第15話 富士のすそ野、秘密研究所

 ***

 最終破壊兵器なんて、誰が使うんだよ?

 ***


「しかし、結局あの最終破壊兵器って設置したんですかー?」

 研究所の色々な機械をメンテナンスする技官が副所長に訪ねた。


「うーん、結局予算通ったみたいなんだよね。なんかの審議の時にどさくさに紛れて通したらしいよ」


 ★ ★ ★


 ここは、最終破壊兵器を作り出して設置した『有る組織』の秘密研究所。富士山のすそ野の民間人が絶対に入って来られない場所の中に建てられている。(要するに、戦車や大型重火器を使った大演習を行う演習場の中にあるということ――)

 民間人が入って来られないという事はご飯を食べる場所も研究所内にしかないということを意味するのだ。


 技官と副所長は、研究所の中にある職員食堂でAランチを注文しながら最終破壊兵器に関する会話をしていた。


「だってあれは僕達でも理解不能なオーバーテクノロジーの産物ですよ。あんなもの良く設置する気になりましたね?」


「なんですか? もう冬物の話ですか?」

 食堂のおばちゃんが、Aランチを2つ並べながら会話に割り込んで来た。


「いやいや、違うよおばちゃん! オーバーはオーバーでも着るオーバーじゃないのさ」

 技官はAランチの食券を食堂のおばちゃんに渡しながら説明を始める。


「ほら、スピードオーバーとか言うだろう。要はある限度を超えている事を指しているんだよ。だから、オーバーテクノロジーって今のテクノロジーを越えちゃった物の事を言うんだ。僕たちにも原理すら分からない代物さ」


「あらまあ、失礼しました。おばちゃん、あたらしい冬物かと思っちゃったわ。最近のカタカナ文字は紛らわしいわよね――でも、そんな自分達が理解できないものなんて、どうやって作ったのかしらね?」


 おばちゃんは、Aランチセットのおかずをカウンターに乗せながら疑問を口にする。


「ハイ、ご飯大盛はどちらかしら?――」


「あ、大盛は僕です!」

 技官が手を挙げて元気に言った。


「デザートでアイスクリームを頼んだ方は?」

 アイスクリームを冷蔵庫から出して、2つあるAセットのトレイのどちらかに置こうとしているおばちゃんが彼らに声をかけた。


「あ、それは私だな。最近甘いものが無性に食べたいんだよ。そのおかげで少し体重が増えたけどね」

 副所長がゆっくりと言った。


 そこへ研究主任が現れて話に加わって来た。


「おばちゃん、僕はBランチね! ピーマン抜きで。それから、デザートはヘルシーヨーグルト! あ、ご飯は玄米ご飯にしてね」


 食堂の入り口に置いてある食券販売機でBランチの食券を購入した研究主任が大きな声で注文する。


「――おばちゃん、さっきの話の続きだけどネタを明かしますね。僕達も原理は分からないから設計図に従って作っただけなんですよ。原理は分からなくても設計図さえ残っていて必要な材料さえあれば真似をするのは簡単ですからね」


 研究主任はトレイ置き場から自分のトレイを取る。


「どういう理由かは分からないけど、昔の地層や昔の建物の中を調査していると時々訳の分からない設計図が出て来るんですよ。これは想像ですけど、はるか大昔に僕達よりも優れた文明があってその人達の技術は僕達の技術を遥かに凌駕していたんでしょうねえ。そしてその人達は何かの理由で滅んでしまって、結局は設計図だけが残ったという事じゃないかと思うんですよね」


 お箸をトレイ置き場の横にある棚から取り出し、自分のトレイに乗せる。


「まあ、設計図に出て来る機械の動作原理は分からないですが、設計図通りに造ったら、大体はどのような動作をする機械なのか想像できますからね。だから、実際に造ってみてその機械が想像通りなのかを確認するんです。そうやって作った機械は今の技術と同じぐらいの物もあれば、そもそもどうやって動作するのかもまったく分からない機械もあります」


