第14話 カトーの家族

 俺達の中で話がまとまったところで、俺達四人と三匹は揃ってレオンの部屋を出た。廊下を歩きながら、念話を繋いだまま思考で会話を交わす。


『それで、だ。次の一手はどう打つ?』


 ハーヴェイがラエルを抱きながら声を飛ばしてくると、先頭を行くレオンが後方に目を向ける。そのまま口を動かすことなく、言葉を投げ返した。


『カトーさんに接触しようと思っている。この流れで、カトーさんとその下に付く俺達という集団を、まるごとこっち側に付けたい』


 彼の言葉に、後方を歩く三人も揃って頷いた。

 確かに、席次持ちの一人の下に付く全員が同じ目標に向かって動くのに、その席次持ちが違う方を向いているのでは話にならない。このまま一つのグループとして同じ方向を向いてもらって、目標に進んだ方が何倍も動きやすい。

 その点においては、全員の見解が一致していた。


『確かにね。アタシ達の意思統一が図れた以上、アタシ達を統括とうかつするカトーさんにも同じ方向を向いてもらいたいのは当然だわ』

『加えて、カトーさんにはアントンがいる。ニルたちの世界から来て、使い魔にされた者が付いている以上、話はしないとならないだろう』

『うん。それに、ブラームとロヴィーにも昼間に話をしたんでしょ?』


 三人ともが思念を飛ばしてきて、最後に発言したヴィルマが明示的に俺へと問いを投げる。それに対し、レオンの肩の上で小さく頷く俺だ。


『した。ロヴィーからカトーに話をする旨も聞いているから、多分カトーには、もう俺の目的は伝わっていると思う』


 前を向いたまま、俺が発した言葉。それにクロエとハーヴェイがそっと視線を交わしたことに、俺が気付くはずもなく。

 俺の後ろで何やら意図が見え隠れする中、頭の中に二人の思念が届いてくる。


『なるほどね……』

『まぁ、カトーさんが俺達の味方になるのと、アントンの封印が解かれるのは、別問題とは思うが』


 その、何とも言い難そうな言葉に、俺はぐいと顔を後方に向けた。困ったような表情をしているクロエを見つつ首を傾げる。

 正直、獣人種ビーストマンであるハーヴェイより、肌人種ネイキッドマンであるクロエの方が、表情がつかみやすいのはあった。元々肌人種ネイキッドマンしかいない世界だったから、しょうがない。


『確かにそうだが……どういうことだ?』

『カトーさんに話せば分かるわ、話せばね』


 俺の問いかけに思わせぶりなことを言いながら、クロエが足を止めた。同時にレオンも、ハーヴェイも、ヴィルマも、フェリスもピタリと揃って足を止める。

 見れば、既に席次持ちの自室があるエリアに来ており、「7」の扉が目の前にあった。カトーの部屋についたようだ。

 レオンの手がドアをノックすれば、中から昼間に散々聞いた声が返ってくる。


「はぁい?」

「カトーさん、失礼します。レオン、ハーヴェイ、クロエ、ヴィルマの四名で、お話があって参りました。お邪魔してよろしいでしょうか」


 室内に呼びかけるレオンの声に、硬さが目立つ。緊張きんちょうしているのだろう、恐らく。

 しかしそんなことなど全く気にしない様子で、部屋の中から声が返ってきた。


「いいよ、いらっしゃい」

「失礼します」


 ドアノブをぐっと握り、回して引く。そうして部屋の中に入っていくと、そこはまさしく一家族の家というべき広さのある部屋だった。広さで言えば、カスペルやルーペルトの部屋の二倍はある。

 広い部屋の中では、カトーの使い魔達がのんびりとカーペットの上に寝転がったり、ソファーでくつろいでいたり。大きい使い魔も、小さい使い魔もより取り見取り。ハンガーラックに止まったロヴィーが、俺の方を見てピチチと鳴いた。

