第2章 仲間

第9話 仕事仲間

 翌朝から、俺とレオンは穏健派の味方を、俺達が地球に帰った時に俺達の自由を保障してくれる味方を増やすために、行動を開始することになった。

 既に味方になってくれているカスペルだって、いざ地球に帰った時に根木先生を解放してくれるとは限らない。ルイザとして、根木先生のことを随分気に入っているようだから、実際手放すとは考えにくい。

 ただそれでも、「使い魔契約を解いて自由にする」ことはせずとも、「地球で元の人間と同じように生きること」を認めてもらうことは出来る、はずだ。その辺り、今度カスペルと話をしようと思っている。


 そんなわけで、俺としてはすぐにでも旅団内を動き回って行動を起こしたいところだったのだが、そうスムーズに事は運ばなかった。

 昨日の夜にエマーヌエルと話をする時間も取れなかったが、それだけではない。

 何故なら。


「ほらレオン、12番への餌やりを忘れてるよ! しゃんとする!」

「はい、すみません!」


 そう、レオンの普段の仕事・・・・・がある間は、行動を起こせないのだ。

 レオンは第七席、カトーの配下について、旅団で飼育している動物や魔物の世話、そして作物の世話を行っている。俺の元々の身体であるシトリンカーバンクルも、旅団で飼育していた魔物の一体だそうだ。

 「薄明の旅団」は大人数の旅団だし、魔物と戦闘も行う魔術師の集団。腹を空かせれば仕事に差し障るし、国内外に派遣される団員に渡す保存食だって、大量に用意しないとならない。

 それらの大量の食糧を王国および王国民からの支援、仕事で狩ってくる魔物の肉だけでは、足りないとまでは言わないが足りているわけでもない。

 そのためこうして、牧場で動物や魔物の飼育を行い、畑で作物を収穫し、食料の供給をしているんだそうだ。

 カトーの下について働いているのは、レオンを含めて四人。肌人種ネイキッドマンのクロエ、狼の獣型獣人種ビーストマンのハーヴェイ、竜型竜人種リザードマンのヴィルマ。仕事柄、いずれの面子も力自慢らしい。レオンはそんなに力持ちに見えないけれど。


「ヴィルマ! 岩イモを抜く時はもっと腰を入れて抜きな! 中途半端に力を入れてたらまたやらかすよ!」

「はい、カトーさん!」


 そして、こうして旅団の持つ城の裏手にある牧場と畑を一人で見回して、レオンたち四人と、使い魔たちの動きをつぶさに観察し、それぞれに鋭い声を飛ばしている恰幅かっぷくのいい肌人種ネイキッドマンの女性。彼女こそ『薄明の旅団』第七席、カトー・デ・ヤーヘルだ。

 その外見といい年の頃といい、母親のような雰囲気だ。しかしそのふっくらとした肉体が筋肉の塊であることは、見ればすぐに分かる。こんな荒廃した貧困にあえぐ世界で肥え太るなんて芸当、逆立ちしたって出来るものではない。

 今も牧場に隣接する畑で岩イモを収穫しているヴィルマの動きを見咎めて、強い口調で叱責しっせきしていた。


「(すげー迫力……本当に穏健派なのか、この人が?)」


 で、俺はというと。

 カトーが立っている畑の入り口付近で、籠に入れられてちょこんと座っていた。

 俺の隣には、カトーを含む他の団員の使い魔のうち、仕事の手伝いができないものが、俺と同じように籠に入れられたり地面に直接座ったりして、主人の仕事を静かに見守っている。

