第10話 後24秒

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 時間が足りない! 全然足りない! まだ地下3階ですけど?

 ***


「第1チームは決定したので直ぐに展開してくれ! 課長は心身ともに参っているからチームリーダーの君が課長をサポートしてくれ。すぐに階段の吹き抜けから降下開始だ!」

 係長はここまで来た社員達の中でもっとも優秀そうな人間をチームリーダに任命し彼の周辺にいた社員達をチームメンバーに指名してから、すぐに降下に入るように指示した。


「了解です! それでは我がチームは即時展開を開始します! 係長もお気を付けて下さい」

 係長に向かって敬礼するチームリーダー。


「おう! リーダー頼んだよ……課長もお気を付けて下さい」

 係長は大分参っている課長の肩に手を置きながら声をかけるのを忘れなかった。


「次は主任。君のチームとメンバーだな」

 係長はそう言いながら主任とその周りにいる社員達に話し始める――


 ◇ ◇ ◇


 階段の次はエレベーターを使う。イヤ、業務用エレベーターをそのまま使ったら地下28階までは絶対に間に合わない。そこで、エレベーターが降下する通路を利用させてもらう。

 こちらは階段と違って途中に落下防止の柵は無いから一気に降りられるハズだ。ただし、当然人が降りられるようには造られていないから途中にどんな障害が待っているか一切見当がつかない。


 それに地下28階がどこのトビラに対応するのか? エレベーターの通路側に階数表示なんか付いていないから当然トビラを開けるまでは分からない。エレベーターの扉を数え間違えたらアウトだ。

 そもそもエレベーターの構造上通路の一番下が地下28階とは限らない。メンテナンス用の地下29階や30階に降りてしまったら地下28階まで登る時間はないと思った方が良い。だから階数だけは絶対に間違えない様に5階ごとに何か印を付けておくんだ! 蛍光ライトとかを、支柱に貼り付けておけば良いだろう。


 最後に一番の難関はエレベーターの扉を開ける事だ。入るときも扉を開けるのに苦労するだろう。しかし出る時は足場が不安定な状態でかつ薄暗い中で扉を無理矢理こじ開ける必要があるからだ。エレベータのトビラを内側から開ける時は注意してくれ。そこまで行って足を滑らせて落下したら元も子もない。

 作業する時は必ず安全ベルトを近くにある支柱に固定してから行うことだ。いくら時間が少ないからと行っても、必要な作業を省略すると必ずしっぺ返しがくるからな。


 エレベーター通路なんて当然真っ暗だろうからライトを紐でぶら下げて暗視ゴーグルを付けているメンバーを先行させてくれ。その後をゴーグル無しの人間が順番に降りていく。それの繰り返しで下まで行ってくれ!


 階段チームと違って、柱を踏み外したら真っ逆さまに地下最下層に叩きつけられる命がけの場所だから、順番が来て移動する時までは必ず安全ベルトを支柱に固定しててくれ。これでケガしたら(死んだら)労災になる筈だ。しかし君たちもこんなところで死にたくは無いだろう?

 二階級特進なんて、クソ喰らえだ! こんなバカみたいな仕事で犬死させるために我々は君達を鍛えて来た訳では無いからな――!


 ◇――◇


「ヤバイ! いつもは冷静な係長がキレかかっている」

 近くにいた社員が降下準備をしながら、ボソリと呟いた。


「仕方ないぜ、こんなの俺たちの仕事じゃないもんな。事務方のチョンボは全て俺たち現場組が受けるということさ」

 横にいた社員も降下準備をしながら相づちを打った。


 ◇――◇


 最後にもうひとつ。エレベーターの機械を停止する方法を我々は知らないから、エレベーター自体は生きたままだ。こんな状態で地下のエレベーターを使うヤツはいないはずだが、もしも万が一使うヤツがいたらその時点でエレベーターから逃げる事を優先してくれ! これは、最優先命令だ。エレベーターと支柱に挟まれて死ぬのは本当の犬死だからな。


