第18話 後17秒

 ***

 巨大な地下フロアの中、大丈夫?

 ***


 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

「最終破壊兵器の起動時間まで17秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピコーん、ピコーん、ピコーん。


「おお、そうだ。こんな場所で油を売っている場合ではない! 停止ボタンの位置と停止ボタンが二つあるという情報が手に入ったんだ。しかも、同時に押さないと止まらない」


 係長は、後ろを向いて地下に連れて来たメンバー全員に言った。


「いいか、今から右ボタンと左ボタンチームに分かれるぞ。ここから右が右ボタンチーム。左が左ボタンチームだ」


 そう言って、係長はメンバー達の間に手を差し込んでメンバー達を二つのチームに分けた。


「そこのエレベータに乗ってとりあえず降りるだけ降りろ。幸い、エレベータはこの部屋の右と左にあるから、右チームは右のエレベータ。左チームは左のエレベータを使う。鍵束は幸い2つあるから、それぞれのチームに一つ渡す」


 各チームにテキパキと指示を出しながらも、係長は頭の中で考える。


(そうか、次の問題は鍵だなー。鍵束には鍵が50個近くもぶら下がってるしなぁ。しかも最悪なのは鍵の一つ一つにラベルが貼ってないようだし。

 セキュリティ担当役員は、この鍵束をどうやって使うつもりだったんだ? まさか、これから一つ一つのカギにラベルを付けようと思っていた矢先にこのトラブルが発生した?とかは、ないよな。

 トラブルなんて、いつ発生するか分からないからトラブルなんだぞ。予め予測出来るのは、トラブルとは言わんだろー普通は)


 係長はぶつぶつ鍵束に関して独り言(文句)を言った後で、工事の兄ちゃんとおじちゃんに向かって質問する。


「おい! 工事の兄ちゃん、おじちゃん。役員に渡したのはどんなカギだったか覚えてないのかい? 例えば、今流行のディンプル式とか昔からある山刻み式とか。それか、渡した鍵の鍵番号が仕様書や請求書に書いてあったりしないか? もしも鍵を無くしても、鍵の種類と鍵番号があると、メーカに依頼して再作成してもらえるから予め控えるのが普通なんだぞ。そんな事もしていないのか君達?」


「はあー。すいません、我々は鍵職人ではなくて電気工事担当なので鍵の知識にはうといんです。ボタンを取り付けるついでに頼まれた作業なんです。設計の人から宅急便で送って来たカバーと鍵を、指定したパネルにボタンカバーとして取り付けてくれと言われただけで良く覚えてないんです――」


 工事の兄ちゃんとおじちゃんは、頭を掻きながらすまなそうに答える。


「うーん、そうか。困ったなアー」


(いざ停止ボタンの前に言っても、カバーを開けられないとなると意味が無いしな。いっそハンドガンで破壊するか? いやいや、そしたらスイッチも一緒に吹き飛んでしまう。

 しかし、一番恐ろしいのは、右のスイッチと左のスイッチの鍵が違ってる場合だ。間違って正・副の鍵束に右用と左用をそれぞれ束に組み込んでいて、右チームの鍵束には左のスイッチ用、左チームの鍵束には右スイッチ用の鍵が渡っていた場合だ。

 その時は、鍵束の全ての鍵を試しても開かないという事になる――)


 係長は、その恐れを排除するために役員に渡した2本のカギについて工事の兄ちゃんとおじちゃんに追加で質問する。


「渡した鍵は2本とも同じだったんだよなあ? お兄ちゃんとおじちゃん」


 工事のお兄ちゃんとおじちゃんは、お互いの顔を見合わせてからさらに恐縮して答える

「はあー、すみません。それさえも良く覚えていないんです」


「うーん、ここで悩んでいても無駄に時間が過ぎるだけだ。移動中か向こうに着くまでにアイディアが浮かぶことを信じて移動するか。今まで、殆ど強運で乗り切ってきたから最後も何とかなるかもだ――」

 係長は顎に手をあてて一人でぶつぶつと言い始める。


「おいおい係長が壊れかかっているぞ。どうする?」

 横で係長の一人言を聞いていた、メンバー達は、ビビッていた。


(ああそうだ、とりあえず課長はそこの高級そうなソファに寝かせておくか。もう認証キーとして利用する必要もないからな。後で救急班に引き渡せばいいだろう――)


「おい、君。そこの総理大臣が座りそうな高級な椅子の横にある館内電話を使って1階の警備室を呼び出して救急車を呼んでくれ。それと救急班を地下28階まで寄越してくれるように伝えてくれ」


 係長はそこまで言ってから頭を掻く。


「あ、しまったなあー。そうか28階のエレベータ付近はロケットランチャーで吹き飛ばしてしまった。25階あたりまで来たら階段で来てもらってくれ」


 それから、おもむろに横にいる主任に声をかける。


「右チームのリーダは主任に任せる。それと工事の兄ちゃんを付ける。左チームのリーダは俺がやる。それと工事のおじちゃんが付く。エレベータは右左に二台ずつあるから交互に降りてこれるな。それと、無線機はどうだ? 使えるか?」


