第19話 警備センターは大騒ぎ

 停止ボタンを押すために、警備システムを無視しして進むメンバー達。

 でも、そのおかげで、警備センターの警報は鳴りっぱなし。

 ***


 この建物の地下1階にある警備センターにはこのビルの全ての警報が集まって来る。

 しかし唯一の例外が今回の警報だった――


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで60秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


 今まで聞いたこともない警報がいきなり聞こえて来たので警備センター内は一瞬ざわめいたがセンター長の一言で直ぐに冷静さを取り戻した。

「大丈夫だ! 落ち着け。これは演習だ!」


 しかし、その次の一言でざわめきは更にひどくなった。

「――と思う」


「エー?」

「何それ?」

 ザワ、ザワ。

 ザワ、ザワ!


「センター長これは演習では有りませんよ! 15階から1階まで直通の社員専用エレベーターが非常モードに切り替わってます!」

 建物内の制御系を監視する担当者がうめいた。


「更に14階のエレベーターホールではパニックが発生してます」

 エレベーターホールの監視カメラを見ていた担当者も、ついでに叫んだ。


 センター長は直ぐに20階の役員室直通電話を取った。しかし、既に役員達は混乱して逃げる役員と残る役員で言い争いをしていたのだ。センター長の直通電話には誰も出なかった。


 ツー、

 ツー、

 ツー


 だ、駄目だ。役員と連絡が取れない――


「センター長早く指示をお願いします!」

 警備センターにいる人間は支持を仰ぐために全員センター長の方を見た。


「ま、ま、待てっ! 役員と連絡が取れないから勝手な判断をしてはいかん。ここは地下1階だから何が起こっても大丈夫だ。取り敢えずは現状維持で待機だ――」


 センター長にそう言われると警備センターの人間は勝手に避難する事も出来ない。


「取り敢えず全てのフロアーの監視カメラを見ろ! 火事の有無を確認するんだ」

 センター長の意味不明な指令がセンター内をこだました。


「センター長、火災の有無は監視カメラを見なくても火災報知器で検出できますよ! そんなことのために、いちいちカメラでチェックするのは時間の無駄じゃ無いですか?」

 監視カメラを操作する担当者が不満げに言った。


「うるさい! とにかく全フロアのカメラで人の動きをチェックするんだ!」

 センター長は担当者達の不満を押さえつけるように大声で叫ぶ。


「しかし、今流れている警報でフロアーの全ての人間が一斉に避難しようとしてるだけですよ? その映像を見てどうするんですか?」

 監視カメラを操作する担当者はセンター長の恫喝にひるまずに意見する。


「それより、1階の警備室から問い合わせが入ってます。各フロアにテナントとして入っている各会社の防災担当者から、今流れている意味不明な警報について問い合わせが殺到しているそうです! どう答えていいのか回答を教えて欲しいそうです。センター長!」


 警備センターは防災センターも兼務しているため、災害時には1階の警備室経由でビルの各フロアに入っているテナント会社の防災担当者とのやりとりをする事になっている。

 しかし警備センターも警報の内容が分からないため、問い合わせにも答える事が出来ない。その連絡担当者がイライラしながらセンター長に迫った。


 センター長は連絡担当者の詰問を無視して叫んだ。


「うるさい! 私にも分からない物は答えようが無い。最上階の役員に直接聞いてくれ!」


「しかし警備室には役員室への直通電話なんかありませんよ? 警備センターが対応する責任があるんじゃないですか?」


「うるさい! うるさい! 役員室の直通電話に誰も出ないんだ!」


「センター長! 繋がらないはずですよ――役員室には誰もいません」

 監視カメラの担当者が20階の役員フロアの映像を見ながらひどく冷静に答えた。


「屋上から役員専用のヘリコプターが飛び立ちましたー!」

 屋上のお天気カメラを操作している気象観測担当者がそれに続けて叫んだ。


「ヘリコプターの動きが変です。このままでは墜落します。ヘリコプターのパイロットとも無線で連絡出来ません」

 ヘリコプターを安全に離着陸させるために、屋上に設置されている航空監視レーダーと無線機を使ってヘリコプターのパイロットに支持を出す役割の航空管制官が、不思議そうに報告して来た。


「あー、駄目だ! ヘリコプター失速しましたー。今レーダーから機影が消えました。それと同時にヘリコプターから絶えず発信されている航空認識コードも受信出来なくなりました。これは十中八九ヘリコプターが墜落した事を意味しています」

 航空管制官が続けざまに叫んだ。


「役員は全員ヘリコプターに乗ってるんですよね? 役員全員死亡したと思った方が良いですよ、センター長」

 センター長の横に座っている副長がボソリと言った。


「ここからは、センター長が自らの判断で全ての事柄に対処するんです! 誰も助けてくれません。自分で判断して自分で責任を取るんです」

 副長がセンター長をさとすように喋り続けた。


「そんなのは駄目だ! 後半年間何も無ければ定年退職して十分な年金をもらって何不自由ない生活を送る予定だったんだ。センター長なんて名誉職みたいなもんで一日中何もしないでハンコだけ押していれば良いと思ってたんだ! 今、ここで全ての責任を押し付けるのはやめてくれ」

