第8話 後25秒
起死回生策はあるのか? まだ山場が沢山あるぞ
***
係長を先頭にその場にいた全員が地下3階まで一気に駆け下りた。その時、社員の一人が階段から足を踏み外して転がってその場に倒れ込んだ。
「うわー!」
――ゴロン、ゴロン!――
「いてててて!」
その社員は階段の途中で足を押さえて唸っている。
「すまんな! 今はお前の面倒を見ている余裕は無いんだ。なんとか自力で地上に戻って医務室で待機していてくれ。今お前の面倒を見てると俺たち全員が後20秒足らずで消滅するんだ」
係長は足を押さえている社員を横目で見て一瞬立ち止まる。足を押さえている社員と係長をしり目に他の社員達は全力で階段を駆け下りていく。
ドドドド!
ドドドド!!
ドドドド!!!
「は! 係長。事態は理解しております。足を踏み外した自分が悪いので有ります。自己責任と言うことで有ります。この件は自分一人で何とか致しますので係長殿は先を急いで下さい」
足を押さえて苦しんでいる社員は、それでも係長に元気よく答える。
「よく言ったな! 後のことは頼んだぞ。それでは我々は先を急ぐからな」
怪我をした社員と短い会話を交わして、係長は先行している社員に追いつくべく飛ぶように階段を駆け下りていく。残りの社員達も地下3階まで引き続き駆け下りていく。
――
地下3階はフロア全てが巨大な倉庫だった。通常の作戦の場合は、ここから作戦に応じた装備品を持って行く事になっている。もちろん、その中にはこのビルで使用する事を前提に準備された物も保管されていた。例えば屋上から避難するための非常脱出用ロープ一式の予備品といったものだ。
更に、各フロア内で戦闘が始まった場合に備えた特殊な兵器や通信機。ガス攻撃にも耐えられる防毒マスクや暗闇でも使える暗視ゴーグル、赤外線ゴーグルまでもが準備されているらしい。しかしここには通常の作戦で使用する装備品以外にも、特殊な小道具や使い方のよく分からない怪しい装備も置いてあるという噂だった。
普段は管理やメンテナンスするおじさんがいて、作戦内容を伝えると倉庫の奥から必要な装備を出してくれるのだ。しかし今は、既に全員逃げた後のようで受付はも抜けの空だった。係長がおばちゃん達から話を聞いている間に先行で降りていた何人かは、仕方がないので倉庫の中に勝手に入って管理用端末を立ち上げていた。
地下28階に降りるために必要な物を探していると、その中でも不思議なラベルが付いている装備品が目に留まった。
『注意!』
『地下で作戦を行う為に必要な装備品です』
『外部には持ち出さないでください』
先行で来ていた数人は、不思議な気分になりながらもその装備品を倉庫から出して係長と降りて来たメンバー全員に配り始めた。
装備品が全員に配られている間、係長は地下28階に降りる方法を考えていた――
◇ ◇ ◇
このまま地下28階まで駆け下りてたら間に合うのか? イヤ無理だ。階段を駆け下りるのは駆け上がる事より神経を使うんだ。しかも、各フロアの階段照明は人間が来ると自動的に照明を点けるように対人センサーによる自動化がなされている。
対人センサーの反応は、人間がユックリ降りるスピードで反応する。だから階段を駆け下り場合には、明かりが灯る前にセンサーの前を通過する事になる。懐中電灯を持っていても初めての場所で不十分中な照明の中、全員が安全に地下28階まで階段を駆け下りる事は多分不可能だ。
その場合、先頭を走る人間に暗視ゴーグルを付けさせて駆け下りながらその後で時間差で照明が点灯した場所を駆け抜けていくわけだ。しかし、暗視ゴーグルを付けて階段を駆け下りる経験なんか誰もしてないし隊列を組んで駆け下りるわけだから誰かがコケたら将棋倒しになってしまう。そんな事が起こったらその時点でこのミッションは終了するぞ。
現に今地下3階に向かう時点でさえ既に一人脱落したことを考えると、28階まで駆け下りるのは非常に危険だ。とにかく考えられるリスクを最小にしつつ最速で地下28階にたどり着く必要がある。幸いさっきの情報では地下28階に掃除のおばちゃんが灯りを付けて待機していてくれるんだ。それを利用しない手はない。
やはり屋上から避難するときに使う懸垂下降用ロープを使って階段の中央吹き抜け部分から一気にラぺリングして降下するプランが最も現実的だな。ただし階段中央吹き抜けといっても明かりが点いているのは地下28階部分だけだ。地下3階から地下28階の間は非常灯も無い闇の中だそうだし。
