第16話 後23秒(その3、メンテナンス用通路チーム編)

 ***

 メンテナンス用通路チームは、何処に行く?

 ***


「それではメンテナンス用通路がある場所に移動するぞ。多分鍵がかかっているからハンドガンで鍵を壊すぞ!」


 係長がそう言うと横からチームメンバーの一人がビックリして突っ込んで来た。


「係長! そんな事したら警備室に通報がいっちゃいますよ!」

「馬鹿野郎! 今はそんな事言ってる場合じゃない。今の優先順位を考えたら、逆に警備システムを切って欲しいぐらいだ。無線機はザーザーとノイズが入ってしまい他のチームと連絡取れないし――」


 係長は無線機に耳を当てながら音声が聞こえそうな周波数を探して懸命になっている。


「只でさえ時間が惜しいんだ。警備システムなんか知ったこっちゃ無い!」


 そして、一番近くにいるメンバーに声をかける。


「おい、そこの君。ハンドガンでそこのトビラを破壊してくれ。責任は全部私が取るから。私の始末書で世界が終わるのが防げるなら全然安いもんだよ」


「了解しました。じゃあ係長命令という事で」

 声をかけられたメンバーは責任を取らなくて良いと言われて嬉しそうにハンドガンを使用して扉を破壊しにかかる。


 ファイアー!

 ボム

 ボム


 ガシャーン。


 ハンドガン二発の連射を受けて、メンテナンス用通路の部屋に通じる頑丈そうなトビラは、流石に耐えきれず吹き飛んだ。


 ヴィーン!

 ヴィーン!

 ヴィーン!


 中に入ると、そこは意外に広い空間だった。予想していた通り警備システムによる警報が部屋中の鳴り響き始めた。

 予想外だったのは、メンテナンス用通路の部屋の中で警告ランプが一斉に点滅を始めた事だ。


 当然人感センサーが働いて部屋の中は直ぐに明るくなった。しかし、そもそもその前から警告ランプが部屋中を照らして警報を鳴らしていたのだ。人感センサーによる明かりが燈らなくても、既に十分な明るさを確保出来ていた。


「これは、もしかしたらラッキーかな?」


 係長は大急ぎでメンテナンス通路用の貫通穴の場所を探し始めた。地下に通じるメンテナンス通路用の貫通穴はメンテナンス部屋の突き当たりにありそうだった。係長は突き当たりまで行って落下防止柵から下を覗き込んでみた。

 係長の推測通り地下最下層まで全てのフロアの警告ランプが激しく点灯していた。


「良し! このままなら暗視ゴーグルなんか付けなくても地下28階まで余裕で行けるな!」

「係長ー、電話ですよー!」

 部屋の入り口辺りから館内電話を持って叫んでるメンバーがいた。


「なんだよ! この忙しいのに!」

 と言いながらも、係長は少し余裕を持って答えた。


「警備センターから電話でーす、どうしますか? 緊急事態だから警報を止めてもらいますかー?」

「イヤ、このまま警報を切らないで放っておいてくれと伝えてくれ。警告ランプが点滅してくれるのでメンテナンス用通路の貫通穴が丸見えなんだ!」


「了解しましたー。警報鳴りっぱなしで汁マシマシですねー伝えておきまーす。なんか、エレベーター通路では警報どころか警報機の電源を落としてくれって言われたそうで警備室は大混乱してますけどー」


「なんだそれ? 何処かのラーメン屋じゃ無いんだから混乱する事は言わんで良い!」


 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

「最終破壊兵器の起動時間まで23秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピコーん、ピコーん、ピコーん。


「――そうか、エレベーターチームは警報よりも警報機そのものがネックなんだな。何かヤバイトラップにはまっているのかもな? こちらも気を引き締め無いとダメだな」


 係長はメンバーが伝えて来たエレベータ―チームの動向が気になった。


「おーい、誰か赤外線ゴーグルを持って来い。赤外線センサーの有無を確認するぞ!」

「えー、こんなに明るかったら赤外線ゴーグルなんかなくても降りられますよ」

 ゴーグルを持ってきたメンバーが警報で明るくなっている部屋の周りを見わたしながら言った。


 しかし係長は彼からゴーグルを奪って下を覗いてみた。


「ヤッパリ! 今日の私は冴えてるな。ほらお前も覗いてみろ!」


 ゴーグルを持ってきた人間にゴーグルを手渡すとそのメンバーも貫通穴を覗き込んで叫び声を上げた。


「なんすかこれ? 赤外線センサーだらけじゃ無いっすか! 尋常じゃない数のセンサーが張り巡らされている。よほど地下に行かせたく無いんでしょうね」

「うん、警備センターとは話しが付いているから警報自体は気にしなくて良いのだが――エレベーターチームが警報機の電源を切って欲しいと言っていたのが気になる。何かヤバイ仕掛けがあるんじゃないか? 例えば対人レーザーとかな――」


