第11話 14階、一般のオフィスフロアー

 ***

 せっかく丸の内のOLになったのにー! 変な事に巻き込まないでよ、もー!

 ***


 やっと今日から『丸の内のOL』ね! 私は嬉しくってたまらなかった。


 ◇ ◇ ◇


 昨日の夜から興奮して良く寝れなかったけど、どうせ早めに起きて支度しないとダメだから結局は同じよね。あ! でも、睡眠不足はお肌の大敵と言われてるしなあー困っちゃうわ。友達の話だと、横になって目を閉じていれば実際に眠ってなくても体は休まるのだって。だからきっとオッケーね。だって、お気に入りの抱き枕と一緒にちゃんとベッドで一晩中横になっていたものね。寝る前にはパックもしたしもう完璧よ!――


 先週までは『ブクロのOL』だったから、街を歩いていても変なお兄さんに声をかけられちゃうし。BL趣味風の乙女チックな女子高生からは乙女ロードの場所を聞かれちゃうし。『イケブクロ』で働いているからって何でも知ってる訳では無いんだけど、失礼しちゃうわよねっ! もう! でも、ネットで調べてちゃんと教えてあげたら喜んでくれたけどね。


 大体、何でブクロOLの制服ってみんな一緒なのかしら。これじゃあどこの会社のOLかの区別もつかないわよね、ほんと。


 そういえば一度別のフロアに降りて間違えて別の会社に入っちゃった事あるのよね、エヘへ。

 各フロア毎に入退室管理のセキュリティ用カードで管理されてるらしいけど、お昼休みはほぼ関係ない状態になっちゃうの。だって誰かが入って扉が閉まる前に誰かが開けてるから、扉はほぼずーっと開いてるの。それに、後ろから人が来るとトビラを開けて待ってたりするのよ。それじゃあセキュリティにならないわよね!

 だから社員さん達はそのノリで、OLの制服着てる人は何故かそのままスルーですもの――間違えて別の会社に入っちゃって知らない人ばかりだなあーと思ったけど――横のおじさんにイキナリ「これコピー二十部大至急ね」って頼まれた時にはビックリしたもの!

「あのー、私ここの会社の人間では無いんですけど」とか言い返せないし。取り敢えず一番近いコピー機使って二十部コピーしてホチキス留めまでして渡してあげたら「お? おう。サンキュー」とか、なんか感謝されちゃったし。誰も顔なんか見てないのよね『OL』でひとくくりなのね、きっと。


 でも今日からは違うのよー。『ま、る、の、う、ち』丸の内のOLよ!


 まだ制服は変わらないけど、周りの会社に合わせてそのうちオシャレな制服になるか、それとも私服オッケーになるかもね。

 でも、女性の場合は私服オッケーだと逆に服の出費が増えちゃうのが悩みどころよね。男性は背広だから毎日同じでも誰も気にしないけど女性は周りの目が厳しいからね。同じ服を二日続けて来ていくだけで「あの子きっとお泊まりだったのよ。やーねぇ?」って会社の噂話リストに直ぐに乗っちゃうもの。


 この日のために銀座で買ったピンヒールを履いて少し化粧も濃いめにして朝の電車に乗って来たのよ。今日は憧れの大手町駅で降りちゃった! 夢にまで見た通勤パターンよね。周りは憧れのキャリアウーマンばっかりーっていう感じ。あ、でも私は腰掛けウーマンだしッ。高校出たら勉強したくないから短大に行ってバイト三昧してお金を貯めてたの。だから仕事に生きるつもりは無いわ。


 ここで、憧れのヨツビシ商事のバリバリ社員や、ヨツイ物産のガンガン社員を見つけて玉の輿よー。最後は海外駐在員の妻として海外セレブの仲間入りッ。ていうのが私の夢だもの。

 そのためにも『結果にコミットする』ていう宣伝文句のジムにも入会して、ちゃんとメニューを消化してるもん。お陰で最近じゃあお腹周りがスースーしちゃってるのに胸もお尻もパンパンで制服のサイズを変えてもらわないと駄目かも――これで堂々とスリーサイズを世間に言えるわ!


 夏になったら丸の内のホテル内プールで美ボディが炸裂ね。あ、そうそう脱毛処理もしておかないとダメダメ。最近はわきの下だけじゃなくてデルタゾーンの脱毛処理もはやってるし。美しさを保つためにはお金がかかるのよ。お金のために頑張って働かなきゃね。


 私と同期の二人も結構頑張ってるもんね。お互いに頑張る同性が近くにいると続けられるわよね。え? 同期って会社の同期じゃ無いわよ。コミットするジムの同期ッよ、当然じゃないの。話の流れをちゃんと読んでよ!