 最後に、ベンディングマシンでコップにお茶を入れてから、『Bランチ』の札がぶら下がっているカウンターに向かう。


「今の会話で話題になった機械(最終破壊兵器)も、実は動作原理だけでなく、どうやって動作するのかも、わかっていないんです。ただし、その設計図と一緒に出て来た古文書によると、この機械を動かしたら世界が終わると書いてあるんです。実際に造ってはみたんですが使うと世界が滅びるような機械らしいので現時点では動作させないでくれと上の人間には伝えたはずなんですけどね――」

 研究主任は、食堂の入り口で購入したBセットのチケットをおばちゃんに差し出しながら説明した。


「えー。そんなのこそ宝の持ち腐れネコに小判じゃあないの! そんな、使ったら世界が滅びるような機械をどうして造って設置しちゃうの? まったく、男ってみんな馬鹿じゃないかしら?」

 おばちゃんは、Bランチを準備しながら研究主任に言った。


「あ! おばちゃん。ピーマンは抜いてね! 僕ピーマンが苦手なんだよ!」

 おばちゃんが用意しているBセットを見ながら、研究主任が叫んだ。


「あら、ごめんなさい。今ピーマン取るからね。ちょちょいな、っと。はい、Bランチ」


「ありがとう! おばちゃん。ちなみに今の話は家に帰ったら家族の人にも他言無用だからね。これがばれたら僕達全員クビだからね」

 Bランチの中身を見てピーマンがないかをチェックしている研究主任が言った。


「分かっているわよ! おばちゃん口は堅いんだから。それにそんな話を家でしても誰も信じてくれないわよ」


 研究主任はBランチを持って副所長と技官の席に向かって歩いていく。


「これだけおかずが入っていてしかもデザート付きで税込み500円はやはり良心的ですよね。さすが国家機関ですね――」


 研究主任はそう言いながら副所長の横に座る。


「僕が前にいた大学の食堂では一回の昼食が1,000円を越えるのはざらでしたからね。確かに生協食堂みたいな学生様御用達の食堂もありましたけど、そこのメニューはラーメンかカレーか学生向けスタミナセットですからね。毎日食べたら飽きちゃいますよ」


 おもむろにお茶を一杯ゴクリと飲んで口をうるおす。


「それに比べたら、ここのランチは毎日日替わりのA、B、Cのランチに、お好みに合わせたアラカルト、それに全部デザート付きですからね。毎日ここで朝、昼、晩と食べても飽きませんね」


 最初にみそ汁を飲む。それから副所長に話しかける。


「ああ、話が大分それちゃいましたけど、副所長例の機械を設置しちゃったのは本当なんですか? あんなに上にはきつく言ったのに」


「いやあ、君の書き方だとだれだって設置したくなっちゃうよ。だって『これは空前絶後の最終兵器だ』みたいに申請書に書くからだよ」

 副所長がAランチのハンバーグを食べながら言った。


「えー、普通は逆じゃないんですか、あんなに危機感を煽っておいたのに。あそこまで書いておけば、ビビッて採用しないと思ったんだけどなア。古文書の解読はほぼ100%終わったのですがやはり僕の予想した通りです。あれは日本全体を武器として使用する代物のようです。もしもあの兵器が起動したら、日本という国は地図上から消えてなくなります。そしてそれと同時に世界も終末を迎えます。それほどヤバイ代物ですよ」


 研究主任がBランチの野菜炒めを食べながら言った。当然ピーマンは入っていない。


「まあ、一応上の人間も馬鹿じゃあないからね。あの兵器の起動ボタンを『簡単には押せない場所』に設置してくれるとは信じているけどね」

 副所長はAランチのハンバーグ付け合わせのポテトを食べながら言った。


「でも、万が一っていう言葉がありますしねえ。間違って掃除のおばちゃんが掃除するつもりで起動ボタンを押したりしないですよね? 一応起動ボタンを押しても60秒以内に解除ボタンを押せば停止するようなシステムを、追加で組み込んでおきましたけどね――」

