第12話 後23秒(その1、階段チーム編)

 ***

 階段チームの大奮闘

 ***


 階段の吹き抜けを降りるチームは係長達から別れると早速作業を開始した。先ずはありったけの懐中電灯を紐でくくって各人の腰にぶら下げる――


「いいか? 紐の長さはある程度長めにしておいて降りる時に自分が着地する場所をあらかじめ照らせるようにするんだぞ」

 階段チームをまとめているリーダーはチームメンバーに指示する。


「暗視ゴーグルを着けるのは一番先頭を降りる君だけだ。暗視ゴーグルを付けたら絶対に上を見るなよ! 下を見て地下28階で待機している掃除のおばちゃんが点けてくれる階段フロアだけを見続けるんだ!」


 先頭を降りるメンバーに対して細かい指示を伝える。先頭の動きがチーム全体の降下スピードを左右するからだ。


「君の上には懐中電灯をぶら下げた後続の降下メンバーがいるから、暗視ゴーグルで懐中電灯の光を見てしまう事になったら余りの眩しさに目が眩んで暫く行動出来なくなってしまうからな。先頭は下のおばちゃんの光だけ追え!」


 まるでボクシングのコーチがリングのコーナーポストでボクサーに対して作戦を教えるように、先頭を降下するメンバーにはさらに細かい指示を出す。リーダーは誰よりも気合が入っているようだ――


「それから、同じ場所に長時間留まっていると人感センサーが働いて階段のフロアに灯りがついてしまう。そうなると懐中電灯の光を見るのと同じ目にあうからな。人感センサーは人間を感知して灯りを点けるまで0.5秒程度の誤差があるはずだから、その間に次のフロアに移動するんだ」


 対戦相手のボクサーを徹底的に研究して、相手の一挙手一投足に対応するような言い方だ――


「とにかく周りに注意しながら止まらないように一気に行けるとこまで行って欲しい」


 いい加減細かすぎるぐらい細かい。それだけリーダーにもプレッシャーがかかっているのだろう。


「いいか? 吹き抜けには落下防止のための頑丈なネットが貼ってあると予想されるから、ネットに捕まったら直ぐにゴーグルを外せよ! そうしないと人感センサーで自動的に点くフロアの灯りで目をやられるからな!」


 それとも単純にリーダーの性格が細かいだけなのか?……


「ネットに捕まったら、ネットを外すのは後続の降下部隊に任せて君は直ぐに次の階まで降りてそこから再度降下を始めるんだ」


 ここまで細かいと彼女に逃げられるだろう、ぐらいの細かい指摘を先頭降下するメンバーに指示した。


「兎に角一番下まで一番早く行く方法を自分で判断しろ!」


 でも、最後は丸投げな感じだ――


「一番下まで着いたら、おばちゃんをサポートして目一杯灯りを灯してくれ。それから地下28階の状況を俺たちに無線で報告しろ!」


 リーダーの細かすぎる指示は続く――指示してる間に貴重な時間は刻一刻と過ぎているのに。


「通話する必要は無いから無線機の通報モードで現状を伝えてくれれば良い。俺たち階段吹き抜けチーム以外に並行して別の通路で降下している部隊にも状況を共有するんだ。俺たちは地下の情報を一切持っていないから、多分お前の情報が全てのミッションの基本になるんだ。頼んだぞ、ゴーグル君!」


 先頭を降下するメンバーは暗視ゴーグルを着けるから? リーダからゴーグル君と命名されてしまっているようだ。細かいだけでは無くて思い込みも激しいリーダーだ。


「ハイ! 了解しました。それでは降下を開始します!」

 そう言ってからリーダーに向かって直立不動状態で敬礼するゴーグル君。


「よーし頼んだぞ! 最初の数階までは見渡せるからゴーグルは付けないで、見えなくなったらゴーグルを着けるんだ。決して明るい方を見るなよ!」


 リーダーの大きな掛け声がフロア全体に響き渡る。

「よし! 降下開始だ!」


 じゃっ。

 ――

 びゅーん。


 ゴーグル君は階段の手すりを安全靴で蹴り上げて、吹き抜けの薄明かりの中に消えていった。彼が各階を通過するたびに遅れてそのフロアの灯りが一瞬灯る。しかし、その後人がいない事に気がついた人感センサーは省エネのためにフロアの灯りを消すのだ。