 一人は私より二個上の会社員で、メグロの高層ビルで外資系IT企業のキャリアウーマンやってるわ。なんかーSEっていう職種らしいんだけどワタシよくわかんなーい。高校は都内御三家の女子進学校だったらしいけど有名な大学を出て会社に入ったら弾けちゃったみたい。

 少しオタク入ってるけど割とざっくばらんな雰囲気で私とは話が合うのね。高校の時は胸が洗濯板だったけどジムに入って頑張ったらAカップになったって喜んでるの。そこも私的にポイント高いかな?

 実は眼鏡を取ると結構可愛いのよ。だからいじり甲斐があるの。今度同人誌の即売会が東京ビッグサイトであるらしくて彼女が出してる同人雑誌の売り子をする約束もしちゃったし。


 もう一人は高卒だけどすごーく背が高くて美人なの。でもね高卒だからか結構ボケてて面白いの。なんか高校はインターハイ常連で全国区な学校で一年の頃からレギュラーに入ってたらしいんだけど、卒業間近に怪我しちゃって引退だって。

 本当はそのまま実業団に入る予定だったらしいけど人生何があるか分からないわよね。私なんか平凡な人生過ごしてるけど怪我も無く健康で何よりー。

 高卒と同時にアキハバラの会社に就職したけど、半端ない運動量をこなして来たのに怪我で運動しなくなっちゃって一気に太っちゃったんだって。それで素の体に戻すためにジムに通ってるそうよ! 最近じゃ、もう本当私も見とれちゃうくらいの筋肉女子よね!


 さってっとトイレ休憩も終わったから仕事に戻ろうっかなー。トイレのパウダールームも綺麗だしもう幸せー。こんな幸せで良いのかしら? バチ当たったりしないわよね?


 ◇ ◇ ◇


 ……と彼女がツラツラと思っていたら突然聞き慣れない音が聞こえて来た――


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで60秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


(え? チョット待って? 何この館内放送。私の周りの社員さん達が慌ててるわ! これって避難訓練とかじゃ無いの?)


「どうしたんだっ?」

「何があったんだ?」

「避難訓練の話はビルのオーナーから回って来てないよな?」

「誰か一階の警備室に電話してみろ!」

「警備室も知らないそうです! 彼らもビルのオーナーから何も聞かされてなくてパニックになってます」


(誰かが警備室に電話して確認したみたい。それじゃあ、本当に火事か何かかしら?)


 彼女は周りの社員達の慌てぶりをしり目に、ちょっと冷静に考える。


(でも『最終破壊兵器』っていうネーミングセンス。なんか最悪な感じ。もっとこう……聞いたらみんなが震え上がるようなネーミングにすれば良いのにー。例えばスーパー・ファイナル・ブレイク・ボムで『S・F・B・B』とか。うーん、これもイマイチね。私もセンス無いからなあ)


 そして私物を片付けて社員達からの避難命令を待ちながら考える。


(ヤッパリオタク入ってるAカップの彼女に名前をつけて欲しいなあ。きっともっと凄い名前を付けてくれるわ)


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで59秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


(えっー? カウントダウン止まらないじゃない。これは、直ぐに下に逃げるしか無いかしら? せっかくお気に入りのヒール履いて来たから非常階段なんか降りられなーい。もーヒール脱いで裸足で降りるの? ストッキングも伝染しちゃうし。ホント、最悪ね!)


 彼女は周りの人達と一緒に部屋の外にあるエレベーターホールに向かう。


「おい! 早くエレベーターを呼び出せ」

「うるさい! 待ってろ。そんな簡単にエレベータが来るわけないだろ。各階に一斉に放送されてるんだから、みんな一斉に一階に向かってるはずだからな!」


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで58秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


(男の人達って直ぐに大きな声を出すからイヤなのよ。別に声を大きくしようが小さくしようが同じ事なのに。どうして男子ってそんな事で競い合うのかしら? ホントバカなんだから。小さな子供と同じよね。男子って3人以上集まると直ぐに野球とかサッカー始めちゃうし。ホント、訳分かんない!)


 でもエレベーターホールも下に降りる階段もパニック状態でどうする事も出来ない。


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで57秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


(もう私の人生もこれまでかしら? 若い男を見つけるために好きなお菓子も我慢して体を鍛えてたけど無駄だったかしらー?)


 彼女は回りの社員達の狼狽ぶりが可笑しくって、もうどうでもよくなっていた。


(そうだこの混乱状態をSNSに乗せれば10万『いいね』ぐらいは行くかしら? もうこうなったらヤケクソー!)


