第17話 後20秒

 いよいよ佳境ですが、オタクなトラップ炸裂か?

 ***


 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

「最終破壊兵器の起動時間まで20秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピコーん、ピコーん、ピコーん。


「どうやら、それぞれのルートで何とか降下出来たみたいですね!」

 係長は各チームのメンバー達を見渡して呟いた。


「イエ……残念ですが課長の容態が芳しくありません。かろうじて薬で生かしていますが、『生体認証キーとして使えるか』は定かではありません」

 階段の吹き抜けを降りて来たリーダーが残念そうに報告して来た。


「ここに降りてくる途中で『認証キーとして使えればいい』と言ってたけど、冗談では無くなってしまったなあ。しかし、課長以外、私と主任がここまで来られたから認証キー担当者の責任はまっとう出来たかな……」

 係長は、リーダと主任に向かって少し安堵した顔で話す。


「でも、まだ気は抜けないぞ! 解除ボタンのカバーの鍵が分からないからな」

 正副の鍵束を見ながら、顔色に影が入る。


「それに、エレベーターチームとパイプチームには、恐ろしいトラップが仕掛けられていたから、この先何があるか分からない。いままでの経験からすると地下のセキュリティーを設計した奴のオタク具合は半端ないからな」

 破壊されたエレベータの扉やメンテナンス部屋の扉を見渡しながら、主任やリーダーに注意を促す。


「多分この地下28階のフロアにも何らかのトラップがあると思って良いだろう。先ずは現状把握だ! 先行して降りてくれていた暗視ゴーグル君、ここに、きたまえ」


 係長は、階段の吹き抜けを一番最初に通り抜けて、28階にいた掃除のおばちゃんと真っ先に会話したメンバーに声をかける。


「は! 係長」


 呼ばれた若いメンバーは、両腕を腰の高さに挙げて、おばちゃんの所から係長の場所まで全力で走って来る。


 そして、ゴーグル君はメモを見ながら報告を始めた。


「掃除のおばちゃんによりますと、28階は管制センター以外の設備としては、我々が降りて来た、階段、エレベーター、パイプの通っているメンテナンス室、更に、男女別のトイレ、給湯室、仮眠室、マンガや雑誌やライトノベルが30種類以上ある図書室、100インチの液晶テレビ付き娯楽室、同じく50インチの液晶モニター付きカラオケルーム、フィットネス室、マッサージ室、シャワー室、ジャグジー付きサウナ室、それから……」


「分かった! もういい!」


 係長は、ゴーグルを頭にかけたまま、掃除のおばちゃんから聞き出した情報メモを一生懸命読んでいるメンバーに向かって手を挙げながら、報告を停止させた。


 報告を途中まで聞いて、係長は混乱する。


「なんなんだ、このフロアは? 何でそんなにリフレッシュの部屋が多いんだ? 長期間の籠城を考えてなのか? しかし、それだけの部屋を掃除のおばちゃんが掃除しているのか?」


 しかし、直ぐに話を切り替えて本当に必要な事を聞く。


「いやいや、そんな事は今は大事じゃない。管制センターに入る入り口はどこにあって、そこに至るまでの通路はクリアなのか?」


「は!係長!入り口までご案内致します」


 係長を筆頭に、メンバー達は管制センターの入り口まで小走りで移動した。


 予想通り、其処には異様な雰囲気の長い通路が待ち構えていた。

 その長い通路の突き当りに、『管制センター』と書かれたプレートが貼られた金属製の頑丈そうな入り口が見える。


 係長が、掃除のおばちゃんに聞いた。

「おばちゃん、この通路も掃除してるのですか?」


「いや、この通路は危ないから掃除しなくていいと言われてるの。時々設備のメンテナンスの人が、メンテナンスがてら掃除してますよ。あーあー、あそこに拭き残しがあるわ、こんどメンテナンスの人が来たら言っておかなくちゃ」