 ゴーグル君が降りて行くごとに、各フロアの灯りが一瞬ごとに点いたり消えたりして行く。その光の点滅は、ゴーグル君の働きを意味しているわけだった。


「おっと、ここで見とれている訳には行かない! 俺たち後続の降下部隊も準備しないとな」

 残っているメンバーにも声をかける細かい性格のリーダー。


「ゴーグル君だけ着いてもダメなんだ……課長を生きた状態で地下まで下ろすのが俺たちの役目だからな。課長には申し訳ないが、生体認証システムが認識してくれる程度に生きていればどんな方法でも良いから課長を地下に降ろすぞ――」

 リーダーは生気を失っている課長の方をちらりと見てから、ぼそりと呟く。


(最悪意識が無くなっても心臓さえ動いていれば良いらしいと聞いているしな――)

 ――ニンマリ――

 何故かリーダーのニヤけた顔が一瞬悪魔の顔に見えたようで、リーダーの横にいたメンバーは目をなん回も擦ってはリーダーを見直していたのであった。


 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

「最終破壊兵器の起動時間まで23秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピコーん、ピコーん、ピコーん。


(やばい、早くしないと時間が無くなるぞ!)


「よし! 次は君達後続の降下部隊だ。先行するゴーグル君が降りたら、そのケーブルを伝って数フロア下まで一気に下降してれ。下降したらその階段フロアに一時的に待機してくれ。誰かが一人そのフロアに残り続けて、フロアの人感センサーに人間がいると認識させるんだ!」


 こんどは残りのメンバーに細かい指示を出し始める。


「そうすれば、そのフロアは灯りがついているからその隙に我々は灯りの付いているフロアを通過するんだ。全員が通過したら最後のメンバーがそこを離れる。数分後にそのフロアが暗くなるという寸法だ。みんなちゃんと理解したか?」


 メンバーは静かにしかしシッカリとうなずく。


「最後にもう一つ。吹き抜けには落下防止用の柵があるからその柵を壊すのも我々の仕事だ。全員が柵を避けて通るのは時間がかかるから、最初に柵を通過するメンバーが柵の一部を切り取るんだ。そうすれば、以降のメンバーはその切り取った柵の穴を直接通り抜けることで早く移動することが出来るという寸法だ」


 そこでリーダーはメンバー達をグルリと見渡す。


「もしも切り取れない程頑丈な柵なら諦める。そこでいたずらに時間をかけるより兎に角急いで下に行く事が我々の任務だと理解してもらいたい。良いか? 我々は地下に遊びに行くのではなくて、この課長と鍵束を地下28階に時間内に届けるのが仕事だからな!」


 メンバー達は、ミッションの重要さを改めて心に留める。


「分かったか?」

「オウ! 何となく分かりました。兎に角どんな手段を使っても息のある課長と鍵束を地下28階に運べば良いんですね。穴さえ開けばそこから課長と鍵束を突き落として――おっといけない、そーっと下ろしてかな?」


 メンバーの一人が、ちょっと変な言い回しで返答する。


「あと20秒ちょいしかないからもう説明はしない。もしも俺が倒れたら、俺は認証キーになれないから勝手に置いてってくれ。課長と鍵束だけは頼んだぞ!」


 リーダーは、課長と鍵束を指さして念を押す。やっぱり細かい性格だ。


「よし全員突撃!」


 後続部隊はゴーグル君が先行しているケーブルを伝わって降下を開始した。リーダーの降下順序は一番最後だ。一番最後を降りながらチームの全体状況を絶えず把握するためだ。


「地下6階クリア! 俺が残ります、ドウゾ」

「良し! 後のものは続け」

「地下9階クリア! 次は俺が残ります、ドウゾ」

「地下10階落下防止のトラップ発見! ドウゾ」


 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

「最終破壊兵器の起動時間まで22秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピコーん、ピコーん、ピコーん。


「こちら地下10階。落下防止トラップは強化プラスチックで編み上げた市販ネットのようです。ケーブルカッターで切り込みを入れられそうです、ドウゾ」


 ジョキ、ジョッキ、ジョッキ


「切り込み入りました! これから切り込みを抜けます、ドウゾ」

 ――


「うわぁー! 大変だーーー!」

 ――

 ドーン!

 ガン!

 ガシャン!


