第17話 家族と弟子

 そのままどんどん話に花が咲いていって、日がとっぷりと暮れた頃。

 すっかり俺達と打ち解けたカトーが、面白そうに笑いながら俺を見つめた。


『さて、あらかた腹を割って話が出来たところで、だ。ニル、次はどこから切り崩していくつもりだい?』


 彼女の言葉に、少しだけ目を細める俺だ。一応、この先どうするか、どうしたいかの展望は頭の中に描いている。スムーズに事が運ぶかどうかは別にして、だが。


『俺としては、第四席のラーシュに接触したいが……まずその前に、ラーシュの配下についている人間を味方につけたいな』

『指揮官を殺すなら、まず城の外堀を埋めろ、ってことかい。まったく、戦略的でたまらないね』

『ほんとほんと。ニル、いい指揮官になれるんじゃない?』


 俺の言葉にカトーが顎を撫でながら言うと、彼女の肩に乗っかったロヴィーも喉を鳴らして笑った。

 何というか、俺はこの二人に随分と過大評価されていやしないだろうか。いくら頭が回ってもこんな小さくか弱い身体、狙われたらおしまいだと思うのだけれど。

 腕を組みながら、眉間の魔石周りの毛皮にしわを寄せる俺だ。


『なれたかもしれないけど、別になりたくないからいいよ。

 それで、カトー。知ってたらでいいんだが、ラーシュの配下とか、弟子とかに誰がいるか、教えてくれないか』

『あぁそうだ、カトーさん、ルーペルトに印刷してもらった名簿を持って来たから、よければ見てください』


 俺が問いかけると同時に、レオンが部屋から持って来た名簿を取り出し、カトーに渡した。準備の良さに、カトーが口角を持ち上げてそれを開く。


『ありがとさん、流石に私も、名簿なしで誰が誰についているか、ってのを正確には言えないからね……ふぅん。この印は、二人で付けたのかい?』

『はい、そうですが……』


 面白そうに見ながら話すカトーに、気持ちキョトンとしながらレオンが答えると、二度三度頷いた彼女は改めて名簿に視線を落とした。

 一通り目を通してから、彼女の座るソファの前に置かれた、ローテーブルに名簿を広げた。ロヴィーを肩から降ろしてペーパーウェイト代わりにしながら、彼女は名簿に指先を乗せる。


『分かった。そうだね……ラーシュの下についている人間は、三人いる。フォンス・ファン・エンゲル、マティルダ・ダーヴィドソン、パウリーナ・アールベック。いずれも無席次だ。

 弟子と言えるのは第十四席のルカス・ハールトセンかね。今はラーシュの元を離れて、ヤードリー王国で仕事をしているけれど』

『ファン・エンゲル? ってことは、ジジイの?』


 俺はローテーブルに駆け寄り、前足を天板に乗せながら問いかけた。

 ファン・エンゲル。その姓を持つ者がディーデリックの他にもいたのか。そういえば昨日名簿を確認した時に、数人いたような気がする。

 俺の問いに答えるのは、名簿の上に乗ったままのロヴィーと、その背後から覗き込んでくるブラームだった。


『そう、一番上のご子息だよ。ディーデリック様には息子が三人いらして、そのいずれもがこの『薄明の旅団』に魔術師として所属しているんだ』

『二番目のヘルハルトさんはドナ様に、一番下のエメレンスさんはクンラート様……はこないだ除籍されたから、今はグスタフ様に、それぞれ師事している。いずれも父親譲りの才能を持つ、優秀な魔術師だ』


 ロヴィーとブラームが二人して、ディーデリックの息子たちについて説明をしてくる。この親にしてこの子ありと言うべきか、二人がそう話すくらいには優秀らしい。

 性格の悪さも親譲り、とかなっていないといいのだが。不安になりながら言葉を零す俺である。


『なんか、ジジイの息子って聞くと、望み薄な気がするんだが……』

『ああ、気持ちは分かるよ。だけど心配はいらない。フォンスは親父の黒い部分を、まざまざとみてきたからね。親父に何の期待もしちゃいない、ガチガチの穏健派だ』


 そんな俺に、まるで「ないない」と言いたげに手を振りながら、皮肉っぽくカトーは笑った。そんなにか。そんなにあのジジイは実の息子から見放されているのか。


『そりゃあ……ってか、親子や兄弟で同じ旅団に所属して、ってことがあるんだな。そうなるとなんか、親が子供を自分の手元に置いて囲い込みそうなもんだけど』


 苦笑しつつ思念を投げ返す俺に、頬杖を突きながらカトーが目を細める。


『うちの旅団では、血縁関係にある者同士が師弟関係になったり、上下関係になったりすることを禁じているんだ。兄弟姉妹が一緒に同じ席次持ちにつくことも禁じられている。そうしないと、公平に知識や技術が継承されないから、って理由でね。