 ざー

 ざー

 ざー、


「だめです、ここは妨害電波が一番強いようです」

 係長の横で無線機を色々いじっていたメンバーが困惑したように報告する。


「まあ、日本でも最高クラスの機密レベルの部屋だろうからな。多分、強力な妨害電波を出して、スマホや携帯さえも使えないようにしているんだ。この部屋をスマホでこっそり写メされて、ネットにでも流されたらアウトだろうからな――」


(しかし。逆に、この部屋で働く職員専用の連絡手段が何か絶対にあるはずだ――)


「そこら中のロッカーや装備品を開けて探せー!」

 係長はエレベータに乗り込もうとしているメンバー達に声をかける。


「はーい係長。了解でーーーす!」


 ここまで下りて来たメンバーは既にテンションがMAX状態になっているようだった。

 それはそうだろう。ロケットランチャーは打つし、ハンドガンは、ほぼ使い状態。しかも、敵は対人レーザやボウガンと睡眠薬による攻撃、最後の極めつけはレーザー百連発。

 こんな、SF映画以上の狂ったセキュリティシステムに対応して来たのだ。こんなの普通だって一日かけても攻略出来るわけがない。それを、警報を一切無視していいという裏ワザ(禁じワザ)を駆使して40秒足らずでここまで来たのだ。メンバーもハイになるのは当たり前だ。


 係長は思う――


 ◇ ◇ ◇


 日本の玄関オオテマチの地下深くで、こんな戦争みたいな事をやっているなんて、誰も想像できないだろうなあ。

 俺たちは、特別職公務員だからこの秘密を公に出来ない。しかし、それと同じ場所に掃除のおばちゃん達が平然と出入りして俺たちよりも施設の内容を理解しているのが、不思議な感じがする――

 でも、施設がある限り掃除のおばちゃんは必要だからなあ。こんな場所を丁寧に掃除するのって、おばちゃん以外には絶対出来ないよ。

 床を掃除するだけならお掃除ロボットでも良いけど、それ以外の場所を掃除するのは、絶対に無理だし――

 男女のトイレ掃除にロボット使う事なんてだれも想像出来ないよ。なんか、俺たちはおばちゃんの手の上で騒いでいるだけの孫悟空か?


 ふと、おばちゃん顔の仏様の手のひらの上で、シャカリキになっているチームメンバー達が浮かんできた。


 フフフ――まあ、そうかもな。


 日本を動かしているのは、総理大臣でも大会社の社長でも、ましてや俺たちのような戦闘屋でもない、実は『おばちゃん』なんだ。


 ◇ ◇ ◇


 係長が、ふっと、そんな事を考えていたら――


「係長ー! 見つけました。これですね多分」


 整備品の中を物色していたオタクメンバーが、見るからに怪しいヘッドセットを掲げて係長に向かって叫んでいた。


(さすが、こういう時のオタクは頼りになるなアー)

 係長は妙な所で関心してしまった。そして―


 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

「最終破壊兵器の起動時間まで16秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピコーん、ピコーん、ピコーん。


(よーし、よくやったぞ!)

 係長は心の中でガッツポーズをとる。


「みんな集まれ、このフロアで使えそうな通信設備のレクチャーをするぞ! この機械が今回のミッションの勝敗を分けるモノと思って、よーく理解するんだぞ」


 オタクメンバーがその機械を手に掲げて、集まっているメンバー皆の前で静かに語りだした。


「その前に、ここの妨害電波の種類が分かりました。ミノフスキー粒子です――この3フロア全体に高濃度のミノフスキー粒子が散布されているようです」


「しつもーん!!!」

 後ろの方から、セルロイド・フレームのメガネをかけた真面目そうなメンバーが手を上げて言った。


「ミノフスキー粒子なんて、アニメやテレビに出て来るロボット物作品の仮想的な粒子で現実には無いんじゃぁーないんですかぁー?」

 手を上げていたメンバーは、ちょっと声が上ずりながらも元気に質問してきた。


「はい! 良い質問です。俺もそう思います」

 オタクメンバーは我が意を得たりといった顔で深く頷く。


「しかし、このヘッドセットに付いてきた使用マニュアルにはそう明記されてます。逆にそこの彼に質問します。日本最高の機密施設で冗談を書いたマニュアルが置いてあると思いますか?」

 オタクメンバーは一瞬の間を置いてからメガネのメンバーに問いかける。


「いえ! 思えません!」

 メガネのメンバーが答えた。


「はい! その通りです――良いですか? 今からこのマニュアルに書かれている説明書を掻い摘んで説明しますが、私は全て事実を言っているだけです。最高国家機関のお墨付きのマニュアルですから――皆さんは信じて行動してくださいよ!」


 オタクそうなメンバーは、そこまで言ってから少し誇らしげに話始めた。


「どうも、この施設を設計した研究者達はオーバテクノロジーを研究していたグループのようです。ですから、今から説明する内容は『ミノフスキー粒子』と言った今の科学技術では説明出来ない言葉が出てきます」