 研究主任はBランチの野菜炒めに入っている豚肉をほおばりながら言った。


「あー、おばちゃん! ピーマンが豚肉の裏に隠れてたよー!」

「あらあら、ごめんなさい。お皿に残しておいてくれればいいからね!」

「おばちゃん! 分かった。じゃあお皿に出して残しとくからね」

 研究主任はピーマンを口から出してお皿の上に置きながら言った。


「ところで、例の機械の起動ボタンは何処にセットする予定なんですか? 総理大臣官邸の地下対策室か何かですか?」

 研究主任は副所長に訪ねた。


「いやぁ! そんなマスコミが入ってこられそうなところはダメだよ。あの最終兵器自体が最高機密で防衛大臣レベルでも内容を知らされてないと思うよ。本当に知っているのは総理大臣と内閣官房長官ぐらいじゃないか? それだって細かい内容は知らされてないと思うけどな」


 Aランチのスープを飲みながら副所長が言った。


「えー! そんなー。だって兵器の内容も理解してない人間が起動ボタンの命令系統のトップにいるんですか?」


 みそ汁を飲むのを止めて、研究主任が質問する。


「国のトップなんてみんなそんなレベルじゃないのか? アメリカだって大統領がアメリカの全ての軍事機密を知ってる訳じゃないだろ?」


 副所長はさらりと答える。


「結局、機密事項っていうのは現場の人間だけが本質を理解してて上位に行くにつれて内容が薄くなっていくんだよ。だから核のボタンを大統領に預けないように軍の担当者が絶えず持ち歩いているじゃあないか」


 スープで汚れた口の周りを紙ティッシュで拭きながら驚くべき事を副所長が言った。


「え? あれって大統領がいつでも核のボタンを押せるようにブラックボックス(あ、今は核のフットボールと言うんでしたっけ。あの黒いブリーフケースですよね)を軍から派遣された担当武官が、大統領のそばで持ち歩いているんじゃないんですか?」


 驚いてみそ汁をこぼしそうになりながら研究主任が聞き返す。


「そんな事ないだろう?――あれは大統領が気まぐれに核のボタンを押せないように(まあ厳密にはボタンではなくて核を発射する命令書とその暗号化コードの一覧表らしいけどね)軍の担当者が核のフットボールを大統領から守っているんだよ」


 副所長はAランチに付いているグレープフルーツを食べながら答えた。


「マジすかー!」

 突然、副所長と研究主任の二人の会話を聞いていてAランチの付け合わせの人参を食べていた技官が叫んだ。


「しー、静かに食べて! ここは食堂なのよ!」

 厨房からおばちゃんが大きな声で注意した。


「えー、おばちゃんの声の方が大きいじゃないですか」

 そう言いながら技官は少ししょんぼりして小さな声で反論した。


「そんなのこの世界では常識だよ。政治の世界のトップ達には申し訳ないけど、安全保障上の重要なキーをそんな素人に渡したらそれこそ世界の終わりが簡単にくるぞ」


 副所長はグレープフルーツで汚れた口の周りをペーパタオルで拭く。


「今まで何回も世界が終りかけたけど、それを防止してきたのは大統領や共産党書記長じゃないよ。その下にいる国防総省やCIA、国防会議やKGBといった、軍を管理する部門や情報を収集する部隊の暗躍があったからだぞ」


 さらに、お手拭きでグレープフルーツで汚れた手を拭く。


「歴史の表舞台には決して出てこない人達の血の滲むような努力で大統領や共産党書記長が核のボタンを押そうとしたのを阻止してきたんだ。大統領や共産党書記長が感情にまかせて核のボタンを押そうとするたびに『あなたが今ここで核の発射ボタンを押したら、あなたの名前は人類の歴史の中に永遠に《悪魔》として残ります』と必死に説得してきたんだよ――」


