第30話 行動の目的
戦闘の後始末を終えて一行が放牧地に向かうまでの道を再び進み始める中、フェリスの頭の上に乗ったままの俺は、先を行くレオンを見上げながら思念を飛ばした。
別にレオンの肩の上に戻りたいとかそういうことはない。フェリスの頭の上も何だかんだ安定は良かった。だけど。
『そういえば、レオン、クロエ』
「なんだ?」
「どうしたの、ニル」
俺が念を飛ばせば、呼ばれたレオンとクロエがこちらを振り返る。二人に、小さく首を傾げながら俺は問いかけた。
『この世界では、魔物の肉は貴重な食料なんだろう。その割には、リンクスの死体は普通に茂みに捨てていたよな』
疑問には思っていたのだ。この世界は食糧事情が厳しく、食べ物の確保にはとても気を使っている。魔物の肉だって、食べられるなら食べているはずだ。
それが、先程のリンクスは肉も取らず、皮すら取らずに茂みに捨てていた。いいのだろうか。
「ああ、そういうことか」
俺の言葉にレオンが目を開きながらうなずいた。クロエと一緒に小さく笑いながら、俺に向かって説明を始める。
「リンクスは肉食の魔物だからな、肉は硬くて臭みが強い。だから肉として食うには適さないんだ」
「それに、私達はこれから動物達の放牧に行くからね。ここで時間をかけて素材を回収して、荷物を増やすわけにはいかないわ」
クロエも一緒に、動物達に指を向けながら話した。
なるほど、確かにこれから遠くの草地まで動物達を連れて行くのに、魔物の素材を回収して荷物を増やしてはいけない。邪魔になってしまう。
それに肉食動物は肉が筋張っていて臭い、とは地球でも聞いたことがあった。だから地球でも、犬食とか猫食とかは一部の国でしかされないとも。それらの国でも動物愛護が叫ばれて、下火になっているらしいが。
納得するような、しないような。呆気に取られた表情を、俺とフェリスは同時に見せた。
『そういうもんなのか……』
『なんか、俺達からすると素材を回収できるかもしれないのに捨ててほっぽっていくの、勿体なく思えちゃうな』
俺が呟くとほぼ同時に、フェリスも尻尾を揺らしながら意見を頭に浮かべた。
俺もフェリスも、二人揃って現代中学生メンタル。どちらもハンティング系のアクションゲームは遊んだことがある。
そういうゲームだと、倒して一定時間が経過したモンスターは消えていなくなり、素材が回収できなくなってしまうものだ。回収しないでほったらかしているのは、勿体ないと感じてしまう。
と、先頭を歩きながら話を聞いていたカトーが、隣を歩くブラームと一緒にこちらを振り返りながら言った。
「状況によるんだよ。今回は放牧と言う本来の目的がある。魔物の素材を回収するのは、狩りに出ている連中に任せればそれでいいんだ」
『そうそう。俺達は狩りに来たわけじゃないからな。素材回収してる時間も勿体ない』
そう言いながら、二人はすたすた歩いていく。その足取りには迷いもためらいもない。さっき襲い掛かって来たリンクスのことなど、正しく一顧だにしないといった様子だ。
そのことについてはレオンもクロエも全く同意見な様子だ。レオンが俺の頭をくしゃりと撫でながら言う。
「それに魔物の素材を回収している間も、動物達や魔物達は放っておかれてイライラするからな。そういうストレスは最小限に済ませたい」
その言葉に、俺の耳はピクリと動いた。確かに俺もフェリスも、レオン達が戦闘している最中はほったらかしだ。俺達は念話で意思表示や会話ができるが、動物達もそうとは限らない。暇だとつらいだろう。
『なるほど……』
納得の言葉を俺が思念として零すと、ちょうどシグルドがこちらをじっと見ているのに気が付いた。
「……」
「ン?(うん?)」
無言でただ俺を見ている。俺が視線を返しながら一鳴きすると、彼は俺から目線を外した。そのままレオンに目を向け始める。
「……」
対してレオンも、無言でシグルドに視線を返した。だが、表情が実に硬い。シグルドもなかなかこわばった表情をしているが、レオンはそれ以上だ。
先程からしきりに真顔になったり、眉間にしわを寄せたりしている。何をしているんだろう。