 ここでいきなり大きな声で――「でも、信じてください!」と一言発してから、話を続ける。


「ここに書いてある事は、俺たちオタクが現実に欲しい物ばかりなんです。しかし今から説明する事にはオタクとしての私情は一切挟んでいない事を理解下さい」


 オタクメンバーは少し興奮して顔を赤らめながら説明を続けた。


「大事な事なのでもう一回言います! この3フロアには高密度のミノフスキー粒子が配布されています。従って、可視光線以外の電磁波はほぼ通過できません。良いですか――従って、電波や赤外線、紫外線、X線、放射線のたぐいは、このフロアでは一切使用出来ないんです。『大事な事だから二度言います!』ミノフスキー粒子の散布により、携帯電話や無線通信機、盗聴装置のたぐいの通信は、このフロアでは完璧に遮断されているのです」


 くちから唾を飛ばしながら話し続けるオタクメンバー。夢のような世界を垣間見れて既に恍惚状態になっているように見える。


「――それでは、このヘッドセットはどうやって他のヘッドセットと連絡するのかというと――『超空間通信』ですぅううううう!」


「出たー! SFの王道!」

 後ろの方から、誰かがやじ(合いの手)を入れて来た。


「茶化さないでください後ろの人。オレもマニュアルのこの文章を見て震えました。死ぬまでに超空間通信を用いた通信機を拝めるなんて夢の様です」

 ヘッドセットを頬にスリスリするオタクメンバー。


「ふーん。それはそんなに凄い物なのか?」

 係長は興奮しているオタクメンバーに物珍しそうに訪ねた。


「係長! そんなボケないで下さいよ。超空間通信機と言うのはですね、この3次元以外の空間経由で通信を行うことなんです。ですから、ミノフスキー粒子のような強力な電磁波遮断スキームには大変有効に機能するんです。このヘッドセットがあれば、世界中いや宇宙空間のどこに人間がいても即時に連絡が取れるんです」


「だって、光のスピードは秒速30万キロメートルだろ? 宇宙空間にいたら即時には連絡出来ないだろう流石に――」

 少しさめた顔でオタクメンバーに意見する係長。


「いやいや、だから言ったでしょう! こいつは高次元空間に通信情報を転送しているんです。だからお互いのヘッドセットの距離はゼロなんですよぉおお!」

 興奮して、唾を係長に飛ばしながら喋るオタクメンバー。


「フーン……まぁあ、俺の理解を越えているが良しとしよう。要するにこのヘッドセットがあれば何処にいても連絡が取れるという事が分かれば、それでいい。ようは使い方だ。話を中断してごめんな。説明を続けてくれ」


「はい、係長! それでは説明を続けます。このヘッドセットにはマイクと専用スピーカがジョイントされていますので通話はそれを使ってください。音声は空気の振動なのでミノフスキー粒子の干渉を受けません。従って近距離の会話には不自由しないハズです。しかし地下30階の大ホールでは一番右側のコンソールと一番東側のコンソール間で連絡しようとして大声を上げるとホール上の空間で響いてしまい微妙なタイムラグが発生する事が予想されます。従ってスイッチの同時押しの場合はこのヘッドセット経由でタイミングを合わせてください」


 オタクメンバーは両手を大きく振り回して、これから行くであろう地下30階が大空間である事をみんなに印象付けようとする。


「通話は自動切り替えになっていますので、会話したタイミングで送信してくれます。特に送信・受信の切替スイッチはありません」


 ヘルメットがメンバー達に良く見える様に、大きく掲げながらヘルメットの位置を動かす。


「超空間通信ですが、混信を避けるためだと思いますが通常の通信チャンネルの概念が導入されています。従って特定のチャンネル同士の通信になりますので、あらかじめ通信チャンネルを右チームと左チ―ムで決めてください」


 ヘルメットの横にあるチャネル切替部分を指で示しながら説明する。


「後は、右チームと左チーム間での連絡チャンネルを決めて、それはチーム間連絡担当者だけがそのチャンネルを使ってください。同一チャンネルで同時に使用できるヘッドセットは4セットまでだとマニュアルに書いてあります」


 マル秘のハンコが大きく押されているマニュアルを手に掲げながら、オタクメンバーは説明を続ける。


「それと、一応このヘッドセットと同じものが、各コンソールの上に置いてあるようです。これは、各担当者が自分の上位管理者と会話するものだと思いますからチャンネル設定を変えれば使用出来ると思われます。もしも持って行ったヘッドセットのバッテリーが切れたら、コンソールに設置されたヘッドセットを使ってください。超空間通信を実現するために、このヘッドセットのバッテリーは10分も持たないようです」


「10分も持てば上出来だ。後15秒ぐらいしか無いからな――よーし、みんな理解したか?それではみんな、地下30階のフロアに行くぞ。それぞれのエレベータに乗りこめ!」


 横でオタクメンバーの説明を大人しく聞いていた係長は、最後にメンバー全員に命令する。


 ピー、ピー、ピー。

「最終破壊兵器の起動時間まで15秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピー、ピー、ピー。


 ヤバイ、また警報音の種類が変わった!

 急げ!

 急げ!

 急げ!

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