 おばちゃんが指さした先は、確かに汚いまんまだった。


「おばちゃん、まさかと思うけど、この奥の管制センターの掃除もおばちゃんの仕事?」


「ああ、そうだよ。この28階はすごく広いのに、あたし達数人の掃除担当者に、全てさせてるんだからたまらないわよね。係長さんからも、もう少し人を増やすように、上司の人に掛け合って下さいな」


「おばちゃん、この通路は掃除しないのに、どうやって奥の管制センターを掃除するの?」


「それは、この通路をメンテナンスする日に合わせて、奥にいれてもらうの。この通路、なんか色々と仕掛けがあって、メンテナンスするのに数日かかるのよ」


 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

「最終破壊兵器の起動時間まで19秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピコーん、ピコーん、ピコーん。


「おばちゃんは、もしかしてここの仕掛け聞いてる?」

 係長の巧みな会話が始まった。


「でた、おばちゃん殺し!」

 裏で、主任が独り言を言った。


「そうねえ、全ては知らないけど、メンテナンスのお兄ちゃん達が話してるの聞いてたから教えてあげようかしら。本当は、誰にも話してはいけないらしいんだけど、アンタ達もここの会社の人間なんでしょう?だから、話しても大丈夫よね?」


「はい、もちろん大丈夫です。私が保証します」

 係長は胸を叩いて、堂々とおばちゃんの質問に同意する。


「係長、うまいなあ。本当は何の権限もないのにな」

 裏で、主任が独り言を言った。


 係長の堂々とした態度を見て、掃除のおばちゃんは安心したようだ。ゆっくりと知っている事を話始めた。


「通路に入って5秒経つと、こちら側の扉が閉まるの。扉が閉まってから5秒経つと、100個以上ある『レーザー? なんとか』が、四方八方からランダムに放射されるんですって。回りの壁は全て『レーザー? なんとか』を反射する強化ミラーだそうよ。ただし、管制センター側の扉が開いている時は、全てのレーザー?は止まっているそうよ」


 通路側のこちら側にある扉と管制センター側の扉を指で交互に指しながら話しを続ける。


「あと、逆に管制センターの扉を閉めてから、5秒経つと手前の扉が開くのだそうよ。ようするに、通路のこちら側と通路の奥側の扉が同時に開かないという事よね?それって。うまくできてるわよねー。やっぱり頭のいい人が考えたのかしら?」


 掃除のおばちゃんは、頭を傾げながら感心しているようだ。


「うへー、また悪魔的なセキュリティーですねえ。これって、絶対何処かのSF映画のパクリですよね。頭がいいというより、完全にオタクですよ」

 と、オタクなメンバーが呟いていた。


「そうか、要するに10秒以内に管制センター側の扉を開けて、中に入れればいいんだな」


 係長は、主任とリーダーに説明しながら頭の中でイメージを組み立てる。


「しかし、手のひらの生体認証のスキャンが失敗したらアウトだから、スキャンに1秒程度はかかるとして、2秒で奥まで行ってスキャンして、1秒がスキャン時間、もしも認証失敗したら、2秒でここまで戻って来れないと、中に閉じ込められて、5秒間の沈黙ののちに、100個のレーザーの餌食になるという事だな」


 しかし、なんとなく納得のいかない顔をする。


「最後の遺言は、5秒間あるから考えろという事か?それとも、その5秒間に意味があるのか?」


 係長は、メンバー達の一番後ろでリノリウムの床に直接寝かせられて横になったまま点滴に繋がれている課長をちらりと見ながら、主任やリーダーに話かける。


「しかし、そうなると瀕死の課長は認証キーとしては使えないなあ、課長を背負って奥の管制センター入り口まで行って、もしも認証に失敗したら、課長を背負って戻って来るなんて、無理だものなア」


「係長、いっその事ハンドガンで、この通路事吹き飛ばしますか?」

 リーダーがハンドガンをちらつかせながら、大胆な発言をする。


「イヤ、この通路自体が結構奥行きがあるから、へたをすると通路を塞いでしまう。そしたら、通路を掘っている時間なんかないんだ」

 係長は顎に手を当てて、立ったまま貧乏ゆすりをしながら考える。


「よし、俺が一度試しに行ってくるから。もしもダメだったら、主任後を頼む!」

 そういうと、係長は一回深呼吸をして通路の奥に向かって走り出した。


 係長は通路の奥に到着し、直ぐに管制センター入り口横にある認証装置に手を置く。生体認証の開始だ。


「……右手を検出器にかざしてください。スキャンを開始します……」

 無機質な女性の声が聞こえると同時に、手のひらを置いた認証装置のガラスの奥が光りだす。


 ―――


 ピ! ブーーー!