 センター長はイヤイヤをしながら声を細めて独り言のように言った。


「イヤ、センター長にそう言われましても――兎に角現時点では貴方がここの責任者なのだから今から独自に行う事の責任ぐらいは取ってくださいよ」

 副長はセンター長を突き放すように言った。


「分かった! それでは今からこの警備センターは機能を停止する。どんな事が起こっても何もしない。分かったな? もしも、今以降独自に何かをしたらそれは自己責任であり、センター長である私の責任ではない! 皆んな分かったか!」


 センター長は半ばやけくそ気味に部下たちに言い放つ。


「でもセンター長。何もしない事に対する責任はどうするんですか?」

 副長が突っ込んできた。


「構わん! 何かした責任より何もしない責任の方が軽いんだ! 加点では無くて減点主義の基本だぞ!」

 センター長は力強く反論した。


「分かりました。センター長がそこまでおっしゃるなら私は何も申しません」

 副長が力なく同意した。


「――と言うわけだ、センター内の諸君! 今後の活動は各自責任を取れる範囲で判断してくれ。もしも分からない場合は副長である私に相談してくれ。それに関しては、私が責任を取る!」


 副長はセンター全員に聞こえる声で言った。


 ビー

 ビー

 ビー


 すると突然、警備センター内に新しい警報音が鳴り響いた。地下エレベーターを監視している担当者が不安そうな顔で副長を見る。


「何者かが地下エレベーターの扉を強制的に開けて、エレベーターの貫通穴から下に降りようとしています」


 ビーブー

 ビーブー

 ビーブー


 更に警報音の音色が変わった。


「何者かが地下エレベーターの貫通穴にセットされている赤外線センサーに触れた様です。赤外線センサーを遮った物資を排除するために対人レーザーが発射されました」

 地下エレベータの監視担当者が続けて報告してきた。


「何処の場所だ? その場所を特定しろ」

 副長が叫んだ!


「地下3階です!」

 エレベーター担当者は叫んだ!


「直ぐに監視カメラをそこに向けるんだ!」

 副長が反応する。


「了解です! ――うわー! 完全武装した一個小隊がエレベーターの扉の前にいます!」

 監視カメラ担当者が、モニター画面を指さしながら叫んだ。


「急いで一番近い館内電話を繋ぐんだ!」

 副長が指示する。


 トルル、

 トルル、

 ガチャ!


「はい、こちら緊急対応チーム・エレベーター班!」

 地下3階で主任が答えた。


「こちらは警備センターです。貴方方はいったい誰ですか? そこで何をしようとしているのですか?」

 警備センターの副長が質問した。


 ハイ!

 ハイ?


 主任と副長の会話が始まる。


「15階の社員エリアに電気工事の作業員が起動ボタンを間違えて設置した、と――」


 ふむふむ


「逆に、地下28階の管制センターに停止ボタンが設置されていると――それ故今から地下28階の管制センターに行ってこの警報を止める、と――」


 ふむふむ


「業務用エレベーターでは遅すぎて地下28階まで降りる間にタイムリミットを迎えてします。だから、階段の吹き抜けとエレベーターの貫通穴、それとメンテナンス用の貫通穴の3箇所から一斉に降下する、と――」


 ふむふむ


「我々は、その内のエレベーター降下班である、と――」


 ふむふむ


「そのために、エレベーター貫通穴の赤外線センサーと対人レーザーを止めて欲しい、と――」


「副長! そんなバカな話を鵜呑みにするな! 混乱に乗じて乗り込んできた敵対勢力に決まっている! 今すぐ警備隊を送って排除するんだ!」

 警備センター長が館内電話での副長と主任との話を聞きながら叫んだ。


「シー! うるさいですよセンター長。貴方はもう何もしないと先程おっしゃっていたではありませんか? それとも貴方の責任で警備隊を出動させますか? 彼らの武装度合いからすると地下3階は大騒ぎになりますよ。センター長が全ての責任をお取りになると言うのですね?」

 副長が厳しい口調で問いかけた。


「イヤそう言う訳では無い。責任は取らない――」

 センター長は小声で反論した。


「それならセンター長は黙っていて下さい。責任を取らないのなら私の判断に口を挟まないで頂きたい」

 副長は語気を強めてセンター長に言った。副長の言葉でセンター長は体をすくめるようにして黙り込んだ。


「ウーン――我々には警報を止める権限も警報を止める手段も無いんです。元電源を切るのは設備の管轄ですし。出来ることと言えば警報を無視してそちらに警備隊を派遣しないと言う事だけです――申し訳ないですが」