 とはいえ、実際は仕事を手伝える使い魔がほとんど。今この場で待機しているのは、俺の他には、ハーヴェイの使い魔が一匹と、カトーの使い魔が三匹といったところだ。

 そして、レオンに思念が飛ばせないことをもどかしく思いながらも、俺の視線はちらちらと、俺の隣で籠に入れられて座っている、ハーヴェイの使い魔に向いていた。


「(ハーヴェイ・ウェズリーは、無席次だ。使い魔も一匹だけで、俺と同じで新規契約のマークがあったはず。つまり、この子が……)」


 ハーヴェイの使い魔である、俺と同じように使い魔の証である首輪を巻いた、雌のルビーカーバンクル。俺のクラスメイトの誰かであることに、間違いはない。

 名前は何だっただろうか、ハーヴェイが組み付いていたのは誰だっただろうか、記憶の糸を手繰り寄せながら、じっとルビーカーバンクルの顔を見ている俺を、ひょいと後ろから抱き上げる手があった。


「キュ……!?(わ……!?)」

「なんだい、ニルはそんなに、ラエルのことが気になるのかい?」


 大きな手で俺を抱き上げたのは、カトーだった。

 大きいながらも吊り上がった鋭い目つきこそそのままだが、口元は綻び、優し気な笑みを浮かべている。

 目を白黒させている俺を、片手で抱くようにしながらカトーは頭を撫でてくる。


「まぁ、そりゃそうだね。同じ時期に同じように使い魔になった仲間で、種族も同じカーバンクル。気になるのが当然ってもんだ」

「キュ、クゥ……キュア、キュウ(いやまぁ、そうなんだけど……俺はその、そこが気になってるんじゃ)」


 小さく声を上げる俺だが、カトーには届いているんだかいないんだか。いまいち読み取れないような表情をして、もう一度俺の頭を撫でたカトーが、俺の身体をそっと降ろした。

 しかし先程までいた籠の中ではない、地面の上だ。

 キョトンとする俺をよそに、カトーはラエルの身体も抱き上げる。


「いいよ、お前たちもヒマだろう? 折角主人がこうして同じ場所に来て働く仲なんだ、友達になっておきなよ。

 ブラーム、ロヴィー、アントン、アンタらもこっちおいで!」


 そうして俺の傍にラエルの身体を降ろしながら、カトーは彼女の使い魔三匹に声をかけた。

 オオヤマネコのような使い魔、カラスのような羽を持つ鳥の使い魔、虎のような外見の使い魔が、揃ってこちらに歩いてきた。

 俺が三匹の魔物を見上げると、そのサイズの違いが際立つ。特に虎のような使い魔は、見上げても頭が遥か上にあって、表情も視線も見えなかった。


「キュ……(えっと……)」

「グルルル、ニャーン(緊張するな新入り、ここでは同じ仲間だ)」


 俺が内心で身体を強張らせていると、オオヤマネコの使い魔が猫みたいな鳴き声を上げて俺を見下ろした。

 その声に、俺は目を見張る。別種の魔物だからただの鳴き声にしか聞こえないと思いきや、きちんとその声の意味が理解できた。

 俺の驚きをよそに、オオヤマネコはその場に腰を下ろしながら小さく頭を下げた。


「ニャ、ニャーニャァン、ニャア。ニャウ、ニャンニャーン、ニャーニャ

 (まずは、自己紹介からしよう。俺はカトー母さんの使い魔の一、ブラーム)」


 そう話すオオヤマネコ――ブラームの隣で、俺より多少身体の大きい程度の鳥の使い魔も頭を下げた。


「ク、クルルル。チチチッ(で、僕がロヴィー。よろしくね、新人さんたち)」

「キュ? キューキュ、キャウ……(あれ? 新人さん『たち』、ってことは……)」


 ロヴィーと名乗ったこの鳥の魔物のさえずりも、ちゃんと言葉として聞き取れる。どういうことだろう。

 しかし俺は別のことに気を取られていた。ロヴィーの話しぶり、先輩使い魔は彼ら二匹だけのように聞こえる。

 俺がもう一匹、虎の使い魔の方に視線を向けると、伏せていた虎の口元が笑みを作った。白い仮面の向こうにある、茶色の瞳も細められる。


「ガゥッ、ガウガウ。ガウガウ、グァウガウ。ガウー