 こうしてみると、大所帯おおじょたいなのがよく分かる。

 そして、主人たるカトー・デ・ヤーヘルは、部屋の奥にある一人用のソファに腰掛けながら、足元に寝そべるアントンの頭を撫でていた。


「おやおや、使い魔も勢揃いとはね。その様子を見るに、お前達の間で話をまとめてから、こっちに話を持ってきた、ってところかい?」


 いくつもの視線が俺達に突き刺さる中、カトーはにやりと笑っていた。

 その試すような言葉を受けて、ごくりと生唾なまつばを飲み込んだレオンが、まっすぐにカトーを見据えながらゆっくり口を開く。


「……はい、その通りです。俺達の間で、意見は既にまとまっています」


 レオンの言葉に、カトーはその鋭い瞳を一層細める。

 部下が上司に話をするにあたり、意思統一をしてから話を持っていくのは大事なことだ。誰々はああ言った、しかし誰々は反対のことを言う、では、説得力に欠ける。こういう陳情ちんじょうや要望に関しては特にそうだ。

 しかして、自分の部下達がしっかり話をまとめてきたことに満足そうな表情をしながら、カトーの右手がひらりと動く。


「いいよ、聞かせておくれ……私も、私の子供達・・・も、話を聞きたいだろうから」


 その言葉と手の動きを契機として、カトーの周りに彼女の使い魔が、次々と集まっていった。その数、実に十一匹。

 大人数の使い魔に圧倒される俺へと、レオンが手を伸ばしつつ話しかけてくる。


「揃ったか。じゃあニル、教えた通りに」

「キュッ(ああ)」


 レオンに顎の下を撫でられながら、俺は小さく鳴き返した。

 そうして、つい先程にクロエとハーヴェイに教えてもらった、初めての『魔法』を唱える。


『キュッ、キュキュッ!(キヤンナ・カーマラヤ! 部屋に満ちよ!)』


 教えられたとおりに呪文を唱えると、俺達三匹とレオン達四人、カトー、カトーの使い魔十一匹、その全員を包むように魔力が広がった。今いるカトーの部屋、その一番奥の部屋全体に魔力が満ちていくような感覚だ。

 この魔法は、これまで何度か触れてきた念話魔法の、一番大規模なもの。特定の空間にいる人間や魔物全員を、空間を対象にしてかけて行う念話だ。

 これだけ人数が多いと、『キヤンナ・カヴァヤ』で人を指定して念話を繋げるのは大変だ。空間を指定してかけるから、その空間に立ち入られない限りは話した内容も漏れない。真っ先に身に付けるには都合がよかった。


『空間対象の念話魔法か。念入りだね、そこまで部屋の外には漏らしたくないのかい?』

『あぁ、念には念を入れないと、どこで強硬派の連中に話を聞かれているかも分からないからな。敵を増やす要素は減らしたい』


 苦笑しながらこちらに視線を向けるカトーに、レオンの肩に乗ったままの俺がまっすぐ見つめ返す。

 部屋の外にいる人間にあんまり聞かれたい内容で無いのは、これまで色々と話した通りだ。出来れば内々うちうちに留めておきたい。口外こうがいしないよう口止めをするのは、さすがに目的達成に支障が出そうだからしないけれど。

 真剣な表情で言葉を並べていく俺に、カトーもうんうんと頷いて。納得する様子を見せながら、片方の口角を持ち上げた。


『まぁ、それもそうさね。召喚事故の顛末てんまつも、それを隠蔽いんぺいするために召喚した奴らをまとめて魔物化して囲い込んでいることも、それでも隠し切れなかった奴に禁術である肉体喪失魔法を使用したことも、全部覚えられているなんてことが知られたら、まず間違いなくニルの命は無い。

 そのニルが、何やら企んで裏で動いているってことが知れたら、余計にね』


 次いで彼女が並べ立てた言葉に、俺は心臓を鷲掴わしづかみにされたような気がした。

 事実だ。紛れもない事実ではある。しかしこうまで詳細に、精細せいさいに俺の抱えている秘密を明らかにされると、やはり心臓に悪い。いくらカトーが上位の席次持ちで、旅団の内情をよくよく知っているとは言えども、だ。