「認証に、失敗しました……」


「え! やべえ!」

 係長は、大急ぎで通路をダッシュして戻って来た。


 ―――


 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

「最終破壊兵器の起動時間まで18秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピコーん、ピコーん、ピコーん。


「ぜえー、ぜー、ぜえー、ぜー。なんだ?なんなんだ? なんで認証されないんだ? 急いでたから、手のひらを正しく乗せてなかったのか?」

 息を切らせながら、自分の手のひらを見て、自問自答する。


「しかし、認証失敗したらヤバいから、戻れる時間を残しておくぞ普通は。この通路を作った奴は、そういう人間的な心理部分を計算に入れないで設計したんじゃないだろうなア? これ、明らかに時間設定のミスだろう。これを設計したやつ、オタクというより馬鹿じゃないか?」

 通路を設計した人間を激しくこき下ろす。


「それとも、おれの手だと認証されないのかなあ? 主任もチャレンジしてくるか?」

 係長は、主任に助けを求める。


「係長、それよりも、もっとヤバいですよ。奥の生体認証のパネルを見てください」

 奥の生体認証パネルを見ていた主任が驚いて言った。


 パネルには、こう表示されていた。


『***認証に失敗しました。次回の再認証スキャン開始は5秒後です***』


「何だって? 最初のスキャンに失敗したら、次の再スキャンまで5秒も待たされるのか。これか、扉が閉まってから5秒間レーザーが発射されない理由は。もう一度、死ぬ前に再スキャンの猶予を与えるという事か……」


 主任の指摘で奥のパネルの文字を見ながら、係長も驚く。


「しかし、再スキャンを試みるまで5秒もかかったら、スキャンによる認証が間に合わなければ認証されて扉が開く前に、通路がレーザーだらけになるぞ。レーザーで穴だらけの認証者が管制センターに転がり込むのか?」


 係長は怒ったように、メンバー達に呟く。


「本当にバカヤローなトラップだな。おれも前言撤回だ、このセキュリティーを設計したやつは、単純な時間計算も出来ないバカヤローだな」

 と係長が言うと。


「きっと、設計した本人は、すごい設計をしたと信じ込むタイプですね、オタクにはよくありがちなタイプです」

 オタクなメンバーが同意した。


「しかし、ここで、手をこまねいている訳にはいかない。私達は、どんな方法でも良いから管制センターに行く必要があるんだ……こうなったら、もう正攻法は止めだ! とりあえず、ハンドガンで、手前の扉だけ吹き飛ばせ」

 係長は、半ば諦めたように、後ろにいるメンバーにハンドガンの発射を命令する。


「了解です。係長」

 後ろでハンドガンを持っていたメンバーがなんの躊躇ちゅうちょもせずにハンドガンを使う。


 ファイア~!


 ボム!

 ボム!


 ドッカーン、

 ガシャン。


 管制センターに通じる通路の手前の扉だけが吹き飛んだ。

「よーし、みんな乗り込むぞ。皆は、レーザーの発射口だけをハンドガンで破壊してくれ」


 多分、通路のこちら側の扉が閉まってから5秒後にレーザー発射だから、そもそもトビラを壊してしまえば、閉まるも何もない。だから、レーザーなんか出ないと思うけど『念には念をいれろ』だ。ここの設計者は、なんせバカヤローだからな。


 管制センターの奥の扉は、見るからに頑丈そうだ。

 しかし、生体認証の再スキャンの5秒間が惜しいので係長は言った。


「もう、ここまで来たら一緒だ。君たち、このトビラもハンドガンで破壊してくれ」

 係長は、横にいる隊員に軽いノリでハンドガンの使用許可を出す。


「了解でーーーす!係長!」

 だんだん、メンバーもノリが良くなってきた。


 ファイアー!