 (そう、俺も新人ってわけだ。アントン・デ・ヤーヘル。よろしくな、ちび助)」


 そう、存外に明るい声色で吼える虎の魔物――アントン。

 「ちび助」という呼称に内心ムッとする俺だが、カスペルにもそう呼ばれていたし、チビなのは今更どうしようもない。諦めた。

 小さく頭を振って、俺も自己紹介に入る。


「……キャウ、キューキュウ、キャンッ。キュ、キュキュ。クルル、キュアウキュウ。キュアウ

 (……まぁ、チビなのは今更だからいいけどさ。俺はニル。レオンの世話になっている。よろしく)」


 簡潔に自己紹介を済ませて、俺は隣に座るルビーカーバンクル――ラエルへと視線を移す。ほかの三匹も一緒に、トリを飾るラエルへと目を向けた。

 そうして、ラエルが小さく頭を下げてから口を開く。


「キュー、キュアウ、キャウキャウ。キュー、クキュキュ(ハーヴェイ様にお仕えしている、ラエルです。よろしくお願いします)」


 自己紹介を終えると、ラエルはもう一度頭を下げた。釣られるように俺達も頭を小さく下げる。

 ゆっくり頭を持ち上げると、ブラームの頭が牧場の方へと向けられた。そこではレオンとクロエ、クロエの使い魔とカトーの使い魔が、牛や羊らしき動物にエサの飼い葉を与えているのが見える。


「ニャーン、ニィ、ニャウニャウ、ニャン。ニャニャ、ミャーン

 (あと新人は、クロエちゃんちのフェリスだったな。ほら、あそこで飼い葉を運んでる)」

「ピチチチッ、ククク。クルルル、キューッキューッ、コココッ

 (飼い葉、重いんだよね。クロエさん、いつも大変そうだったから、使い魔付いてよかったよ)」


 ブラームの言葉にロヴィーも同調して言葉を返している。話を聞くに、牧場で動物に与えている飼い葉は、結構重たいらしい。クロエのみならず、ほかの三人も運ぶのに随分苦労していたようだ。

 その話を聞きながら、俺はため息が口から零れていた。


「キュー……キャウ、キュキュウ(はー……なんか、すごいな)」

「キュウ?(何がですか?)」


 俺が呆気に取られている様子に、ラエルが小さく首を傾げていた。

 その会話を聞いてか他の三匹も俺に視線を向けてくるのに対し、俺は感心するように、しみじみと言葉を零す。


「キャウ……キャウ、キュー、クククッ、キュウ……(いや……こうして、別種の魔物同士なのに・・・、会話できるんだなって……)」


 俺の発した言葉に、四匹が四匹とも、キョトンとした顔で顔を見合わせた。

 そのそぶりに、俺の身体と心がびしりと固まる。

 まずい、やらかしたか。

 俺が冷や汗を垂らすと同時に、アントンとラエルが揃って俺に、呆れたような目を向けてきた。


「グゥ、ガゥゥー?(お前、何言ってんだ?)」

「キュ、キュキュウ、クククク、キャキャウキュウ、キャンキャウ?

 (魔物が、魔物同士で、意思の疎通ができるのは、当然のこと・・・・・ではないですか?)」


 さも当然の常識を、何を今更言っているんだ、という空気だ。ブラームとロヴィーの視線も、呆れを通り越して不思議そうなそれである。

 どうやら、この世界において魔物同士が会話できることは、何もおかしなことではないらしい。

 どう取りつくろおうか、と内心パニックになる俺である。


「キュ、キャウ……(え、えっと……)」

「ニャン、ニャウニャウ。ンニャーウ、ニャ?(ニル、なんか変だな。ちゃんと使い魔契約、結んだのか?)」


 言葉に詰まる俺に、ブラームが訝しむような声色で言ってきた。

 これは、ごまかしようがない。

 俺はごくりと生唾を飲み込んだ。こうなったらもう、変に取りつくろうより情報を開示した方がなんぼかマシだ。

 意を決して、俺は四匹の視線を正面から受け止め、口を開いた。


「……キャウウ。キュキュキュ、クキュウ(……この際だ。俺はお前たちに、聞きたいことがある)」

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