 副長はすまなそうに主任に告げる。


「まぁ、貴方方の装備を見る限り我々が警備隊を送っても勝てるとは思えませんがね」

 ――と独り言を付け加える。


「了解しました。それでは警備センターは本時点をもって警報を見ても見ぬ振りをしましょう。どうぞ、そちらのご武運をお祈りいたします」


 ガチャ! 副長は地下3階エレベーターホールからの館内電話を切る。


 ――


 ピョー

 ピョー

 ピヨー


 また別の警報音が警備センター内に鳴り響き始めた。


「副長ー! 今度は地下3階のメンテナンス用エリアに通じる電子鍵でロックされている扉が破壊されました!」

 メンテナンス用エリアを警備している担当者が叫び声を上げた。


「メンテナンス用エリアに通じる場所にも完全武装したグループが居ます! 扉は吹き飛んで跡形も有りません!」

 監視カメラ担当者が同調した。


「直ぐにメンテナンス用エリアにある館内電話で完全武装したメンバーの責任者を呼び出せ!」

 副長は連絡担当者に叫んだ。


「了解! ――副長ー!。電話繋がりました、あちらのグループの方です。責任者は忙しくて出られないそうですー!」


「もしもし、こちらは警備センターです。そちらも地下28階まで降りて停止ボタンを押すチームですか?」


 ふむふむ


「エレベーターの貫通穴を降下するチームと先程通話したのですが我々は警報を止める事も電源を止める事も出来ないのです。警報を止めるように設備に依頼しましょうか?」


 ふむふむ


「警報も止めない方が良いと。なるほど、警告灯が灯りの代わりになるんですね」


 ふむふむ


「了解しました。それでは警報はこのままにしておきます」


 ふむふむ


「それでは、そちらのチームもご武運を祈っています。頑張って下さい!」


 ガチャ!


「よーし、警備センターはこれから起こる如何なる警報も無視するぞ! 多分もう少しすると、地下28階のフロアでも警報が鳴り始めるがそちらも一切無視するぞ。ただし監視カメラで彼らの動向は逐一報告してくれ!」


 副長がそう言うと、監視カメラの担当者は


「了解しましたー! 見てるだけで良いんですねー!」

 と、妙に明るい声で返事をした。


 それから直ぐに


 ピヨヨーン

 ピヨヨーン

 ピヨヨーン


 警報音が変わった。


「メンテナンス用エリアの貫通穴で、赤外線センサーに反応して対人用ボウガン兵器の使用と催眠ガス放出が開始されたのを示す警報が発報されましたー!」

 メンテナンスエリアの監視担当者が、警報装置の状況を確認して報告して来た。


「スゲー! まるで映画を観ているような迫力ですね。メインモニターに出します」


 そういうと監視カメラ担当者は、エレベーター貫通穴とメンテナンス用貫通穴で行われている降下作戦を逐一監視しているカメラの映像を警備センターの正面大画面モニターに切り替えた。

 地下で繰り広げられている、降下中のメンバーに降り注ぐレーザーやボウガンの矢とメンバーの命がけの攻防が、警備センターの正面大画面のモニターに映し出されると、警備センターの殆どの人間が歓声を上げた。


 オー!

 スゲー!


「お! ロケットランチャーで地下28階のエレベーター扉を破壊したぞ! そうか! そこに飛び込むんだ! 考えてるなあ」


 ブブブブッ、

 ブブブブッ


 エレベーター扉が壊れた警報音も鳴り出した。


「お! こっちも、メンテナンス用貫通穴を先に降りた隊員がボウガンを破壊し始めたぞ!」


 ポポポポポッ、

 ポポポポポッ


 ボウガンの機械が壊れた事を示す警報音も鳴り出した。


「やれやれ! 破壊しろ!」

 警備センターは戦争映画を2つ同時に観ている状態になっていた。


 ありとあらゆる警報音が鳴り響いているがもう誰も気にしていない。センター長だけが耳を塞いで震えていた。


「お! 遂に28階に到着したぞ!」

 警備センターの観客は停止ボタン対応チームの一挙一動に注目している。


「でも管制センターに行くには、100個の対人レーザーに守られた二重扉が有りますよ!」

 管制センターの警報装置担当者は、大声を出して心配する。


「二重扉は同時に開きませんから、入り口の生体認証システムを通るためには全員でレーザー通路に入る必要があります。一体どうやって通るのでしょうか?」


 警備センターの皆が注目している中、地下28階に到着したチームはイキナリ管制センターの入り口をハンドガンで破壊し始めた。


「えー! やはりそう来たか。もうここまで来たら破壊するしかないよなー」

 警備センターの観客は彼らの行動に妙に納得してしまった。


「監視カメラ、管制センター内部に切り替えまーーーす!」

 監視カメラ担当者は、テレビ局のスタジオでカメラを切り替える作業員のノリでカメラを切り替え始めていた。


 地下28階の管制センターの豪華な内部が警備センターの正面大画面に映し出された。

 そこに、武装した一団がなだれ込んできていた。警備センターの職員達は誰も仕事をしないで正面大画面にくぎ付けだ。


 警備センターは、完全にアクション映画の上映会場と化していった。

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