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで56秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


 ――と、そこへ15階から異様な一団が降りて来た。


「え? 何かしら。15階から上のオフィスって何があるのかしら?」


「ボソ、ボソボソ――」

 何か喋っているが、パニックで周りがうるさくて彼女はよく聞き取れない。しかし一団の一人が服の裏からピストルの様なものを取り出したのが見えたのだ。


(え! 何あの集団。ピストルを持っているということは、お巡りさんの集まりかしら? でもどう見てもお巡りさんには見えないし。え? もしかしたら犯罪組織か何かかしら)


『マルノウチのオフィスビルで、パニックによる銃の乱射――』の文字が彼女の脳裏に浮かぶ。


(やばいわ、映画みたいにあの一団が撃ちそうになったら床に這いつくばるしかないわ!)


 彼女はその様な事をつらつらと考えていた。しかし、ホールの陰から掃除のおばちゃんがその一団を手招きして、エレベーターホールの裏手に消えていこうとしていたのに気が付いた彼女はコッソリと謎の一団について行った。


(何かしら? 掃除のおばちゃんだけが知っている秘密の抜け穴でもあるのかしら?)


 どうも、業務用エレベーターとやらで降りるらしい。しかし屈強な男性達の中にOLが一人では流石に目立ってしまう。


(どうしよう。秘密を喋らない代わりに私も載せて! とか脅迫しちゃおうかしら)


 色々と考えながら謎の一団の話をこっそりと聴いていると、どうやら20階に行くと役員専用の直通エレベーターがあるらしい。しかも、今から電気工事の兄ちゃんが20階に鍵を取りに行くらしい。上手くすれば20階まで行けそうだ。


(よし! あのお兄ちゃんの後をコッソリとついて行こう。最後は役員室のOLのフリをして入れてもらえばイイわ」


 そう考えると鍵を取りに20階まで駆け上がっていく工事のお兄ちゃんの後をコッソリと駆け足でついて行った。音がしないようにヒールは脱いで手に持つ。スカートも脱いだのでパンストが丸見えだ。お尻がパツパツでスカートを履いたままでは階段の上りがきついからだ。


 ただし、体力だけは若い兄ちゃんにも負けてはいない。結果にコミットするジムのおかげだ。階段を14階から20階まで、お兄ちゃんに見つからないように駆け上がっても息が上がらなかった。

 20階まで来てお兄ちゃんがインターフォンで役員室の扉を開けてもらおうとしたら、役員室の秘書の方が出てきて――「もう勝手にして下さい。役員は逃げることしか考えていないし! 私も逃げますよ」そう言いながら扉を開け放ったまま階段を下に降りて行った。


「あ! お、お疲れ様ー!」と、彼女は下半身パンスト姿の状態で挨拶した。秘書の男の人は一瞬びっくりしながらもあわてて下に降りて行った。


「でも、15階から下は階段も混んでますよー!」

 聞こえてはいないだろうが彼女は駆け下りていく役員秘書にそっと声をかける。


(やったー、20階クリアー!)


 彼女が20階の役員室に入ってエレベーターを探していると――


 パン!

 パン!


 という音が聞こえた。そして奥の部屋からバニーちゃんやゴスロリのお姉さんが大挙して逃げてくる。


 逃げ出したお姉さん達は、彼女がスカートを脱いでパンスト姿なのを見て役員の慰み者仲間と思ったようだ。お姉さん達は彼女になんの警戒心も持たずに役員専用エレベーターまで一緒に逃げた。


 役員室のエレベーターはおしゃれな作りだった。バニーの服を着たお姉さんがボタンを押したらスルリと扉が開いた。

 彼女がスカートを履きながらエレベーターに乗ると、お姉さん『1階』のボタンを押してから『閉まる』のボタンを押した。


「すっ」

「すぅーーーん」


 トビラは音もせずに閉じて直ぐに滑らかに降下を始める。エレベーターは快適なスピードで地上に向かう――


(お姉さん達青ざめちゃってもー大変ー。誰も一言もしゃべらないの。一体役員室で何があったのかしら?)


 彼女がヒールを履き直して乱れた髪の毛も整えた頃に――


「ピーンポーン、1階です」


 人工的な言葉が、地上に到着した事を告げてくる。


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで40秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


 一階のフロアーでも、ヤッパリ警報は鳴り響いていた。一階のフロアーは、不思議な事にガランとしていた。


(あ! 役員専用の出入り口だからか)


 彼女は、そこでお姉さん達からそーっと離れてそのガランとしたフロアーを抜けてビルの外に出た。


(はあー! 助かったぁー! なんかもう疲れちゃった。そうだ今度の週末はAカップの彼女とインターハイの彼女を誘って温泉にでも行こうかしら?)


 彼女はそう思いながら大手町の駅に向かって歩き始めた――


 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。

「最終破壊兵器の起動時間まで30秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ぶぉー、ぶぉー、ぶぉー。


 ビルの中からは、まだ警報が聞こえ続けていた――

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