さっきと同じメンバーが今度は赤外線を感知する赤外線ゴーグルを付けて同じように下を覗いていると――


「うわー!!! なんだぁ、こりゃあああーーー!」

 下を見たメンバーは驚きの声を上げながら後ずさった。


「どうしたんだ? 幽霊とかヤバい物でも見えたか?」

 メンバーの突然の悲鳴に驚いて聞き返す主任。


「主任そんな冗談言っている場合じゃあないですよ! 主任もこの赤外線ゴーグルを被って見てください。あーあ、事前に赤外線ゴーグルで下を見て良かったですよ」


 主任は、言われた通りに赤外線ゴーグルを被ってからエレベータの通路を覗き込んだ。


「うわー、何だこの明るさは! 壁のあちらこちらから光の線が出ているじゃあないか」

「主任、あれって赤外線センサーですよ。良く映画で銀行の金庫とかに仕掛けてあるヤツです。泥棒やスパイが赤外線の光の線を切断すると警報が警備室に届く仕掛けです」


 赤外線ゴーグルを付けていたメンバーが主任に説明する。


「なんでこんなものがエレベータの通る通路に付いているのですか? これではエレベータのメンテナンスなんて出来ないですよね?」

「うーん。多分メンテナンスする時はこの警報装置を切るのだろう。今回はそういう情報が全くない一発だけの荒業だからな」


 主任は頭を掻きむしりながらエレベータ通路に仕掛けられているセンサーの仕組みを解説する。


「逆に、警報だけなら鳴らせておけばいいんだ。どうせ警備センターとは話をする必要あるだろうし――まあ誰にも気づかれずに地下に行きたいわけではないからなぁー」


 赤外線ゴーグルに映る赤外線の光の束を見ながら、主任は自分に言い聞かせるように独り言を言った。


「しかしそれにしても、ここまで凝った監視システムを組むなんて――この建物ってそんなに大事な建物なんですかねえ?」


 主任に赤外線ゴーグルを渡してしまったため、予備の赤外線ゴーグルを付けて再度通路の下を覗いているメンバーが言った。


「主任、万が一と言う事でもう一つ試したいことがあるんですけど良いでしょうか?」

「おお、とにかく安全確保が出来るなら何でもやってくれ!」


 下を見ていたメンバーは、主任の言葉を聞いてからおもむろに降下用ロープを下におろして赤外線を遮断してみた。


 ピー、ピー、ピー、

 ――

 ピシュッー!!!

 ――

 ジュッ!


 短い警報音の後に――赤外線を遮ったロープが遮った部分だけ一瞬で溶けた!――


「マジすかー!!!」

 ロープを垂らしていた社員が素っ頓狂な声を上げて腰を抜かした。


「主任、このビルのセキュリティ尋常じゃあないっすよ! 『セキュリティ』のレベルを超えて『クレージー』っすよ! 本当にこのビルには秘密な事案は何にもないんですか?このビルのセキュリティを設計した人間は狂ってますよ」


 ロープを垂らしていたメンバーは、エレベーター通路の下の方を指しながら主任に報告する。


「今の見ましたか主任! レーザー光線っすよあれは――多分、高出力の対人・対物用軍事レーザーっす。ロープが一瞬で溶けましたからね」

 ロープを引き上げて溶けたロープの先端部を主任に見せながら説明する。


「赤外線が遮断された場所に1秒以内に照射されるんですよ。こんなセキュリティの尋常じゃあないビルなんか俺見たことないっす。スパイ映画じゃああるまいし、ここまでしませんよ普通は」


 ジリリーン!

 ジリリーン!


 すると、エレベータの傍にある館内電話が突然鳴り出した。主任はその館内電話の受話器を直ぐに取り上げて話し始めた。


「はい、こちら地下3階の『緊急対策チーム・エレベータ班』です。地下28階の管制センターに行く必要があるのでエレベータ通路の赤外線センサーをテストで遮断しました」


(え? 俺たちのチームってそんな名前だっけか?)

 主任の横にいて降下準備をしているメンバーは主任の受け答えを聞いて思った。


 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

「最終破壊兵器の起動時間まで23秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピコーん、ピコーん、ピコーん。


「――はいはい。これからもどんどん警報が鳴ると思いますので気にしないでください。もしも五月蝿いようであれば警報を切っておいてください」


 主任は受話器の向こうの警備センターに対して自分達のチームの正当性をさらりと説明する。


「あ、それから。そちらで警報の元電源を完全に切ることは出来ませんか? なんか警報と同時に対人レーザが照射されるらしいんですよ――」


 電話の向こうの担当者に一生懸命状況を説明しているのだが、要領を得ないようだ。


「あー、そうですか。警備センターでは警報が鳴るだけで警報自体の機能を止めるのは別の部署なんですね。それで、その部署はどちらになるのでしょうか?」


 流石、縦割り組織だ。警報を聞く部署と警報を止める部署が違うらしい。


「はぁー? 設備課? そちらは何処にあるのですか? いえいえ、申請書類を今から出している時間なんか無いんですよ! それに承認する役員は既に逃げちゃってるし」


 全然要領を得ない会話が続く。


「分かってます? さっきから館内放送でガンガン聞こえているでしょう?」


 だんだんと、主任の声が大きくなっていく。


「えー、冗談? だれもそんな事聞いてないし事前の書類も来てないって? そりゃあそうでしょう。そちらに申請する前に発動しちゃったんだから」


 主任の受話器を持つ手が怒りで震えているように見える。


「もう良いです! 兎に角これから地下で警報が無制限に鳴ると思いますが気にしないでくださいよ――以上です!」


 ガチャ!