『レオン?』
『どうしたんだよ、レオン』
俺とフェリスが、様子が明らかにおかしいレオンに思念を飛ばすが、彼はそれに言葉を返してこない。
代わりに俺達二匹に思念を飛ばしてくるのはクロエだった。
『ニル、フェリス、少し静かにして』
『クロエ?』
声を潜めた、しかしぴしゃりと言ってくるクロエに、フェリスが不思議そうな声を返す。
それに対して彼女は、指を口元にやりながら密かに言った。
『
『あ……そういうことか』
そう言われて、ようやく俺は今の状況に納得がいった。
レオンとシグルドは、先程俺とフェリスがそうしていたように、一対一で
きっと、俺達二匹が気楽に会話しているのを見咎めて、レオンにいろいろ言っているのだろう。
『まぁそうよね。私もカトーさんも、二人の事情は知っているけれど、シグルドはそうじゃない。気になるのも分かるわ』
肩をすくめながらクロエが話す。確かにこのメンバーの中で、シグルドだけが俺とフェリスが人間だった頃の記憶を残していることを知らないだろう。
その上で、あんなにべらべらとこの世界の状況や旅団の仕事内容に明るくないことを話したら、不審がるのも当然だ。
やらかした、と思いながら俺は耳を伏せる。
『迂闊だったかな、俺達』
ぽつりと呟くように思念を発すると、ブラームが振り向きもせずに言葉を返してきた。
『仕方ないんじゃないか? だってそうだろ、隠そうとしたって隠せるものじゃないんだし』
『そうか……確かにそれはあるな』
その口調は随分と軽い。そしてその言葉に否定できる要素は無い。
実際、隠し通すなどどだい無理な話なのだ。会話をしていればどうしたってどこかで露見する。それは、俺もフェリスも、ラエルやトルディだって分かっていることだ。
だから俺もフェリスも、元々の人間だった時の性格のまま、人間だった時の感覚で話しているわけだ。
だが、ここで場が収まろうかというところで、口を挟んできた者がいた。
『ブラーム、甘いのではありませんか』
『あん?』
オーケだ。今までずっと黙りこくっていた彼が、思念を飛ばして話に割り込んできた。
非常に淡々と、平坦な口調で彼は思念を投げつけてくる。
『いったい何のことを話しているのか分かりませんが、『黄昏の旅団』の一員として、目的と意味を理解して行動することは大事なことです。魔物であろうとも、集団の一員であるという自覚を持たなくてはなりません』
その声色と話す内容に、俺とフェリスが揃って目を見開いた。
高梨君はどちらかというとムードメーカータイプで、お調子者なところがあるキャラだった。場の雰囲気を盛り上げこそすれど冷えさせることは決してせず、たまに羽目を外しては先生に注意されるようなタイプだったのだ。
それが、このドン引くまでのぶち壊し発言。人間だった頃の彼とは似ても似つかない生真面目さ、堅物具合である。
そんな俺達の驚きなど気にすることも無く、オーケはぴしゃりとこちらに思念を向けてくる。
『これは子供の遠足ではないのですよ、ニルもフェリスも。分かっているとは思いますが』
その言葉に、俺達は揃って言葉を失った。
別に彼の言葉に誤りがあるわけでもない。言っていることはどうしようもなく正しい。しかし、今それを言うか、という感じが凄まじい。
なんだろう、ものすごく居たたまれない。
『まあ……』
『そうだけどさ……』
困惑の表情を隠しもせず、俺はフェリスに個別のチャネルを開いた。俺が何を言うよりも早く、向こうが思念を飛ばしてくる。
『ニル、どうしよう。こいつが高梨だったとしたら、俺はこの先どう接すればいいか分かんないんだけど』
『俺もだよ……どうしたもんかな』
オーケに隠れるようにしてこそこそと話す俺とフェリス。
彼が人間の人格を残しているのか、いないのかに関わらず、どうやって彼と接していけばいいのか。またどうやって元の世界の話を切り出したものか。
悩みながら、俺達は自分の主人達の後をついていくのだった。
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