「係長ー、それはないでしょう? だってメンテナンス用通路の貫通穴ですよ。電力ラインや通信ライン、それに水道やガスのライフラインが全て通ってるんです。そんな所で対人レーザーなんか使っちゃあダメっスよ。ライフライン切れまくっちゃいますよ。ガス管に穴が開いたら大爆発で俺たちお陀仏だし――」

「確かにお前のいう通りだ。本来ならこのエリアは火気厳禁、銃器使用不可な場所だからなあ。そんな場所に高出力な対人レーザーとか設置したら危険極まり無いからな。流石にそれはないか――」


「――取り敢えず降下用のロープを垂らして赤外線センサーを遮ってみようか」

「係長、了解です! ロープを垂らしまーす!」


 ぴっ

 ぴっ

 ぴっ


 ビッシューーー!

 カーーン!


「うわぁー! ボウガンの矢が飛んできたー!」

 ロープを垂らして様子を見ていたメンバーは驚いて後ずさる。


「凄い! このトラップには悪意を感じますよ。ケーブル類は傷付けないで貫通穴を無理矢理通ろうとする人間だけを傷付けるトラップですよこれって!」


 係長の横で降下準備をしていたメンバーが妙に感心したようにうめく。


「まさかと思いますが毒矢だったりはしないですよね? でも、睡眠薬は塗ってある気がするなあ。あ! でも地下深くまで通じている貫通穴で眠らされるという事は――そのまま地下最下層まで落下する可能性がある訳だし。どっちにしても助からない設計思想なんだ!」


 関心しているメンバーはさらに恐ろしい事を言う。


「この地下通路を設計した奴余程ヤバイ奴ですよ。何かのスパイ映画やアニメ関係のオタクですよ絶対に! 係長ーどうしましょうかー?」


 ロープを戻しながらビビるメンバー。


「うるさい! ここでびびってどうする。もう俺たちは前に進むしか無いんだ!」


 係長は驚いていビビっているメンバー達に活を入れる。


「ここを設計した人間が悪魔のような奴なら、貫通穴を通る人間を毒矢で簡単に殺したりしないだろう。もっと苦しむ方法を使って二度とこの地下フロアに近づきたく無い様な苦痛を与えるはずだ。多分矢じりに塗ってあるのは遅効性の睡眠薬かしびれ薬の類だ。何発か矢を受けても大丈夫だと思わせておいて油断を誘ってから最後に突き落とす」


 このトラップを抜けるための方法をみんなで考える。


「この地下を設計した奴の思考をプロファイリングするんだ!」


「うへぇー、係長ー。俺、そんなオタクじゃあ無いっすよー」


 ロープを戻し終わったメンバーは完全にビビっている。


「そうですね――最後に突き落とす作戦ならもう一押ししますかねえ。例えば、ボウガンの矢はトラップではなくて本当のトラップを隠すためのダミーとかですかね。みんなはボウガンの矢じりに注意が向いていますが、実はその裏で密かに真のトラップが発動しているとか?」


 ボウガントラップに関心していたメンバーが腕を組みながら真剣に考えている。


「なんだそれは? もったいぶらないで早くそれを言え!」


 係長はイライラしながらオタクっぽいメンバーに問いただした。


「それは――ガスですよ。係長」

 オタクっぽいメンバーはニヤリとしながら話し続ける。


「もしも俺がこの地下を自由に設計して良いのならダブルトラップとしてボウガンと遅効性の睡眠ガスを組み合わせますね。赤外線センサーを遮断したらボウガンを発射するなんて物凄く目立つ行為じゃあ無いですか。レーザーなら逃げ切れないけどボウガンなら発射タイミングさえ判れば避けられますからね。だから、目立つボウガンを本当のトラップの目くらましとして使用するんです」


 オタクメンバーは、自分のアイデアの素晴らしさに陶酔しているようで、口から泡を飛ばしながら段々早口になる。


「このぐらいなら避けられると安心させといて、避けている間に遅効性のガスがそいつの体の自由を奪うんです。そして、最後は貫通穴の最深部に落下して――終わりです。どうですか係長。俺のプロファイリングは?」


 オタクメンバーはドヤ顔を係長に向ける。


 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

「最終破壊兵器の起動時間まで22秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピコーん、ピコーん、ピコーん。


「うーん。それはプロファイリングではなくてお前の趣味じゃ無いのか? でも確かにお前の考えも一理あるな。レーザーならまだしもボウガンなんて見え見えだからな。しかし坑道でガスセンサーとして使うカナリアは今回連れて来てないしなあ? ウーン、どうするか――そういえば、そもそもガスマスクとかは装備品に入っているのか?」


 ガサガサ、

 ガサガサ、


「あ! 有りました。ガスマスクと抗睡眠剤のアンプルです!」


 装備品の中を調べていたメンバーが、大声で叫びながらガスマスクとアンプルの入った箱を高々と掲げる。


「何、それは本当か?」


 係長は考えた。オタクメンバーの案は正直乗り気では無かった。しかし冗談かと思ったが装備品にガスマスクと抗睡眠剤があるという事は、その装備品を使う必要が生じるトラップが地下の何処かに用意されているという事だ!