ロープを垂らしてもそのまま地下28階に行ける保証は無い。そもそも目的の場所にいるのは掃除のおばちゃんだ。ロープが地下28階まで運良く到達しても何をすれば良いのかさえ分からないだろう。逆にロープの傍にいると我々が降下する時にロープが勢いよく跳ねるので大変危険だ。
先ず地下3階から数階下の階段手すりを懐中電灯で照らす。例えば地下6階辺りだ。最初の社員はラペリングでその手すりを目指す。地下6階に着いた社員は懐中電灯でそこから地下9階を照らす。地下6階に人間が居れば地下6階の階段フロアの照明が点灯するので、地下6階の上下階は多少明るくなる。これで地下3階から6階までは降りて来られる筈だ――。
後はその手順を繰り返す事になる。
ただし注意する必要があるのは途中のトラップだな。普通のビルでも設置されていることが多いから、このビルでも階段の吹き抜けには落下防止のフェンスが貼ってある可能性が高い。そうなるとそのフェンスを破るかフロアの下まで迂回して降下作業を続けるか判断する必要がある。この作業による時間ロスは予想以上に大きいと思う。もしも落下防止のフェンスが数フロアおきに設置されていたら、全体としての時間ロスは無視出来ないことになる。
そのためには、この階段吹き抜けチーム以外に最低でもあと2つバックアップのプランを用意する。そして、今ここにいる『地下28階まで下りて停止ボタンを押すための緊急対応チーム』(今勝手に名前を付けたが)の(運悪く集められた)メンバー達を3つのグループに分けて対応に当たらせるのが良いだろう。
幸い、地下の管制センター入り口の認証キーとして手のひらの静脈パターンを登録しているのは係長である私と課長と主任の合計3人だ。だから最低でも3つのグループを作れそうだな。
とりあえず吹き抜けチームには課長に入ってもらおう。多分他のプランに比べて一番安全だ。それに課長の精神状態もだいぶ不安定だしな。残り2つのプランは結構リスクが高いプランだが、とにかく誰かが停止ボタンを押さなければいけないんだ。
そもそも地下の見取り図が無いのが致命的だ。せめてセキュリティ担当役員だけでも残っていてくれて地下の見取り図が手に入れば良かったんだが――いや今更ここで愚痴っても仕方ない。唯一の救いは、起動ボタンを(15階の)押しやすい場所に設置して停止ボタンを地下の管制センターに設置した(しやがった)電気工事の人達(奴ら)を確保(拉致)出来ている事だ。
彼らさえいれば、地下の管制センターの情報とボタンを何処に設置したかが分かる。本当は彼らも3分割して各チームに渡したいが、そんな訳にも行かないから彼らには階段吹き抜けチームに参加してもらう。
それから、最後の難関は停止ボタンをカバーしているというカバーの鍵だ。工事の兄ちゃんもどんな鍵か覚えてないという事で役員室にあった鍵束を持って来ちまったしな。この鍵束は正副の2束があるので吹き抜けチームともう一つのチームに渡しておく。鍵束を持たないチームがもしも最初に着いたら連絡して鍵束だけ落としてもらうしか無いだろう。
◇ ◇ ◇
――これで、一応3つの緊急対応チームができた事になる――
しかしながら、地下28階に掃除のおばちゃんがいてくれて本当に助かった(実際にはまだ助かった訳では無いがな……)おばちゃんがいなかったら、もう私達はお手上げ状態だった。これからは、おばちゃん達に足を向けて寝れないな。
「でも、本当に何処の世界にも掃除のおばちゃんはいるんだよなー。一人見つけたら、三人は潜んでいると思っても良いかもだ――」
係長は思わずつぶやいてしまってから周りを見渡す――あ! これは褒め言葉ですよ。おばちゃん達聞いてないよね?
ピコーん、ピコーん、ピコーん。
「最終破壊兵器の起動時間まで25秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」
ピコーん、ピコーん、ピコーん。
「え? 警告音の音色が変わったぞ。これは本当にヤバイぞ!」
早く、次の緊急チームを編成しなければ。
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