 そっと、カトーの後方、ソファの背もたれに止まっているロヴィーに視線を向ける。俺の思念がもし声に出ていたら、きっと僅かに震えていたことだろう。


『ロヴィー?』

『うん、もう母さんには話してあるよ。ニルが昼間に、話してくれたことは、全部』


 対して、思念を向けられたロヴィーは平然と、あっさりと答えを返してきた。

 その反応に小さく頭を振ると、俺は二度三度息を吸って、吐いた。心を落ち着けてから、改めてカトーの鋭い眼差しに向かい合った。


『そうか。それなら話が早い……だが、カトー。一つ、確認させてほしいことがある』

『なんだい?』


 俺の言葉に、カトーの目が小さく光った。微妙に彼女の周囲の威圧感が、増した気もする。

 それにひるまないように、気持ちをしっかと引き締めながら、俺は質問を脳内に浮かべた。


『ブラームもロヴィーも、カトーのことを『母さん』って呼んでいるし、カトーも使い魔達を『子』って呼んでいる。それが俺には、どうしても引っかかってな。

 カトーにとって、使い魔はどういう・・・・存在だ?』


 その質問がカトーの耳に、他の全員の耳に届いた時、ほとんどの奴がきょとんとした表情をする中で、俺は確かにカトーのつり上がった瞳が見開かれるのを見た。

 小さく笑みを零しながら、第七席をいただ女傑じょけつが腕を組む。


『ふっ……なるほど、そういう切り口で攻めてくるとはね』

『カトーさん?』


 その反応に、思わず問いを投げたのはレオンだった。

 何事か、と言いたい気持ちは分かる。俺だってこの問いかけがこんな、好意的に受け止められるとは思っていなかった。

 しかしカトーは随分満足した様子で、ソファーにふんぞり返りながら俺を見た。


『いいね、賢い子は大好きだ。肝のわっている子もね。気に入った。私にとってはね……ここにいる私の使い魔は、みんな私の『子供達・・・』なんだ』

『子供……』


 はっきりと言われる、その単語。反芻はんすうするように零された言葉に、カトーはしっかりと頷いた。


『そう。ただ家族に迎えたってだけじゃない、互いの血を交換してもいる……アントンとも、迎えたその日のうちに血をいくらか入れ替えた。

 だから使い魔契約の有無に依らず、私とこの子達は強く繋がっているし、今更手放すなんてことも、悲しくて出来ないんだ』


 彼女によると、一般的に人間と魔物の間で交わされる使い魔契約とは別に、他人と家族になる際により強い結びつきを得るため、互いの血液を魔法で交換する「血縁契約けつえんけいやく」というものがあるのだそうだ。

 ただ養子に迎えたり、配偶者はいぐうしゃにしたり、というだけではない。互いに自分と同じ血が流れているようにして、より繋がりを深める魔法だ。

 それをカトーは自分の使い魔、十一匹全員と結んでいるという。無論、アントンとも。


『つまり、カトーが異世界に……俺達の世界に行ったとして、アントンの身柄を自由にする気は、無いってことだな』


 きゅっと胸元が苦しくなるのを感じながら、俺は確認するように問いかける。

 それにカトーは、こくりと、はっきりと頷いた。


『そうだね。そもそも異世界への道が開かれたとして、私がそっちに向かうつもりも無いけれど……この世界がどんなに荒れて、痩せた土地だとしても、私はここで家族と一緒に生きていくって、決めているからね』


 カトーの発した覚悟に、俺は項垂うなだれるほかなかった。

 これは、ちょっとやそっとじゃ心を動かせそうにない。相当な覚悟だ。

 こんな大所帯の旅団において、全員の胃袋を満足させる料理を作るカスペルの力は大きいが、その胃袋を支えるために必要な食材の調達は、カトーの管理する旅団の畑や牧場の力が大きい。