 私の娘もこの旅団に所属しているけれど、私が直接面倒を見ることはないんだよ』

『娘……? いたのか?』


 しみじみとした様子で話すカトーに、目を見張って言葉を返す俺だ。

 まずい、ちょっと失言した気がする。口に出した後にハッと気が付いた時には、駆け寄ったヴィルマが俺の頭をぺしんとはたいた。痛い。

 頭を押さえる俺に、ハーヴェイとヴィルマが思念を飛ばしてくる。


『そう、無席次にアンス・デ・ヤーヘルって名前があるだろう。彼女がカトーさんの娘さんだ』

『アンスさんは、第十二席のクリステル様に師事しているの。強いのよ』

『へぇ……』


 名簿を覗き込みながら、俺は長く息を吐いた。

 アンス・デ・ヤーヘル。使い魔の欄には二つ名前があって、片方には新規契約のマークがついている。俺のクラスメイトが誰か、彼女に付き従っている証だ。

 いつか、彼女と直接話をする機会もあるだろう。そう思って目を細めると、後方からクロエが思念を飛ばしてきた。


『この旅団にはちらほらと、家族や兄弟姉妹で一緒に参加している団員がいるのよ。第十五席のヘイス様は息子のペール君が旅団にいるし、ヴァウテルとアリーダの兄妹とか、ソフィとスティナの姉妹とか、無席次同士で兄弟姉妹ってのもあるわ』


 クロエの言葉に頷きつつ、俺はローテーブルに上るべく前脚に力を籠めた。よじ登ろうとするが、身体が持ち上がらない。しばらく格闘していたら、呆れたようにレオンが抱きかかえて天板に乗せてくれた。


『ニル、ああいう時は一度手を降ろして、飛び乗った方が早いぞ』

『そうか……そうだな……』


 バツが悪い思いをしながら、目を逸らす俺だ。どうしてもついつい、人間がするように身体を動かそうとしてしまう。後ろでラエルとフェリスがくすくす笑う声が聞こえた。

 ともあれ、テーブル上の名簿に視線を落とす。


『えーと、フォンス、マティルダ、パウリーナ……と。その三人、外見の特徴とか、種族内の種類とか、分かるか?』


 それぞれの名前に視線を向けていきながら、俺はカトーに問いを投げる。こういう時、旅団の人間に詳しいカトーが傍にいるのは有り難い。


『フォンスは肌人種ネイキッドマンで、背が高くひょろっとしている。それで丸眼鏡をかけているから分かりやすいかもね。

 マティルダは猫の獣人種ビーストマン。ぱっと見は肌人種ネイキッドマンなんだが、猫耳と尻尾を生やして、目が金色だ。

 パウリーナも獣人種ビーストマンだけど、こっちは豹で全身が毛に覆われている。マティルダよりも背が低くて、青い瞳をしているよ』


 カトーの発言に、頷きながら記憶を整理していく。マティルダは獣人種ビーストマンなどにいるという、肌人種ネイキッドマンの形をした頭を持つ者、ということか。実際に接触するのは初めてだ。

 新規契約の印がついた使い魔を連れているのは、今の三人の中ではマティルダのみ。彼女の顔を思い出しつつ、目を閉じる。


『なるほど、分かった……マティルダのところに、新規に加わった使い魔はトルディか』

『ニル、そいつが誰だか、分かるのか?』


 こちらに歩み寄って、名簿を覗き込んだフェリスが声を飛ばしてくる。目を見開いて彼の顔を見つめながら、俺はこくりと頷いた。


『俺の記憶が定かなら……出席番号37番の山野やまのさんだったはずだ。なんか、宝石みたいな身体の、小さな生き物に変わっていた気がする』

『山野……って、もしかして、数学が得意な海鈴みすずちゃん?』

『『P研ピーけん』の山野か……研究畑の人間の部下になったんなら、人間の記憶を取り戻しても、ある意味幸せかもな』


 記憶を手繰り寄せながら話すと、ラエルが驚いたように声を返してきた。それを聞いて自分の記憶にも同一の人物が思い当たったらしいフェリスが、そっと目を細める。

 三年C組出席番号37番の山野やまの 海鈴みすずは、学内でも有名なコンピューターオタクだ。数学の成績が殊更によく、学年全体でも上位を争うほど。所属する『P研』とは『PC研究会』のことで、彼女はそこの部長を務めていた。