「はーっ、はーっ、はーっ」

 主任は、受話器を元に戻すと胸に手を当てて乱れた呼吸を整えていた。


「主任、あんまり興奮しないでくださいよ。血圧上がりますよー」

 そばで電話のやり取りを聞いていたメンバーが主任をなだめるように言った。


「くそー! 大体背広組の言う事はいつもそうだ」


 主任は安全靴で地下3階のリノリウムの床をおもいっきり蹴る。


「俺たち制服組の言う事なんかちっとも聞いてくれない。書類を出せ、申請しろ、許可を取れ。こんな事している間に事が進んでしまうのにぃー!。そのクセ何か事が起こると全て俺たちに押し付けて来る!」

「ハイ、ハイ、ハイ――主任の言う事は分かりますけど、今さらここで吠えても仕方ないじゃあないですか。とりあえず、警報は鳴らしっぱなしでいいんですね。それなら、後は対人・対物レーザーを何とかすれば、赤外線センサーなんか気にしないで降下できるわけだ」


 主任をなだめてたメンバーは、赤外線ゴーグルで赤外線センサーの光の束をみながら考える。


(うーん、どうしようかなあ? 対人・対物レーザー一式はエレベータの通路を支える構造体に設置されているだろうから、そいつらを全てハンドガンで打ち落とすか? いやエレベータの通路でも下の方は暗すぎて狙えないから無理だろう)

 ……

(それでは電源を切るか? いや、これも元電源を切ってもらえないとすると、ローカルな配電盤を切る必要がある。結局、配電盤に近づいた時点でレーザーの標的になるな)

 ……

(やっぱり大変だけど、一点突破かな?)


「主任、レーザ照射は赤外線を遮断してからきっかり1秒後に来ます。だから赤外線を遮断したら1秒以上同じ場所に留まらなければいいんですよ」

 レーザー光線のトラップを見つけたメンバーは、主任に作戦を告げた。


 ◇ ◇ ◇


 幸い私達は同じ場所に留まるつもりは毛頭ありません。兎に角一秒でも早く地下28階に到達したいのですから、連続で落下し続ければレーザーの標的になる事はありません。唯一の例外は、地下28階に到着して外のフロアに出るためにエレベータの扉を開ける時です。この時には、1秒以上同じ場所に留まる必要があるのでレーザーの標的になってしまいます。


 なので、地下25階あたりまで降下したらレーザーの標的になる1秒ギリギリまで時間をかけて地下27階から29階ぐらいまでをロケットランチャーを使ってエレベータの扉ごと吹き飛ばします。


 そして、落下の最終地点をエレベータの通路からエレベータのフロアに移すんです。ロケツトランチャーの爆風で私達の部隊の何割かは負傷してしまうかもしれませんがレーザにやられるよりはましでしょう。


 ◇ ◇ ◇


「この作戦は一度降下し始めたらもう後戻りできない作戦です。主任ご決断を!」


 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

「最終破壊兵器の起動時間まで22秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピコーん、ピコーん、ピコーん。


「良し! それしかないならその作戦を実行する。各自、あるだけの赤外線ゴーグルを付けろ。エレベータの通路に入ったら止まらないで一気に地下28階を目指すぞ!」


 主任は周りにいるメンバー達に作戦方針を伝える。


「ロケットランチヤーは地下20階を過ぎたら安全装置を解除。地下25階を通過したら地下28階周辺に何発かぶち込め。発射したら全員耳をふさいで口を開けるんだぞ爆風で鼓膜をやられるからな」


 主任の作戦を聞き終わったメンバー達は直ぐに降下の準備を始めた。


「良し! それでは作戦開始だ!」


「了解!」

 降下装備を着けたメンバー達は無言で降下を始めた。


 びゅー、

 びゅー、

 びゅー。


 メンバー達は降下ロープを伝わって順番に降りていく。そのたびに赤外線センサーが反応して対人レーザー光線が照射されていく。


 ピー、

 ピー、

 ピー、

 じゅっ!


 しかし既にレーザー光線の目標になったメンバーは数階下の場所を降下しているのだ。


 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

「最終破壊兵器の起動時間まで21秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピコーん、ピコーん、ピコーん。


「良し、地下20階通過ー!」

「安全装置を解除しましたー!!!」

 ――

「次、地下25階を通過しましたー!」

「ロケットランチャー発射しまーす!!!」


 ドシューん!!!


 社員達が降下している中、ロケットランチャーは、地下28階のエレベータの扉に向かって突っ込んでいく。


 ドカーン!!!

 ゴトン、

 ゴーーーーーーン、


 地下28階のエレベータ扉が音を立てて、地下30階の地の底に落ちていく。

 地下28階のエレベータフロアは、掃除のおばちゃんが階段フロアを明るくしてくれているので、そこから漏れて来る光でぼんやりと明るい。


「よーし、みんな!地下28階のエレベータフロアになだれ込め!」


 ウオー、

 ウオー、

 ウオー、


 ドサ、

 ドサ、

 ドサ、


 最初の一人がエレベータホールに着地すると人感センサーが働いてエレベータホール全体が煌々と明るくなったのだろう。エレベータ扉があった場所から漏れる光が強くなったように感じられる。後続の降下メンバーはその灯りを目指してどんどんと地下28階に着地していく。


 なんとか、主任も地下28階に無事に到着する事が出来た。


「よくやったぞ、みんな!!!次はいよいよ、生体認証キーだな!」

 主任はメンバー達に声をかける。


 しかし、これから解除ボタンを覆うカバーを開ける鍵を、鍵束から見つける作業が待っているのだ。


 後20秒しか残っていないが本当にこれで間に合うのか? 主任の脳裏には、エレベータ通路をクリアした安堵感よりも、これから起こるであろう大変な事柄しか浮かんでこなかった。


 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

「最終破壊兵器の起動時間まで20秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

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