 オアシスの傍にあるとはいえ、荒れ果ててせたこの土地で育てる、イモと豆と、家畜の肉で、彼女は旅団のメンバーと、使い魔を。彼女の家族を支えているわけだ。

 その仕事に、誇りとか、熱意とか、あるんだろう。そうだと思いたい。


『そうか……残念だな』


 項垂うなだれながらも、ぽつりと零される俺の思い。それに小さく頭を振ったカトーが、耳の裏に手をやりながら言葉を投げてきた。


『悪いね。ところで、ニル、私からも一つ質問させておくれ』

『なんだ?』


 顔を上げれば、カトーの顔が俺に向いている。その表情はそれまでと違って、穏やかで、優しさが見て取れた。

 俺が自分の方を向くのを確認してから、彼女はぐいと身を起こした。


『ロヴィーから、お前さんの『もう一つの目的』については聞いている。使い魔にかけられた人格封印を解くなんて、随分大それた話をするもんだと思ったけれど……方法に、アテはあるのかい?』


 彼女の言葉に、彼女の周囲に陣取る使い魔の何匹かから、どよめくような思念がき起こった。

 当然と言えば当然だろう、人間から魔物に変えられた者が、人間だった頃の人格を封印されたり、消されたりするのはこの世界ではごく当たり前のこと。当たり前だからこそ、それが自然に解けることが稀だということも、よく知られている。

 ましてや、意図的に、しかも封印を施した術者以外の者が。封印を解いてみせるなど、一般的な視点から見ればまずあり得ない話だ。

 しかし、俺には封印を解いた実績が実際にある。それも三人分。だから胸を張って堂々と話した。


『ある。というより、既に封印解除の実績もある』

『へーえ?』


 興味深そうに、しかし疑るような声色で返してくるカトー。

 俺はちらと、後方に視線を投げた。そこにいるのはラエルとフェリスだ。こくりと頷くと、ラエルがハーヴェイの腕の中から抜け出し頭の上によじ登った。同時にフェリスも、クロエの隣から一歩前に進み出る。


『そのことは、私とフェリス君が証明できます』

『俺とラエルはついさっき、ニルの手によって封印を解かれ、人間だった頃の記憶を取り戻した。魔物として過ごした、ここ数日の記憶との統合も済んでいる』


 二匹から告げられた事実に、カトーの使い魔十一匹全員が、揃いも揃って口をあんぐりと開けた。

 今日に俺から話を聞いていたブラームもロヴィーも、よもや既に、ラエルとフェリスの封印に手を出していたとは、思わなかったのだろう。

 呆気に取られた表情をしているのはカトーも一緒だ。信じられないと言いたげに目を見張りながら、ラエルとフェリスの顔を見ている。

 その真剣な瞳に、嘘ではないことを悟ったか。ふぅと大きなため息をついた。


『そうかい……既には手にしているわけだ。大したもんだね』

『俺はなるべく、多くの友人を助けたい。その為の手段も見つけてある。

 カトーが拒むなら無理にとは言わないけれど……アントンにも、人間だった頃の人格が残っているのなら、俺は助けたい』


 畳みかけるように、俺は告げた。

 カトーがアントンを手放す気が無くても、アントンが元の世界に帰って自由になることが無くても、せめて人間だった頃の記憶が戻れば。思い出してもらえれば。

 だが、俺の言葉に、カトーの目元がそっと下がった。そのまま、ゆっくりと左右に首を振る。


『そうだろうね、気持ちは分かるよ。一緒に召喚されてきた仲間達だもの……

 だが、悪いね。私はもう一つ、ニルに謝らなければならなさそうだ』

『カトー?』


 申し訳がなさそうに、悲しそうに発せられるその言葉。

 どうしたのか、と声をかける俺に、カトーは目を合わせることもなく、静かな声でそれ・・を告げる。


『率直に言うよ。私はアントンの、人間だった頃の人格は――消した・・・

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