 彼女のパーソナルな情報をさらさらと並べて、彼女の人となりを明らかにしていく俺達三人に、驚愕の目を向けてくるカトーだ。


『へーっ、ニル、あんた達の仲間の誰に、誰が跳び付いて契約したか、逐一把握しているのかい。大したもんだね』

『らしいですよ。なんでも、人格の封印を解くのに、その使い魔が元は誰かを、ニルが覚えているのが重要らしくて』


 カトーの感心した言葉に、レオンが頷きつつ思念を返していく。

 実際、人格の封印が解ける前に、俺は相手が元は誰だったかを、明らかにしている。『鍵』を開けるのに、何らかの効果をもたらしているのは間違いない。


『なるほどなるほど。それなら、まずはその辺から懐柔していくのが手かね。ただ……』

『ただ?』


 腕組みして笑ったカトーだったが、すぐに表情が曇った。

 俺が首を傾げながら彼女の顔を見ると、しばし視線を落としてからカトーは顔を上げる。視線を投げかけるのは、俺ではない。レオンだ。


『レオン』

『はい』

『あんた、『研究棟けんきゅうとう』にはどうやって・・・・・入るつもりだい?』


 その言葉に、うぐ、とレオンの喉から小さく声が漏れる。虚を突かれたり、弱いところを突かれたりすると、この主人は動揺がすぐに顔と声に出る。何とかならないものだろうか。

 しばらく視線を泳がせた後、レオンが小さく頭を振る。


『……それは、その、まだ』

『なんだ、考えていなかったのかい。まぁお前さんのことだ、こんなすぐに接触しようとは、思っていなかったんだろう』


 その言葉に苦笑しつつ、ため息を漏らすカトー。何やら二人とも、というかクロエもハーヴェイもヴィルマも、事情を理解している様子だ。俺だけが置いてけぼりである。


『カトー、どうやって、ってのは、どういうことだ?』


 カトーに歩み寄りながら問いを投げると、彼女はその大きな手で俺の頭を撫でつつ言った。


『ラーシュとその部下の仕事は、この城の独立したフロアで行われていてね。研究棟って呼ばれているんだが、特に立ち入りが制限されている区画なんだ。旅団の機密事項を扱う場所だから、当然さね』

『研究棟には、無許可で立ち入ることは出来ない。結界が何重にも張られていて、許可を得た人しか中に入れないんだ。ラーシュやその部下の私室も研究棟の中にあるから、軽々と接触することも出来ない』

『あー……なるほど……』


 カトーとレオンの説明に、がっくりと肩を落とす俺だ。

 それはそうだ、この旅団の中で、魔術の研究・分析を行っている集団なのだから、その仕事場に軽々しく立ち入れるはずもない。セキュリティが厳重なのは当然だ。

 聞けば、研究棟の結界は魔力紋、声紋、認証キーの三パターンのセキュリティを組み合わせて張っているそうで、旅団の団員もしくは使い魔であり、ラーシュが許可した声紋の持ち主であり、逐次発行される認証キー(ご丁寧にも解除の度に変わるらしい)を結界に書き込まないと、中には入れないのだそうだ。

 旅団の首席であり、技師でもあるディーデリックでさえも、この三段階の認証には逆らえないとのこと。もの凄いハイレベルなセキュリティだ。

 落胆する俺の頭を、カトーがもう一度撫でてきた。困ったように笑いながらも、その口元は自信ありげだ。


『まぁ、私の方からラーシュに、許可を貰えないか聞いてみるよ。ニルだって、お前さん達の世界に帰るための研究に、協力しない手はないんだろう?』

『そうだな……手間をかけてすまない、頼めるか?』

『昼食と夕食の時には、研究棟の面々も食堂に出てくる。誰か捕まえて、話をしてみよう』


 俺が返事を返せば、レオンも俺を抱き上げつつ頭を撫でてきて。

 そうして次の目標が定まったところで、今日はお開きとなったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る