 それからコップの水をゴクリと飲む。


「大統領や共産党書記長は、当然組織上は上の人間だから押すと言っている人間に『押すな』と言ったら軍法会議にかけられて反逆罪で死刑だ。だから絶対に『押すな』とは言わない。あなたが押すのは勝手だが貴方は未来永劫核戦争の引き金を引いた《極悪人》として名前が残るんですよ! と言って脅すんだ。当然、ただ脅すだけでは相手は言う事なんか聞かない。だから、それに見合う情報を提供するんだ」


 そして、また口の周りをペーパータオルで拭く。


「相手の国にも同じ数の核ミサイルがあります、だから今核ミサイルを発射するとお互いに国が滅びます、とか。もう少し待てば向こう側から譲歩案が来るとスパイから連絡が来ました、とか。そうやって時間をかけながら大統領や共産党書記長が落ち着くのを待つのさ」


 食べ終わった皿をトレイの上に重ねる。


「彼らだって人間だから気が変わる。潮目があるんだよ。その潮目が変わった時に事務次官級のエリート達が割り込んで核戦争を起こそうとした原因を取り除くのさ。今回の最終破壊兵器の起動ボタンもそれと同じだよ。国のトップの気分でボタンが押されないように総理大臣のそばには絶対設置しないのさ」


 テーブルの上に置いてある爪楊枝を一つつまんで歯の間に入った果物をそぎ落とす。


「今度オオテマチに組織の秘密基地が出来たらしい。そこの地下28階に管制センターという『緊急避難所』兼『最高指揮所』が設置されているそうだ。そこの中の鍵でロックされた強固なカバーの中に、起動ボタンが設置されると聞いているぞ。多分、私たちが生きている間にその起動ボタンを押す奴なんか現れないだろうよ」


 おやつで付いてきたバナナをほおばりながら、副所長がぼそりと付け足す。


「本当にそうですね。我々が作った兵器が動作するところなんて見たいないですからね。あ、多分最終破壊兵器が作動したら我々は動作するところを見る以前に消滅してますよ。ハハハ!」

 研究主任も副所長の意見に同意する。


「エ!? 今度オオテマチに出来たビルの話ですか? あそこの地下の設計僕がやったんですけど」

 Aランチのデザートであるチョコクリームを飲みながら技官が言った。


「なんか、地下に超極秘事項になる機械を設置するからものすごく厳しいセキュリティを設置してくれって頼まれたので――エレベータの通路には赤外線警報装置や対人レーザーまで設置しちゃいました」


 コップの底に溜まったチョコをストローですくい取ろうとする技官。


「地下28階にも色々とトラップをしかけてあります。生体認証キーを持っていない人間が無理やり管制センターに入ろうとすると色々な仕掛けが作動するんです」


 最後はあきらめて、チョコを指でこすげ取る技官。


「一応、生体認証キーを持っていない、又は、生体認証キーの確認装置が故障した場合でも、入室出来るようなバックアップは用意してありますけどね。まあ、あそこまでたどり着くのは至難の業だと思いますよ。僕が保証しますよ!」


「あ! おばちゃーん。御馳走様でしたー」

 技官は食べ終わったトレイを持って返却場所に向かって歩き始めた。


「食べ終わったら、ちゃんと返却台に戻してくださいね! セルフサービスなんですからねこの食堂は。洗い場も配膳もあたし達おばちゃんだけで回さなけりゃあいけないなんて、まったく人使いが荒いんだから。オーバージャケットだか、オーバーテクノリジーだか、よくわかんない物を造るお金があったら、もう少し食堂の人を増やして欲しいわよね。まったく!」


 厨房からおばちゃんの怒った声が聞こえて来たので、研究主任も副所長も自分達のトレイを返却台にそっと戻して食堂を後にした。

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