「よし、じゃあオタクメンバーの案で行くぞ。抗睡眠剤を打ったらガスマスクを着用して、全員一気に降下するぞ」

 係長はチームメンバー全員に声をかける。


「それでは、アンプルを打つぞ。みんな、そこに並んで腕を出せ」


 ヘーイ!


 プシュ

 プシュ


「イテッ!」

「我慢しろよーーー」

「俺注射だめなんだ!」


 プシュ

 プシュ

 プシュ


「よーし、それではガスマスクを付けたら降下するぞ!」


 係長はメンバー達に声をかける。


「あ! それと、最初に地下28階に降り立つメンバーは貫通穴からすぐにメンテナンス用フロアに逃げるんだ。そうすればボウガンの矢から逃れられる。そこまで逃げたら後続の俺たちを援護してくれ。簡単な事だ。貫通穴の28階周辺に設置されているボウガン発射装置だけでいいから全てハンドガンで壊してくれれば良い」


 係長は、メンテナンス通路用の貫通穴に設置されているパイプ類の中でひと際目立つ蛍光色で塗られたガスパイプを指で刺しながら、一番最初に降下するメンバーに具体的な指示を出す。


「ただしガスパイプには当たらない様に注意してくれよ! ガスパイプに当たったら、その時点で俺たちの作戦は終了だからな。まあ、電力ラインや通信ラインのパイプはぶっ壊しても大丈夫だろう。どうせ二重、三重で守られているはずだからな。ガスパイプ以外ならドンドン壊していいからな。援護射撃頼んだぞ!」


 全ての指示を伝え終わったので、係長は降下を始める様に声をかける。


「よーし、マスク着用! 降下開始ー!」


 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

「最終破壊兵器の起動時間まで21秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピコーん、ピコーん、ピコーん。


「急げ! 降下するぞ!」


 ビューン

 ビッシューーー!

 カーン!


 ビューン

 ビッシューーー!

 カーン!


 メンバーが降下して行く音の後で、一瞬の間を置いてボウガンの矢が発射される音、さらにその後に、矢が反対側の壁に当たって落ちて行く音が、パイプ貫通穴の中に響き渡っていった。


「地下6階通過ーーー!」


 ビューン

 ビッシューーー!

 カーン!


 ビューン

 ビッシューーー!

 カーン!


「地下9階通過ーーー!」


 ビューン

 ビッシューーー!

 カーン!


 ビューン

 ビッシューーー!

 カーン!


「地下12階通過ぁーー!」


 ……


「地下25階通過ぁぁーーー!」


 ビューン

 ビッシューーー!

 カーン!


 ビューン

 ビッシューーー!

 カーン!


「地下28階、到着しましたぁぁぁ!」

 一番最初に地下28階に到着したメンバーは、貫通穴からメンテナンスフロアに移動しながら、ガスマスクを脱ぎ捨てて大声で叫んだ!


「よーし! それでは、そこからボウガンの発射台を破壊してくれ!」

 係長はしんがりを降下しながら、地下28階に到着したメンバーにガスマスク超しに大声で叫んだ。


「了解でーす!」


 ファイアー

 ボム

 ボム

 ボム

 ボム


 ドカーン!

 ドカーン!

 ドカーン!

 ドカーン!


 地下28階周辺のボウガン発射装置は根こそぎ破壊されて後続の降下メンバーにはもう矢が飛んで来なくなった。最初のメンバーが、地下28階のメンテナンス用通路のフロアに到着した事で、地下28階のメンテナンスフロアには灯りが燈って降下場所がさらに明るくなった。

 残りのメンバーは降下スピードを更に上げて地下28階に向かって降下を続ける。


「よーし! 全員地下28階に着いたな。それでは地下28階のフロアに出るために、目の前の扉を破壊しろ!」


「了解でーす、係長ー!」


 ファイアー!!!


 ボム

 ボム


 ガシャーン!


 分厚い扉が吹き飛んで、地下28階のメインフロアが係長たちを迎え入れた。扉の向こうでは、掃除のおばちゃんが灯りを消さないようにウロウロと動いているのが見えた。


 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

「最終破壊兵器の起動時間まで20秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

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