 ◇ ◇ ◇


「それでは頼んだぞ! 主任」

 係長は降下の準備を始めた主任に声をかける。


「了解です係長。それでは行って参ります!」

 主任は直立不動の状態になってから係長に向かって敬礼する。


「主任! 気をつけて行って来てくれたまえ」

 主任の敬礼に敬礼で返す係長。


 エレベータの通路を降りる社員達は主任を先頭にして、エレベータのトビラの前で迅速に準備を始めた。

 そして、係長は残っている社員達を集めて話を始めた。


 ◇ ◇ ◇


 最後に、ここに残っている君達には私のチームのメンバーになってもらう。君達も薄々感づいていると思うが、我々はメンテナンス用通路を降りるチームだ――


 掃除のおばちゃんと工事のおじちゃんの情報によるとメンテナンス用の通路が地下最下層まで吹き抜けになっているらしい。ただし、その通路はエレベータの通路と一緒で中身の構造から何から一切の情報はない。

 想像するに、地下最下層まで直通の穴が空いていて、その中を電気、ガス、水、通信の全てのケーブルが真下に向かって伸びてる筈だ。『筈だ』と言っても私の想像だから中に入ってみないと正直分からない。逆に、こんな事でも無ければ多分一生お目にかかることはない場所だ。時々アクション映画やスパイ映画にでてくる『アレ』だな。


 多分鍵がかかっているからハンドガンで破壊して中に入る。鍵のかかった扉をハンドガンで破壊して侵入するので、その時点で警備システムに引っかかる。警報は鳴り渡るだろうが、警備隊が来たら事情を説明して帰ってもらうか仲間に引き込むかだな――その時の状況で判断するしか無いだろう。もしかしたら戦闘になるかもだが、戦闘なんかしてる時間は無いからこちらとしては無視する方向で行く。


 エレベーター用通路と同じくこのエリアも真っ暗だろうから、暗視ゴーグルをある分だけ着用する。メンテナンス用に各フロアからの出入り口と簡単な足場がある事を信じている。当然こちらも階数は書いてないと思う。だから、こちらも階数には十分注意して降りて行く。とにかく降り過ぎてしまったら登るのは数倍時間がかかると考えた方がいい。


 エレベーターチームに比べればエレベーターに挟まれる危険は無いが、電力ケーブルがある事を忘れるなよ! メンテナンス用の通路はあちらこちらに金属があるだろうから感電したら個人の問題では無くて全員に被害が及ぶからな。


 ああそうだ、『変なボタン』に触れてこれ以上新たな火種を起こさないでくれ、お願いだからな――


 兎に角、我々は地下の情報を一切持っていない。唯一の情報は掃除のおばちゃん達から聞いた情報だけだ。しかもその情報はボヤッとしたものだ。だから何が起こるのか全く見当がつかないと考えろ。


 何かが発生したら、その都度最善と思われる策を考えて進むしかない。それが悪手だったら直ぐに頭を切り替えて戻るだけさ。後は、仲間を信じて何処かのチームが一つでも到着出来れば良いじゃないかと割り切る事だ。


 ◇ ◇ ◇


「係長! いっそのことメンテナンス用通路の送電線や通信線を思いっきり壊してしまえばこの騒ぎが治るんじゃないですか? 幸い我々にはハンドガンやロケットランチャーもありますから」

 降下準備を終えて暗視ゴーグルを頭に乗せた若いメンバーが尋ねた。


「そうだよな、そう出来れば良いんだがな――しかし、この手の仕組みは二重三重のバックアップで守られているから、多分俺たちが入るメンテナンス用通路だけ壊してもダメだと思う。逆に、ガスに引火して俺たちだけが先にあの世に行って他の社員たちが後から来るのを待つ事になるぞ! それでも良ければチャレンジするか?」

 係長は、若いメンバーに向かってニヤリとしながら質問する。


「またー、係長も人が悪いんだから――分かりました。今は目の前のミッションを全力で頑張りますよー」

 係長に質問された若いメンバーは、ちょっと恥ずかしそうにしながら降下用の備品一式を肩にかける。


「良し、みんな納得してくれた様だから俺たちも出発するか! 地下28階で待ってるのは、鬼か邪か? だな!」

 係長も、降下準備を始めながら周りのメンバーに声をかける。


「全員揃ってお陀仏かもですけどねー」

 さっきの若い社員がボソリと呟いて、係長に従ってメンテナンス用通路に続く扉に向かった。


 ピコーん、ピコーん、ピコーん。

「最終破壊兵器の起動時間まで24秒です。停止させたい場合は緊急停止ボタンを押してください」

 ピコーん、ピコーん、ピコーん。


 破滅への時間は、刻一刻と迫っている――

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