 ボム!

 ボム!


 ボム!

 ボム!


 ドーン、ドスン。


 流石に管制センターのトビラは今までの物と違って頑丈だった。2、3発ではびくともしなかったが、4発目には陥落した。


 遂に、管制センターの内部がメンバー達の前に現れた。


 広く立派な部屋の中央には、高級そうな椅子が整然と並んでる。きっと、司令官や総理大臣が座るのだろう。両側の壁には連絡担当者が使う通信装置と椅子が並んでいる。

 そして、この地下28階のフロアの一番奥一面が全面ガラス張りになっている。そのガラス窓から下を見渡すと、そこは3フロアをぶち抜いた劇場のような巨大な空間になっていた。巨大な空間の壁には、壁一面に巨大な日本地図を表す情報パネルが設置されていた。そして巨大な日本地図の横には、色々な情報を表示するための超大型パネルが整然と設置されているのが見える。


 この巨大空間は、地下28階部分から劇場の客席の様に階段状に下がっていて、地下29階に当たる部分には当直仕官が座る机や、司令官クラス専用のコンソールが沢山並べられていた。地下30階に当たる部分には、実際の担当者が座る椅子や、コンソールが山の様に並んでいた。この部屋が本当に機能する時には、多分数百人規模の人間が必要になるのだろう。そうか、だからあれだけ娯楽施設が充実しているんだな。でも、これだけの規模で、食堂が無いのは良いのか?


 係長が、ふと疑問をつぶやくと、横にいる掃除のおばちゃんがそれに答える様に言った。


「大丈夫よ、地下27階は全フロアが食堂だから。総理大臣レベルの人と、司令官クラスの人と、担当者レベルの人達が3か所に分かれても、同時に100人単位で食事が出来るそうよ。あれ、この話はしてなかったかしら。この話を漏らしても、大丈夫よね。係長さん」

 おばちゃんは、少し話過ぎたかしら? という感じで係長を見る。


「はい、大丈夫です。私が保証します」


「さすが、係長! よ! おばちゃん殺し!」

 と、主任がまた一人で突っ込んでいた。


 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

「最終破壊兵器の起動時間まで18秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピコーん、ピコーん、ピコーん。


 しかし、この巨大なフロアの中から停止ボタンを探して、鍵を開けて、ボタンを押すのか……間に会うのか? 一瞬係長は、恐ろしいプレッシャーに倒れそうになった。


「工事担当者のにいちゃんー!」

 係長が大きな声を上げて、ここにボタンを付けた工事の人を呼び出した。

 この時のために、降下チームに無理やり参加させて、付いて来てもらっていたのだ。


「工事のにいちゃんとおじさん、停止ボタンて、このフロアの何処にあるんですか?」

 係長は、訪ねた。


 工事のにいちゃんは、言った。

「えーと……確か一番下の一番右端のコンソールだったはずです」


 工事のおじちゃんは、言った。

「えー、確か一番下の一番左端のコンソール、だったかな?」


 係長は、二人の言っている事が理解できずに一瞬混乱した。

 しかし、直ぐに気が付いて確認した。


「もしかして、そのスイッチって、2つのスイッチを同時に押さないとダメなタイプですね。あの、映画に良く出て来る、核ミサイルを発射する時に、担当仕官二人が声をかけて同時に押すタイプ。一人だけでは絶対に発射出来ないように、ものすごく離れた場所に設置するタイプですよね……」


「お、係長さん、冴えてるね? なんでわかったの?」

 工事のおじさんが関心して言った。


「それは、そうですよ。停止ボタンと発射ボタンの付けるのを間違えたんですものね。我々は、停止ボタンを探すのではなくて、核ミサイルの発射ボタンを探すつもりで良かったんだ!」


 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

「最終破壊兵器の起動時間まで17秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

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