 大きな声が階段の吹き抜けにこだました。一瞬間が空いた後でものすごく大きな音がはるか下の方から聞こえてきた。


「どうした? 何があったんだ、ドウゾ」

 最後尾で状況を確認しているリーダーが驚いて無線で尋ねた。それと同時に地下3階の階段から吹き抜けを覗き込んでみたが、数フロア下の階段の灯りだけでは更に下の先頭集団の動きは殆ど見えない。


 先頭を降りているメンバーの一人がすぐに答えてきた――


「大変です! 課長が落ちました、ドウゾ!」


 最後尾にいたリーダーはその返事を聞いて青ざめる。


「破ったばかりの落下防止ネットを抜けようとして少しムリをしたようです。落下防止の金具がネットに引っかかって、課長が付けていた落下防止器具が外れてしまいました。ドウゾ!」


「課長、エレベーターに乗っている時から大分興奮してたからな――先を急ごうとして焦ったんだろう」

 リーダは課長の状態を気にしながら独り言を言った。


「兎に角課長の安否を確認するんだ。降下作業は続けてくれ! 俺たちも地下6階、9階、10階と順次降りて行くから。ドウゾ!」


「了解しました。地下10階以降の降下を続けます。ドウゾ!」


(地下10階に落下防止のネットがあるという事は次のネットは地下20階だろう。運良く課長がネットに引っかかっていてくれればラッキーだがそれでもかなりの衝撃の筈だ。それより心配なのは物凄い衝撃音が聞こえた事だ。吹き抜け自体そんなに広い空間ではないから運悪く階段の手すりと衝突してしまったかもだな。さっきは冗談で言ったつもりだが課長の容態が生体認証システムが認識出来るレベルである事を祈るしか無いか?)


 リーダが他のチームと連絡を取ろうとした――しかしどうやらこのビルの地下は強力な電波によるジャミングがかかっているようだった。目視出来る程度の距離でしか無線が通じなかった。


(ゴーグル君には通報モードで連絡しろと言ったが、最悪は館内電話と館内放送を駆使するしかないか?)


 細かい性格のリーダーは色々と考えをめぐらしながら無線に聞き耳をたてる。


 ザザザザ……

「ただ今、地下13階。クリア!」


 ザザザザ、ザザザザ……

「た、だ今、地下、16階」

 ザザザザ……

「クリア」


「やばいな、だんだん無線の状態が悪くなって来たぞ。よし、俺たちも降りるぞ」

 リーダーは周りのメンバーに声をかける。

 ――

「地下6階、9階、10階、……」


 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

「最終破壊兵器の起動時間まで21秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピコーん、ピコーん、ピコーん。


 ザザザザ……

「地下20階に到着トラップ発見。あ! 課長も発見」

 ザザザザ……

 ――

「落下防止トラップのネットに引っかかった弾みで階段の手すりに叩きつけられたようです――意識がありません」

 ――


 ザザザザ……

「大変です身体中から血が出ています! ドウゾ!」


「意識があるとかは後で良い、脈はあるのか? ドウゾ!」


 だんだん冗談ではなくなって来た。


 ザザザザ……

「脈はあるのですが非常に弱いです。ドウゾ!」


「そこには緊急用医療キットもあるよな。心臓が止まったら電気ショックを与えてくれ。それから、脈が取れないくらい弱くなったら強心剤があるから、心臓のそばに通常の二倍の濃度で打ち込め! ドウゾ!」


 ザザザザ……

「そんな事して課長は大丈夫なんですか? ドウゾ!」


「バカヤロウ! 課長の心配よりも課長の脈の心配をしろ! ドウゾ!」


 自分がどんなに恐ろしい事を言っているのか――リーダーは『絶対に生体認証システムは使わない』と強く思った。


 ザザザザ……ザザザザ

「了解しました。兎に角課長の脈だけは死守します! ドウゾ!」


 ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ……

「先行部隊、地下23階クリア」

 ――

 ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ……

「先行部隊、地下26階クリア」

 ――

 ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ……

「先行――」

 ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ……

「部隊――」

 ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ……

「地下28階――」

 ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ……

「クリアしました」

 ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ……

「ゴーグル君――」

 ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ……

「と――」

 ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ……

「掃除のおばちゃんと――」

 ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ……

「無事に――」

 ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ、ザザザザ……

「遭遇しました――」

 ザザザザーーーー…


 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

「最終破壊兵器の起動時間まで20秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

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